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卒業パーティー
コベール子爵邸 2
しおりを挟む「……失礼いたします」
レティシアがコベール子爵に呼ばれその部屋に入った時、2人の雰囲気は……なんというかチグハグだった。
まずクライスラー公爵はレティシアに先程のパーティーの時に会ったよりもなんというか……哀しげな、優しい笑顔で。
そして顔は一応笑っているものの、どこかぎこちないコベール子爵。
『お前の母は事故ではなかったのかもしれない――』
先程の子爵の言葉が気にかかるが、今はこの帝国の公爵に対応する事に集中しなければとレティシアは頭を切り替えた。
そうして、クライスラー公爵に挨拶をする。
「クライスラー公爵閣下。この度は我がコベール子爵家にようこそお越しいただきました」
そう言ってカーテシーをした。
公爵は静かに微笑み、まるで愛しい者を見るかのようにレティシアを見つめた。
「……私が可愛い娘に会いに来るのは当然のこと。そしてご両親にご挨拶をしなければと思ったものでね。パーティーで疲れたであろうに、突然すまなかった」
そう言ってレティシアを労ってくれた。
「いいえ! 閣下こそお疲れでしょうに、我が家にまでお越しいただいて……。本当にお優しいご立派なお方でございますよね」
レティシアが笑顔でそう言うと、公爵は少し照れたように笑った。
「……娘というものは良いものですね。このように優しく労ってくれるとは。少しくすぐったいようで心が洗われます。
……今我が家には12歳の嫡男がいるのですよ。これからは姉弟として是非仲良くしてあげてください」
「……まあ! ご嫡男が! 公爵閣下のお子様ならばとても可愛い方なのでしょう。楽しみですわ」
この美形な公爵のご嫡男! しかも弟は前世でも居なかったしどんな風になるのか楽しみだった。
……ん? 嫡男?
「クライスラー公爵閣下……。ご結婚されていたのですね! 先程のパーティーでのお言葉には驚きました。後からリオネル殿下から事情をお伺いましたが、私達の為に一芝居打って下さったのですね」
……やはり、あの突然のプロポーズはリオネル殿下をその気にさせる為の嘘だったのね。そりゃこの貴族の世界で公爵で超絶美形のこんなお方がこの歳まで独身とかあり得ないものね!
すると公爵は少し困ったお顔をされた。
「……いいえ。嫡男は、私の妹の子を養子にとったのです。実は私には想い人がおりましてね。……叶わぬ恋だったのですよ。ですから私は生涯独身です。そして、だからこそ私は想い合う2人が一緒にいられるようにと思ったのですよ」
……あり得てしまった……!
そして意外にも重いその理由と、やはりリオネルとレティシアの為に力を貸してくれた事を知り、公爵のその思いに胸が熱くなった。
「ああ、気にしないでください。しかしながら私は優秀な跡取りを持ち、今回更に可愛い娘まで出来たのです。……私は果報者ですよ」
公爵はそう言って安心させるかのように静かに笑う。
そんな寂しげなクライスラー公爵に心を痛めつつ、ご縁があって娘になるからには良い関係でいようとレティシアは強く思った。
◇ ◇ ◇
「レティシア。今日は沢山の事があり過ぎて疲れているだろうが……。少し、話をしないか」
クライスラー公爵は、養女となる話をコベール子爵とまとめた概要を簡単に説明してくれた後、『今日はゆっくりとお休み』と言ってすぐに帰られた。
公爵を見送った後、家族3人で食事をし終えた辺りで子爵からそう声をかけられた。
――レティシアはその食事中にこの数日フランドル公爵令嬢の『予言』に巻き込まれていた事、そしてその後のパーティーでの事を簡単に話していた。
フランドル公爵令嬢の『予言』に巻き込まれてしまった事は、自分の情報収集不足で申し訳なかったとコベール子爵に謝罪されてしまった。
レティシアは自分も寸前まで『予言』の事はよくは知らなかったし、結果的には友人ミーシャのベルニエ侯爵家にお世話になり守ってもらえたのだと伝えた。
ベルニエ侯爵は王家派でありただ親切で助けてくれた訳でないのは分かっているが、だからといって酷い対応を取られた訳でもない。娘ミーシャの友人という事で、あの王家派という立場ではかなり気を遣ってくださったのだと思う。
そして、レティシアがリオネル王太子と両思いとなった事は、子爵はなんと言って良いのか分からない、といった様子だった。
