42 / 89
卒業パーティー
恋の行く末 2
しおりを挟む「ねぇ、ハンナ。申し訳ないのだけれど……、この手紙を密かに届けてもらう事は出来るかしら?」
フランドル公爵家の話を聞いた夜。レティシアは手紙を書いた。
そしてそれをハンナに届けてもらえるようにお願いする。
ハンナはそれを、本来の主人であるクライスラー公爵への手紙かと思い喜んで受け取ったが……。その宛先を見て表情を消した。
「レティシア様。……いったいコレは……」
おそらく渋られるだろうことはレティシアにも分かっていた。
「お願い、ハンナ。他にこんな事頼めるのも出来そうな人も居なくて……。彼女がコレを受け取らないというのなら処分してもらっていいわ。でも……。今、彼女はとても追い込まれていると思うの。それはある意味自業自得だしどうしようもないとは思う。でもそのままそんな思い詰めた状況でただ不幸に飲み込まれてしまうなんて……。
誰でも、苦しい時悲しい時には助けが欲しいもの。……何か少しでも突破口があれば、自分の力でそれを乗り越えられると思うの。だから……!」
ハンナは目を見開いた。元平民として暮らしていたというレティシア様。彼女は自分の知っている貴族令嬢とは随分と違う。彼らは高慢で、自分達侍女や護衛をまるで虫ケラや空気のように扱う。……レティシア様は元平民だから、こんな考えになるのだろうか……?
――それにもしも。
あの時の自分達にも助けがあったなら。叔父に爵位を奪われたあの時、こんな風に親身になってくれる人がいたのなら――。
ハンナは目を閉じ、そして頷いた。
◇ ◇ ◇
「支度は進んでいるのかい? 兄上達も落胆の余りに私の言うことに答えてくださらない。今回の事はお前にも責任はあるのだから、しっかりと両親を支えてやりなさい。領地の離れが兄上やお前の屋敷になる。おそらく社交界に出る事ももう無いから豪華過ぎるドレスや物は荷物になるだけだから置いて行きなさい。……後で、兄上達にもお前からそう話をしてやってくれ」
元王宮の官吏で爵位もなかったお父様の1番下の弟。
あの貧乏くさかった叔父が、新たな『フランドル公爵』となった。他の弟達は爵位を持ちフランドル公爵派として今回の事に関わっていた事から後継からは外されたのだ。……そしてフランドル公爵家嫡男である弟はまだ余りにも幼かった。
……新たなフランドル公爵家は領地を随分と減らし、王家や他の貴族達の信頼も失ったマイナスからのスタートとなるだろう。
ローズマリーはこちらに気を遣いながら部屋を出ていく叔父の後ろ姿を感情を伴わない表情でじっと見ていた。
……もう、涙も尽きた。あの卒業パーティーから全てがまるで手から砂がこぼれ落ちるようになくなった。……本当に何もかも、なくなった。
このフランドル公爵家も、…………愛するアベルも。身分も未来も無くなった。そして、あの『攻略本』の内容も。あのパーティーより先は、めでたしめでたしで終わっている。バッドエンドのその後の内容なんて胸糞悪くて覚えていない。
どうしてこうなったかだなんて、幾らなんでももう分かっている。……分からざるを得なかった。
……そう、『予言』だ。
ローズマリーが予言を出す事で、内容が狂ってきたのだ。『攻略本』で先が分かるからと、調子に乗って『予言』を出し続けたから。
『こうなる』と言われれば、人は誰しもそれが悪い内容ならば回避しようと考えるだろう。私は『予言』を出す事でどんどん内容を書き換えてしまったのだ。
特に『リオネル殿下』。彼は幼い頃からその罪を責められ続けた事で、辛く哀しい思いをした。そしてそうなるまいと努力した。今の彼はゲームでの彼とは全く違う。……それにもっと早くに気付くべきだった。
私が幸せを……アベル王子との未来を掴めた最後のチャンスは、国王陛下よりリオネル殿下との婚約を白紙にしアベル殿下と婚約をと言われた時だろう。
どうしてあの時、ゲーム通りに話を進める事に拘ってしまったのか。好きな人との結婚話だったのだ、喜んで受けるべきだったのだ。それを自分はこの世界はゲームだと、そう思って断った。
あのゲームでのローズマリーもアベルを愛していた。彼女は国王に決められたリオネルとの婚約に縛られてアベルとの恋を諦めていたのだ。……アベルを愛していたのなら、あの時に婚約話を受けるべきだったのだ。
――けれど、全てはもう遅い。
あの後叔父に王都の物々しい警備の話を聞いたにも関わらず、『予言』通りにならず王国の覇権を取れなかった事で追い込まれ、後に引けなくなったフランドル公爵達は公爵家の持つ私兵達を動かそうとした。それはすぐさま王家に知らされ事は露見した。……しかしまだ兵の場所を移動させただけだった為に公爵家は父の失脚だけで許された。
その、失意の中一気に老け込んだ両親と共に、ローズマリーは領地の片隅で一生暮らす事になる。愛するアベルと離れて。
ローズマリーはその豪華な部屋のベランダから外を眺めた。生まれた時から暮らすこの豪華な屋敷とも、もうお別れ。アベルとも、もう会えない。
ローズマリーは不意に思い出していた。
……ああ、あの時もこんな気持ちになったわ。
前世日本で、受験の時期にこの乙女ゲームにハマり込んで周りが見えなくなり、成績が下がり両親にも泣かれ失望され追い込まれてしまったあの時に。
「転生して、『攻略本』ですっかり内容も分かっているこの世界で、今度こそ幸せになれると思ったのに、ね……。
結局、自分で何もかもダメにしちゃった。私、あの時となんにも変わらないんだなぁ……」
そう思うとまた涙が溢れた。……もう尽きたと思ったのに。暫くそのまま泣いていると、カタンッ……と音がした。
「……?」
あのパーティーから、この世界で友人だったはずの令嬢達からはなんの音沙汰もない。誰もかもが、ローズマリーから離れていった。
音がした方、窓枠を見るとそこには1通の手紙があった。
「ッ!!」
……誰から? もしかして、1番仲の良かった友人から? それとも、まさかアベル殿下……!
