【第一部完】千と一の氷の薔薇【更新未定】

海野璃音

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十五話

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 雪が溶け始め、春の兆しが見えてきた頃。執務を終え、自室に戻った私をエミリオが嬉しそうな顔で迎えた。

「ヴィルヘルム!」
「どうした」
「ついに出来た!ほら!」

 後ろに回していた手を私の前に差し出す。その手には、一輪の氷の薔薇があった。それは透明でありながら、中に赤い炎が揺らめいている。透明な氷の中に炎を閉じ込めたそれは確かにエミリオの魔力で作られた溶ける事のない氷の薔薇だった。

「アンタみたいに氷属性単一の氷の薔薇にしたかったんだけど……溶けない氷にしようとしたらどうしても炎が入っちゃってさ……もう、いっその事炎が入っても溶けないようにしたらいいんじゃないかって試したら出来たんだ」
「……なるほど」

 通常の使い分けは出来るようになっていたはずなのに、どうしてそこに戻ったんだという感想はあるものの、それがエミリオの性質であるなら仕方ない。単一属性より複合属性の方が難しいと思うのだが、理屈より感覚で魔法を使っているエミリオらしいといえばエミリオらしいのだろう。

「その……アンタの作った氷の薔薇とは違うけど……受け取ってくれるか?」
「ああ、もちろん」

 エミリオから炎混じりの氷の薔薇を受け取り、じっくりと眺める。どこか青みがかった透明の氷の中に赤い炎が揺らめき、今のエミリオの瞳を思わせる氷の薔薇だった。

「……お前らしい氷の薔薇だ」

 私の言葉にエミリオが照れくさそうに笑う。

「好きだよ。ヴィルヘルム」
「ああ、私もだ」

 抱きついてきたエミリオを腕の中に閉じ込める。見上げてきたエミリオの唇を奪い、舌を絡め、その口内を味わう。

「んっ……」

 エミリオの体から力が抜け、唇が離れる。胸に縋りつくエミリオを抱え、寝台へと運ぶ。寝台に横たわるエミリオは、口づけの余韻に浸るような表情で私を見つめていた。

「なぁ……ヴィルヘルム。薔薇の花言葉って……知ってるか?」
「……?いや?」

 エミリオの問いに首を振る。花に意味があるなど知らなかった。エミリオに捧げる花に薔薇を選んだのは、見栄えが良かったのとと名称を知っているのがそれしかなかったからだ。

「本数や色でも変わるんだけど、一本で『一目ぼれ』とか、『あなたしかいない』。二本で『この世界は二人だけ』とか……まあ、いろいろあるんだよ。人が勝手につけただけなんだろうけどさ」

 エミリオから渡された氷の薔薇を見る。これにもエミリオは何かしら意味を込めたのだろうか。

「氷の薔薇がたくさんある理由聞いた時さ、アンタは予備の魔力源にしか考えてなかったんだろうけど……俺としては、毎日『お前しかいない』って言われてる気分になったんだ。しかもそれを目覚めるまで……千本の薔薇にだって花言葉があるんだぜ?『一万年の愛を誓う』ってちょっと途方もないやつだけど」

 エミリオが小さく苦笑する。

「で、千一本の薔薇にも花言葉があって『永遠に』。……アンタから贈られた千本に俺から贈り返したくてずっと我侭言ってたんだ。俺から贈る『アンタしかいない』って意味とアンタから贈られた分も合わせて『永遠に』って意味が込めたくて。ま、あの三本もあるんだけど……」

 エミリオの視線の先には寝台から離れた棚の上に容器に入った氷の薔薇が飾られていた。私の物とエミリオが初めて作った物の三本。容器から出せば溶けてしまうそれは、容器の中の冷気に守られ、かすかに煌めいている。

