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第一部:本編
8:呼び名
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「それでは、当館の販売した奴隷がオルデン卿の役に立つ事を願っております」
僕が鞄を受け取ったのを確認した店主がそう言ってヘルトさんを見送る。
僕は、左手に持った鞄を重さ以上に重く感じながら、ヘルトさんの左手に右腕を引かれながら奴隷商館の外へと足を踏み出した。
無言で人の多い通りを歩く。僕の腕を引くヘルトさんは無言で、僕も主人であるヘルトさんに僕から話しかけるという事はできず、腕を引かれるままに足を進めた。
だけど、僕とヘルトさんでは身長が頭一つ分違うし、歩幅だって違う。
ヘルトさんの速度に合わせて歩いていたけど、だんだんと歩幅が合わなくなって、僕は躓くようにヘルトさんへとぶつかった。
「っ……! も、申し訳ありませんっ!」
僕がぶつかっても、ヘルトさんはよろめく事なく僕の体をガントレットに覆われた右腕で支えてくれる。
「いや、俺も悪かった」
奴隷である僕に謝るヘルトさんの顔は、商館で見ていた険しい表情とは違って柔らかく、僕を気遣うように優しいものだった。
「怪我は無いな」
「はい……」
僕を覗き込むヘルトさんから声をかけられた事に緊張しながらも頷く。
店前で名前を呼ばれた時は、緊張以上に驚きと出会ってしまった後悔の方が強かったし、来客用の部屋では商品以上の存在ではなかったから、こうして声をかけてもらえて、気を使ってもらっているということが信じられなかったのだ。
「一刻もあそこから離れたくて、お前の歩幅を考えていなかった」
「いえ……ご主人様を煩わせてしまって申し訳ありません。追い付けなかった僕が悪いんです」
気にかけてもらえる事が嬉しいと思いながらも、自分の不始末を謝るとヘルトさんの顔が不満そうに歪む。
なにか気に障る事を言ってしまったのだろうか?
不安になりながらヘルトさんの顔色を伺っているとヘルトさんが口を開いた。
「昔みたいには呼んでくれないのか?」
昔……というのは、ご主人様ではなく、ヘルトさんと呼んでほしいと言うことだろうか?
「今の……僕は、奴隷……ですので……」
ヘルトさんの事を、幼い頃のようにヘルトさんと呼ぶのはいけないような気がする。
奴隷の僕と爵位を持っているヘルトさんとでは、その立場に大きな開きがあるのだから。
「……まあ、外で呼べってのも酷か」
ヘルトさんが困ったようにガントレットに覆われた指先で頬を掻き、ため息を吐く。
「あー……とりあえず、俺の家に向かう。話はそこでしよう」
なにか言いたげな表情だったけど、ここが人の多い通りだという事を思い出したのか、ヘルトさんはそう言って僕の腕を掴んでいた左手を離して、優しく僕の頭を撫でた。
「……はい」
大きくて、少し皮膚の硬い手。だけど、優しいその手が幼い頃撫でてもらった手と変わらない事が嬉しくて……ほんの少し、涙が滲みそうになった。
僕が鞄を受け取ったのを確認した店主がそう言ってヘルトさんを見送る。
僕は、左手に持った鞄を重さ以上に重く感じながら、ヘルトさんの左手に右腕を引かれながら奴隷商館の外へと足を踏み出した。
無言で人の多い通りを歩く。僕の腕を引くヘルトさんは無言で、僕も主人であるヘルトさんに僕から話しかけるという事はできず、腕を引かれるままに足を進めた。
だけど、僕とヘルトさんでは身長が頭一つ分違うし、歩幅だって違う。
ヘルトさんの速度に合わせて歩いていたけど、だんだんと歩幅が合わなくなって、僕は躓くようにヘルトさんへとぶつかった。
「っ……! も、申し訳ありませんっ!」
僕がぶつかっても、ヘルトさんはよろめく事なく僕の体をガントレットに覆われた右腕で支えてくれる。
「いや、俺も悪かった」
奴隷である僕に謝るヘルトさんの顔は、商館で見ていた険しい表情とは違って柔らかく、僕を気遣うように優しいものだった。
「怪我は無いな」
「はい……」
僕を覗き込むヘルトさんから声をかけられた事に緊張しながらも頷く。
店前で名前を呼ばれた時は、緊張以上に驚きと出会ってしまった後悔の方が強かったし、来客用の部屋では商品以上の存在ではなかったから、こうして声をかけてもらえて、気を使ってもらっているということが信じられなかったのだ。
「一刻もあそこから離れたくて、お前の歩幅を考えていなかった」
「いえ……ご主人様を煩わせてしまって申し訳ありません。追い付けなかった僕が悪いんです」
気にかけてもらえる事が嬉しいと思いながらも、自分の不始末を謝るとヘルトさんの顔が不満そうに歪む。
なにか気に障る事を言ってしまったのだろうか?
不安になりながらヘルトさんの顔色を伺っているとヘルトさんが口を開いた。
「昔みたいには呼んでくれないのか?」
昔……というのは、ご主人様ではなく、ヘルトさんと呼んでほしいと言うことだろうか?
「今の……僕は、奴隷……ですので……」
ヘルトさんの事を、幼い頃のようにヘルトさんと呼ぶのはいけないような気がする。
奴隷の僕と爵位を持っているヘルトさんとでは、その立場に大きな開きがあるのだから。
「……まあ、外で呼べってのも酷か」
ヘルトさんが困ったようにガントレットに覆われた指先で頬を掻き、ため息を吐く。
「あー……とりあえず、俺の家に向かう。話はそこでしよう」
なにか言いたげな表情だったけど、ここが人の多い通りだという事を思い出したのか、ヘルトさんはそう言って僕の腕を掴んでいた左手を離して、優しく僕の頭を撫でた。
「……はい」
大きくて、少し皮膚の硬い手。だけど、優しいその手が幼い頃撫でてもらった手と変わらない事が嬉しくて……ほんの少し、涙が滲みそうになった。
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