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卒業パーティー
卒業パーティー 2
しおりを挟む「――レティシアが?」
卒業パーティーの会場である離宮に到着したリオネル王太子は、この会場の状況を見張らせていた者から報告を受けていた。
「……はい。ベルニエ侯爵家に付けられたパートナーと会場に入られましたが……。そこで1人になった時に女生徒にぶつかられ、離宮2階へと続く螺旋階段へ向かわれたようです」
報告を受けたリオネルは顔を顰める。
「離宮の螺旋階段から行く2階部分といえば、王族や要人の控え室の近くではないか。レティシアは何故そんなところに……」
「おそらく、そのぶつかった女生徒に誘導されたものかと思います。……何か企みがあるのかもしれませんが、あの周辺は高位貴族や王族のエリアですので我らには入り込みにくく……」
「……ああ、わかっている。とにかく私がそこへ向かおう」
リオネル達は螺旋階段に向かって歩き出した。
……リオネルはレティシアを心配しつつ深く思い悩みながら歩いていた。
今、自分は人生の岐路に立っている。
――そして自分の前に示された、大きく分けて2つの道。
一つめは、フランドル公爵令嬢の『予言』を無視し、このまま何事もなくつつがなくパーティーを終えること。
フランドル公爵側は『予言』が外れて大層悔しがることだろう。それも少しは胸のすく話かもしれないが……。おそらくはそのままでは終わらない。強力な力を持つフランドル公爵家と『予言』を通して結束した『公爵派』の貴族たち。
権力をあと一歩の所で掴み損ねたとしたら、彼らの一団はこれからも『王家派』と対立し続けていずれ国は真っ二つに割れる可能性もある。
……そしてフランドル公爵令嬢は王太子の婚約者という立場だけは決して離しはしないだろう。……私の人生は彼女達の欲に塗れながら過ごすことになる。
そして二つ目は――。
リオネルが思い悩みながらレティシアが居るという2階へと続く階段に向かって歩いていると、不意に上の方から声がした。
誰だ? と思いながら階段を見上げると……。
「ッきゃあ……!」
1人の少女が、階段からフワリと落ちて来るところだった。
「ッ!!」
リオネルは咄嗟に少女の落ちる軌道の先へ走り、受け止めた。
フワリ……。
少女を受け止めた途端に感じた、柔らかなその感触と甘く優しい香り。
――レティシア……!
その少女は黄金の髪に見事な紫の瞳のレティシア コベール子爵令嬢だった。
……そしてレティシアは階段の上から落ちたショックで、震えていた。顔は青ざめている。
リオネルは胸が締め付けられた。
……何故。何故レティシアがこんな目にあわなければならない?
先程、階段の上に見えた人物。真っ赤なドレスを着たローズマリーだった。彼女は自分の欲を叶える為にどれだけの犠牲を払うつもりだ!? リオネルやレティシアを踏み台にして自分の思うがままの『予言』の展開にしようとするローズマリー。『予言』とやらで周りを自分の信奉者で固め、弟アベルも彼女の手先と成り果てている。
「ッ! あ……、リオネル、様……?」
王子であるリオネルが身体を支えている事に気付き、震えながらも離れようと腕を動かすレティシアを見て彼女に対する想いが溢れ出す。
リオネルは、今日本当は一つ目の道を選ぶつもりだった。
けれど――。
「……レティシア……。済まない」
リオネルはレティシアを一瞬強く抱きしめ、そして体を離し彼女を見つめる。
……この世界のもう一つの物語が動き出した瞬間だった。
◇ ◇ ◇
「……ふう。ドレス姿で階段を登るのは少し辛いわね」
パーティー会場から2階へと続く螺旋階段に誘導されたレティシアは。
慣れない豪華なドレスとヒールにため息をつきながら、一段一段慎重に螺旋階段を登っていた。
……もしかすると先程ぶつかった時にワザとドレスや髪型に何かされたのかもしれない。もう一度会場に戻るのを躊躇するほどの事は流石にされていないと思うけれど……。
レティシアはそう考えながらゆっくりと足元を見ながら階段を登っていた。階段の真ん中にある踊り場の2、3段手前位まで来た時にふと視線を感じ前を見た。そこには真っ赤な薔薇のようなドレスを着た女性が立っていた。
…………え?
その女性は見下すような……蔑むような目でこちらを見ていた。縦髪ロールの真っ赤な髪に真っ赤な唇。人形のような、冷たいけれど整った美しい女性。……ローズマリー フランドル公爵令嬢。
彼女は無表情のまま、こちらに向かって来た。
……コレは、やはりさっきぶつかられたのは彼女と会わせる為だったという事なのね。
レティシアはそう考え階段の中段の踊り場に登り切る2、3段手前で止まったまま、ローズマリーを見ていたが……。
彼女は少し口元を上げ、こちらに寄って来た。
「……やはり、ゲームの展開通りの『事件』は起こしておかないとね。何故だか随分話がズレて来ているようだから…………コレで、『予言』通りだわ」
「……?」
フランドル公爵令嬢はそう言って満足気に微笑んだ。口角が上がっているのにその顔は笑っているのとは違う気がして、レティシアは何か冷たい嫌な感じがした。
そしてローズマリーはそのままレティシアの手前まで近寄り……、その表情を変える事なくその手を前に勢いよくレティシアに向かって突き出した。
その手は当然目の前にいるレティシアの肩に当たり勢いよく押した。
そして……、レティシアはそのまま階段でバランスを崩したのだった。
……落ちる……っ!
