ヴォールのアメジスト 〜悪役令嬢の『予言』は乙女ゲームの攻略本から〜

本見りん

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卒業パーティー

公爵令嬢の誤算 3

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「レティシア嬢……」

 レティシアは涙を流したまま何も答えなかったので、リオネル王子は心配そうにその名を呼んだ。レティシアはそんなリオネルに自分の想いを伝えなければと言葉を紡ぐ。


「リオネル殿下……。私……私も、貴方様をお慕いしております……。ずっと許されない想いだと分かっていたけれど……。リオネル殿下に婚約者がいなくたって身分が違い過ぎると分かっているのですけれど……」


 レティシアがそう言うと、リオネル王子はパァッと明るい表情になって立ち上がり、その両手を強く握った。


「レティシア……! それは君も私の事を想ってくれている、と……。そう思って良いのかい?」


 リオネル王子は嬉しそうにそう言ってレティシアを見つめた。レティシアはそれ以上は言葉に出来ず静かに頷く。それを見たリオネル王子は更に笑顔になり、2人は手を取り合い見つめ合った。


 2人はそうして想いを通わせ、一瞬場所も状況も忘れ2人の世界に入ってしまったのだが……。
 レティシアはハッと今ここがどこで何をしていたのかを思い出した。そして、恐る恐る周りを見渡すと……。

 ミーシャを始めとした大半の人々は2人を祝福するかのように笑顔になっていた。感動して泣いている方もいた。今までの、王太子リオネルの不遇さを知っている人たちなのかもしれない。

 ……そして一部の、おそらくはフランドル公爵派であろう人々は苦い顔をしていた。
 もっと早くに2人が恋人になっていたのなら『予言』通りになっていたのにと悔しげな様子だった。


「これは……! リオネル王太子殿下はやはり『予言』通りに浮気をされていた、という事では……!?」

 フランドル公爵は2人を見てこれはチャンスだと思ったのかそう苦し紛れな事を言い出した。
 しかし人々はフランドル公爵を白い目で見た。

 そこで国王が言う。

「2人は今やっと想いが通じ合ったところではないか。フランドル公爵令嬢がその令嬢を階段から突き落としたという疑いもあるし、そして何より既に公爵令嬢との婚約は破棄された。どの辺りが『予言』通りだと言うのか」


 最後には呆れた様に言われ、公爵はカッとする。

「……しかし! 以前からの関係ではないとどうして言い切れましょうか! 2人はずっと陰で恋仲であったのかも……」

 フランドル公爵は執拗にそう言い張ったのだが……。

「…………『陰で恋仲』とは、誰と誰の事か? 私はフランドル公爵令嬢が婚約者であるリオネルよりも他の者とよく会っていると報告を受けている。公爵の屋敷は勿論、『王妃教育』の為に訪れた王宮でもな」


 国王から冷えた目で淡々と語られるその内容に、公爵は顔を青くした。ローズマリーと第二王子アベルは実は影で恋人。……国王は、当然ながらその事を知っていたのだ。


 ――もしもローズマリーの『予言』通りになっていたのなら。
 婚約破棄をされた失意のローズマリーはアベル王子に支えられ、新たに彼と婚約をする。そして酷い行いをし失脚したリオネルの代わりに扱いやすいアベルが王太子となり、ローズマリーは将来的に王妃となるというのがフランドル公爵家の立てた筋書きだったのだから。
 
 フランドル公爵は悔しげに唇を噛んだ。


「それでも……! 身分が……身分が釣り合いませんわっ……! 元平民の子爵令嬢では、王妃にはなれませんわ! なのでリオネル殿下がその娘を選ぶというのなら、殿下には王太子たる資格がなくなるという事ですわっ!」


 これならどうだとばかりにローズマリーが叫んだ。

 ……最早貴族として国王に対する不敬などを考えた行動も出来ていない。
 貴族なら、国王に対して発言の許可も取らずに話し出すことなど完全なるマナー違反だと当然常識として知っているはずなのだから。


