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そして王国へ
本編完結 ヴォールのアメジスト
しおりを挟む「……叔父様っ!」
ヴォール帝国皇帝の間に、1人の少女が入って来た。そこにはジークベルト皇帝と今や皇帝の右腕と呼ばれるクライスラー公爵がいた。
「……人前では陛下と呼びなさい」
一応臣下の手前そう言ったが怒っている訳ではない。少女もそれがわかっているのか、「御免なさい」と軽く謝った。
「……それよりも、……陛下? 国境からの知らせでは今朝には出発しこちらに向かわれたそうなのです! 明後日には到着されると思うので、明日泊まるという街まで迎えに行ってもよろしいですか?」
少し早口で興奮気味に話す少女に皇帝は待ったをかけた。
「落ち着きなさい、ヴァネッサ。……明後日にはこの帝城に着くのだから大人しく歓迎の準備をして待っていなさい」
ええ~と少し不満げに声を上げた前皇帝の娘ヴァネッサだったが、昔の事を思い出してはぁとため息をつく。
「あぁ、早くお会いしたいわ……。レティシアお姉様、お元気でいらっしゃるかしら……。あの素晴らしかった結婚式以来なんだもの……、あ、御免なさい」
『しまった』とばかりに最後ペロリと舌を出すヴァネッサ。
皇帝ジークベルトは大帝国ヴォール帝国の皇帝。……であるからして、2週間以上も国を空ける訳にいかず、隣国ランゴーニュ王国で行われた姪であるレティシアの結婚式に出席出来なかった。
クライスラー公爵一族やゼーベック侯爵、そして息子であるアルフォンス皇太子が参列し、彼らは皆『感動した』『レティシアはすごく美しかった』と帰ってからも興奮気味にその結婚式を絶賛し続けていた。
最初こそ皇帝も、『そうか』『それでレティシアは』などと一生懸命聞いていたが、だんだん自分だけがそこに出席出来なかった事を悔しがるようになり、今となっては皇帝の前でその結婚式の話題をする事はタブーとなってしまったのだ。
案の定、皇帝は少し不機嫌そうな顔になった。
その時まだ8歳だったヴァネッサでさえ、レティシアを慕いランゴーニュ王国王太子夫妻の結婚式に出席したのだ。近しい者で行けなかったのは皇帝ジークベルトとシュナイダー公爵位だ。……公爵も結婚式に参列した弟ゼーベック侯爵達に未だにグチグチと嫌味を言っているらしいが。
「ご心配なさらずとも、レティシアはもうすぐこちらへやって来ますよ。……可愛い天使達を連れて」
そこへレティシアの父であるクライスラー公爵がそう言った。
途端に2人の表情がぱぁっと明るくなる。
……分かりやすいな、と公爵は苦笑した。
「エルネスト王子とティアナ王女ねっ! 5歳と4歳なのよね? 可愛いだろうなぁ……。私あちこちを案内してあげるの!」
ヴァネッサはそう言って目を輝かせた。
「ティアナ王女は4歳。アルフォンスの子ヴィルフリートと同い年か……。気が合えば良いのだが……」
自分の孫との相性を心配する皇帝。
「ええ。とても可愛い子達ですよ。2人共産まれた時からよく泣きよく笑う元気な愛らしい子達で、私が王国を訪ねる度に更に可愛くなり、私の事を帝国のお祖父様と呼んで懐いてくれていまして……」
自然と笑顔になるクライスラー公爵のその言葉にまた皇帝はまたピタリと動きが止まる。
「……エドモンド。お前は随分何度もランゴーニュ王国に足を運んでおるのだな」
皇帝はじっとりと公爵を見て言った。
「はは。それは当然でしょう。……私はレティシアの父親でございますから」
いたく愉快そうにそう答えるクライスラー公爵。そしてそれを悔しそうに聞く皇帝。
「くっ……! 私も皇帝の座に就いていなければ……!」
レティシアが王国へ出発してから何度も繰り返されたこの2人のやり取りに、ヴァネッサは少し呆れつつ苦笑したのだった。
◇ ◇ ◇
帝国の帝都の一つ前の街。……そこで次期クライスラー公爵である弟ステファンは公爵家の精鋭達を連れてレティシア達を迎えに来てくれた。
ステファンは少し前にランゴーニュ王国に遊びに来てくれたところだったので、子供たちもすぐに「ステファンおにーさま!」と喜び大騒ぎだった。
「お姉様。お義兄様。本当は父もここまで来たがっていたのですが、皇帝陛下に連れて行かれ帝城にてお待ちしております」
ステファンの微妙な言い回しにレティシアは最初少し不審そうな顔をした。
「……連れて行かれて? ああ、お父様は伯父様にとても頼りにされてらっしゃるのね。仲が良いようで何よりだわ」
