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十二話
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今日も一日が始まる。窓掛けを空け、日の光を入れると、寝台を囲む氷の薔薇が光を受けて煌めいた。氷の薔薇越しに光を受けるエミリオは相変わらず美しい。手に持った薔薇を取り、他の薔薇と同じく花瓶に生けた。
「おはよう……エミリオ」
私の言葉に声が帰ってくることはないが、日課となった声掛けは自然と口から零れる。エミリオの手を取り、ゆっくりと魔力を分け与えていく。二年以上の月日をかけ、魔力を分け与えた結果なのか、エミリオの魔力は私の魔力を拒むことなく受け入れるようになっていた。乾いた大地が水を吸い込むように、与えられる魔力を余すことなく受け入れるのを見みていると、心を閉ざし、眠ったままであるのに生きようとする気力が感じられる。それが今では、私の支えとなっていた。
眠り続けるΩをこうして生かし続けるのは、先の見えない暗闇を進んでいるようなものだ。エルネストから聞いたとおり、心中を選ぶ者が多いのもわからなくはないと思うほどに。それでも、エミリオが私の魔力を受け入れ続ける限り、諦めることなどできなかった。
魔力の流動が止まり、エミリオの魔力の器が満たされた事を感じる。握っていたエミリオの手を離し、未だ余る自身の魔力を練り上げ、一層青く、澄んだ一輪の氷の薔薇を作り上げた。
花瓶に生けられたものとは違い、一層青く、澄んだ薔薇を作り上げた理由はこれが千本目の薔薇ゆえだ。千日もエミリオが眠り続けている証であるゆえに、喜ばしいものではない。それでも千日、エミリオが私の魔力を受け入れた証であった。
「まだ、眠り足りないのなら眠るといい。お前が私の魔力を受け入れるだけで、私は待つことが出来る……」
眠るエミリオの手に新しく作った蒼い薔薇を持たせ、その頬を撫でる。朱の差した頬、血の気の戻った赤い唇。それだけを見ると今にも目覚めそうに見えた。
「エミリオ」
呼びかけても、やはり答えはない。唇を指の腹で撫で、戯れに軽く唇を重ねた。眠っているエミリオに口づけるのは後ろめたさがある。それが唇であれ、手であれどだ。だが、時折、エミリオに触れたい欲に抗えず、口づけてしまう。子供に聞かせるおとぎ話のように奇跡など起こるはずがないと思いながらも、その奇跡が起きるのではないかと僅かに願いながら。触れるだけの軽い口づけを名残惜しく思いながら唇を離す。残念ながら奇跡は起きず、エミリオの寝顔に変化はない。
今一度エミリオの頬を撫で、身支度をする為に寝台から離れる。体を清め、軍服を纏えば、僅かに落胆した心も落ち着いた。
部屋を出る直前、もう一度エミリオの側により、顔を覗きこむ。変わらない穏やかな寝顔。
「……昼に一度顔を出す。それまでいい子に寝ていろ」
そう告げて、額に口づけを落とすと、ほんの僅かに、エミリオのまぶたが揺れた。
「……エミリオ」
見間違いだろうか。そう思って、名前を呼ぶとゆっくりとまぶたが開き、赤と水色の混じったような瞳が私を見つめた。
「……ヴィ、ル?」
ぼんやり揺れる瞳。だが、確かに私を見つめ、私を呼んだ。
「……エミリオ、エミリオっ」
寝台に横たわる体に縋りつき、名を呼ぶ。ああ、どれほどこの時を待ち望んだ事か。
「ふふ……今日のアンタは、泣き虫なんだな。今までの夢でもそんなアンタ見たことないよ」
小さく笑ったエミリオに、エミリオがまだ夢の中にいると思っていることに気づく。だが、確かにそうだろう。エミリオにとって、私は最後まで王国を侵略する敵であった。今の私とは結びつかぬほどに差異がある。
「エミリオ……ここは夢だと思うか?」
「うん。だって、夢じゃないとアンタの側にいる価値なんて俺にはないから」
顔を上げ、問いかけた私にエミリオは穏やかに笑う。だが、その心はあの日傷つき絶望した時のままなのだと察してしまう。このまま、夢だと思っていた方がエミリオにとっては幸せなのかもしれない。現実だと知れば、また眠りにつく可能性だってある。しかし、私はエミリオが夢の中で過ごすのを望まない。たとえそれが、エミリオにとって辛い現実であっても。
「エミリオ。ここが夢でないと言ったら、お前はまた夢に戻りたいか」
「え……」
「私はお前が目覚めるのを待ち続けていた。千の月日を。お前の守りたかった物を守りながら」
エミリオの瞳が揺れる。
「夢……じゃ、ない……?」
「ああ、お前にとって辛い現実かもしれないが……ここは確かにあの戦争を終えた時の続きだ」
「嘘……嘘だ。それじゃあ、俺はアンタの側になんていれない……アンタの側にいる価値なんて……」
頭を振るエミリオの瞳に涙が滲む。その表情に横たわる体に手を伸ばすと、逃げようと身を捩るが、気にすることなく抱き起こし、腕の中に捕らえる。
「お前の決めたお前の価値など知らん。私は、私がお前を欲したから、こうして待ち続けたんだ」
「……アンタを何度も拒んだのに?体だって……あんな目にあった……そんな俺でもいいのか?」
「構わない。お前があんな目にあったのは私の咎だ。自身を驕り、お前の意思を顧みることなく手に入れようとした。その結果、戦争を引き伸ばし、お前の守ろうとした兵を傷つけ、部下の制御も出来ずお前とその弟に癒えぬ傷を与えた。それでも、お前と共に生きたいと思う私を許してくれるだろうか」
