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そして王国へ
再会と不穏 2
しおりを挟むリオネルがクライスラー公爵の言葉に疑問を抱いていると、クライスラー公爵の更に後ろの馬車から降り立った帝国の貴族が進み出て来た。
「レティシア様は我らが皇帝陛下の大切な妹皇女の御息女。……残念な事に皇女殿下はこの王国でご不幸な事になられた。皇帝陛下におかれては、その悲劇の皇女の娘であるレティシア様を皇女と同等のお立場として扱うとご決断された。……であるから、このランゴーニュ王国でもレティシア様を『皇女』が嫁がれたとの認識を持って遇されるようにとの皇帝陛下よりの御言葉だ」
「……ッ! レティシアを……、『皇女』と同等にと、そう皇帝陛下が……」
リオネルがクライスラー公爵の招待を受け参加したヴォール帝国帝城のあのパーティーで、初めてレティシアと皇帝は出会ったはずだった。あの後皇帝に誘われた茶会でも皇帝はそれまで苦労したであろうレティシアを幸せにする為にかなり心を砕いている様子ではあった。
リオネルとの結婚も、クライスラー公爵の口添えで条件付ではあったがアッサリと認めてくれたのだ。
あの後リオネルが帝国に滞在していた時はレティシアは一度も皇帝と会ってはいなかった。……あれからの7ヶ月の間、レティシアからの手紙には皇帝陛下との茶会がよく行われているような事も確かに書いてあったと思い出す。皇帝は交流を深めて更にレティシアに対する愛情を深めた、ということか。
考えるリオネルの横からクライスラー公爵がその貴族に言った。
「ゼーベック侯爵。詳しくはランゴーニュ王国の国王陛下のいらっしゃる所で話をする事といたしましょう。……私がレティシア様をエスコートしても……?」
クライスラー公爵の言葉にゼーベック侯爵と呼ばれた貴族はすぐさま反応した。
「何を仰るかっ! 昨夜の賭けで私がレティシア様をエスコートすると決めたではありませんかっ」
ゼーベック侯爵と呼ばれた貴族はそう言ってクライスラー公爵に詰め寄った。「……そうでしたかな」と公爵は飄々としたものだ。
「ちょっ……、お父様、ゼーベック侯爵? 昨夜熱心に2人でカードゲームをされていると思ったら、そういう事だったのですか? やっと仲良くなられたのかと喜んでおりましたのに!」
すかさずレティシアが声を上げた。
「済まない、レティシア。2人共どうしても君をエスコートしたかったのだよ」
クライスラー公爵が少し残念そうにそう言えば、ゼーベック侯爵は得意げに笑いながら言った。
「本日は、僭越ながら私ゼーベックがレティシア様のエスコートをさせていただきます。……ふふ。悪いですな、クライスラー公爵」
レティシアはかなりリオネルを気にする様子を見せながらも、ゼーベック侯爵に促され歩き出した。
……後にはリオネルと、……クライスラー公爵。
「……わざと、負けられたのですね」
リオネルがそう呟くと、クライスラー公爵は困ったように笑った。そして肯定も否定もせずに言った。
「……リオネル殿下。貴方が王国に帰られてから、レティシアを囲む状況はかなり変わったと思ってください。皇帝陛下は初めこそ行方不明になり不幸にも亡くなられた妹の忘れ形見を大切にしたいとだけ思われていたようでしたが、今となってはレティシアを通して妹皇女を見て……いえ、レティシアをご自分の娘のように愛しく可愛く思っておいでです。
勿論、それは私もそうですが……」
皇帝陛下が、レティシアを娘のように? 確かに、皇帝には1人息子の皇太子がいるだけ。そこに不幸な人生を送った妹皇女によく似た姪が現れたなら、愛しく感じるのは当然なのかもしれない。
「そしてこの王国には悪しき前例がある。……ヨハンナ王太后だ。なんといっても彼女も『帝国の公爵令嬢で皇帝の姪』だったのだから。……その王太后が結婚後夫である前王にどのような仕打ちを受けこの国の貴族達にどのような扱いを受けたかは、リオネル殿下もよくご存知でしょう?」
……確かに。『帝国の公爵令嬢で皇帝の姪』。レティシアの立ち位置は王太后と全く同じなのだ。
かなり我儘だったという王太后ご自身にも多少は問題があったかもしれないが、前王は大国ヴォール帝国皇帝の姪である王妃を蔑ろにし浮気を繰り返した。そしてそれを見ていた貴族たちも王妃を憐れみ馬鹿にした。
……前王の時代、帝国の皇帝の姪を蔑ろにした。つまりは、帝国を蔑ろにしたのだ。
リオネルはその事に思い至り、何やら背筋を冷たいものが走った。その様子を見てクライスラー公爵は話を続けた。
「……つまりは、皇帝陛下は大変憂慮されておいでなのです。また同じ事が繰り返されはしないか、と……。事実、リオネル殿下の第二妃の座を巡って我が『クライスラー公爵家の娘である婚約者』がいるにも関わらず、縁談や女性達が山のように殿下の元に来ていたと聞いておりますのでね」
「……山のように、などは……」
リオネルはつまらない言い訳をしようとしたが、おそらくクライスラー公爵は何もかもご存知なのだ。ヴォール帝国程の大国はこの小さな王国の事などは間者を入れるなどして大抵の事は分かっておられるに違いない。
リオネルがそれ以上何も言えないでいると、公爵は表情を変えずに言った。
「その為今回、皇帝陛下はレティシア様を『皇女』に準ずる立場であるとしてこの国の王妃として送り出すと決意されました。……それが、こちらの最大限の譲歩です。
そしてそれに付随する条件を飲まれない場合には、私はレティシアを今すぐ速やかに帝国へ連れ帰ります」
――レティシアを、帝国へ連れて帰る……!?
