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そして王国へ
再会と不穏 1
しおりを挟む精鋭揃いと一目で分かる鍛え上げられた多数の兵士達に守られた、華やかで豪華な馬車列……。
そのヴォール帝国皇帝の威信を見せ付けられた道中の街の人々はその豪華さや華々しさにため息をついた。子供達は女の子はあんな馬車に乗れるお姫様に男の子はあんな逞しくも華やかな兵士になりたいと憧れた。
「……子供達にあんなキラキラな目で見られる馬車に乗ってるなんて、不思議な気分よねぇ。ハンナ」
レティシアは馬車の中で、ランゴーニュ王国でもレティシア付きとなって付いて来てくれたハンナに話しかける。
……あともう少しでリオネル王子と会える。その待ち遠しい気持ちを逸らす為に敢えて色んな話題を振っているレティシアだった。
「そうでございますね。ヴォール帝国皇帝直々に遣わされた馬車列。皇女様と同じ扱いでの花嫁行列でございますから」
「……皇女と同じ……」
そうか、そういう事なのだ。
昨日皇帝陛下もそうだったし、あれ程父もゼーベック侯爵達も『ランゴーニュ王国に舐められてはならない』を合言葉? に随分と力を入れてくださったのはそういう事なのねとレティシアはゴクリと息を飲んだ。
「それは勿論『皇女』として送り出す事が出来なかった妹ヴァイオレット皇女の娘であるレティシア様への陛下の想いもあられるのでしょう。そして……。彼の国は以前も帝国からの公爵令嬢を王妃にと戴きながら、その扱いや対応が良くなかった悪しき前例も大きな要因であると思われます」
ハンナは表情を変えずに言った。こういう時のハンナは内心苛立っているという事が最近分かってきた。
「以前の公爵令嬢……。前王に嫁がれた王太后様ね。……確か前王は沢山の愛妾をもたれていたとか……」
……それで、夫であるその前王によく似ているという理由で実の孫であるのにリオネル王子の事を良く思われなかったのよね。
自分の血の繋がった大事な孫を、嫌な相手に似ているというであんな風に冷たくされたのは勿論良くないのだけれど……。
実際に帝国に行って感じたのだけれど帝国から見れば格下に位置付けされるランゴーニュ王国で、国王には浮気され続けその国の貴族達から憐れまれるのは、プライドが高かったという公爵令嬢には耐え難い事ではあったのだとは思う。
「そうでございます。……帝国も舐められたものでございます。本当ならば公爵令嬢はその時に帝国に帰られるかその不当な扱いを物申されても良かったとも思うのですが……。当時のクライスラー前公爵がお許しにならなかったとか。ですが帝国の貴族達はランゴーニュ王国の王や貴族達の対応をだいたいは分かっておりましたので、自然と両国はギクシャクとした、と聞いております」
「成る程……。前例があるから、余計に陛下も父もあれ程警戒されていたのね。しかも私が『元平民の子爵令嬢』だと王国の人々は知っているのですものね」
レティシアは納得して頷いた。
「……ですからもし。もしも、ランゴーニュ王国の王子が浮気などされたりレティシア様がこの王国の者たちに蔑ろにされるような事があったならば。どんな小さな事でも帝国に報告するようにと公爵閣下より強く命じられております。そして速やかに荷物をまとめて帰るようにと。皇帝陛下も同じくそう仰せとの事でございます」
サラッと述べたハンナの爆弾発言にレティシアは驚く。
「……え!? それはまた極端ではない?」
「それではレティシア様は夫に浮気され蔑ろにされても良いと? 王国の貴族如きにバカにされても良いと、そう仰るのですか? 貴女様のお立場は『皇女』に準ずるものです。貴女様を蔑ろにするという事は帝国を蔑ろにしているのと同じ事。……帝国としても決して許せる事ではないのです!」
いつも落ち着いているハンナにしては珍しく、少し興奮気味にそう言われた。
……そして、それは帝国の威信に関わる事。王国でレティシアが冷遇されたりリオネルが浮気などした場合には帝国としては自国を低く見られたという事になり、一気に両国間の関係は悪化する、という事なのだ。
だからこその皇帝直々の命令でのこの見事な花嫁行列と父とゼーベック侯爵の王国に対する厳しい態度なのだ。
「……では、私も低く見られることのないよう、『淑女教育』の成果を見せ付けなければならないという事ね」
レティシアは責任重大だわと感じながら決意表明した。自分の肩に両国の運命がかかっているのだから。
「勿論そうでございますが……。レティシア様はこの10ヶ月程で見違えるほどに立派な淑女とお成りです。『元平民』という事は隅にやって、帝国での普段通りにシャンとなさっていればそれだけで素晴らしい淑女ですわ」
そこはにこやかに褒められて、ここはランゴーニュ王国を守る為にも自分が頑張らねばと決意を新たにするレティシアだった。
◇ ◇ ◇
「ご報告いたします! ただ今、王都の正門にヴォール帝国よりレティシア様の乗られた馬車列が無事到着され王城に向かわれているとの事でございます!」
衛兵からの知らせが入り、一気に城内は騒めく。
……いよいよ、か……!
