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十話

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 三度目の夏が来た。二度目の春から着工している町の建設は一段落し、町とは言えぬが村と言える程度の人里が砦の周囲に出来つつある。帝国側は戦場になる可能性がある為平原のままではあるが、兵を引退したΩや女達が赤子を抱いて、井戸の周囲で談笑していたり、休日の部下が歩き始めた子供を連れて遊んでいたり……のどかなものだ。
 帝国からの襲撃も、去年の春。町の着工準備をしている時に一度あったがそれ以降襲撃してくる様子はない。と、思われていた。

「帝国側から集団が来る?」
「ええ、数は小隊以下、それと武装している者は少なく、馬車や荷車の数が多いようです」
「難民か」
「その可能性は高いかと」
「また面倒な……」

 帝国内の情報は密偵を放って仕入れているが、私の小隊が抜けて以降敗戦が続いているらしい。元よりαの数が減りつつある帝国から二百の軍人α部隊が丸々抜けたのだ。戦力の低下は著しい事だろう。皇帝や皇族αからの圧力に絶えかねた貴族αの一部がα優位の他国に亡命しているとの噂もある。今、砦に近づいている集団もその類なのだろう。なぜΩ優位の王国を選んだかはわからぬが。

「偵察隊を向かわせますか?」
「ああ、頼む」

 ハンスに偵察隊の編成を頼み、私は集団を確認する為に見張り台へと向かう。

「状況はどうだ」
「ヴィルヘルム様!」

 見張り台で集団を監視している部下へと声をかけ、帝国側の平原を眺める。まだ、遠くにいるのか視覚強化無しの肉眼では確認できず、風の凪いだ平原が見えるばかりであった。

「今のところ、変わりありません。件の一団は4kmほど先を進んでおります」
「そうか」

 視覚を魔法で強化し、集団がいるであろう地点へと視野を合わせる。視覚を強化してなお、小さな姿しか確認できないが確かに数台の馬車と荷車を引いた一団が見えた。そして、その掲げられた旗に、その一団を率いる人物を思い起こす。

「……レーヴェヘルツォークか」
「レーヴェヘルツォーク?あのα至上主義の公爵家ですか?」
「ああ。だが……あれは嫡男だろう。ディートリッヒ・フォン・レーヴェヘルツォーク。私の軍の同期で……帝国には珍しいΩ贔屓の男だ」

 一つため息を吐く。帝国の現状を見るに、いつかこちら側へ来るだろうと思っていたが……あの馬車と荷車。いったい何を運んできたのか……。いや……予想はつくがな。
 偵察隊に通信機でディートリッヒであれば、帝国側の平原に連れて来るように伝え、見張り台を降りる。執務室に戻ると先に戻っていたハンスが私を迎えた。

「いかがでしたか」
「おそらく、ディートリッヒだ。あれの紋章が刻まれた旗が見えた。おそらく自分の私兵とΩを連れているはずだ」
「ああ……ディートリッヒ様でしたらありえますね」

 執務机に座り、ハンスにいくつか物資の在庫についての書類を取らせる。あれに限って帝国の手先である可能性は低いが、それでもすぐに王国側に受け入れるわけにも行かないだろう。僅かではあるが冬まで時間がある。冬が目前に迫るまでは帝国側の平原で野営させるのがいいだろう。それか、簡易的な小屋でも建てさせるか……。
 ディートリッヒの対応に頭を悩ませていたら、扉が叩かれる。許可を出せばフェルディナンドが入ってきた。

「失礼します。ヴィルヘルム殿、帝国からの難民が来ていると聞いたのですが」
「ああ、まだ正確にはわからないがおそらく亡命者と難民で間違いない。帝国側の平原に受け入れる予定だ。お前にもいくつか物資の補給を頼みたい」
「わかりました。出迎えには立ち会っても?」
「構わない。だが……Ωに対しては面倒くさい男だ。話は聞き流していい」
「はぁ……?」

 首を傾げるディートリッヒに必要な物を書いた書類を渡す。

「会えばわかる。到着まで時間が無い。出来る準備はするべきだ」
「それは、わかりますけど……はぁ、もういいです」

 諦めたようなフェルディナンドと苦笑するハンスに仕事を振り、難民を受け入れる準備をする。一団が到着したのはそれから一時間後の事だった。





 到着した一団を迎えるべく、ハンスとフェルディナンドを連れて帝国側の城門の前で待っていると一団の中から一人の男がこちらへと歩いてきた。

「よう、ヴィルヘルム。いやー、突然尋ねて悪いな」

 悪びれなく男が笑う。茶髪で紫眼の垂れ目が特徴的な男。それがレーヴェヘルツォーク公爵家嫡男ディートリッヒだ。

「お前にそのあたりは期待していない」
「相変わらず手厳しいねお前。久しぶりにあった友人に対してそれはないだろ」
「お前と友人になった覚えはない。一方的に絡んできただけだろう」

