ヴォールのアメジスト 〜悪役令嬢の『予言』は乙女ゲームの攻略本から〜

本見りん

文字の大きさ
上 下
16 / 89
公爵令嬢の予言

卒業前夜 2

しおりを挟む

「……あ……、いえ、私は……」

 アベルは分かりやすく動揺し言葉に詰まった。


「……おや。来年には成人という年齢の殿下が、まさか将来の展望をまだ何もお持ちでないのですか?」

 クライスラー公爵は冷たく笑った。この場にいる者はアベルの答えを待つ。

「ッ! ……いえ! 私は色々と考えております……! ただ兄上には妙な噂が立っておりますが故に……!」


 言葉に詰まりながらもアベルは兄のせいで決めかねている、と口にしてしまった。

「……おやおや。ご自分の考えが無いことを人のせいになさるとは。何か問題があるというのなら、それを解決する方法も交えてご自分なりの意見を持つことも大事なのでは?」


 アベルはグッと言葉に詰まった。普段は王族であるアベルにこうした不躾な質問をする者など居ない。王太后やフランドル公爵家の人々から誉めそやされ、その他の人々からはこうして指摘されることの無いアベル。
 大帝国であるヴォール帝国の公爵で明らかに自分よりも立ち場が上の者からの質問なのだが、動揺と苛立ちを隠せずに反論する。

「……お言葉ではございますが……! 罪を犯そうとしている者を庇いだてすることなど出来ません。私は、『王とは強く正しく周りに認められた存在でなけれはならない』と考えております!」

 ……そのアベルの言葉は……普段から王太后やフランドル公爵家で言われ続けた言葉。そしてその後に彼らは『だからアベルこそが王に相応しい』と言うのだ。
 アベルはその言い聞かされた言葉が自分の意見で、それこそが正しい事だと思い込んでいた。

 そして先程の公爵の質問に対してのその返答は、その場の空気を凍らせた。


「――ほう。アベル殿下は兄が罪を犯そうとしているとして、ご自分がそれに成り代わりその『強く正しい王』とやらになろうと考えていると、そういうことですな。王位の簒奪。……危険な思想ですな。しかもそれをこうしてやすやすと口に出してしまわれるとは」

 公爵に冷たく淡々と指摘され、アベルは先程の自分の発言の危うさにやっと気づいた。

「ッ! いえ……! そういう意味ではありません……! 私は王とはこうあるべき、という一般論を述べただけで……!」
 

「――私はアベル殿下に『王弟としてどう兄王を支えていくのか』とお尋ねしたのですよ。それがご自分が王になる時の心構えを答えられるとは……。
陛下。どうやらこの王国は内部から穏やかでない様子ですな。……他国に、その隙を狙われなければ良いのですが」


 最後の公爵の言葉に、晩餐に参加した全員が青くなった。

 そしてアベルは自分の手足が震え冷たくなるのを感じた。


 ――自分が王位を狙っているとここにいる家族全員に知られてしまったこと。
 そして、兄を蹴落とし自分が王太子となるその後の国の混乱をもしかすると他国に狙われるかもしれないという、今までアベルが考えもしなかった可能性を指摘されたからだ。


「あの、父上ッ……! そういう意味ではないのです、ただ私はッ……!」

「口を慎め、アベル! ヴォール帝国の重鎮の前でなんたる失態、何という失礼を……!
従兄弟どの。申し訳ござらぬ。第二王子はまだ若く至らぬ点が多く……。暫くは反省させ謹慎させることといたします」


「……それが良ろしいでしょうね。
ここが公共の場であったなら、重い罪を適用されてもおかしくはありません。王位の簒奪を狙う者として処刑もしくは幽閉されてもおかしくないでしょう」


 他国の重鎮にそう指摘された国王一家は重く受け止め頷いた。

 1番顔色を悪くしている第二王子本人に、更に公爵は言った。


「アベル殿下。……他人の事をとやかく言う前に、まずはご自分の身を振り返られる事です。
……陛下。今私は貴方の従兄弟としてこの場におりますので、今回は私の胸の内に収めこの一件は陛下にお任せ致しましょう。しかし、もしも次このような事があったなら……。私はヴォール帝国の貴族として、動くやもしれませんよ」

 国王は顔色を悪くしながらも、なんとか威厳を保ちながら答えた。

「……心遣い、感謝いたします。そして失礼を謝罪します」


 青褪め震えるアベルはこの場から退出させられ、晩餐会は後味の悪いままで終わった。



「……閣下!」

 リオネルは、晩餐を終え部屋に戻ろうとするクライスラー公爵を呼び止めた。

「先程は、弟が失礼を申し上げまして誠に申し訳ございません」

 真摯に反省の弁を述べるリオネルの謝罪を公爵は受け入れた。


「……リオネル王太子殿下。殿下もご苦労が絶えぬお立場でありましょう。
それでは一つ私から卒業の花向けはなむけの言葉を。
……ご自分の想いは、きちんと口にして伝えなければ相手には伝わらない事が多いものです。当然伝わっていると思っていた事も案外相手には伝わっていないもの。そして大切な人にはその時にきちんと想いを伝えておかないと、次に伝えようと思った時にはもう伝えられない事もある」


 それは、リオネルに言っているようで自分の経験を話しているようだった。……少なくとも、リオネルにはそう感じた。
 色々と噂される事の多い公爵だが、この方も相当ご苦労されてきたのだろう。