ランゴーニュ王国王太子リオネルも大きく息を吐き心を整え前を見る。
……長かった……。最後にヴォール帝国で別れて早7ヶ月。手紙のやりとりはずっと続けていたが、お互い多忙で最短往復で2週間もかかる距離を会いに行く事が出来なかった。
やっとレティシアに会える……!
国王夫妻や大臣たちも、何やらそわそわとしている。リオネルが帝国から帰りレティシアとの婚約を皇帝に認められたと伝えてから7ヶ月も経っている。婚約が正式に認められたと聞いただけではかなり不安だったのだろう。
「ッ! 見えて参りました! ……おぉ、なんと……!」
王城の門近くで彼女達の到着を待っていた衛兵が馬車列を見て驚いている。
「? どうかしたのか?」
王城の玄関で馬車から降りてすぐにレティシアを迎えようと待っていたリオネルは、衛兵達の様子に不思議に思い少し覗き込む。すると、帝国の先頭の騎兵の馬列が見えた。
……到着したのか、と安堵したのも束の間。
帝国の美しい騎兵達が、どこまでも続いて来る。
「なんと……! これは……」
リオネルは絶句した。
――そこには皇女の花嫁行列かと見まごう程に壮麗な馬車の列があった。
……これは、ヴォール帝国皇帝の本気度をまざまざと感じさせられるな……。
そしてその豪華な馬車は王城の玄関の中央辺りに停まった。
リオネルは気を取り直し、レティシアが乗っているかと思われるその馬車の横に立つ。
侍従が御者に一礼し、中の貴人に一声をかけて恭しく馬車の扉を開ける。
リオネルはその侍従の横から開かれた扉の中を見た。
……そこにはまさしく帝国の皇女かと思う程に美しい淑女レティシアがいた。いや、まさしく彼女は皇女に連なる者であるのだが。
レティシアはリオネルを見てばっと華が開くように微笑んだ。リオネルは高鳴る胸を抑えて微笑み返し手を差し伸べると、レティシアもそれにそっと手をのせた。
お互いに手袋越しではあったのだが、その互いの手の温かさに少し照れて2人は笑い合う。
周りの人々は、その2人の仲睦まじい様子に何やら気持ちが温かくなった。
「……お帰り。レティシア」
「……ただいま戻りました。リオネル殿下。お出迎えいただき、とても嬉しく思います」
淑女らしく、丁寧に答えてみたレティシアは、どう? とばかりにリオネルを見上げる。リオネルはニコリと笑って頷いて見せた。
やっと再会出来た2人は、互いの心は変わらず想い合っている事を実感していた。
「――これはランゴーニュ王国リオネル王太子殿下。この度は我がヴォール帝国の至宝レティシア様への直々の出迎え、大儀でございます」
レティシアのすぐ後ろの馬車から降り立ったのはヴォール帝国筆頭公爵エドモンド クライスラー。レティシアの義父である。
……ヴォール帝国の『至宝』? 勿論レティシアはヴォール帝国皇帝より公式に『姪』であると認められた。しかし、立場は一応『クライスラー公爵令嬢』なのでは?
そう不思議に思ったリオネルはクライスラー公爵を見詰め返した。
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