ヴォールのアメジスト 〜悪役令嬢の『予言』は乙女ゲームの攻略本から〜

本見りん

文字の大きさ
上 下
87 / 89
そして王国へ

本編完結 ヴォールのアメジスト

しおりを挟む




「……叔父様っ!」


 ヴォール帝国皇帝の間に、1人の少女が入って来た。そこにはジークベルト皇帝と今や皇帝の右腕と呼ばれるクライスラー公爵がいた。

「……人前では陛下と呼びなさい」


 一応臣下の手前そう言ったが怒っている訳ではない。少女もそれがわかっているのか、「御免なさい」と軽く謝った。


「……それよりも、……陛下? 国境からの知らせでは今朝には出発しこちらに向かわれたそうなのです! 明後日には到着されると思うので、明日泊まるという街まで迎えに行ってもよろしいですか?」

 少し早口で興奮気味に話す少女に皇帝は待ったをかけた。

「落ち着きなさい、ヴァネッサ。……明後日にはこの帝城に着くのだから大人しく歓迎の準備をして待っていなさい」

 ええ~と少し不満げに声を上げた前皇帝の娘ヴァネッサだったが、昔の事を思い出してはぁとため息をつく。

「あぁ、早くお会いしたいわ……。レティシアお姉様、お元気でいらっしゃるかしら……。あの素晴らしかった結婚式以来なんだもの……、あ、御免なさい」

 『しまった』とばかりに最後ペロリと舌を出すヴァネッサ。

 皇帝ジークベルトは大帝国ヴォール帝国の皇帝。……であるからして、2週間以上も国を空ける訳にいかず、隣国ランゴーニュ王国で行われた姪であるレティシアの結婚式に出席出来なかった。

 クライスラー公爵一族やゼーベック侯爵、そして息子であるアルフォンス皇太子が参列し、彼らは皆『感動した』『レティシアはすごく美しかった』と帰ってからも興奮気味にその結婚式を絶賛し続けていた。
 最初こそ皇帝も、『そうか』『それでレティシアは』などと一生懸命聞いていたが、だんだん自分だけがそこに出席出来なかった事を悔しがるようになり、今となっては皇帝の前でその結婚式の話題をする事はタブーとなってしまったのだ。

 
 案の定、皇帝は少し不機嫌そうな顔になった。

 その時まだ8歳だったヴァネッサでさえ、レティシアを慕いランゴーニュ王国王太子夫妻の結婚式に出席したのだ。近しい者で行けなかったのは皇帝ジークベルトとシュナイダー公爵位だ。……公爵も結婚式に参列した弟ゼーベック侯爵達に未だにグチグチと嫌味を言っているらしいが。


「ご心配なさらずとも、レティシアはもうすぐこちらへやって来ますよ。……可愛い天使達を連れて」


 そこへレティシアの父であるクライスラー公爵がそう言った。
 途端に2人の表情がぱぁっと明るくなる。
 ……分かりやすいな、と公爵は苦笑した。


「エルネスト王子とティアナ王女ねっ! 5歳と4歳なのよね? 可愛いだろうなぁ……。私あちこちを案内してあげるの!」

 ヴァネッサはそう言って目を輝かせた。


「ティアナ王女は4歳。アルフォンスの子ヴィルフリートと同い年か……。気が合えば良いのだが……」

 自分の孫との相性を心配する皇帝。

「ええ。とても可愛い子達ですよ。2人共産まれた時からよく泣きよく笑う元気な愛らしい子達で、私が王国を訪ねる度に更に可愛くなり、私の事を帝国のお祖父様と呼んで懐いてくれていまして……」


 自然と笑顔になるクライスラー公爵のその言葉にまた皇帝はまたピタリと動きが止まる。

「……エドモンド。お前は随分何度もランゴーニュ王国に足を運んでおるのだな」

 皇帝はじっとりと公爵を見て言った。

「はは。それは当然でしょう。……私はレティシアの父親でございますから」

 いたく愉快そうにそう答えるクライスラー公爵。そしてそれを悔しそうに聞く皇帝。

「くっ……! 私も皇帝の座に就いていなければ……!」


 レティシアが王国へ出発してから何度も繰り返されたこの2人のやり取りに、ヴァネッサは少し呆れつつ苦笑したのだった。



 ◇ ◇ ◇



 帝国の帝都の一つ前の街。……そこで次期クライスラー公爵である弟ステファンは公爵家の精鋭達を連れてレティシア達を迎えに来てくれた。

 ステファンは少し前にランゴーニュ王国に遊びに来てくれたところだったので、子供たちもすぐに「ステファンおにーさま!」と喜び大騒ぎだった。


「お姉様。お義兄様。本当は父もここまで来たがっていたのですが、皇帝陛下に連れて行かれ帝城にてお待ちしております」

 ステファンの微妙な言い回しにレティシアは最初少し不審そうな顔をした。

「……連れて行かれて? ああ、お父様は伯父様にとても頼りにされてらっしゃるのね。仲が良いようで何よりだわ」


 ステファンは苦笑する。……本当は皇帝陛下がクライスラー公爵だけが先にレティシアに会いに行くのはズルいと足止めしていると知っているからだ。

 今回レティシアは夫リオネル王太子と2人の子供たちと共にヴォール帝国へとやって来た。
 本当は結婚してすぐに夫婦で帝国を訪ねるつもりだったのだが、その調整中にレティシアのエルネスト王子の懐妊が判明したのだ。そこから外せない公務や2人目ティアナ王女の懐妊、リオネル王子の弟アベル王子が臣下に下り王位継承権を放棄してからの元フランドル公爵令嬢ローズマリーとの結婚。そして王太后の崩御と、なかなか帝国に来られなかったのだ。