「ありがとうございます。……心に、しかと刻みます。閣下」

 リオネルはそう言って礼をして去った。



「従兄弟殿。先程のお話は……。……もしや、20年前の……?」

 リオネルが去った後、後ろからやって来た国王はまだどこか疑心暗鬼だった。昔から冷静沈着……むしろ冷たく容赦のない印象だったこの従兄弟。

 その最たる事件が『20年前の皇女』の件だ。前皇帝に味方したクライスラー公爵家だったが、当時公爵家嫡男だった公爵と学生同士恋仲だったと噂された皇女。その皇女が幽閉される直前に逃走しこの公爵が必死に跡を追い……。そこまでならば世紀の恋愛劇かと思われないでもなかったのだが、結末は皇女とはぐれた乳母を発見し怒りで死に至らしめたという事実。そしてそれから数年経っても皇女を探し続けたというが……。

 国王は、この従兄弟が思い通りにならなかった皇女を闇に葬ったのかと思っていたし、世間でも多くの人々にそう思われていた。


 ――しかし今の公爵の話からすると、2人は本当は想い合いすれ違ってしまっただけということになる。少なくとも公爵は皇女をずっと想っていた、ということだ。


 ジッと自分を見るこの従兄弟に構わず公爵は言った。

「……私は、ただ若者達が言葉足りずに大切な者を失ってしまう、などという事がもう無ければ良いと……そう思うだけなのですよ。リオネル殿下が本当は何を望まれているのかは存じ上げませんがね。……殿下も、理不尽な事の多い人生のようですから」


 今、我が王国で起ころうとしている王位を巡る嵐。それを見て、この公爵も20年前を思い出さずにはいられないのだろうか。……公爵は確か結婚をしていない。妹の子を養子にとっていると聞いている。
 冷酷で女嫌いだと思っていたが……。まさか本当にずっと皇女の事を……?

 そう考えれば、この従兄弟になんとも言えない親近感のようなものを抱かずにはいられない。しかも不遇の我が息子リオネルを労わり、アベルやおそらくは王太后をも諌めてくれるとは。


「……ああ。全くです。人生など思い通りにならぬ事の連続ですが……。それにしてもリオネルは彼のせいではない多くの苦労をしてきたのです。私の力が足りず可哀想な事をしました。……しかしその分、リオネルは強く人々に配慮の出来る人間に成長いたしました。親の私が言うのも何ですが、リオネルは立派な王となることでしょう」


 苦しげに、しかしリオネルの事を語る国王の顔はどこか誇らしげだった。


 ――親とは、子をこれほど迄に愛し守ろうとするものなのだな。私には跡継ぎの養子に対してここまでの思いはない。……だがもしも、愛する女性との子がいたのなら――。

 そんな事がふと頭をよぎり……クライスラー公爵は息を吐き目を閉じた。

 
「……そうですね。私もリオネル殿下は立派な王になられる事と思います。
実は叔母上より明日のパーティーに招待されていましてね。……明日、どう『予言』とやらを塗り替えてくださるのか。楽しみにしておりますよ」


 クライスラー公爵はいつもの冷めた表情でそう言い、去って行った。

 それをため息を吐きながら見つめるランゴーニュ王国国王。

「……少しは人間らしいところを見られたのかと思ったのだがな。それに、こちらの味方かどうかは五分五分といったところか……。まあ、それでも我らは進むしか出来ないのだがな」


 ――そして、運命のパーティーが始まろうとしていた。




ーーーーー


アベルは王太后やフランドル公爵家にそそのかされ、いずれ自分が王になると思っていました。

彼らに甘々に甘やかされながらも、兄が非常に優秀な事も分かっていて劣等感を抱いています。その上で、将来兄は罪を犯すし『強く正しい』のは自分だと思い込む事で自分の劣等感を慰めていたのです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

契約の花嫁 ~政略結婚から始まる甘い復讐~

ゆる
恋愛
「互いに干渉しない契約結婚」**のはずだった。 冷遇されて育った辺境公爵家の令嬢マルグリートは、第一王子ルシアンとの政略結婚を命じられる。権力争いに巻き込まれたくはなかったが、家を出る唯一の手段として彼女は結婚を受け入れた。——条件は「互いに干渉しないこと」。 しかし、王宮では彼女を侮辱する貴族令嬢たちが跋扈し、社交界での冷遇が続く。ルシアンは表向き無関心を装いながらも、影で彼女を守り、彼女を傷つけた者たちは次々と失脚していく。 「俺の妻が侮辱されるのは気に入らない」 次第に態度を変え、彼女を独占しようとするルシアン。しかしマルグリートは「契約」の枠を超えた彼の執着を拒み続ける。 そんな中、かつて彼女を見下していた異母兄が暗躍し、ついには彼女の命が狙われる。だが、その陰謀はルシアンによって徹底的に潰され、異母兄と母は完全に失脚。マルグリートは復讐を果たすが、心は満たされることはなかった。 「俺のものになれ」 ルシアンの愛は狂おしいほど強く、激しく、そして真っ直ぐだった。彼の執着を拒み続けていたマルグリートだったが、次第に彼の真意を知るにつれ、抗いきれない感情が芽生えていく。 やがて彼女は、政略結婚の枠を超え、王妃として新たな未来を歩み始める——。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

処理中です...