そう思って慌ててその手紙を手にした。
『ローズマリー フランドル様』
それを見て、もうわざわざ『公爵令嬢』の文字を抜くなんて、と一瞬差出人に対して怒りにも似た感情が湧いた。しかし確かにそれは事実ではあるし今の自分にわざわざ手紙をくれたのだ。
そう思い、裏の差出人の名前を見るが名は記入されていなかった。
まあ確かに今の自分に堂々と名乗って手紙を出せないのかもしれない。……いえ、もしかしてコレは嫌がらせの手紙?
そう思ったら手紙を開けるのが急に怖くなった。
それでも急ぎの内容だったらどうするのと、思い切って開封してみた。
すると……。
そこには思いもかけない名前が書いてあったのだ。
◇ ◇ ◇
『レティシア コベール』
ローズマリーはゴクリと唾を飲み、その手紙を恐る恐る開けた。
その一枚目には一通りのこちらを気遣う手紙の定型文と……、あるとても気になる一文。
『公爵令嬢の憂い、それも真実の愛を求めてのこの度の事態にとても心を痛めております』
――というもの。
封筒の宛名には敢えて『公爵令嬢』の名は抜いているのに、ここにだけは『公爵令嬢』と書かれている。
……そしてこの一文。
あの子爵令嬢は『公爵令嬢の憂い~真実の愛を求めて~』の乙女ゲームを知っている――?
愕然とした。……この世界に転生したのは自分だけでは無かったということか。
もしや、この子爵令嬢が何かをしてゲームの内容が変わったのでは? ……一瞬そう思ったが、あの子爵令嬢の立場で運命を変えることは出来なかっただろう。それは、この数日間考え続けて分かっている事。
だけど、あの子爵令嬢は転生者に違いない。自分をあの騒ぎに巻き込んだローズマリーを恨んでいるということ? しかし手紙にはそのような恨み言は何も書かれてはいない。それにあの子爵令嬢は今現在リオネル殿下の婚約者となったはずだ。しかも、あの帝国の公爵の『養女』となって。
今となっては子爵令嬢が勝ち組となった事は口惜しいが、コレは自分が招いた結果。感情を押し殺し手紙の2枚目以降を読んでみると……。
『私の実の両親は深く愛し合い父は母と一緒になる為にその立場を捨て、2人ひっそりと暮らしていたそうです。父は私が幼い頃事故で亡くなりましたが、母はそんな父をずっと愛していました。そして今の私の新しい父は、想いは言葉にして相手に言わないと伝わらないと強く仰います。今はただ、伝えたい事を伝えてみるべきではないでしょうか。お相手もただ一歩を踏み出せず悩んでいらっしゃるのかもしれません』
コレは……、アベル殿下に今の私の想いを伝えるべき、と言っているの?
そんなの無理だ。何より今の自分からアベル殿下に手紙を届けてもらえるはずがない。
そして手紙の追伸を見ると、そこには明日の同じ時間に遣いの者がお手紙を預かりに参ります、と書いてあった。
ーーーーー
ローズマリーは自分の過ちにやっと気付きました。そして何もかもを諦め泣き暮らしていました。
ローズマリーの叔父は国から兄家族を領地でほぼ幽閉状態にする様に命令されています。しかし公爵家嫡男であった幼い甥をいつか落ち着いた頃に王都に呼び出し、教育を受けさせてやりたいと考えています。
3
お気に入りに追加
166
あなたにおすすめの小説
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです
悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています
窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。
シナリオ通りなら、死ぬ運命。
だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい!
騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します!
というわけで、私、悪役やりません!
来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。
あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……!
気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。
悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。
二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。
けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。
ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。
だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。
グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。
そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる