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本編

19:月の下で

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 眠っていたのにパチリと目が覚めた。

 まだ部屋は暗く、わずかな月明かりが窓から差し込んでいる。

 このまま寝てもよかったのだけど、なんとなく夜風にあたりたくなった。

 のそりと起き上がれば、部屋には誰もいない。イヴも使用人部屋に戻ったようだ。

 厨房などでは、夜番の人がいるだろうけど、特に用事があるわけでもないので問題はない。

 ベッドを抜け出し、ランプを片手にバルコニーへと続く窓を開ける。

「っ……」

 寝起きの体に夜風は冷たく……しかし、澄んでいる空気が気持ちよかった。

「エリス?」
「っ!?」

 澄んだ空気の中、空に浮かぶ月を見ていたら、横から声がして驚く。

「え、あ……アデル様!?」

 視線を横にずらせば隣の部屋のバルコニーにアデル様の姿があった。その手には私と同じようにランプの炎が揺れている。

「ごめんね、ビックリさせて」
「い、いえ……それはいいのですが……どうして、隣の部屋に?」

 私の部屋は客室のはずである。当主であるアデル様の部屋が隣にあるとは思えなかった。

「あれ? 聞いてなかった? 私の部屋は、この部屋だよ」
「そうなんですか!? でも、ここって客室の纏まっているエリアなのでは?」
「うん、その認識であってる」

 私の言葉に頷くアデル様。

「では、どうして?」
「私がこの家に来た時は、義父である前伯爵もいたからね。客としてここの部屋が与えられていたんだ。その後、家督を継いだけど……私は、婿養子だからね。当主の部屋を使うのに抵抗があったんだ。妻も、王都から戻ってこなかったしね」

 私の質問にアデル様が苦笑しながら答えてくれる。

 アデル様らしい言葉ではあるけど……。まさか、隣の部屋だなんて!

「エリスは、どうしてこんな時間に外に?」
「目が覚めてしまって……少し夜風にあたろうかと。……アデル様は?」
「私かい? なんだか眠れなくてね。眠れない日は、こうやって月を見ている事が多いんだ」

 そう言ってアデル様は、空高く浮かぶ欠けた月を柔らかな表情で見上げる。

 それは、さながら絵画のような美しさがあった。

「……綺麗ですね」
「そうだろう?」

 私が綺麗と言ったのはアデル様に対してだったのだけど、アデル様は月が綺麗だと言われたと思ったようだ。

 まあ、確かに月も綺麗ではあるのだが。

 このバルコニーは、領都側ではなく、山や平原のある側を向いている。

 余計な明かりのない闇に浮かぶ星や月は美しかった。

「でも、そろそろ戻ろうかな。夜風にあたりすぎるのは良くないしね。エリスも、早めにおやすみ」
「はい」

 月から視線を降ろしたアデル様が向こう側で笑う。

「良い夢をエリス」
「はい、アデル様も良い夢を」

 私を残し、部屋に戻っていくアデル様。邪魔をしてしまったかな?

 でも、ふと起きて、アデル様と月明かりの下で逢瀬を重ねられるなんて思ってもいなかった。

 ……良い夢が見れそうなのですぐに寝よう。
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