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ヴォール帝国へ
父の告白 3
しおりを挟む……コンコンッ……
部屋の中の反応を窺うように、扉がノックされた。
「……お姉様。入ってもいい?」
「…………どうぞ」
レティシアは少し不機嫌な声で、弟ステファンを部屋に招き入れた。
そして実際、ステファンが部屋に入るといつも笑顔の姉が珍しく顔を顰めている。
「……お姉様。……まだ、怒っているの?」
ステファンのその言葉にレティシアは弾かれたように言った。
「……ッ当たり前でしょう!! お父様ったらあれからずっと屋敷に帰っていないのよ!! 怒るに決まってるじゃない!」
――エドモンド クライスラー公爵が娘であるレティシアに爆弾発言をしてから3日。それから父は一度も公爵邸に帰っていなかった。
◇ ◇ ◇
あの日、帝城から帰ったレティシアは公爵家に帰る道中に父の従者ハンスと話をし、そして冷静に色々と考えて思った。
……母の最期の事は、父には責任はない、と。
むしろ、20年以上愛し続けた女性を自分の行動のせいで死なせてしまったと知った父は誰よりも、……もしかすると娘の自分よりも苦しんだのではないだろうか?
あの話を聞いた時自分もショックのあまり父に酷い態度をとってしまったが……。
なんの罪もない、政争に巻き込まれそれでも密やかに堅実に生きていた母ヴァイオレットを、自分の息子がその母を想い忘れられないから邪魔に思ったという身勝手な理由で死に追いやったというクライスラー前公爵の事は決して許せない。
けれども、父エドモンドはその母ヴァイオレットを誠実に愛しずっと探し続けてくれていた。捜索中偶然子供だったハンス兄妹を人里離れた場所で発見する程に。それほどあちこちを探し続けてくれていたのだ。
……しかしそのせいで愛する人が死に追いやられるだなんて、誰が思うだろうか? そんな事は父に予想出来るはずがないのだ。
そして母の最期の事実を知り、父は誰よりも苦しんだ。
――そう。父は私に罪を告白し、おそらく自身を裁いて欲しかったのだ。
……それなのに。
どうして帰って来ないの、お父様!!
レティシアはその事に怒っているのだ。
勿論、父を裁こうというのではない。だってレティシアが考えて、父には罪はないのだから。
「……うん。多分だけれど、今度は怖くなっちゃったのかな? お姉様に何を言われるのか、……そして冷たい態度を取られるんじゃないかって思えて怖いんだよ」
怒るレティシアに、弟ステファンは躊躇いがちにそう言った。
「でもそれで3日もお屋敷に帰らないなんて、お父様ったら子供じゃないんだから! ……やっぱりここは私が帝城へ行ってお父様に……」
レティシアはそう言って立ち上がろうとしたがステファンがそれを止める。
「だから、ダメだってお姉様! 帝城へ行って、今のお姉様は冷静に父上と話が出来るの? コレは我が家の機密事項にしようって話をしたでしょう? クライスラー公爵家の派閥全部の貴族に関わってくる事だからって!」
そう、あの日帝城から帰ったステファンとレティシアは今回の事全てを話し合った。
ステファンはレティシアが母親の死の真相を知り公爵家を憎んでいるのではと心配したが、意外にも姉は冷静だった。後から聞けばハンスと話をして冷静に物事を考えられるようになったとの事なので、後で父からハンスを誉めて特別手当でも出してもらわなければならない。
……が、今はその父が居ないのでまだ話が出来ていないのだけれど。
とにかく、レティシアは前公爵には思うところはあるが、父に関しては怒る要素は何もない。むしろレティシアと同じくらいには母の死にショックを受けていたと思うと言った。
だからステファンはこの事実がもし公になった場合はこの公爵家と、それに連なる貴族達が最悪どうなるのかという説明を姉にした。最悪、家のお取り潰しや処刑などもあり得ると。
