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公爵令嬢の予言
侯爵家の居候 3
しおりを挟む卒業式の前日。私はミーシャのベルニエ侯爵家から護衛を付けていただき、コベール子爵家に帰ってきていた。
昨日、コベール子爵夫人から卒業式の前に顔が見たいと手紙が届いたのだ。
今王都のコベール子爵邸には義母しかいない。子爵は毎年のこの時期には領地へ行くのだ。夫人は私の卒業を祝う為にと王都に残ってくださっている。……それなのに、学園で不穏な動きがあるからとはいえ大変な不義理をしているからとても心苦しい。
ミーシャには『成さぬ仲の義母と2人で会うなんて』と止められたが、義母との仲は2年目辺りから良好だと思っている。
とにかく、卒業式を1人で迎えるのは可哀想と王都に残ってくださった夫人が顔を見たいと言ってくださるのなら、私は喜んでこの顔を見せようと思った。
「お帰りなさい、レティシア。貴女が行ってしまって、この屋敷は火が消えたかのようになってしまいましたわ。明日の卒業式後は帰って来るとは思ったのですけれど……。その前に貴女の顔を見てお話がしたかったのよ」
子爵家の上品に整えられた居間に通され、夫人がにこやかにそう切り出した。
「私の卒業を祝う為にこちらに残っていただいているのに、大変申し訳ございません」
私は夫人に心から謝罪した。
「いいのよ。……私も最近の不穏な噂は聞き及んでいます。ここ2週間程で急に貴女が『王太子の浮気相手』として名前が挙がってきていることを。……まるで、公爵令嬢の『予言』に合わせたかのような噂をね」
子爵夫人は最後眉間に皺を入れながらそう言った。
「ッ! 夫人のお耳にも入ってしまっているのですね……。申し訳ございません。私はやましい事は何もしておりませんが……、社交界でもそれ程噂になっているのですか?」
私は胸が痛んだ。……子爵家の名を上げるどころか、またしてもご迷惑をおかけしてしまったことに。
「子爵家とはいえ私も貴族の端くれですからね。2週間程前からチラホラとそんな話が聞こえ出したと思ったら、ここ数日でかなり貴女の名前を確定的に出されるようになっています。……貴女を守る為にと子爵家に受け入れたというのに、まさかこのような事に巻き込まれるとは……。旦那様にも急ぎ手紙を出しましたが、おそらく明日には間に合わないでしょう」
私は目の前が真っ暗になった気がした。
――どうして? 私は本当にリオネル様とそんな関係ではない。お慕いしてはいるけれど、最近は2年ぶりに偶然会って少しお話をしただけ。それなのに、何故それが『浮気相手』とされるほど世間に私の名が挙がることになってしまっているの?
おそらく青い顔をしたのだろう私を子爵夫人は気遣い、お茶のおかわりを用意させてから侍女を下がらせた。
「明日の卒業パーティーは、何やら不穏な予感がします。……けれど、王家派の高位貴族の方々から貴女を必ずパーティーに参加させるようにとの通達を受けています」
「!?」
私は驚く。今まで聞いた『公爵令嬢の予言』の話で考えると、王家派の方々から見れば『浮気相手』とされる私はそれを回避する為にもパーティーに行かない方が都合が良いのではないかと思っていた。……そういえば、おそらく王家派であろうミーシャのベルニエ侯爵家からもパーティーに行くなとは一度も言われていない。
「王家側にも何か考えがあるのかもしれませんが……。私達は、本当は貴女をそのような事には巻き込ませたくない。
……そうでなければ、貴女の母親にも……父親にも申し訳がたちませんもの……」
子爵夫人は、そう心苦しそうに言われた。
私は一瞬、そこまで私の母の事を考えて下さるなんて、と考えて……ハタと思考が停止する。
「『父親』……。コベール子爵に、ですか?」
今この場に居ないコベール子爵に、ということ……?
