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第一部:本編

32:幸せの味

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 屋敷への道中を話しながら帰る。人通りの多い通りを過ぎ、大きな家が並ぶ地域に来ると、歩く人はまばらになっていった。

「エルツ。ずっと持たせてるけど大丈夫か? 四つも買って悪かったな」

 右腕にデザートクレープ二つ、左腕にサラダクレープ二つ抱えた僕をヘルトさんが気づかってくれる。

「いえ、全然大丈夫です。でも、ご主人様三つも食べるんですか?」

 大丈夫だと胸を張りながらも、いくらヘルトさんが冒険者だからといって三つも入るのかな?と思って尋ねるとヘルトさんは視線を反らした。

「あー……あの店員、お前にわかりやすく好意的じゃなかったろ? ああいう態度のヤツって、その対象への対応が悪くなる傾向があってな……」

 ヘルトさんがため息を吐きつつ、言葉を続ける。

「お前の物だってわかると中身減らす可能性があるんじゃねぇかと思ってよ。俺も同じの買ったらそんな事できねぇだろ? だから、デザートの方も二つ買ったんだ」
「そうだったんですね……」

 そんな理由があったのかと目を見開くが、奴隷の地位を考えたらあり得る話だ。

 奴隷の主人がいる前で、支払い金額に見合わない内容にするのはどうかと思うが……まず、奴隷に同じものを買い与えるのが稀だからそんな事があるとは想像もつかなかった。

「ま、店員の対応はアレだったが、せっかく美味そうなクレープだし、早く食いたいな」
「そうですね」

 知らず知らずのうちに助けてもらっていた事に申し訳なくも嬉しくなり、笑みが浮かぶ。

 申し訳ないと思うのに……嬉しいと思うのが不思議だ。

 屋敷に帰るまで話すヘルトさんの言葉に相槌を打ち、いつの間にか屋敷に到着する。

 鍵を開けたヘルトさんの後に続き屋敷に入ると、ヘルトさんは僕を振り返り手を差し出した。

「ここまで運んでくれてありがとな。半分サラダクレープだけ貰っていいか?」
「はい」

 ヘルトさんの言葉に頷くと、ヘルトさんがサラダクレープを僕の腕から取っていく。

「ヘルトさん、もう一つのデザートクレープどうしましょう?」
「お前が食ってもいいぞ?」

 右腕に残ったデザートクレープ二つを両手に一つづつ持ち首を傾げたら、ヘルトさんがそんな事を言う。

「一つでお腹いっぱいですよ。それに……朝食食べたのも、お昼前ですし……」

 クレープ一つなら入りそうだが、二つを完食できるほど空腹ではない。というよりは、空腹でも二つ食べきれるほどの食欲は僕にはなかった。

「あー……だったな。ま、一つは保存庫にいれておけばいいさ。で、夕食のデザートにでも食べるといい」
「そんな贅沢してもいいんですか?」
「俺が許す!」

 奴隷なのに、弟子なのに……と、思う僕にヘルトさんがカラッと笑って許可を出す。

「それじゃあ……そうします」

 自然と顔が綻ぶのを感じながらヘルトさんを見上げれば、ヘルトさんも嬉しそうに笑う。

 二人で食堂に向かい、食べたクレープは、甘酸っぱくてなんだか幸せな味がした。
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