 レティシアと子供達だけでも早く顔を見せて欲しいとの皇帝の切なる熱いリクエストをずっといただいており、今回やっと実現した。

 そして今回出迎えに来てくれた弟ステファンは19歳。立派な青年貴族となった。帝国学園を優秀な成績で卒業し、今は公爵家嫡男として修行中だ。……それでも、姉レティシアの事が大好きなのは変わらない。



「おかあさま。帝国のおじーさまはお城にいるのですか?」

「ティアナも、おじーさまにごあいさつするのっ!」


「ええ。帝国のお祖父様はお城にいらっしゃるそうよ。そしてお城にはあなたたちに会いたがってくれる方々がたくさんいらっしゃるの。皆様に良いお顔で、ごあいさつ出来るかしら?」


 レティシアが子供たちに優しく問いかけると2人は良い顔で「はいっ」と返事をした。

 レティシアとリオネル、弟ステファンはふふと笑い合った。


「――さあ、そろそろ行こうか。エルネスト、ティアナ。
……ステファン、案内を頼むよ」


「畏まりましてございます、義兄上」


「「はーいっ」」


 子供たちを笑顔で見たリオネル王太子はレティシアに手を差し出す。そして愛する妻を見て言った。


「お手をどうぞ。愛するレティシア。今回皇帝陛下より定められた結婚の条件である子供たちとの交流が叶いそうで本当に良かったよ。……まだまだ娘を嫁にやる気はないけれどね」


 レティシアは愛する夫リオネルの手を取って微笑みながら言った。


「ありがとう。……ふふ、本当ね。だけど、きっと伯父様達は驚いて大喜びするわよ。だってティアナの瞳は……」

 そう言いかけたレティシアにリオネルは『おや?』という顔で言った。

「……それは、もう義父上がお話ししてあるのでは?」

「いいえ。お父様はそういう事は絶対に黙ってらっしゃるわ。そして実際に見せて驚くところを見るのがお好きなのよ」

「……あぁ、まぁ確かに」


 レティシアの父親に対する推測に、成る程とリオネルは苦笑した。


 ◇ ◇ ◇


 ――2日後、ランゴーニュ王国の王太子一家は帝城の皇帝陛下との謁見の間へ、そして皇帝の御前に向かって帝国貴族達が並ぶ前を進む。


 子供達にはこれから帝国との親善大使として頻繁に行き来する事になると、小さな頃から話をしてある。
 物心ついた頃から帝国の父やステファン、そして気心の知れた帝国貴族達が遊びに来てくれるので、これからはお祖父様の所に遊びに行けると喜び、子供達には今のところそれ程抵抗は無さそうだ。

 特に、ティアナ王女は帝国に憧れているようだった。


「おとーさま、おかーさま。うふふ……。楽しみ、ね!」


 そう言って笑って両親を見るティアナ王女の瞳は母レティシアと同じ……、深く美しい紫色。

 それを見た帝国の貴族達は息を呑む。

 
 それは勿論、ヴォール帝国皇帝も同じ。皇帝は、真っ直ぐにティアナ王女の瞳を見、驚きに一瞬その動きを止めた。

 その近くでクライスラー公爵はその様子を楽しげに見ていた。


「『ヴォールのアメジスト』……」


 ……誰かが、……そう呟いた。




 《完》
 








ーーーーー



最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!



この後、レティシアとリオネルの子エルネストとティアナは大きくなるまで親善大使を続けます。両親であるリオネルとレティシアは勿論、王国では祖父母である国王夫妻やコベール子爵夫妻に愛され可愛がられ、帝国では頼りになるお祖父様エドモンドと叔父ステファン、その他の帝国の貴族や皇帝にも可愛がられ帝国学園に留学したりもします。
アルフォンス皇太子の息子ヴィルフリートとティアナは必然的に『婚約者』とされますが、皇子はティアナのお転婆ぶりに惹かれていくという、ある意味ヴォール帝国あるあるで2人は上手くいきそうです。



この後、番外編が2話続きます!
お付き合いいただければ幸いです。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

契約の花嫁 ~政略結婚から始まる甘い復讐~

ゆる
恋愛
「互いに干渉しない契約結婚」**のはずだった。 冷遇されて育った辺境公爵家の令嬢マルグリートは、第一王子ルシアンとの政略結婚を命じられる。権力争いに巻き込まれたくはなかったが、家を出る唯一の手段として彼女は結婚を受け入れた。——条件は「互いに干渉しないこと」。 しかし、王宮では彼女を侮辱する貴族令嬢たちが跋扈し、社交界での冷遇が続く。ルシアンは表向き無関心を装いながらも、影で彼女を守り、彼女を傷つけた者たちは次々と失脚していく。 「俺の妻が侮辱されるのは気に入らない」 次第に態度を変え、彼女を独占しようとするルシアン。しかしマルグリートは「契約」の枠を超えた彼の執着を拒み続ける。 そんな中、かつて彼女を見下していた異母兄が暗躍し、ついには彼女の命が狙われる。だが、その陰謀はルシアンによって徹底的に潰され、異母兄と母は完全に失脚。マルグリートは復讐を果たすが、心は満たされることはなかった。 「俺のものになれ」 ルシアンの愛は狂おしいほど強く、激しく、そして真っ直ぐだった。彼の執着を拒み続けていたマルグリートだったが、次第に彼の真意を知るにつれ、抗いきれない感情が芽生えていく。 やがて彼女は、政略結婚の枠を超え、王妃として新たな未来を歩み始める——。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

処理中です...