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公爵令嬢の予言
挿話 コベール子爵 その1
しおりを挟む領地は小さいが、堅実に領地を治めるコベール子爵家。
私ロジェ コベールはその嫡男として父母と歳の離れた弟と共に暮らしていた。
私は学生時代に愛する女性と巡り合い結婚。嫡男が生まれ領地で暮らし始めた。
私の12歳年下の弟は優秀な成績で王立学園を卒業し、外交官となり最初の赴任地であるヴォール帝国に赴くことになった。
「……くれぐれも気を付けてな。このランゴーニュ王国の王妃様の母国とはいえ、大帝国では小さな王国の外交官などものの数にもならないだろう。自分の身が危ないと思ったら何を置いてもすぐに帰国するように! 私にはお前が無事でいる事が何より大切なのだからね」
私は自分とよく似た弟アランにそう語りかけた。
「分かりました、兄上。……ですが私は楽しみで仕方がないのです。なんといっても偉大なる女帝マリアンナ皇帝陛下が統治する大帝国、ヴォール帝国ですから! 立派にお役目を果たして参ります」
そう言って瞳を輝かせ、誇らしげに弟は出立して行った。
それから数年、弟からはヴォール帝国の素晴らしさや生活様式の違い、仲間たちとのやり取りなど、大変ながらもやり甲斐のある仕事を楽しむ様子の手紙が届き、両親や私達夫妻も安心していたものだ。
――しかし数年後、我が国にも帝国内の不穏な噂が届き始める。長い間帝国を治めた女帝がご病気になり、その次代の帝位争いが起こっているというのだ。
女帝がご体調不良となられる中、なんとその息子である皇太子が急逝されたのだ。そして亡くなられた皇太子には子供が3人いた。21歳と19歳の皇子と17歳の皇女である。
年齢からいけば21歳の第一皇子が皇太子なのだろうが、第二皇子は才能溢れた人格者と人気が高かった。しかも第一皇子の母は侯爵家、第二皇子と皇女の母は公爵家出身の正妃。日々女帝の体調が悪化する中、急遽帝位争いが勃発する事態となっていたのである。
「なんということだ。帝国がこんな状態になるとは……。アランは大丈夫であろうか」
父であるコベール子爵は遅く出来た我が子を心配した。兄である私も日々届く帝国の情勢に弟が心配でならなかった。
「我がランゴーニュ王国は王妃様のご実家が推す第一皇子を応援していると聞きますが……。今の時点でそれを表明するのは後々帝国と王国との間に禍根を残すかも知れません。その影響もあり弟もあちらで苦労しているのやもしれません」
「王妃様のご発言らしいが……。もしも第二皇子が皇太子となられこの王国でのその発言を知られれば後々我が国にも悪影響を及ぼすぞ」
私達親子はそう心配しこの王国の未来を危うんだ。
――そして暫くして、帝国の皇太子は第一皇子と決まった。そしてその後すぐに女帝マリアンナ陛下が崩御され、皇太子が即位されたのだった。
我が国は皆ホッと胸を撫で下ろした。そんな中、国王と王妃の不仲説は益々広まった。……おそらくは不用意な発言を繰り返す王妃に国王が愛想を尽かしたのだろう。
我がコベール子爵家としては、弟のいる帝国内の騒ぎが収まったことにひとまず安堵していた。……だが、実際はそこからが1番帝国内が荒れた時期だったのだ。敗れた側の貴族に対する粛清が始まったのだ。
そしてその帝国から逃れ亡命するために、弟が働く王国の領事館に帝国貴族や影響を受ける者達が殺到していたらしい。
弟からは、その時期が1番大変だったと後になって聞いた。
……それから約半年後。
我がコベール子爵家の領地の屋敷に若い男女が現れた。2人は必死に厳しい旅を続けて到着したのだと一目見て分かる姿だった。
私はその当時、妻と息子とほぼ領地で過ごしていた。知らせを受け急ぎ会いに行くと、そこには少しやつれた姿の弟と、1人の女性がいた。
「アラン……! どうしたのだ、その姿は! ……まさか、帝国内の争いに巻き込まれたのか!?」
私は驚き、弟に駆け寄った。
