ヴォールのアメジスト 〜悪役令嬢の『予言』は乙女ゲームの攻略本から〜

本見りん

文字の大きさ
上 下
38 / 89
卒業パーティー

帝国の公爵 1

しおりを挟む


「おはようございます。良い朝ですね」

 卒業パーティーの次の日の朝。天気も良く王家の人々は朝食を庭園の見渡せる『撫子の間』でとることになった。

 国王一家が昨日の騒動の後、謹慎中の第二王子アベルの脱走の件で重苦しい雰囲気の中、ヴォール帝国のクライスラー公爵の朝の爽やかな挨拶とその笑顔が光った。


「おはようございます、閣下。……昨夜は良くお休みになられたようですな」

 その充実した顔付きを見て、国王は思わず羨ましいと言いかけて止める。


「ええ。とてもよく眠れました。やはり可愛い娘が出来るというのは良いものですね。昨夜もあの子の笑顔にとても癒されました。我が家は男の子1人だけでしたから……。あの子とも仲良くなってくれるように話をしたのですよ」

 そう嬉しそうに語るクライスラー公爵にリオネルは「そうですか」と流しかけて、その内容にはっと気付く。

「昨夜に可愛い娘と話を……? 閣下、どういうことでしょうか? まさか、あれからレティシアと……?」

 
 恐る恐るそう聞くと、よくぞ聞いてくれたとばかりに笑顔でクライスラー公爵は語り出した。

「そうなのです。昨日、早速コベール子爵邸にご挨拶に伺ったのですよ。するとコベール子爵もちょうど屋敷に帰られたところでして、しっかりとお話をまとめあげて参りました。養女の件、コベール子爵にもしていただけましたよ」


「なっ……!!」

 これには国王もリオネルも驚いた。……動きが早過ぎる。昨日の今日だぞ? 

「閣下。その事なのですが……」

 リオネルはそう言ってチラと国王を見る。すると国王は軽く手を上げ合図をし、侍従や侍女たちは部屋から退室した。


「……おや? 何か大切なお話ですか?」

 余裕の笑みでその様子を見るクライスラー公爵。

 その彼を見ながらリオネルは口を開いた。

「……閣下。不躾な質問をお許しください。閣下は、レティシアの真の味方ですか? これからレティシアをどうしようとお考えなのですか?」


 おそらくこの百戦錬磨であろう公爵に、自分程度では駆け引きなど通用しない。ここは単刀直入に問うべきだとリオネルはそう判断した。


「私は、レティシアの1番の味方ですよ。……あぁ、1番はリオネル殿下ですかな? では私は2番という事で。そして私は初めて出来た娘をこれ以上はない程に可愛がりたいと、そう思っておりますよ」

 クライスラー公爵はまだどこか浮かれたように嬉しそうに言った。

 リオネルはその様子に少しムッとする。

「閣下……! 私は真面目に質問しているのです。……閣下もおそらくはお気づきなのでしょうが、レティシアの母は帝国の元貴族のようです。そしてそれは20年前に現皇帝に味方し敗れた元貴族。であるとすれば、前皇帝派であったクライスラー公爵は現皇帝派の貴族の出であるレティシアを、何かに利用しようとお考えなのでは……!」

 リオネルのその話を聞き、頷きニコリと笑う公爵。

「……もしそうであったらなんだというのです? 私は帝国での切り札を一つ手に入れ、あなた方も帝国の公爵家の力を持った王妃を手に入れられる。しかもその女性はリオネル殿下の愛する女性。……お互いwin-winの関係だ。何か問題がありますか?」

 何一つ悪びれた様子のない公爵のその言動に、リオネルはグッと言葉に詰まった。

「……では、従兄弟殿はレティシア嬢に無理を強いたりこの王国に戻さないなどという事は決してない、というのですな?」

 国王の言葉に公爵は機嫌良く頷く。

「それは勿論です。何より可愛い我が娘レティシアに辛い想いなどさせるはずがありません。私は親として生涯レティシアを大切に慈しむつもりですよ」

 クライスラー公爵は、それは優しい表情で答えた。

 ……それは、彼の心からの言葉に聞こえた。

 何より、この公爵がこのような柔らかな顔をするのを初めて見た国王は驚いた。幼い子供の頃からこの男は気持ちを表に出さなかった。ましてこのように嬉しそうな所など。
 
 内心驚きながら、国王はゆっくりと頷いた。

「……それではレティシア嬢の父親であるコベール子爵に確認したのち、我が息子リオネル王太子の想い人であるレティシア嬢をクライスラー公爵に預けることとする。……くれぐれも、宜しく頼みますぞ」