レティシアはその話を聞いてゾッとした。
前公爵は許せないが、他の人たちが酷い目にあうことなどは望んでいない。
それで2人で話し合って決めたのだ。この話は、一生誰にも話さない、と。そして前公爵は父が僻地に幽閉している。筆頭公爵の立場にあって自らの推す皇子が皇帝となり、この世の栄華を味わった人が実の息子に追いやられたのだ。前公爵はこれから今までと全く違う侘しい暮らしとその扱いに苦労していくのだろう。
……他の人に影響がいく位なら、それでもういいではないか。これ以上どれだけ復讐なんてしても……、もう母は帰らない。
「それなのに、その話を持ち出した肝心要のお父様が帰っていらっしゃらないから! こちらがこんなにヤキモキしてるんじゃないのよー!」
レティシアの苛立ちの雄叫びにそれも一理あるとステファンは思った。
「……だから、お姉様。僕が今から帝城に行ってくるよ。お父様の首を引っ掴んででも連れて帰ってくるから待ってて」
レティシアは弟のその言葉に頷いた。
◇ ◇ ◇
「ステファンではないか! ……今日は呼び出してはいないがどうしたのだ?」
ステファンが登城し父クライスラー公爵の部屋に向かっていると、皇太子アルフォンスと廊下で鉢合わせた。
「皇太子殿下。……ご機嫌麗しゅう。今から父の所へ向かう所なのです」
ステファンは正直今は余り会いたくなかったと思いながらもそうは感じさせない笑顔で答えた。
「ああ。クライスラー公爵か。……公はどうかなされたのか? 3日も帝城に詰めるなど。従兄弟どのを養女にされてからはずっと仕事を早く終わらせすぐに屋敷に帰られていたのに」
クライスラー公爵の最近の変わりようは帝城でも噂になっていた。
当初レティシアが皇帝の姪であるとの事情を知らぬ者達は、初めは彼女を公爵の愛人かと思っていた位だった。レティシアが来てからは表情が豊かになり、毎日すぐに屋敷に帰るようになっていたからだ。
「……それでどうやら仕事が随分と溜まっていたようでして。父は暫く帝城に泊まっていたのですが、姉が心配しておりますので迎えに来た次第です。姉が嫁ぐまでの時間は限られておりますので」
「……そうだったな。あと半年程か? ……ステファン、お前もせっかく出来た姉が嫁いでしまうのは寂しいだろう」
「……はい。姉は、……レティシア様はいつも私に優しくしてくださいますから……」
ステファンだって勿論姉が行ってしまうのは寂しい。だけど姉がその婚約者である隣国のリオネル王子と想い合っているのは2人の(邪魔をして)様子を見ていればよく分かったし、姉が幸せになるのならそれが1番良いと思っている。
……とにかく今の問題は、父だ。残り少ない姉との時間を無駄に過ごしていいのか?
「ですから、父に言ってやろうと思ってこちらに参ったのです。……実は父と姉はつまらない喧嘩をいたしましたので、早く仲直りしないと姉は半年を待たずして王国へ行ってしまいますよと脅しをかけようと思っております」
割と本気でそう言ったステファンの真剣な様子をアルフォンスは驚いて見た。
「そ、そうか……。クライスラー公爵にも意外に可愛いところがあるのだな。……大丈夫だ。秘密にしておく。
……従姉妹どのには半年間は帝国に居てもらえるよう公爵をきっちり脅しつけてでも説得してきてくれ。そうでないと我が父である皇帝も拗ねて大変な事になるだろうから」
アルフォンスも割と本気でそう言った。
自分に娘というものが居なかった父皇帝は、愛する妹皇女の娘という事もあるだろうが相当レティシアを気に入っている。彼女がもし予定よりも早く居なくなるような事があれば、アルフォンスにとっても結構面倒臭い事になるのが分かる。
そんな利害の一致したアルフォンス皇太子からもエールをもらい、ステファンは父クライスラー公爵の部屋に向かったのだった。
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