今のレティシアの位置は、螺旋階段の中段から2、3段目。ここから落ちてもおそらくは怪我くらいですむだろう。けれど階段を転げ落ちるのはリスクが高い。……としたなら? レティシアは一瞬でそんな事を考え、階段部分を一つ蹴り床の部分まで飛び越えるかのようにジャンプをした。
こうすれば、それほど高くない床に落ちた時に頭さえ守れば大した怪我はしないはず。
フワリと浮いた身体は、しかし確実にスピードが上がり落下していく。頭を守る為に腕を上げる。ドレスの膨らんだ部分で衝撃が相殺されればいいんだけれどと、一瞬の内に色んな考えが頭をよぎった。
そして衝撃を覚悟したその時。レティシアの身体はしっかりとした筋肉に抱きとめられた。
「ッ!! …………?」
衝撃はあるものの痛みが来なかった事に気付き、恐る恐る前を見る。
「ッ! あ……、リオネル、様……?」
そこには自分を心配そうに覗き込む、リオネル王子の顔があった。……それも、かなりの至近距離に!! それに自分の身体はリオネルの腕の中にしっかりと収まっているではないか!
レティシアは驚き大慌てでそこから離れようとした。でも上手く身体が動かない。この時のレティシアは階段から落ちたショックで身体の震えが止まらなかったのだ。
そして動くとズキリと足が痛んだ。……階段を蹴った時に足を痛めていたのだ。
その時に足音がしたので上を見ると、走り去っていく真っ赤なドレスの裾が見えた。……おそらくローズマリーは他の誰にも見られては居ないのだろう。もしくは見ていても、誰も証言などしてはくれない。
レティシアは諦めの境地で小さくため息を吐いた。
「……レティシア……。済まない」
その声にレティシアは、目の前のリオネルを見る。……そしてすぐに視線を外した。……近過ぎるのだ。とてもではないがレティシアの心臓がもたない。
レティシアはリオネルから視線を外したまま、首を振りその腕の中からのがれようと動く。……しかし、リオネルは一瞬しっかりとレティシアを抱きしめてから、そっと離しレティシアの顔を見て言った。
「レティシア。君に危害を加えようとした彼女を……もう許す事は出来ない。ローズマリーとは婚約を解消する。そして……全てが解決したのなら、君に告げたい事がある」
この国の王太子リオネル殿下は私をその澄んだ青い空色の瞳で見つめてそう告げた。私をこの階段から突き落としたフランドル公爵令嬢の姿を、殿下は見ていたんだわ……!
私は階段から落とされた事で震えていた手足が、驚きで止まる。
そして私の中でリオネル様の言葉だけがぐるぐると回る。
勿論、リオネル王子に婚約者がいなくなったとしても身分の違う自分にチャンスがあるはずはないし、好きだと言われた訳でもない。
だけどこの時の私は、リオネル様の空色の瞳をただ見つめ返すことしか出来なかった……。
「リオネル殿下!」
後ろからかけられた声に2人はハッとする。レティシアが離れようと動くと、リオネルは今度はゆっくりと離してくれた。
そしてすぐにその場を離れようとしたのだが……。
「ッ……ッ!!」
不意に来た痛みについしゃがみ込む。先程階段を落ちる時に痛めた足だった。
「ッレティシア!? 足を痛めたのか?」
リオネルはレティシアの足元にひざまずき、足の状態を見ようとしたがそばにやって来た側近ジルに止められる。
「……殿下。女性の足元を見るのは……。宜しければ私が医務室にお連れしましょう。殿下は先に会場にお入りください」
「ッしかし……! 今しがたレティシアは階段から……」
「殿下。私は大丈夫ですわ。医務室に行き足を診ていただいたらすぐに会場に参ります。
……ベルニエ侯爵様から大筋の話は聞いております。殿下のお役に立てるお役目をいただいた事に悦びを感じております」
レティシアは心配で仕方ないといった様子のリオネルを安心させる為に笑顔でそう言った。
「レティシア……。私の揉め事に巻き込んでしまって済まない。……私は今日のこれからをやり遂げたなら……。レティシア、君に先程の続きを言わせて欲しい」
リオネルはそう言ってレティシアを熱く見つめた後、側近に促され大きく息を吐き会場に向かって行った。
「……それではコベール子爵令嬢。医務室にお連れいたします」
……確か、いつもリオネル殿下の側にいらっしゃる側近の方よね。医務室まで送っていただいたら、すぐに殿下の所に戻っていただかないとね。
そう思いながらも、足が痛む為少し肩をお借りしながら医務室に向かったのだった。
ーーーーー
フランドル公爵令嬢にレティシアが危険な目にあわされた事によって、リオネルは彼らと戦う道を選ぶと決めました。
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