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ヴォール帝国へ

帝国での恋人達 3

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「……それはようございました! レティシア様との婚約をヴォール帝国皇帝より正式に認められたばかりか、将来のお2人のお子様を帝国の妃とするお約束までしていただけるとは!」


 皇帝主催の茶会が終わり、レティシアとまた明日会う約束をしたリオネルは帝都にあるランゴーニュ王国の領事館に戻った。
 そして今日のあらましを今回帝国に同行してくれた側近イヴァンに話した。……ちなみにもう1人の側近ジルは王国に残りリオネルの仕事を仕分けてくれている。


「……そうだよな。普通はこちらは泣いて喜ぶ話なんだよな。それなのになんでだろう、モヤモヤするというかすごくしてやられた感があるのは……」


 リオネルは何やら素直に喜べない。……多分、まだ存在もしていない自分の未来の娘をもう嫁にとられてしまった気持ちなのだ。しかもそちらもまだ存在もしていない帝国の未来の皇子に。


「何を仰っているのですか! 我が国の最大の懸念材料であった帝国との関係が一気に良きものとなるのですよ!? ああ、リオネル様! ここは一刻も早くレティシア様と結婚して、早くお子様を!」
 

 なにやら興奮し、気の早過ぎることを要求してくるイヴァンにリオネルは慌てて言った。


「なっ……! 何を言っているのだ! それにレティシアが王国へ帰れるのは最短でも半年後。それから結婚式までは更に2ヶ月後なのだぞ! それを……子供などと……! ……そうだ、それにまだ相手の親となるアルフォンス皇太子殿下もご結婚の日取りも決まっていないのだし……!」


 赤くなり大慌てで言うその姿は、照れているようにしか見えなかった。
 そしてそんなリオネルを見て、イヴァンは少し冷静になる。


「……リオネル様。申し訳ございません。私の気が早過ぎました。そうですね、お2人のご結婚までにはまだ9ヶ月近くはあるのでした。まだまだ先、でございましたね」


 まだまだ先、という言葉に固まったリオネル。


「……そうだな……。9ヶ月後は、まだまだ先だ……。しかも半年以上はまだレティシアと離れ離れになったまま……」


 先程から一転して急に意気消沈してしまったリオネルに、しまった意地悪が過ぎたかとイヴァンはフォローに入る。


「それに……そうです! その、まだまだ先のお話ですが、もしもリオネル様とレティシア様とのお子様が男の子ばかりだとしたら、おそらくそのお子様は皇女様かそれに連なる貴族の令嬢とのご結婚、という事になるのでしょう。あちらはレティシア様の世にも稀な『ヴォールのアメジスト』の血筋が欲しいのでしょうから」


 イヴァンはリオネルと長い付き合いだ。リオネルが何にモヤモヤしているのかなどすぐに分かった。


「……そうか、そういう事か、その可能性もあるのか。あぁ、未来の娘をもう嫁にやらねばならないのかとそればかりにヒヤヒヤしてしまったよ。……息子、か……。うん。そうだな、男の子はいずれ旅立つものだしな……」


 などとリオネルは何やらわからない理由に納得していた。

 
「ところで……。リオネル様。レティシア様とのご婚約を皇帝陛下に認めてもらえたとの事、誠におめでとうございます。そして、レティシア様にはヴォール帝国皇帝陛下が後ろ盾にもなってくださるとの事。お2人の未来に良い兆しばかりでございます!」


 改めてイヴァンに祝われ、ランゴーニュ王国として非常に喜ばしき事態である事を改めてリオネルは感じた。
 そしてそのめでたい話を王国へ知らせたりと忙しく動く2人なのだった。


 その知らせを受けたランゴーニュ王国でもお祭り騒ぎになったのはいうまでもない。


 ◇ ◇ ◇


「……本当に、最初に見た時はまるで王宮かと思ったよ。これがヴォール帝国の筆頭公爵家の邸宅か……」


 リオネルはクライスラー公爵家のその規模その豪華さに驚くしかなかった。
 ランゴーニュ王国の王城、まではいかないまでも小国の王城位はある。レティシアの手紙に書いてあった通りだった。