 周囲の人々も呆れた様子で彼らフランドル公爵親子を見た。
 彼らの余りの不敬さに動き出そうとする貴族もいたが、国王が手で制した。


「……それならば、どこかの高位貴族の養女にでもなれば充分に可能である。将来の王妃の実家にならば喜んで名乗りをあげる家はあろう」


 国王がそう言うと、貴族達は騒めいた。
 急に『王妃の実家』という思いもかけない好機が目の前に現れたのだ。


 ……『王妃の実家』という権力の座がちらつき、貴族達が目の色を変える中。レティシアは急に不安になっていた。

 ……ちょっと待って。リオネル王子が好きで両思いになって……、け、結婚? という事になれば、それは将来『王妃』という事になってしまうのよね。
 ……それ、私に出来る? 私は前世もただの一般人。今は元平民の子爵令嬢。元平民でなくとも子爵令嬢では王族と身分は釣り合わないのに! 幾らどこかの良いとこの貴族の養女になったって、皆は元平民の子爵令嬢だと周りは知っているのよ? そして王妃の教育も今からやって間に合うものなの? リオネル王子が好きだけど、好きというだけで一国の王の妃が私に務まるの!? そもそも陛下はリオネル王子の相手が私でもいいと本気でそう考えてくださってるの?


 レティシアが自分の立場におののいている時。


 公爵派の貴族達も『王妃の実家』という思ってもいなかったチャンスに色めき立つ様子を見たフランドル公爵は大いに焦っていた。

 ……『予言』が外れ、このままでは我がフランドル公爵家は大きく失墜する……! それに頼みの綱のアベル殿下もこのパーティー会場にいない。……これはもう王家によって足止めされていると考えた方がいいだろう。おそらくはもうローズマリーとアベル殿下との結婚も望めまい。
 ……『予言』の通りにして扱いやすそうなアベル王子を王位に就けてローズマリーと結婚させ、その後の我が公爵家の権勢をもっと伸ばそうなど欲を見なければこんな事には……! 放っておいたなら『王妃』の実家の座は自動的に我が公爵家のものだったものを……!!


 ――それならば、いっそのことこの子爵家の娘を我が家で養女に――! 

 フランドル公爵がそう考えた時。
 


「…………それでは、この私が名乗りをあげることといたしましょう。心から愛し合う若いお2人の為にこの私、ヴォール帝国公爵クライスラー家がレティシア嬢を我が家の娘とし後ろ盾となりましょう」


 ザワッ……!


 これにはランゴーニュ王国の国王も驚く。

 そして、フランドル公爵やその他のこの王国の貴族達も出端を挫かれた形となった。


 ――大国であるヴォール帝国の高位貴族、クライスラー公爵が後見だと……!? 彼に先にそう言われてしまっては、彼以下の身分である我らはこれ以上何も言えないではないか――!

 名乗りをあげようとしたフランドル公爵や他の貴族達は悔しげに俯いた。





 そしてレティシアもクライスラー公爵の言葉に驚く。

 ……ちょっと、ちょっと待ってー! 公爵はいったいどうしてこんなに私に関わろうとするのー!?

 確かにこの王国の宗主国ともいえるヴォール帝国の公爵に養女にしてもらえればこの王国での立場は安泰……。イヤイヤ、そんな上手い話はないわよね!? コレは後で痛い目に合うヤツなのでは……? そうだわ、それに私を養女にする事で公爵にどんなメリットがあるというのかしら……? 
 ううん、それより私は親子代々帝国から追われる立場のはず! これ以上帝国の公爵に関わる訳にはいかないわよ!


 レティシアは色々と考えあぐねながら公爵を見ていたが、ランゴーニュ国王もクライスラー公爵の言うこの話を止めようとしていた。


「いやしかし……。帝国の公爵閣下に我が息子の想い人の後見をしていただくなど……! ……我が国内での揉め事であるが故に、今回はご遠慮を……」


 この国の王妃の実家が再びヴォール帝国の公爵家ということは本来は悪い話ではない。そうなれば暫くはこの王国は帝国の庇護下に入る事が出来、属国となることを免れるかもしれない。

 ……しかし、今このクライスラー公爵家が帝国で難しい立ち位置にある事を国王は知っている。何せ20年前クライスラー前公爵は帝位争いで前皇帝側についていた。公爵が息子に代替わりした所で今の皇帝との関係性は不明だ。
 最悪今の皇帝にクライスラー公爵家が疎まれているとするならば、共にこのランゴーニュ王国も目障りと判断されるかもしれない。これ以上クライスラー公爵家と関わる事は現時点では得策ではない、と国王は考えている。


「ご遠慮などなさらずに。我らは従兄弟の間柄ではありませんか。……私はこの若い2人を応援したいのですよ。私がここにいるのも何かの縁。私は大いに協力させていただきますよ?」


 普段笑わぬクライスラー公爵がそれは和やかな笑顔を浮かべてそう言った。彼をよく知らない者が見れば親切で言っているとしか思えないだろう。
 ……しかし、見るものが見ればそれは断る事を許さぬ圧のある態度だった。

 そう、それは国王にさえ有無を言わせぬ言葉であった。



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