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父の告白 5
しおりを挟む「ディアナ。……お前はいったい何を話しているのだ」
レティシアがステファンの母で父の妹であるディアナ ロンメル侯爵夫人と話(ほぼ一方的に皇女と父の恋バナ)をしていると、不意に三日程聞くことのなかった美声が聞こえた。
「ッ! ……お父様!」
レティシア達が声のする方を見ると、そこには美青年と言っていいくらいに若く美しい父エドモンドが居た。
父は、レティシアを見て少しはにかむような笑顔を見せた。
「……ただいま。レティシア」
レティシアは自分でも気付かない内に立ち上がり、父の側まで駆け寄った。そしてその一歩手前辺りで立ち止まる。
「ッ……お父様……ッ。……心配、したんですよ? どうして帰って来てくださらなかったのですかっ」
そう言って、潤んだ目で父を見た。
「レティシア。……済まない。私は、罪を告白しておきながら……怖くなったのだ、君に冷たく見られる事が……」
レティシアと母ヴァイオレットは同じ深い紫の瞳。その瞳を見ていると、まるでヴァイオレットに見つめられているような気持ちになる。……その瞳で、冷たく見られる事はエドモンドにとっては辛く耐え難い事だった。
「だからって……! あんな話をしておいてそのまま帰って来てくださらないから……! ……心配、したんですからね? お父様が思い詰めていないかって……、悩み過ぎて倒れてないかって……!」
レティシアはエドモンドにそう言って詰め寄った。自分を案じてくれていた、と感じたエドモンドは先程までの心の重石が急に軽くなった気がして微笑んだ。
「……流石に私はそんなにヤワではないよ。……こんな父の事を、案じてくれていたのか……。レティシア、君はなんて優しい娘だ……」
エドモンドが感動してレティシアを見ていると、後ろから声がかかる。
「……そんな、『ヤワな事』になる寸前だったでしょう、父上! この3日間殆ど食事も摂らず碌に睡眠も取ってらっしゃらないんですから! 執務室に青い顔をして座っておられたから、すぐに医師に診てもらって、ほぼ『強制送還』されてきたんでしょうが!」
父を帝城まで迎えに行ってくれたステファンだった。
ステファンは父に物申した後、申し訳なさそうにレティシアを見た。
「遅くなってごめんね、お姉様。すぐに連れて帰るつもりだったんだけど、何せ父上がそんな状況だったから医師を呼んだり栄養のある物を食べさせたりと大変だったんだよ」
「『強制送還』って……! お父様ったら、何でそこまでの状態に……。お父様、こちらにどうか座ってください。……いえ、お部屋に行って身体を休められた方がいいわね」
そう言って父の後ろに控えるハンスに連れて行ってもらおうとすると、父が手でハンスを制した。
「……いや、ここで良い。……ではレティシア。こちらに座らせてもらうよ」
そう言って、先程までレティシアが座って居た席に父が座る。レティシアはその横で中腰になり、父を心配そうに見た。後ろからハンナが新たに椅子を運んでくれる。
エドモンドはレティシアに優しく微笑み、ハンスに合図をし人払いをした。……この場には、エドモンド、ロンメル侯爵夫人、ステファン、レティシア、そしてハンスとハンナ兄妹が残された。
「……まず、レティシアに謝らせて欲しい。あのような話をしておいて君の前から姿を消すなんて卑怯だった。
そしてこれは勝手な話だが、私は……ヴァイオレット皇女の娘であるレティシア、君に私の罪を裁いて欲しかった。私を罰する事が出来るのはレティシアだけしかいない。……そう思ったのだ……」
エドモンドは、レティシアの顔を見て素直に自分の気持ちを伝え謝罪した。
「お父様……。私はそのお話を聞いた時とっても動揺して……。お父様に酷い態度をとってしまってごめんなさい」
レティシアのその言葉を聞き、エドモンドは弾かれたように言った。
「それは当然だ! ……レティシアは突然不条理に大切な母を亡くしたのだ。そしてその元凶が私だったのだから。怒り混乱するのは当然だ……」
エドモンドは勢いよく話し出したものの、自分のその言葉にだんだんと落ち込んだようで俯いた。
「……でも、私はあの後ハンスさんからの話を聞いたりする内に、気付いたの。その事は、お父様のせいじゃないって。お父様はただ母をずっと愛してくれた。そこからそんな事になるなんて、誰も分かるはずがないもの」
「しかし私が君の母をずっと探していたから……」
「……そう、ずっと探して……愛してくれていたんですね。……ありがとうございます、お父様。この事を知ったら、お母様凄く嬉しかったと思います」