「溶けない氷の薔薇は千一本ってことにしておきたかったんだ」

 穏やかに笑うエミリオ。他人が勝手に決めた物に従うのも釈然としないがエミリオが喜んでいるならそれでいいか……。

「それに、氷の薔薇も嬉しいけど……直接言葉が欲しいって言ったらダメか?」
「……いや、いくらでも告げよう。愛している」

 最初は運命の番に対する執着でしかなかった。だが、今のこの感情は確かに愛なのだろうと思える。

「俺も愛してる」

 起き上がって抱きついてきたエミリオを受け止め、抱きしめた。かすかに香る甘い香りは、エミリオのフェロモンだろう。Ωのフェロモンを心地いいと感じるようになるなど、数年前の私からしたら信じられないことだ。……本当に、エミリオと出会って私は変わってしまった。

「なぁ……俺をアンタの番にしてほしい……」

 腕の中でエミリオの温もりを感じていると、エミリオが小さく呟く。

「いいのか……?」
「うん。まだ、怖いけど……アンタ以外のαの番になるなんて嫌だから……。俺が泣いても噛んでほしい」

 出来うる事なら無理はさせたくない。だが、エミリオが望むのなら……。

「……わかった」

 手に持ったままであった炎が揺らめく氷の薔薇を寝台の横にある……私が捧げた千本目の薔薇と同じ花瓶に挿し、エミリオを横抱きに抱えなおす。
 眼下に晒されたエミリオのうなじ。β達に噛み荒らされたはずのそこは、私自ら治したゆえに綺麗なものだ。だが、手を這わせるだけで体を強張らせるエミリオにとって、未だにあの日の恐怖は色あせぬものなのだろう。

「エミリオ……」

 名を呼び、エミリオの体を私の魔力で包む。今からうなじを噛むのは、番契約をなすのは私なのだとわかるように。

「うん……大丈夫……いいよ……」

 私の腕を握り、肩に頭を寄せたエミリオ。まだ、恐怖が見て取れるが、覚悟を決めた声にその細いうなじに牙を立てた。

「っ……!あ……ぐっ……!」

 私の腕を握るエミリオの手に力が入る。まだ、まだだ。

「あ゛……あ゛ぁ゛!」

 口の中に血の味が広がる。その味に、どこか本能が満たされた気がした。うなじから離れ、力の抜けたエミリオを支える。その表情は青ざめ、涙すら零れているが、どこかホッとしたようにも見えた。

「大丈夫か」
「ん……」

 小さく頷いたエミリオが首筋へと頭を寄せる。力なく垂れた手を取れば、その手は冷たく、両手を温めるように握った。

「……ようやく、アンタと番になれた」

 エミリオの手を包む私の手にエミリオが指を絡めてくる。

「嬉しい……」
「ああ」

 指を絡めて遊ぶエミリオを好きにさせていると、エミリオはぽつりぽつりと言葉を零す。

「薔薇の花言葉さ……いろいろあるって言ったろ」
「ああ」
「青薔薇はさ……奇跡なんだ。赤薔薇は愛ってのが強いかな……あの二つが並んでるとちょっと嬉しい」

 エミリオの視線の先には脇机に置かれた花瓶に挿さった二つの薔薇。

「二本だと『この世界は二人だけ』だったか」
「そ。……今の俺達みたい」

 とろりと笑うエミリオが私を見上げる。ああ、なにもかもが愛おしい……。

「んっ……」

 唇を奪い、寝台に横たえるように押し倒す。

「……するのか?」

 僅かな怯えのにじむ瞳が私を見上げた。

「そんな顔をするうちはしない」

 宥めるように額に口づけを落とし、エミリオを抱え込むように横になる。

「だが、最愛の番と愛を語らうくらいはいいだろう?」
「……うん」

 見つめあい、唇が重なる。エミリオの腕が私の背に回った。千と一の氷の薔薇に囲まれ、何度も繰り返すように唇を重ね、互いの温もりを確かめ合う。ただそれだけで心は満たされ、その心地よさに酔った。






 エミリオと体を重ねる事が出来る日が来るかはわからない。だが、こうして二人だけの世界に浸れるだけ幸福なのだと笑いあい、この時が永遠になるように願った。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

まぬまぬ
2024.10.30 まぬまぬ

続編や番外編が楽しみです!

2024.11.01 海野璃音

コメントありがとうございます。
再開は、未定ですが楽しんでいただけて幸いです。

解除

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