ヴォールのアメジスト 〜悪役令嬢の『予言』は乙女ゲームの攻略本から〜

本見りん

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公爵令嬢の予言

子爵家の令嬢 2

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 ……そこにはいかにも貴族の使用人といった、身なりの良い壮年の男性が立っていた。

 男性は私の顔を見て少し驚き……、そして目を細め懐かしむような優しい表情で言った。

「……ああ……やはり、お母上に……、そしてお父上にもよく似ていらっしゃる」

「…………父?」

 私は思わずその男性の言葉に反応した。父は、死んだのではなかったのか?

「そうです。レティシア様のお父上でいらっしゃるコベール子爵様より貴女様をお迎えに上がるよう申しつかりましてございます。……お母上は残念な事でございましたが、新聞に載った事故の記事でお母上のお名前を見て旦那様がお気付きになられたのです」

「新聞記事……? 父……は、私達を探してくれていたんですか?」

 新聞に、平民の馬車の事故が載っていたのだろうか?

「…………はい、……そうでございますとも。そして貴女様が天涯孤独の身になったことを知り、是非親子として暮らしたい、と」

 男性は少し間を開けてからそう言った。
 別に私達を探してはいなかった、という事よね。……偶々記事を見て懐かしくも哀れに思ったのか、それとも他にも何か利用価値を見出したのか……。母とは何か事情があって別れたという事だったのか。それで母は『父は死んだ』と言っていたのだろうか……?


「……そうですか。でも私は明日からの仕事も決まってますし、これからも1人で暮らしていけます。……お気持ちだけ有り難くいただきますと、……そうそのお方に伝えてください」

 本当に私の父親がこの男性の言う子爵なのかは分からないのだ。なにせただ1人事実を知る母はもう居ないのだから。


「……せめて一目だけでも、お父上にお会いになってください。この機会を逃しては一生お父上と会う事が出来ないのかもしれないのですよ?」

 ……一生会えない……。
 とんでもなく今更のような気もする。そして一瞬この男性は人さらいかしらとも疑った。

 けれど、もしこの男性がここで平民の小娘1人を騙して拐かしたところで何の意味もないだろう。レティシアは淡い金髪にこの国では珍しい美しい深い紫色の瞳、確かにこの街では可愛いとも言われるがこの程度の娘はこの世にたくさんいるだろう。それにわざわざこんな手の込んだやり方などはしないと思う。

 ……けれど、やはり一度は会ってみたい気はしたのだ。今、たった1人の母を亡くしたばかりだからかもしれない。自分のルーツともいえる父に会ってみたい気がした。……母と自分を見捨てたのだろう、その人に。

「……わかりました。一度だけ、お会いしたいと思います」



 そうして私は子爵家の執事だというその男性に馬車に乗せられ、コベール子爵と対面することになった。
 そして到着したのは、貴族街にあるこぢんまりとしているが品のいいお屋敷だった。

 ……貴族のお屋敷……。街にある商人の邸宅よりも高級感がある気がした。勿論商人の邸宅の中にまで入った訳ではないけれど。

 そしてそこで待っていた優しげな40代後半の貴族の男性。……コベール子爵はどこか懐かしい雰囲気を持った方だった。


「ああ、レティシア……。大きくなったね。その髪色と瞳の色は確かにヴィオレと同じだ。それに、我が子爵家の顔立ちだ……」

 その人は感極まったかのように涙ぐみながらそう言った。
 ヴィオレ……。母の名だ。そして大きくなった? 私達は会った事があるのだろうか?

「……私は貴方にお会いしたことがあったのですか?」

「……そうだ。ある時ヴィオレは幼い君を連れて姿を消した。私も君たちを探したのだが……」

 ……そんなに探してはいなかったという事よね、多分。だって少しは離れているとはいえ、同じ王都のこの街で私達母子はずっと暮らしていたのだから。

 なんとなく、そう思った。貴族も多く暮らすこの王都の下町では貴族と恋仲になった女性の末路などは良く聞く話だ。だから貴族に騙されてはいけないと若い娘はよく言われる。

「……そうなのですね。お顔を見られて良かったです。それでは私はこれで……」

 私はさっさと退散しようとした。

 自分のルーツ、父親の顔は見た。少し私と雰囲気が似ているとは思う。そして父が私達を今まで真剣に探してなどいなかったのだろうことも分かったし、これ以上ここに居ても仕方がない。

「ッ! 待ちなさい! せっかく来たのだから夕食を食べて行きなさい。ご馳走を用意してあるのだよ」

 ご馳走……! 
 私は揺れた。……おそらくそれは、私が今までに食べた事がないような豪華な食事の用意がある、ということだろう。私はゴクリと唾を飲んだ。一生に一度くらい、貴族の夕食というものを食べてもバチはあたるまい。

「……分かりました。夕食をいただいたらすぐに帰ります」


 ……つい、そう答えてしまったのだ。

 それが私の運命の分かれ道だとは気付かずに……。


 
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