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本編

10:領地の使用人達

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 町から少し離れた所にある屋敷は、広い庭園に囲まれ、その中央に町と同じく白い壁と赤い屋根が鎮座している。

 建物自体は、母屋とおそらく夜会会場も兼ねているだろう来客用離れが二つ。その二つが渡り廊下で繋がっていた。

 いやはや……すごい。すごいなぁ……。

 実家は、商家上がりの男爵家だし、領地というものはないから、領地の屋敷というのは新鮮。

 まあ……実家も爵位を買えるほどの大商家だから、王都にある屋敷は大きいのだけど、庭園っていうのが目新しいんだと思う。

「広い庭園ですね」
「うん、庭師達が頑張ってくれているよ。まあ……僕の代でここで茶会を開いたり、夜会すら開いた事はないんだけどね」

 少し悲しげに苦笑するアデル様。おそらく、社交は前妻が王都ばかりで開いていたからだろう。

 どこを見ても綺麗な庭園なのに勿体ないことだ。

 ガーデンパーティーとかしたらいい話題になりそうなのに。

 どこの上位貴族の庭園もこのレベルあるのかもしれないけど……それでも使わないのは宝の持ち腐れだろう。

 婿養子であるアデル様の後妻な私がガーデンパーティー開いても顰蹙買いそうでできないのだけど……。

 世の中世知辛いと思いながら、玄関の前に止まった馬車をアデル様のエスコートで降りる。

 この旅の中で何度も体験したことだけど、好きな人の手に触れるというのは心がときめく。

 ああ、婚約者の座をもぎ取ってよかった……。

 幸福感に包まれながら、屋敷の中に入れば、出迎えの使用人達の中に使用人らしからぬ男が一人。

「ようやく帰ってこられたのですか? それに後妻となる婚約者など……婿養子である自覚がおありで?」

 神経質そうな黒髪の男。年頃は、アデル様より年上だろう。

 初対面の印象は、なんだこいつは。だった。

 領地の使用人は、アデル様寄りの人間ではなかったのか?

「まあ、スヴァン様の婚約者としなかったのは及第点でしょう。あの方に、商家上がりの男爵令嬢など相応しくありませんからね」

 私は怒ってもいいのではなかろうか?

「そんな事を言わないでくれノイ。彼女のおかげで、どうにか資金の工面ができたのだから」
「……このアロガス家を助けてもらったのは感謝いたしましょう」

 穏やかに事実を告げるアデル様にノイと呼ばれた男は、渋々といった様子の表情を浮かべる。

「エリス。彼は、ノイ。先代からアロガス家に仕えてくれている男でね。僕のいない間の仕事を任せているんだ」
「左様ですか」

 どうやらこの男がアデル様……というよりは、アロガス家当主の右腕のような男らしい。

 私としては、印象最悪すぎる男だが。

「皆、彼女はエリス・マルシャン男爵令嬢。この度の私の婚約者となった。半年の婚姻期間を経て、伴侶となる予定だ」
「エリス・マルシャンと申します。まだ若輩者ではございますが、アデル様の伴侶として努められるよう努力いたします」

 アデル様の紹介とともに淑女の礼を取る。使用人達に頭を下げるのは、貴族的には褒められた事ではないが、これからお世話になるのだ。

 商人的には、愛想を良くしておいて損はないと判断した。

「使用人一同、エリス様を歓迎いたします」

 私の礼に、使用人達が一礼を返す。ノイと呼ばれた男は、偉そうなままだったが。

「さて、長旅で疲れただろう? 夕食まではゆっくりと過ごすといい。イヴ、エリスを客室へと案内してもらえるかい?」
「かしこまりました。エリス様こちらへ」

 アデル様の指示により、イヴが私を部屋へと案内してくれるらしい。

 私としては、まだまだアデル様と一緒に居たかっただけに残念だ。

「ノイ。私が居なかった間の報告を頼むよ」
「執務室に資料を纏めております。そちらにて説明いたしましょう」

 私の背後からそんな二人のやり取りが聞こえる。

 ……嫌な奴だけど仕事はできそうだ。嫌な奴だけど。
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