普通ならばめでたい事。なんといっても相手はこの国の王太子。貴族ならば娘が生まれたならまず考える事だ。……叶うか叶わないかは別にして。
しかし、レティシアの本当の親はもう他界している。
だから、子爵夫妻はレティシアが好きになった相手が余程酷い相手でない限りは本来は反対などするつもりはなかったのだ。たがしかし……。相手がこの国の王太子だというのは、余りにも想定外であったようだ。
とりあえずは、王子との事に関しては明日レティシアが登城する際にコベール子爵も一緒に行き話をするという事になった。
――そしてそれ以外、その上での話となると……。
「……はい。私も……いつかはお2人ときちんと話をしなければいけないと思っていました。
本当はずっと……怖かったのかもしれません」
「レティシア……」
コベール子爵と夫人は痛ましそうにレティシアを見た。
「昨日夫人から聞いたのだろうが……、私はレティシアの父親ではない」
コベール子爵は重くならないように話そうと思った。……けれど、この話が辛いのは子爵も同じ。この3年半、親子として暮らしてきたのだから。
そしてレティシアも夫人から聞いた話ではあったのだが、それでも改めて子爵本人の口から告げられた事で少なからずショックを受けていた。
「レティシアの本当の父親は…………私の弟、アラン コベールだ。外交官をしていた我が弟はヴォール帝国に赴任していた。その時起こった『ヴォール帝国の帝位争い』に巻き込まれた帝国の貴族であったヴィオレと出逢い、共にこの国へ逃れて来た」
――そして、2人はとても想い合っていた事。しかし母ヴィオレの帝国からの追手から逃れる為に2人はひっそりと身を隠して生きていた事。アランが事故で死んだ後ヴィオレはレティシアを連れて領地から姿を消した事――。
それから子爵は父アランが亡くなる前からずっと私達の暮らしの側に護衛を付けてくれていたこと。……コレは子爵夫人も知らない事のようだった。そして、母ヴィオレが馬車の事故にあった事はその護衛の連絡から知った。その母の死に不審な点があることも。
コベール子爵は、子供だったレティシアの知らなかった事実をたくさん教えてくれた。
レティシアは母の死に不審な点がある事が気になったが、現時点ではそれが本当に狙って起こった事だったのかなど分かりようがない。母自身もあの事故の後に狙われたなどとは言っていなかった。それがハッキリ分かっていたならばレティシアに逃げるように言っていただろう。
「レティシア。……私は先程クライスラー公爵とお話をさせていただいたが、公爵はヴィオレ……お前の母を狙っていた貴族ではない。公爵とお前の母とは幼馴染だったそうだ。お前の母を心配して探してくれてはいたが、執拗に追っていたのはまた別の帝国の人間だと思う。
……お前の両親が最後まで身を潜めて生きてきた事から、帝国の誰かに狙われていたのだとは思う。本当はこのままこの国で密やかに生きていけるのならばそれが1番良かったのだが……」
コベール子爵の言いたいことはよく分かった。
帝国から隠れて生きてきた母を持つレティシアは、本来ならこの王国で静かに生きていく事が望ましいのだ。……しかし、この王国の王子の婚約者という立場になるのなら、帝国と関わらずにはいられない。
そうなるならば、クライスラー公爵の好意に甘えて養女となり帝国での立場も確立して堂々と生きていかなければならない。リオネル王子と生きる道を選ぶならばこれ以上隠れて生きる事は不可能なのだ。
「……はい。私の母の願いからは離れてしまうのかもしれませんが……」
「レティシア。お前の両親はお前が安全に健やかに育つ事を願っていたのであって、お前が一生隠れ住む事を願っていた訳ではない。そして、レティシアが本当に好きになった相手なのであれば、おそらく2人は反対する事はなかっただろう。
……すまない、私の言い方が悪かったね。しかしお前が選んだ道ならば、私達はそれを応援こそすれ邪魔や反対をする事は決してない」
コベール子爵はレティシアに優しく微笑みながらも力強くそう言った。
子爵は、レティシアを預かった時からずっと覚悟を決めていた。いつかはこんな日が……帝国と関わらなくてはいけない日が来るのかもしれないと、そう思っていたのだ。
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