「……そうでしょう? 私もやっと慣れてきましたが、最初は随分屋敷内で迷いました。……いえ多分、今でも自分がよく行く場所しか分かっていません。そして怖くて飾ってある物にも触れませんわ」


 レティシアは苦笑しながら言った。リオネルも苦笑しつつそうだろうね、と返す。
 今2人は公爵邸の庭の東屋にいる。花々が咲き美しく整えられた公爵家自慢の庭の一つだ。昔はここでガーデンパーティーもよく行われていたそうで、ここからは公爵邸の豪華さがよく見えた。

 2人は改めてこの風景を見て思わずほうと感嘆のため息をついた。



 レティシアとリオネルは、リオネルの帝国での滞在期間中は出来るだけ一緒にいようと話していた。

 勿論リオネルは帝国滞在中はランゴーニュ王国王太子としての外交などの仕事があるが、その合間をぬってはレティシアに会いに来る事にしている。
 レティシアもパーティー後には山のようにパーティーなどの招待状が来ていたが、それは公爵や執事達がまだ選別中だ。


 そしてリオネルはレティシアがランゴーニュ王国を出る時に気にしていた、リオネルの元婚約者ローズマリーと弟アベル王子のその後を話していた。


「そうですか。ローズマリー様は領地からアベル様にずっと手紙を……。お2人は心から思い合われているのですね、本当に良かった……」

 レティシアは心から安心した。
 
 前世の乙女ゲームでの『悪役令嬢』であり、おそらくは同じ転生者であるローズマリー フランドル公爵令嬢。ゲームでの主役であった彼女がいわゆる『バッドエンド』になり、身分も愛も全て失ったと聞いてレティシアは動かずにいられなかった。

 ……とはいってもレティシアに出来る事には限りがある。
 しかしレティシアの手紙にローズマリーは応えてくれた。そしてそこから彼女が本当は一番に欲しかったはずの『愛』を手に入れられたようだった。


「2人はレティシアにとても感謝していた。勿論私や両親も……。あの『予言』にパーティーでの事件、そしてその後起こったフランドル公爵家の反乱騒ぎで2人は公に認められる訳では無いけれどね。そして事件を反省し晴れて2人が会えるようになるのはまだまだ先の話だ。
しかし私も両親も、2人がそれに耐えられると信じている」

「……私も信じます。いつかは皆で笑顔で会えると良いですね」

「ああ。……しかし2人が会えるのは、私たちが結婚して数年経ってからという条件が出されている。……だから、レティシアが私の元へちゃんと帰ってくれなければ」

 リオネルはそう言ってそっとレティシアの手を握った。

 レティシアは顔を赤くして俯く。


「……レティシア……。私の目を見て?」


 リオネルの言葉に恐る恐るレティシアは視線を上げた。

 ……そこには、あの乙女ゲームで見た完璧な王子様。その美しい金の髪が庭に優しくふくそよ風に揺られ、その空のように青い瞳には自分が映っている。

 レティシアは、学園時代に見つめる事を許されなかったその姿を、今その本人から望まれて見つめ返している。
 ずっと、好きだったその人の姿を――。

 レティシアの瞳から涙が溢れた。

「……リオネル様……。私、立派な帝国淑女になったら、必ずリオネル様のところへ帰ります」

「レティシア……!」


 リオネルはレティシアを抱きしめ……、ようとしたが。


「……お茶のおかわりはいかがでございますか?」


 少し離れた所に控えていたはずの侍女ハンナから声がかかる。


「お姉様! ……僕も一緒にお話しさせてもらっていいでしょう? リオネル様。王国の事を教えてください!」


 クライスラー公爵家嫡男ステファンも出てきて2人の間に入る。


 リオネルとレティシアはパッと離れて赤くなった。そして2人で苦笑し合い、この後はステファンとも楽しく過ごした。



 ……というような事が繰り返され、リオネル滞在中は2人が完全に2人きりになる事はなかったのである。


 



 


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