「公爵閣下、それは……!」
「……良いですか。これは、最初で最後の最大の譲歩です。私はリオネル殿下を信じたいとは思いますが、レティシアをこの国へ嫁がせるにはそれだけではとても足りない。この王国の国王以下全ての貴族の考え次第です。
リオネル殿下には10ヶ月もの猶予を差し上げました。当然この王国を掌握し、レティシアが王妃として安心して暮らし過ごしていける立場をご用意くださっているのでしょうね?」
この王国を、掌握?
……この10ヶ月、ひたすら国の安定の為に走り続けてきた。レティシアと会えない寂しさを紛らわせ、彼女を万全の状況で迎え入れる事が出来る様に。
しかし、全ての貴族を納得させられたかというとそれは難しい話だろう。未だにリオネルに第二妃や愛妾の話をしてくる貴族はいる。
「……全ての貴族の掌握は、難しいものと考えます。しかし、殆どの貴族はレティシアとの結婚そしてその後の明るい帝国との未来に期待を持って見守ってくれております」
リオネルが苦しいながらにそう言うと、クライスラー公爵はふむと頷いた。
「……今から国王陛下との謁見。王国の貴族達も多数集まっている事でしょう。そこでこの王国の者達の考えというものを見極めさせていただきます。
……今私はリオネル殿下とレティシアの2人の為に、最後のチャンスとして秘密裏にこの事をお話ししています。これからどう動かれるかはリオネル殿下次第。しかし貴方や彼ら王国の者たちの対応次第で我らはこのままレティシアを帝国に連れ帰ります。その事を覚悟してこの謁見に臨まれる事です」
――今からの、謁見でのこちらの対応次第でレティシアは帝国へ連れ帰られてしまう!
今やっとレティシアは私の元に帰って来たというのに……! ……王立学園で出会いその間ずっと思いを隠し、やっと想いが通じ合えたと思えば更に離れ離れになった。その時間をも耐え抜いたというのに!
リオネルはギュッと拳を握り締めた。
レティシアは、リオネルの大切な女性。彼女の輝ける魂に惹かれ彼女の微笑みに言葉に癒されてきた。皇女などではなくとも貴族でなくともレティシア本人を深く愛している。……しかし自分はこの王国の王太子。その為レティシアが帝国の公爵令嬢となり皇帝の姪と判明した事は、王太子の結婚としては話を進めやすかったのである程度歓迎していた。
しかし、もしもこの王国がレティシアと自分の未来を邪魔するものだとしたら。そこまでこの王国が愚かだったとしたのなら……。
リオネルは今までレティシアとの未来の為に耐えてきた。……しかし、公爵や皇帝の言うことも理解出来る。
何せ、既に一度このランゴーニュ王国は帝国の期待を裏切っているのだから。レティシアを深く愛する彼等が彼女を王太后と同じ結末にしたくないと考えるのは当然だ。
ヴォール帝国の皇帝や公爵たちを納得させる為に今どうするべきか。リオネルは先に歩くクライスラー公爵の背中を見ながら必死に考え続けていた。
ーーーーー
昨夜、レティシアのエスコートの権利を賭けたカードゲームでクライスラー公爵に勝利して、ゼーベック侯爵は上機嫌です。
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