【第一部完】千と一の氷の薔薇【更新未定】

海野璃音

文字の大きさ
上 下
11 / 15

十一話

しおりを挟む
 砦に新たな住人が増えてからしばらく経ったが特に問題もなく日々は続いている。ディートリッヒの連れて来た元王国兵達も身元の確認が取れ、問題のない者は、砦や町で働き始めたり、故郷に帰りたいと望んだ者は故郷へと帰っていった。
 そして、問題のある者……帝国で無理矢理番契約を結ばれて破棄されたΩ達はディートリッヒの下で暮らしている。あれとΩ達が納得しているのであればいいのだが……帝国側のΩも複数囲っていると言うから不可思議な関係だ。それでなお他のΩに声を掛けるのだから理解ができない。おそらく一生理解する事はないだろう。
 そんなディートリッヒではあるがそこまで目立った問題は起こしていない。帝国から連れて来た者達を管理し、真面目に働いているといって良いだろう。ただ、やはり口が軽いので、部下達から人気のあるΩに粉をかけては、私に報告がくるので困っているといえば困っているが……。

「……ディートリッヒ。部下達から苦情が来ている。いくらなんでもΩに声をかけすぎではないかと」

 帝国側の書類を持ってきたディートリッヒにそう告げるが本人は不思議そうに首を傾げる。

「え、あいつらも同じように声かければいいじゃん。俺は思うように声かけてるだけだし、可愛いΩちゃん達の事褒めるの止めるつもりねぇよ。ってか、番持ちとか恋人持ちには挨拶くらいで留めてる俺偉くね?」
「……それが普通では?」
「なに言ってんだよ。Ωちゃんは未婚だろうが既婚だろうが老若男女慈しみ愛でるべき存在だろう?それなのに俺が声かけて番のαに余計な勘繰りされないようにって配慮してる俺は褒められるべきだって」

 口が良く回るのは知っているが、これは説得は無理だな。Ω達からの苦情も殆どないし、実を言うと、番のΩがいるα達には好印象ではあるのだ。仲の良い番を見るとαに対して番のΩを、Ωに対しては番のαまで褒めているらしい。Ω好きもここまで来たら見事なものだろう。見習えるとは思えないが。

「いい……わかった。せめて、番持ちと恋人持ちには今のままの対応を頼む」
「おー、わかってるって。じゃ、俺は戻るぜ」

 手を軽く振って、執務室を後にしようとするディートリッヒであったが、それよりも前に扉が叩かれた。

「……入れ」
「失礼します」

 入室の許可を出せば、入ってきたのはフェルディナンドであった。おそらく、ディートリッヒが持ってきた書類の一部を取りに来たのだろう。

「おっ!フェルディナンドちゃん!今日も可愛いね」
「あ、ああ……ディートリッヒ殿。まだ、いらしていたんですね」
「今日は会えないかと思ったからよかったー。いやー、可愛い子と会えると嬉しいよ」

 ディートリッヒにはフェルディナンドが王族である事を伝えてあるのだが、その態度に変化はない。自身の囲ってるΩにも、砦にいるΩにも、王族であるフェルディナンドにさえその態度は一定だ。やはり態度が違うのは、番持ちや恋人のいるΩにだけであろうな。それでも似たようなものではあるのだが……。

「じゃ、お仕事がんばってねー」

 フェルディナンドに笑みを向けて執務室を出て行ったディートリッヒ。初日のようなしつこさは無くなったようだが、絡まれたフェルディナンドには疲れが見えた。

「まったく……あの人はいつも飽きもせずに……」
「最初に言ったろう。あれの話は聞き流すようにと」
「そうしたいのですけど……王家からは確実に取り込むように言われているんですよね……あなたと同じく」

 ディートリッヒに絡まれている時より疲れた様子のフェルディナンドに以前聞いた話を思い出す。

「……王族は一人のΩに複数のαが伴侶となるんだったか」
「ええ……より優秀なαを複数伴侶としたΩが王位を継承するんです」
「なるほど……なら、こちらにもう少し送り込んでくると思うのだが……」
「温室育ちの王族Ωが軍人だらけの砦に来たがる訳ないじゃないですか。強くて優秀なαでも帝国軍人なんて皆怖がってましたよ」

 呆れたように肩をすくめるフェルディナンド。初めて見た王族がフェルディナンドだったから王国の王族は皆こんな感じなのだと思っていたが違うようだ。

「お前はどうなんだ?」
「母が軍人好きでしてね。殆どの父が軍人だったので特には」
「そうか」

 頭が良く回るのは本人の性のようだが、フェルディナンドの物怖じしない所は家系からか。家人に軍人が居たという事は、あの時の戦場にもいたのだろうか……。

「ああ、言っておきますけどあの時の戦いにうちの父達は出てませんよ。王族のΩの伴侶になったらΩ優先で軍の第一線からは引退してますので」

 ……やはり王国の基準はわからんな。強いαを第一線から引かせてそれでよく軍が回るものだ。いや、それらが教官に回るから兵全体が強くなるのだろうか……。

「さ、話はこれくらいにしましょうか。ディートリッヒ殿がいらしていたということは、あちら側の物資の補給についての書類もあるのでしょう?こちらの分と合わせて、王都に要請をしておきます。頂いても?」
「ああ、これだ。頼む」
「ええ、確かに」