エミリオが小さく頷き、一筋の涙がエミリオの頬を伝う。静かに泣きはじめたエミリオを抱きしめながら、ようやく報われた日々に思いを馳せた。
「おはよう……エミリオ」
私の言葉に声が帰ってくることはないが、日課となった声掛けは自然と口から零れる。エミリオの手を取り、ゆっくりと魔力を分け与えていく。二年以上の月日をかけ、魔力を分け与えた結果なのか、エミリオの魔力は私の魔力を拒むことなく受け入れるようになっていた。乾いた大地が水を吸い込むように、与えられる魔力を余すことなく受け入れるのを見みていると、心を閉ざし、眠ったままであるのに生きようとする気力が感じられる。それが今では、私の支えとなっていた。
眠り続けるΩをこうして生かし続けるのは、先の見えない暗闇を進んでいるようなものだ。エルネストから聞いたとおり、心中を選ぶ者が多いのもわからなくはないと思うほどに。それでも、エミリオが私の魔力を受け入れ続ける限り、諦めることなどできなかった。
魔力の流動が止まり、エミリオの魔力の器が満たされた事を感じる。握っていたエミリオの手を離し、未だ余る自身の魔力を練り上げ、一層青く、澄んだ一輪の氷の薔薇を作り上げた。
花瓶に生けられたものとは違い、一層青く、澄んだ薔薇を作り上げた理由はこれが千本目の薔薇ゆえだ。千日もエミリオが眠り続けている証であるゆえに、喜ばしいものではない。それでも千日、エミリオが私の魔力を受け入れた証であった。
「まだ、眠り足りないのなら眠るといい。お前が私の魔力を受け入れるだけで、私は待つことが出来る……」
眠るエミリオの手に新しく作った蒼い薔薇を持たせ、その頬を撫でる。朱の差した頬、血の気の戻った赤い唇。それだけを見ると今にも目覚めそうに見えた。
「エミリオ」
呼びかけても、やはり答えはない。唇を指の腹で撫で、戯れに軽く唇を重ねた。眠っているエミリオに口づけるのは後ろめたさがある。それが唇であれ、手であれどだ。だが、時折、エミリオに触れたい欲に抗えず、口づけてしまう。子供に聞かせるおとぎ話のように奇跡など起こるはずがないと思いながらも、その奇跡が起きるのではないかと僅かに願いながら。触れるだけの軽い口づけを名残惜しく思いながら唇を離す。残念ながら奇跡は起きず、エミリオの寝顔に変化はない。
今一度エミリオの頬を撫で、身支度をする為に寝台から離れる。体を清め、軍服を纏えば、僅かに落胆した心も落ち着いた。
部屋を出る直前、もう一度エミリオの側により、顔を覗きこむ。変わらない穏やかな寝顔。
「……昼に一度顔を出す。それまでいい子に寝ていろ」
そう告げて、額に口づけを落とすと、ほんの僅かに、エミリオのまぶたが揺れた。
「……エミリオ」
見間違いだろうか。そう思って、名前を呼ぶとゆっくりとまぶたが開き、赤と水色の混じったような瞳が私を見つめた。
「……ヴィ、ル?」
ぼんやり揺れる瞳。だが、確かに私を見つめ、私を呼んだ。
「……エミリオ、エミリオっ」
寝台に横たわる体に縋りつき、名を呼ぶ。ああ、どれほどこの時を待ち望んだ事か。
「ふふ……今日のアンタは、泣き虫なんだな。今までの夢でもそんなアンタ見たことないよ」
小さく笑ったエミリオに、エミリオがまだ夢の中にいると思っていることに気づく。だが、確かにそうだろう。エミリオにとって、私は最後まで王国を侵略する敵であった。今の私とは結びつかぬほどに差異がある。
「エミリオ……ここは夢だと思うか?」
「うん。だって、夢じゃないとアンタの側にいる価値なんて俺にはないから」
顔を上げ、問いかけた私にエミリオは穏やかに笑う。だが、その心はあの日傷つき絶望した時のままなのだと察してしまう。このまま、夢だと思っていた方がエミリオにとっては幸せなのかもしれない。現実だと知れば、また眠りにつく可能性だってある。しかし、私はエミリオが夢の中で過ごすのを望まない。たとえそれが、エミリオにとって辛い現実であっても。
「エミリオ。ここが夢でないと言ったら、お前はまた夢に戻りたいか」
「え……」
「私はお前が目覚めるのを待ち続けていた。千の月日を。お前の守りたかった物を守りながら」
エミリオの瞳が揺れる。
「夢……じゃ、ない……?」
「ああ、お前にとって辛い現実かもしれないが……ここは確かにあの戦争を終えた時の続きだ」
「嘘……嘘だ。それじゃあ、俺はアンタの側になんていれない……アンタの側にいる価値なんて……」
頭を振るエミリオの瞳に涙が滲む。その表情に横たわる体に手を伸ばすと、逃げようと身を捩るが、気にすることなく抱き起こし、腕の中に捕らえる。
「お前の決めたお前の価値など知らん。私は、私がお前を欲したから、こうして待ち続けたんだ」
「……アンタを何度も拒んだのに?体だって……あんな目にあった……そんな俺でもいいのか?」
「構わない。お前があんな目にあったのは私の咎だ。自身を驕り、お前の意思を顧みることなく手に入れようとした。その結果、戦争を引き伸ばし、お前の守ろうとした兵を傷つけ、部下の制御も出来ずお前とその弟に癒えぬ傷を与えた。それでも、お前と共に生きたいと思う私を許してくれるだろうか」
エミリオが小さく頷き、一筋の涙がエミリオの頬を伝う。静かに泣きはじめたエミリオを抱きしめながら、ようやく報われた日々に思いを馳せた。
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