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ヴォール帝国へ
弟ステファン 2
しおりを挟む「こちらこそよろしくね、ステファン様。……お母様はご一緒じゃなくてよかったのかしら」
どこか冷めた微笑みを浮かべるクライスラー公爵家嫡男であるステファンに、少しの戸惑いを感じつつレティシアも挨拶を返した。
そして何故彼だけが母親と離れてここに入って来られたのか分からず聞いてみたのだ。
「私はこの公爵家の息子ですから。母はこの家の娘だったとはいえもう他家に嫁いだ身になります。外で余計な話をされぬように、それに……姉上に余計な心配をおかけしないようにとの義父上のご配慮だと思いますよ」
思っていたよりもしっかりとした答えにレティシアは驚く。……急に現れた姉という存在に思い悩み胸を痛めていた思春期の少年ではなかったのかしら?
「そう……。私は貴方という弟が出来ると聞いてとても楽しみにしていたの。これから仲良くしてくださるかしら?」
レティシアがそう言うと、ステファンは頷き答えた。
「勿論です。今、姉上にお会いして私はこれからこの公爵家を盛り立てていくべきなのだと分かりました」
『盛り立てていくべき』?
自分と会ってそう思ったとはどういう事だろうかとレティシアは疑問に思った。
「……ステファン様? 私はこの公爵家の養女にしてはいただいたけれど、すぐに嫁いでこの家からは出るのです。だから貴方がもし後継争い的な心配をしているのでしたら……」
「姉上。そうではありません」
レティシアは自分の存在がステファンの公爵家の後継としての存在を脅かすと思われたのかしらと心配しそう言ったが、ステファンはすぐにそれを否定した。
「私は当然この公爵家を継ぎます。……そして姉上がどちらに嫁がれようと、その後も姉上をこの公爵家をあげてお守りする。その為に私がいるのだと、そう分かったのです」
ステファンの確かな決意を感じさせるその言葉にレティシアは少し戸惑う。
……ステファンとは、今初めて会った。そして彼はこの約1週間自分とは明らかに接触を避けていたはず。いくら彼の実の母が難しい方だったとしても、今の口ぶりから彼は自由にこの公爵家に戻りいつでもレティシアに会いにこれたのだと思う。
この公爵家に来てからのレティシアの動向を窺っていたのだとしても、ステファンはこの広い屋敷に居ながらレティシアに会わずにいる事は出来たはず。つまりは彼は自分の意思で公爵家から離れレティシアを警戒し接触する事を避けていた。
……それなのに、会ってみたらレティシアを守る気になったとはどういう事だろう?
戸惑いながら自分を見詰めるレティシアにステファンは静かに微笑んでみせた。
「姉上。私に姉上の事を色々と教えてください。ご結婚されるという王国の王太子の話、……そしてご実家の子爵家のご家族の話などを」
「……お嬢様はこの後は午後の先生がお見えになりますので予定が詰まっていらっしゃいます。お話がございましたらお夕食時に、公爵閣下がお帰りになられてからになさいませ」
そう言ってステファンの話に割って入ったのは先程部屋を出て客人の様子を見に行ったハンナ。彼女はいつの間にかレティシアの側に来てステファンとの間に入った。ステファンは一瞬悔しそうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「……そうですね。義父上と一緒の時にお話をうかがいます。姉上。それでは後ほどお会いしましょう」
ステファンは礼儀正しく礼をし出て行った。
「……ステファン様には、公爵閣下が詳しいお話をしてくださるはずです。
……実は、ステファン様は閣下からレティシア様を養女にされると聞かれた後、詳しいお話を聞く前にご実家である侯爵家に戻ってしまわれてそのまま……。レティシア様にご心配をおかけするかと思い、黙っておりました。誠に申し訳ございません」
ハンナはレティシアに済まなさそうな表情で謝罪した。レティシアは大丈夫と笑って言った。
「あの位の年頃の子なら、そうなっても仕方がないわ。しかも養子という不安定な身で私が来ることになって不安もあったのでしょう。……それは子供らしくて自然な事だわ」
ステファンは、やはりレティシアが養女となる話を聞いて最初は動揺したのだ。……子供なのだしむしろその方が自然なのだ。
それなのに、今のステファンは吹っ切れているというか、何かに納得して達観したというか……。
それとも『自分が公爵家を継ぐべきだと分かった』というのは、実際のレティシアを見てコイツにはこの公爵家は任せられないと思ったってこと? うーん……。それも地味にショックだけれどまあ事実よね、仕方ない。
「……そうでございますね。それが自然な事なのでございますね」
ハンナは少し悲しそうにそう答えた。
◇ ◇ ◇
「レティシア。昼間は妹が騒がせてしまったようで済まなかったね。……そして私の息子、ステファンだ。仲良くしてあげて欲しい」
ステファンと初めて会った日の夕食。
お父様が帰って、どうやら公爵家に戻ったステファンと先に2人で話をしていたらしい。夕食の間に2人は一緒に入って来た。
「はい。先程お会いしました。改めてよろしくお願いします。ステファン様」
そう言ってレティシアはステファンに笑顔を向けた。
「姉上。先程は突然お邪魔して申し訳ございませんでした。……父から詳しく話を伺いました。私は将来のクライスラー公爵家当主として姉上をお守りし支え続ける事をお誓いします」
その子供らしからぬ物言いに戸惑ったレティシアは、救いを求めるように父公爵の顔を見た。
「レティシア、……ステファンも。私は君たちが仲の良い姉弟となってくれると嬉しい。レティシアは暫くすれば隣国に嫁いでしまうが、姉弟の絆はしっかりと持ち続けて欲しい」
父公爵はレティシアとステファンの2人に向かってそう話した。
……うん、勿論私もこのステファンと姉弟として仲良くしていこうと思っている。だけど……。
「……お父様は、ステファン様に私の事をどのようにお話しくださったのですか? ……ステファン様は私という姉が出来る事をお知りになって実家に帰られたと聞きました。……お父様が私の事で何かとお忙しかったのは分かっております。けれど大事なお子様であるステファン様を、もっと早くに迎えに行って差し上げるべきではなかったのですか?」
そこまで言ってから、言い過ぎたと気付きレティシアは口を閉じた。
父公爵とステファンは驚いた表情でこちらを見ていた。
流石に怒られるかとレティシアは落ち込む。
「……あの、ステファン様はお寂しかったと思うのです。この状況で急に姉が出来ると言われても決して嬉しいものではなく、とても複雑で不安な気持ちになると思うのです。だから父親である公爵がその時にもっと色んなお話をして差し上げたら、不安なお気持ちも治ったのではないか、とそう思ったのです。
……申し訳ございません。お2人の関係性を何も知らない者が横から余計な口を挟んでしまいました……」
そう言ってシュンとしたレティシアに、父公爵は優しく微笑んで言った。
「……いや。その通りだ。私には親としての自覚が足りなかったようだ。忙しかったのは確かだが、それでも優先すべきは我が子であるステファンであるべきだった。
……済まない。ステファン。私の配慮が足りなかった。お前もレティシアも、私の大事な子供だ。とても大切に思っているよ。ただ……私はどうも愛情の表現が上手ではないようだ」
その言葉に子供たち2人、特にステファンは驚きを隠せなかった。
ーーーーー
レティシアは子供らしくない言動をするステファンが心配になりました。
そしてステファンは自分が公爵家にいる意味は『立派な跡取り』となる為だけで、『自分』を求められてはいない、と感じていました。父エドモンドの愛情表現下手で誤解やすれ違いが起こっていたようです。
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