夫人は一瞬躊躇した後、決意したように私の目をしっかりと見て言った。
「レティシア。……本来ならば、旦那様からお話ししていただくべき事ですが……。
貴女の本当の父親は、コベール子爵ではありません」
私は、驚きで目を見開く。
「ッ! ……でも……! 子爵と私は、顔立ちがそっくりではありませんか。髪と瞳の色は違いますが、顔も雰囲気もそっくりだって、みんなが……」
3年半前、母を亡くした悲しみは新たに現れた父の存在と貴族の勉強の忙しさでなんとか乗り越えられた。
今更、急にその『父親』が本当の父でない、だなんて……。
「貴女の本当の父親は……旦那様の弟。歳は離れていましたが2人はよく似ていました。とても優秀な方で外交官をしていたわ。そしてヴォール帝国へ何年か赴いて……、ヴィオレを連れて帰ったの」
……それから夫人から聞いた私の本当の父と母ヴィオレの話は、……なんというかこの間のミーシャの二つ目の推理がほぼ大正解だった。
母は約20年前に起こったヴォール帝国の政争に敗れ亡命した帝国貴族の令嬢。亡命する為に行った我が王国の領事館で外交官をしていた父と出逢い恋に落ちたのだという。
母の実家を追いやった帝国の貴族は何故かしつこく母の行方を追っていたらしく、2人は王国に来た後も隠れるように子爵家の領地でひっそりと暮らしていたそうだ。……が、その父が事故で亡くなり母は小さな子供、つまり私を連れて姿を消してしまったらしい。
そして3年半前、コベール子爵は偶然新聞記事で馬車の事故を知り、何故か胸騒ぎがして調べてみたら当たりだったということだった。
しかし、レティシアを子爵家に引き取るにあたり子爵は悩んだ。
自分の大切な弟の忘れ形見を子爵家に入れる事は何の問題もない。だが、何故か弟とその妻はその姿を隠すようにして暮らしていた。ヴィオレの実家の政争相手に狙われているとの話だったが、その真偽はともかく彼らは最後までその身を隠し続けていた。
……レティシアを今ここで弟の子供と公表して、もし外交官をしていた弟と亡命してきた帝国の令嬢という繋がりに気付く者がいたとしたら? せっかく2人が隠し守ってきた大切な娘が危険に晒されてしまうのではないか? と――。
しかも、もしその相手がヴォール帝国の貴族だとするのなら、この小さな王国の子爵程度では弟の大切な忘れ形見は守れない。
それで悩んだ末に、コベール子爵の愛人の子、という事にしたのだ。
「……最初の頃は、本当にごめんなさいね、レティシア。貴女には何の罪もないし旦那様が浮気をした訳でもない事は分かってはいたのだけれど……。やはり『浮気をされてその子供を預かる事になった哀れな女』と社交界で蔑まれるのがとても辛くて、貴女には酷い仕打ちをしてしまったわ……」
子爵夫人はとても申し訳なさそうにレティシアを見て謝罪した。
「子爵夫人……。いいえ。私の存在が夫人にとてもご迷惑をおかけしている事は自覚しています。それに、私のせいで子爵にも大変な不名誉を背負わせてしまっていたのですね……」
私はコベール子爵が本当の父親では無い、という事に少なからずショックを受けていた。でも今更子爵夫人がそのような嘘をつくはずもないし、実際に死んだ母も『父は亡くなった』と話していた事を思い出していた。
自分の弟の子というだけで、敢えて不名誉を背負ってくれた伯父であるコベール子爵夫妻に感謝と謝罪の気持ちでいっぱいだった。
「……それは、旦那様が決めたこと。貴女が気に病む事ではありません。
それにその事を気にするあまり、まさかフランドル公爵令嬢の『予言』に巻き込まれている事に気づかなかったなんて……! それに今貴女は侯爵家預かりとなっているから今回のパーティーを病欠とするのも今は難しいわ。……今日貴女に付いている侯爵家の護衛騎士も、おそらくは必ず貴女を侯爵家に連れ帰るように命じられてるはずよ」
