【第一部&番外編・完】故郷の英雄と歩む冒険者生活~家族に売られた僕は憧れの冒険者のものになりました~

海野璃音

文字の大きさ
上 下
8 / 146
第一部:本編

8:呼び名

しおりを挟む
「それでは、当館の販売した奴隷がオルデン卿の役に立つ事を願っております」

 僕が鞄を受け取ったのを確認した店主がそう言ってヘルトさんを見送る。

 僕は、左手に持った鞄を重さ以上に重く感じながら、ヘルトさんの左手に右腕を引かれながら奴隷商館の外へと足を踏み出した。

 無言で人の多い通りを歩く。僕の腕を引くヘルトさんは無言で、僕も主人であるヘルトさんに僕から話しかけるという事はできず、腕を引かれるままに足を進めた。

 だけど、僕とヘルトさんでは身長が頭一つ分違うし、歩幅だって違う。

 ヘルトさんの速度に合わせて歩いていたけど、だんだんと歩幅が合わなくなって、僕は躓くようにヘルトさんへとぶつかった。

「っ……! も、申し訳ありませんっ!」

 僕がぶつかっても、ヘルトさんはよろめく事なく僕の体をガントレットに覆われた右腕で支えてくれる。

「いや、俺も悪かった」

 奴隷である僕に謝るヘルトさんの顔は、商館で見ていた険しい表情とは違って柔らかく、僕を気遣うように優しいものだった。

「怪我は無いな」
「はい……」

 僕を覗き込むヘルトさんから声をかけられた事に緊張しながらも頷く。

 店前で名前を呼ばれた時は、緊張以上に驚きと出会ってしまった後悔の方が強かったし、来客用の部屋では商品以上の存在ではなかったから、こうして声をかけてもらえて、気を使ってもらっているということが信じられなかったのだ。

「一刻もあそこから離れたくて、お前の歩幅を考えていなかった」
「いえ……ご主人様を煩わせてしまって申し訳ありません。追い付けなかった僕が悪いんです」

 気にかけてもらえる事が嬉しいと思いながらも、自分の不始末を謝るとヘルトさんの顔が不満そうに歪む。

 なにか気に障る事を言ってしまったのだろうか?

 不安になりながらヘルトさんの顔色を伺っているとヘルトさんが口を開いた。

「昔みたいには呼んでくれないのか?」

 昔……というのは、ご主人様ではなく、ヘルトさんと呼んでほしいと言うことだろうか?

「今の……僕は、奴隷……ですので……」

 ヘルトさんの事を、幼い頃のようにヘルトさんと呼ぶのはいけないような気がする。

 奴隷の僕と爵位を持っているヘルトさんとでは、その立場に大きな開きがあるのだから。

「……まあ、外で呼べってのも酷か」

 ヘルトさんが困ったようにガントレットに覆われた指先で頬を掻き、ため息を吐く。

「あー……とりあえず、俺の家に向かう。話はそこでしよう」

 なにか言いたげな表情だったけど、ここが人の多い通りだという事を思い出したのか、ヘルトさんはそう言って僕の腕を掴んでいた左手を離して、優しく僕の頭を撫でた。

「……はい」

 大きくて、少し皮膚の硬い手。だけど、優しいその手が幼い頃撫でてもらった手と変わらない事が嬉しくて……ほんの少し、涙が滲みそうになった。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

悪役令嬢の兄、閨の講義をする。

猫宮乾
BL
 ある日前世の記憶がよみがえり、自分が悪役令嬢の兄だと気づいた僕(フェルナ)。断罪してくる王太子にはなるべく近づかないで過ごすと決め、万が一に備えて語学の勉強に励んでいたら、ある日閨の講義を頼まれる。

大聖女の姉と大聖者の兄の元に生まれた良くも悪くも普通の姫君、二人の絞りカスだと影で嘲笑されていたが実は一番神に祝福された存在だと発覚する。

下菊みこと
ファンタジー
絞りカスと言われて傷付き続けた姫君、それでも姉と兄が好きらしい。 ティモールとマルタは父王に詰め寄られる。結界と祝福が弱まっていると。しかしそれは当然だった。本当に神から愛されているのは、大聖女のマルタでも大聖者のティモールでもなく、平凡な妹リリィなのだから。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...