「勿論です。……素晴らしい淑女にしてお返ししますよ。私も花嫁の父として結婚式に出席できる事を楽しみにしております。
……それから、コベール子爵は本日レティシアと共に登城すると思いますよ。リオネル王太子殿下との婚約の話も寝耳に水でしたでしょうからね。大変驚いていらっしゃいましたよ」


 そう楽しげに言い切ったクライスラー公爵。国王夫妻もリオネルもとりあえずはコベール子爵に話を聞いた上で、この話を進めるしかないかと腹を括る。

 そしてそのコベール子爵に婚約の話を事後報告で伝えるのもなんとも外聞の悪い話だ。普通貴族の結婚は家同士の契約のようなもの。しかし今回のように相手が王族でその相手に惚れ込まれてのいきなりの婚約は、まるで無理矢理のような印象も受けるだろう。令嬢の親の承諾なしに決めてしまったのだから。
 
 まあ普通は相手が王族、しかも王太子なのだから泣いて喜ぶところだろうが……。
 国王はそうどこか気軽に考えた。


「……国王陛下。私は王太后様にご挨拶をしたら明日にでもヴォール帝国に帰ります。ですから出来ればレティシア嬢を一緒に連れて帰りたいのですが……」

「ッ!? 明日!?」

 国王夫妻とリオネルは驚く。

「……お待ちください、閣下。それはいくらなんでも急過ぎます!」

 リオネルはすぐさま反応した。するとクライスラー公爵はニコリと笑った。

「……でしょうね。ですから、私がまず帝国に帰りすぐに選りすぐりの兵と侍女を用意しこちらに向かわせます。およそ、2週間後程でしょうか。
そこからレティシア嬢を帝国にお連れし、10ヶ月程みっちり淑女教育をいたします。……まあ、淑女教育という名の私達親子の為の時間と考えていただければ。そこから王国に戻り結婚準備、というスケジュールでいかがでしょうか」

 スラスラと今後の自分達の予定を帝国の公爵にたてられいっとき呆然としてしまったリオネルだったが…………10ヶ月? そんなに長い間レティシアと離れなければならないのか?

「お待ちください、閣下。10ヶ月もの長期間帝国に行くことが必要でしょうか? しかも帝国に行くのも2週間後、などと……」

 リオネルは帝国へはほんの挨拶程度に行くものと考えていた。まさかそれが10ヶ月もだなんて。

「帝国の淑女として仕込むならそれでも短いくらいですよ。それに、どちらにしても一国の王太子の結婚となればその準備に1年程はかかるでしょう。まさか、元婚約者との結婚の準備の品を我が娘に回そうなどとは考えておられないでしょう」

 ……フランドル公爵令嬢との結婚準備など全く何もしていなかった国王たちは少し居心地悪く苦笑する。


「そして更に言わせていただけば、貴方がたはその間にフランドル公爵家やその他この王国のゴタゴタを片付けなければならないでしょう。
……私は本当は明日にでもレティシアを連れて帰りたいのですよ? 今彼女がこの王国にいるのは危険なだけですから。ですから我が公爵家の護衛をレティシア嬢にはつけさせていただきます。そして彼女に対するおかしな動きがあれば、我が帝国の法にのっとり速やかに対処させていただきます」


 クライスラー公爵のその言葉に、国王夫妻もリオネルもハッとする。

 ――公爵の言う通りだ。今は国内の制定が最優先だ。フランドル公爵の動きにアベルのドール王国への婿養子の件……、問題は山積みだ。それに確かにレティシアは公爵派から狙われる可能性がある。

 それらが全て解決したその先に、やっと王太子リオネルとレティシアとの結婚があるのだから。

 そうなると、やはり結婚までの時間は1年は欲しい。


 ……ただ、想いが通じ合ってすぐに離れなければならない若い2人が少し不憫ではあるのだが……。そう思った国王はチラリとリオネルを見た。
 リオネルも真剣な顔で思い悩んではいるが王太子として大局を見れば答えは一つ。

 確かにこの難関を乗り越えられなければ、一国を支える国王夫妻としてやってはいけないだろう。……ここは、2人で障害を乗り越え一緒に生きていけるかを試される時なのだ。


 それを感じ取ったリオネルも頷くほかなかった。

「……閣下。レティシアを、くれぐれも宜しくお願いいたします」


 リオネルはそう言ってクライスラー公爵に頭を下げた。

 クライスラー公爵はニコリと微笑み頷いた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

処理中です...