子爵夫人はそう悔しそうに言う。
「……まさか。ミーシャは、私の大切な友人で……。私の身を本当に案じてくれているんです。私がパーティーに行かないとさえ言えばきっと……」
私はパーティーに行くかどうかは別にして、ミーシャが『パーティーに行かそう』としているという事を信じたくなかった。
「……そうだといいのだけれど……。私は今の状況で貴女を明日のパーティーに行かせたくないわ。……護衛騎士に、レティシアは具合が良くないから今日はこのままここに留まると、そう言ってみてもいいかしら?」
夫人の確かな意思を感じて、私は頷いた。
「……え? ご体調がよろしく無いのですか?」
侯爵家から付いてきて下さった護衛騎士に、子爵夫人が答える。
「ええ。……ですから、今日はこのまま貴方1人で侯爵家に戻って侯爵閣下にそうお伝えしていただけるかしら? ……明日のパーティーまでに体調が良くなればよいのですけれど」
護衛騎士は少し考えた。
「……では尚更、侯爵家にお連れした方がいいでしょう。お屋敷では専属のお医者様がすぐに診てくださいますから。……失礼ながら、私がその身を運ばせていただきます」
護衛騎士はそう言うと、有無を言わさずソファでグッタリした演技をしている私を抱き上げた。
私と子爵夫人は目を合わせ、かなりガクリと力を落としたのだった。
馬車に乗せられ数十分。私はベルニエ侯爵邸に戻ってきた。
「レティシア。具合が良くないと聞いたわ。今侍医を呼んだからもう少しの我慢よ。……やはり、夫人に何か酷い事を言われたのではなくて?」
屋敷に入って客間で寝かされ、すぐにミーシャに連絡がいったらしい。
「ミーシャ……。ううん、そんなことではないの。ただ……、社交界でも王子と私の噂は流れているみたいで……。ミーシャ、私本当にリオネル様とはなんでもないのよ。この2年ずっと会ってもいなかった。この間は本当に偶然に会っただけ。それなのに……」
ミーシャは私の側へ駆け寄り、手を取った。
「分かってるわ、レティシア! 私は貴女を守る! パーティーでは私の従兄弟が貴女のパートナーをする事になってるから。とても良い方よ。婚約者と紹介してしまっても……、いいえなんなら本当に婚約してもいいわ!」
そうすればレティシアと私は親戚になれるわと、熱心に従兄弟を勧めてくるミーシャに何か思惑があるなどとは感じられない。
「ふふ……、ミーシャったら。
…………ねぇ、ミーシャ。私、明日のパーティーはお休みしようかしら……」
ミーシャを信じたい。そう思いレティシアはそう口にした。すると、
「……そうね……。確かにその方がいいのかもしれないわ。……せっかくの学園の卒業パーティーだけれど、普通のパーティーならまた何度でも機会はあるもの」
ミーシャは意外にもあっさりとそう答えた。レティシアは心からホッとする。
「じゃあ、決まりね。でもまた従兄弟には機会があれば是非会ってみて……」
「――駄目だ。レティシア嬢には明日の卒業パーティーには必ず出席してもらう」
ミーシャの言葉を遮って、男性の声がした。
声のする方を見ると、部屋の扉近くにミーシャの父、ベルニエ侯爵が立っていた。
「お父様? 何を言って――」
「ミーシャ。今からこのランゴーニュ王国の未来を左右する大切な話がある」
いつもの優しい父親では無い――。ミーシャは驚き、言葉を失った。
「レティシア嬢。……貴女には酷な話かもしれないが、この国の未来の為にご協力願おう」
レティシアは侯爵を見て、ゴクリと息を呑んだ。
ーーーーー
コベール子爵の娘ではないと分かって、ショックを受けるレティシア。
そしてベルニエ侯爵の態度に驚くレティシアとミーシャでした。
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