レティシアは一呼吸置いて目を閉じた。……そしてまた父を見る。
「……お父様。生前は昔の事は全くと言っていいほど話してくれなかった母なんですけれど。……滅多に飲まないお酒を飲んだ時だけ、言っていた事があるの。
『自分は昔貴族だった。一つだけ心残りがあるとすれば、それは昔の友人の事。あの時は裏切られたと思ったけれど、後から思えば助けようとしてくれた。私は気にしてないって、そう伝えられたら良かったのに』って……。
お母様も、あの頃には分かってたのよ。お父様は味方だったって……」
……レティシアは母の言葉を聞いた当時は、それが誰の何の事であるかは分からなかった。けれど全てを知った今なら母が言っていたのは母の友人であり深く愛してくれていたエドモンド クライスラーの事だと分かる。
「……ヴァイオレット皇女が……。そんな、事を……」
そう言って黙り込んだ父上エドモンドを見ると……静かに涙を流していた。
――愛する人が、ずっと探していた愛しい人が自分の事を気に掛けてくれていた。彼女が生まれ育ったこの帝国での、たった一つの心残りが自分だった。
その事実は、エドモンドの心に大切な温かい光となって灯された。ただ1人愛した人に想って貰えたというそれだけで、彼は自分自身に価値を見出せた気がした。
エドモンドは声も無く涙を流し続けた。レティシアもステファンもロンメル侯爵夫人もハンスハンナ兄妹も……。そんなエドモンドの切なくも温かい恋の結末に胸を痛めつつ見守り続けたのだった。
◇ ◇ ◇
エドモンド クライスラー公爵が自宅に戻った日の夜。
久々に、家族3人で夕食を摂っている。
……あの後、ロンメル侯爵夫人は兄の皇女を愛する想いが通じていた事、兄がそれを心から喜んでいる事に安堵し涙して帰って行った。
レティシアとステファンは、ハンスとハンナ兄妹も密かに涙を流しているのを見た。彼らも本当に父の事を想ってくれているのだと2人して嬉しくなり泣き笑いをした。
そうしていつものように3人で楽しく話をして食事を終える辺りで、レティシアは真面目な顔で父に言った。
「お父様。食欲が戻られたようで何よりです。……私、今回の事、結構怒っているのです」
「ッ! お姉様ッ!?」
レティシアの言葉にステファンは驚き、父は表情を引き締めた。
「……それは、当然だ」
硬い表情でレティシアの目ををジッと見た。父はこういう時、レティシアの瞳を通して『母』を見ているのだろう。
「3日も帝城に籠り、食事も睡眠もキチンと摂られなかった。お父様がそんな状態では娘の私も心配で食事も出来ないし夜も寝られません! ですから、今度このような事があればお父様に『罰』を与えますからね!」
怒っている内容を聞き、ステファンは胸を撫で下ろした。
そしてステファンも、父は確かに自分はどうなっても良いと思っている節があると思った。
「『罰』……?」
父も少し拍子抜けしたような様子で呟いた。
「そう、『罰』です! お望みだったでしょう?
お父様が食事を抜けば私も抜き、お父様が一晩寝ないなら私も寝ません。……私を健康でいさせたいのなら、ちゃんとした生活をなさってください」
レティシアは父の困った顔をじっと見て言った。
父は、おそらく母を死なせたと思い込んだ時から、自分がいつ死んでもいいと考えている。……もしかしたら、自分が嫁ぎ弟ステファンが家を継げるある程度の年齢になったなら、かなり自暴自棄な生活を送るのではないだろうか?
「……私が嫁いで居なくなって分からないなんて事はありませんから。ちゃんとステファンから報告してもらいますからね! お父様があんまりな生活をなさっていたのなら、私もそんな生活になって倒れてしまうかもしれません。
私を、健康でいさせたいのならお父様も健康でいてくださらないといけませんのよ」
レティシアは口ではそうキツく言いながらも父を優しく見詰めた。
「……僕、逐一お姉様に報告しますから。……それに僕もお姉様と同じようにするかもしれないですよ」
姉の意図が分かったステファンも加勢した。
「……お前たち……」
父は、初め驚いた後……、涙に濡れていた。
エドモンド クライスラー。彼は幼い頃は両親からの愛に飢え、更にただ1人愛した女性との恋も残念ながら叶う事はなかった。
……しかし、この時からの彼は家族の愛に恵まれた。大切な家族を愛し愛される幸せな人生を送ったのだった。
ーーーーー
本当の親子でない3人ですが、心は繋がり一生大切な家族となりました。
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