ステファンは苦笑する。……本当は皇帝陛下がクライスラー公爵だけが先にレティシアに会いに行くのはズルいと足止めしていると知っているからだ。
今回レティシアは夫リオネル王太子と2人の子供たちと共にヴォール帝国へとやって来た。
本当は結婚してすぐに夫婦で帝国を訪ねるつもりだったのだが、その調整中にレティシアのエルネスト王子の懐妊が判明したのだ。そこから外せない公務や2人目ティアナ王女の懐妊、リオネル王子の弟アベル王子が臣下に下り王位継承権を放棄してからの元フランドル公爵令嬢ローズマリーとの結婚。そして王太后の崩御と、なかなか帝国に来られなかったのだ。
レティシアと子供達だけでも早く顔を見せて欲しいとの皇帝の切なる熱いリクエストをずっといただいており、今回やっと実現した。
そして今回出迎えに来てくれた弟ステファンは19歳。立派な青年貴族となった。帝国学園を優秀な成績で卒業し、今は公爵家嫡男として修行中だ。……それでも、姉レティシアの事が大好きなのは変わらない。
「おかあさま。帝国のおじーさまはお城にいるのですか?」
「ティアナも、おじーさまにごあいさつするのっ!」
「ええ。帝国のお祖父様はお城にいらっしゃるそうよ。そしてお城にはあなたたちに会いたがってくれる方々がたくさんいらっしゃるの。皆様に良いお顔で、ごあいさつ出来るかしら?」
レティシアが子供たちに優しく問いかけると2人は良い顔で「はいっ」と返事をした。
レティシアとリオネル、弟ステファンはふふと笑い合った。
「――さあ、そろそろ行こうか。エルネスト、ティアナ。
……ステファン、案内を頼むよ」
「畏まりましてございます、義兄上」
「「はーいっ」」
子供たちを笑顔で見たリオネル王太子はレティシアに手を差し出す。そして愛する妻を見て言った。
「お手をどうぞ。愛するレティシア。今回皇帝陛下より定められた結婚の条件である子供たちとの交流が叶いそうで本当に良かったよ。……まだまだ娘を嫁にやる気はないけれどね」
レティシアは愛する夫リオネルの手を取って微笑みながら言った。
「ありがとう。……ふふ、本当ね。だけど、きっと伯父様達は驚いて大喜びするわよ。だってティアナの瞳は……」
そう言いかけたレティシアにリオネルは『おや?』という顔で言った。
「……それは、もう義父上がお話ししてあるのでは?」
「いいえ。お父様はそういう事は絶対に黙ってらっしゃるわ。そして実際に見せて驚くところを見るのがお好きなのよ」
「……あぁ、まぁ確かに」
レティシアの父親に対する推測に、成る程とリオネルは苦笑した。
◇ ◇ ◇
――2日後、ランゴーニュ王国の王太子一家は帝城の皇帝陛下との謁見の間へ、そして皇帝の御前に向かって帝国貴族達が並ぶ前を進む。
子供達にはこれから帝国との親善大使として頻繁に行き来する事になると、小さな頃から話をしてある。
物心ついた頃から帝国の父やステファン、そして気心の知れた帝国貴族達が遊びに来てくれるので、これからはお祖父様の所に遊びに行けると喜び、子供達には今のところそれ程抵抗は無さそうだ。
特に、ティアナ王女は帝国に憧れているようだった。
「おとーさま、おかーさま。うふふ……。楽しみ、ね!」
そう言って笑って両親を見るティアナ王女の瞳は母レティシアと同じ……、深く美しい紫色。
それを見た帝国の貴族達は息を呑む。
それは勿論、ヴォール帝国皇帝も同じ。皇帝は、真っ直ぐにティアナ王女の瞳を見、驚きに一瞬その動きを止めた。
その近くでクライスラー公爵はその様子を楽しげに見ていた。
「『ヴォールのアメジスト』……」
……誰かが、……そう呟いた。
《完》
ーーーーー
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
この後、レティシアとリオネルの子エルネストとティアナは大きくなるまで親善大使を続けます。両親であるリオネルとレティシアは勿論、王国では祖父母である国王夫妻やコベール子爵夫妻に愛され可愛がられ、帝国では頼りになるお祖父様エドモンドと叔父ステファン、その他の帝国の貴族や皇帝にも可愛がられ帝国学園に留学したりもします。
アルフォンス皇太子の息子ヴィルフリートとティアナは必然的に『婚約者』とされますが、皇子はティアナのお転婆ぶりに惹かれていくという、ある意味ヴォール帝国あるあるで2人は上手くいきそうです。
この後、番外編が2話続きます!
お付き合いいただければ幸いです。
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