ヴォールのアメジスト 〜悪役令嬢の『予言』は乙女ゲームの攻略本から〜

本見りん

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公爵令嬢の予言

王立学園 2

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「ミーナ。ソフィア。おはよう! ……どうかしたの?」

 ある朝レティシアが学園に登校すると、友人2人がレティシアの机の前で青褪めていた。2人は私に気付くと、とても言いにくそうにしながら視線を机にやった。

「……?」

 それに釣られて私もその机を見る。

「……ッ! なにこれ、酷い……」

 そこには、酷い落書きをされビリビリに破られた私の教科書があった。

 そして、それを遠巻きに見ているクラスメートたち。


 ……私はこの学園で元平民ということで少し浮いた存在ではあった。だけどこの学園には色んな立場の生徒がいる。それこそ王族から民間の優秀な生徒まで。私だけが元平民という訳でもない。

 だから、こんなことをされるなんて、思いもしなかった。

 
 私はその後すぐに破られた教科書を先生に見せ報告した。初めは先生方は驚き対処をすると言ってくれたのだけど……。
 その後も何度も起こる似たような出来事に、先生方もその内『君も身の程をわきまえて高位のお方に失礼な事をしないように』と私に対して注意されるようになった。

『――コレは、私が悪いの? 私は知らない内に高位の貴族の方に失礼な事をしているの?』


 私は先生に聞いても答えて貰えないその問いを、悩みに悩んでとうとうある方にしてみる事にしたのだ――。



 ◇ ◇ ◇


「……久しぶりだね」

 私は、収穫したばかりのトマトを持って廊下を通るリオネル王子を待っていた。リオネル様は……、少し困ったような笑顔をされた。私はなんだか胸がキュッと痛くなる。

「……お久しぶりで、ございます。リオネル様。……あの、よろしければこれをどうぞ。そして……教えていただきたいことがあるのです……」


 私は高位の貴族の方に失礼を働いているらしいので、以前よりも言葉遣いに気を付けながら王子に話しかけた。……リオネル様は手で制してトマトを受け取る事を拒否された。

 最近、リオネル様は裏庭に来ることが少なくなった。チラリと見に来てもすぐに帰ってしまう。……やはり私は知らず知らずの内に失礼な事をしてしまっているということかしら……?

「……教えて欲しいこと?」

 リオネル王子の空のように青いその瞳が私に問いかける。

「はい……! あの、私は高位の貴族の方々に失礼な事をしてしまっているようなのです。でも、何が悪いのかが分からなくて……! リオネル様も最近裏庭にいらっしゃらないのは、きっと私が何か失礼な事をしてしまっているからなんですよね……? 先生方に聞いても教えて貰えなくて……。あの、私のどういうところが失礼なのか、教えてもらいたいんです……!」

 私はここ最近とても悩んでいるこの話を、リオネル様に聞いてみた。……いったい、私は何をしてしまっているんだろう……?

 王子は少し驚いたような顔をしてから、少し考え込まれた。そしてどうしてそんな事を聞いてくるのか、その訳を教えてと言われたので今までの経緯を包み隠さず話す事にしたのである。



「…………なんて事だ。それで先生方もそんな仕打ちを受けている君の味方をしてくれない、と……。反対に君の高位の貴族への失礼からそんな事になっていると、そう言われたのか……」

 私の話を聞いたリオネル様は驚きそう言った。

「う……。はい、そういう訳なのです……。それで本当に意識が低くて申し訳ないのですが、私はどんな失礼な事をしてしまっているのか自分では全く分からないという状況でして……。出来れば私のどういう行動が失礼なのかを教えてもらえれば、その失礼を改めるべく努力していこうと思っているのてすが……」


 リオネル様は私をジッと見て少し考えてから言った。

「……正直に言うと、君は敬語などは少し苦手なようだ。貴族の物言いは余り出来ていない。そして学園内ならば本来問題はないのだが、こうして王族や高位の貴族に直接言葉を掛けることは時として問題となるだろう。
……しかし、ここは学園で基本的には皆平等を謳っている。敬語や言葉遣いが出来ていない生徒は他にもたくさんいるだろうし君だけが特別問題ではない。そして相手の貴族が許しているのならば声を掛けることは節度を守れば問題はない」

 リオネル様のその言葉に私はホッとしたけれど、それならば何故今のこんな状況になってしまうのかという疑問が更に膨らむ。

「では……では、どうしてこんな……。そしてどうして先生は『高位の貴族の方々への失礼』などと仰ったんでしょう……」

 八方塞がりな状況に、私は泣きそうになった。
 そんな私を見て、リオネル様は少し目を逸らした。

「……おそらくそれは……」

 王子はそう言いかけて、苦しげに口をつぐんだ。……リオネル様は、何か理由を知っているの?

 問いかけようとした私に、リオネル様はそれを制して言った。

「……とにかく、私から先生方に話をしてみよう。このような状況は普通ではないからね。……君は、何も心配しなくていい」

 そう言って一目で作り笑いだと分かる微笑みを私に向けて去って行かれた。


 リオネル様は、ここに余り来られなくなった頃から私の名前を呼んでくれない。しかしそれは今までが破格の扱いだっただけなのだ、とは思うけれど……。やっぱり、少し寂しい。


「それに、結局私の何がいけなくてこんな事になったのか、さっぱり分からなかったわ……」


 私は少し肩を落としながら、受け取ってもらえなかったトマトを抱えて教室に戻った。



 ◇ ◇ ◇


 リオネル王子と話をしてから、嫌がらせが随分と収まった。おそらく彼が先生方に話をしてくださったのだろう。
 まだ高位の貴族の方々からの冷たい視線は感じるけれど……。

 そしてあれから裏庭にリオネル様が来ることは一切なくなった。
 そうするとだんだんと高位の貴族の方々も私への関心がなくなったようだった。

 そこまでなって、やっと私にも分かった気がした。私がリオネル王子と仲良くしている事で、高位の貴族の方々のご不興を買っていたのだと。


 そして私はその時になって初めて、リオネル王子に対して淡い恋心があったかもしれないと自覚した。だけど王子はもう来ない。……でも、これで良かったのだ。ハッキリとした恋になる前に弾けて消えてしまった綿菓子のようにフワフワとした甘く切ない想い。
 きっと……、一生の思い出になるわ。学園で王子様と出逢い淡い恋心を抱いただなんて、なんだか物語みたいじゃない? 素敵な、思い出になるわ……。


 私は友人達と裏庭の野菜を収穫しながら、そう思った……。



 …………そして私の初恋は、自覚した時には儚く終わってしまっていたのだった。

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