「兄上。ご心配をおかけして申し訳ございません。……私は、外交官を辞めてまいりました。申し訳ございませんが、この屋敷で働かせていただく事は出来ますでしょうか? ……私には、妻がいるのです」
更に驚いた私は弟の横にいた女性に目を向ける。
……まだ、若い女性だ。そして、黙っていても分かる『気品』がある。
「この方は……」
「お初にお目にかかります。……ヴィオレ、と申します。大切な弟君であるアラン様に大変お世話になった者でございます」
「ヴァ……ヴィオレ。……彼女は、私の大切な愛する妻です。私は彼女を守って生きていきたいのです。兄上」
事情を聞くと、ヴィオレはヴォール帝国の元貴族。今回の政変で敗れた弟側につき追い込まれ、亡命する為に訪れた王国の領事館で2人は出会い、恋に落ちたのだという。
「……それならば、わざわざこのような離れた領地で暮らさずとも。お前ならば王都で官吏としても充分にやっていけるだろう」
家族の欲目ではなく、弟アランは学園をトップの成績で卒業しあちこちから仕事の誘いを受けていたのだ。現在の王宮にも知り合いも多いだろうし、すぐに良い仕事に就けるだろう。相手が元帝国貴族の令嬢ならば、その方が2人の生活も成り立ちやすいだろうと考えた私はそう勧めた。
「……いいえ。詳しくは話せませんが、彼女は対立する派閥の貴族にしつこく追われているのです。ですから、ここまでも必死に身を隠しつつ逃げて参りました。どうかお願いです、兄上。私達は2人で静かに暮らしたいだけなのです。どんな仕事もしっかりやり遂げるとお約束いたします!」
弟達の必死の願いを、両親と私は聞き入れることにした。
それから私は年老いた両親に代わり王都での役目を果たし、弟は領地を立派に治めてくれた。
2人の事情は詳しくは分からないままだったが、ヴィオレもとても良い娘だったし、数年後には2人には可愛い娘も産まれていた。私も祝いに訪れたが、ヴィオレの美しい金髪に濃い紫の瞳を受け継ぎ、顔立ちは弟アランにとてもよく似ていた。幸せそうな3人を見て、私も兄として本当に安心したのだ。
弟は決して豊かでない毎日の中で、美しいサファイアのブローチをヴィオレに贈っていた。ヴィオレは帝国の貴族であった時に美しいアメジストのペンダントを贈られていたようだったから、弟はそれに対抗したのかも知れない。アメジストは高級品だから、この国では良いものは滅多に手に入らない。それならばと弟の瞳の色の青いサファイアを贈ったようだった。
私は嬉しそうに話す弟夫婦を見ながら微笑ましく思ったものだった。
ヴォール帝国では女帝マリアンヌ陛下が崩御された後、孫である第一皇子が皇帝となり第二皇子派閥だった貴族達への粛清は暫く続いた。第二皇子は幽閉に近い扱いをされ、その同腹の妹である皇女は混乱期に行方不明。殺されたのだろうともっぱらの噂だった。
弟アランは領地を管理しつつ、妻子と隠れるように暮らしていた。領地の執事に聞くと、彼らはいつでも旅立てるような準備もしているという。
「アラン。お前たちが帰ってきてもう4年になる。……ヴォール帝国も落ち着き、もうヴィオレが追われる事もないだろう。そろそろ普通に暮らしてはどうだ? 屋敷も空いているのだからそこで暮らすといい」
私は領地の屋敷から少し離れた小さな家でひっそりと暮らす3人が哀れで、アランにそう言ってみたことがある。すると、
「……いいえ。私達はおそらく一生隠れ続けなければならないでしょう。私達は兄上達にご迷惑をかける前に、……レティシアがもう少し大きくなればここを出るつもりです」
私は驚いて弟を止めた。
「何を言うのだ! ずっと、ここにいるがいい。私はお前達がいつまでも安心して暮らせるようにしてみせるから」
……アランは、寂しそうに微笑んだ。
それからひと月後。
アランの死の知らせが届いた。大雨の後の領地の見回りの際、途中の崖崩れに巻き込まれたのだ。
両親と私達家族は慌てて領地に戻った。
……そこには、ヴィオレとその娘レティシアの姿はもう無かった。
ーーーーー
コベール子爵はレティシアの父の兄、伯父でした。
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