 書類を受け取り、執務室から出て行ったフェルディナンド。話を聞くに王族のΩとしてαを虜にするように王家から言われているはずなのだが、その事を言葉にしはするものの、この数年そんなそぶりを見せたことはない。働きとしては優秀な文官であるし、補佐だとも思っているが……あれが何を考えているかもわからんな。
 考えても仕方のないことに囚われるのも意味がないと、自身が確認すべき書類へと目を通す。確認と承諾の印を押していると、また扉が叩かれる。許可を出せば、エルネストが入ってきた。

「見舞いか」
「はい」
「好きに入れ」

 軽く頭を下げ、エルネストはエミリオの眠る奥の部屋へ入っていく。一度目の冬を越した頃から、エルネストは癒師として復帰し、医療班に所属している。だが、日に一度。こうしてエミリオの様子を見に来るのが日課になっていた。毎日顔を合わせるが私への対応は相変わらずである。そういうものだと慣れてしまったが。
 エルネストが奥の部屋にこもってしばらくすると、また扉が叩かれた。時間的にはおそらくハンスだろう。任せていた訓練が終わる頃合だ。

「入れ」
「失礼します。訓練が終わりましたので報告に参りました」

 予想の通り、ハンスが入室してきて、訓練の結果を聞く。私の部隊の者も、王国側の者も、ディートリッヒが連れて来た者も合同で訓練をするようになって長らく経つ。それなりに仲間意識はあるものの、元より所属していた場所によって対抗意識があるのか、それぞれ組み分けをしての合同訓練はなかなかの結果を出している。時折、混合で組み分けしても面白い結果になるので成果としては上々だろう。

「……近々、訓練の成果を見る為に武術大会でも開くか」
「そうですね。皆も盛り上がるでしょう。……ヴィルヘルム様もご参加に?」

 現在の訓練結果を聞くに、たるんでいる様子は無いから見送ってもいいだろう。たまには部下にも花を持たせなければならんだろうからな。だが、私が出ないと知って気が緩む可能性もあるか……。

「今後の訓練の結果次第だな」
「皆に伝えておきますね……きっと訓練にもやる気が入りますよ」

 苦笑しているハンスには、気づかれているだろうが兵に伝わらなければ問題ない。それから、今後の訓練について話していると、奥の部屋からエルネストが出てきた。

「おや、エミリオ殿の見舞いにきてたんですねエルネスト」
「ハンスさん」

 ハンスの姿を見たエルネストが笑う。最初の頃は、ハンスが相手でも殆ど表情が動かなかったが、今ではその存在を認識するだけで笑みを浮かべるようになった。

「ハンス」
「なんでしょうヴィルヘルム様」
「あらかた話はついたから休憩にでも行って来い」
「ですが……」
「構わん。私もエミリオの側で少し休む」

 渋るハンスをエルネストと共に追い出し、内から扉の鍵を掛ける。そして、その足で自室で眠るエミリオの側へと向かった。
 二年半以上眠り続けるエミリオの側にはいくつもの氷の薔薇が溢れ帰り、寝台から溢れた物は同じく氷であつらえた花瓶に飾られている。その手に持つのは今朝捧げたばかりの一輪のみ。どうせなら新しい物を持たせたいと、花瓶をあつらえてからはそのようにしていた。

「砦はずいぶんと変わったというのにお前は変わらんな」

 エミリオを包む魔力は、その時をあの日のままに留めたまま。髪すら伸びる事はなく、美しい人形のように見える。その目が開くのを、眠ったままの表情が変わるのを、待ち続けて待ち続けて、捧げた薔薇はあとわずかで千に届こうとしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~

華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。 もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。 だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。 だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。 子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。 アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ ●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。 ●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。 ●Rシーンには※つけてます。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

出来損ないΩの猫獣人、スパダリαの愛に溺れる

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
旧題:オメガの猫獣人 「後1年、か……」 レオンの口から漏れたのは大きなため息だった。手の中には家族から送られてきた一通の手紙。家族とはもう8年近く顔を合わせていない。決して仲が悪いとかではない。むしろレオンは両親や兄弟を大事にしており、部屋にはいくつもの家族写真を置いているほど。けれど村の風習によって強制的に村を出された村人は『とあること』を成し遂げるか期限を過ぎるまでは村の敷地に足を踏み入れてはならないのである。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー! 他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

処理中です...