 帝国軍時代、帝国人らしい帝国人だった私に何を思ったか絡んできたのが切欠だったのだが……なぜこいつは私に声を掛けてきたのだろうか。

「お前ぜんぜん変わってなくない?王国に付いたからもっと変わったと思ってたんだけど……」
「おや、ヴィルヘルム様は変わられましたよ。ただ、ディートリッヒ様に対して変わらないだけで」
「はぁ……お前も相変わらずだなハンス」

 肩を落とすディートリッヒだったが気を取り直したように姿勢を整える。

「ヴィルヘルム・フォン・ヴォルフガング殿。同郷のよしみとして、我が一団を受け入れていただきたい。無論、我々を信頼できないというのであれば拒否していただいていい」
「構わん。受け入れよう」
「……マジ?」

 私の言葉に虚を突かれたように間抜け面を晒すディートリッヒ……これの真面目な雰囲気は相変わらず短いな。

「問題がないと判断するまでこの平原で野営してもらうことにはなるがな」
「良い良い!マジありがたいわ!Ωが快適に暮らせそうなのって王国ぐらいしかないから拒否られたらどうしようと思ってたんだわ。あ、これ手土産になるかわかんねぇけど、戦争奴隷として売られてた王国兵の名簿。全部ではないだろうけど集められるだけは集めてきたから確認してくれ」

 何か抱えていると思えば……。雑に差し出されたそれを受け取り目を通す。Ωだけでなく、αやβも記載されている為、嘘では無さそうだが……私には判別がつかんな。

「フェルディナンド。任せていいか」
「ええ、承りましょう。王都から持ってきた書類に当時出兵していた兵の名簿の控えがあるはずです。そちらと合わせて確認を取ります」

 フェルディナンドに名簿を渡し、ディートリッヒに向き合おうとしたが……。

「へー、フェルディナンドちゃんて言うんだ。すごい美人さんだね。歳は?恋人居たりする?」
「えっ……な、なんですか急に」

 予想はしていたが、もう少し堪える事はできなかったのか……。戸惑うフェルディナンドと気にせず話しかけるディートリッヒを眺める。

「い、いい加減にしてください!」

 珍しく声を荒げるフェルディナンド。流石のディートリッヒも驚いたのか、その良く回る口を閉じた。

「名簿の確認に行ってきます!」

 怒っている事を隠しもせず、砦に入っていったフェルディナンドを見送り、流石に懲りたであろうディートリッヒへと向き直る。

「αに物怖じしないΩもいいなぁ……」

 こいつの頭の中に懲りるという単語は無いようだった。





 ディートリッヒを執務室へと通し、帝国の話を聞く事にした。連れて来た一団については、砦からも兵を出し、野営の設営をさせている。

「それで、帝国の現状は?」
「あー、たぶんもう持たないだろうなぁ。賢いαは帝国外に逃げてるし、残ったαは自尊心の固まりみたいな奴等と王族だけ。近い内にβに反旗をひるがえされるか……他国から少しずつ切り取られていくんじゃねぇの?」
「そこまでか……」
「お前の部隊が支えてたようなもんだからなぁ……元々泥舟のようなもんだったんだ。バース性差別も強くて、血の濁った国に未来なんてねぇよ。俺の実家も、お前の実家も……国と一緒に沈むだろうさ」
「……そうか」

 裏切った私が言うのもおかしいが、一度は忠誠を誓っていた国が滅び行くというのは……どこか虚しさがある。

「ま、俺としては実家に縛り付けられてたままのお前がこうして好きに暮らしてるのはいい事だと思うけどな」
「別に生家に恨みなどはないのだが」
「はーっ、そこは相変わらずかよ!あんだけ良いように使われて、戦果を上げたら、死地にまでぶち込まれてよくいうよ」

 頭が痛いと呆れるディートリッヒだが、その辺りは理解できない。あの公爵子息の愚行がなければ、今でも私は帝国にいただろう。あの一件が私を変えたのだ。
 それからしばらく帝国の話を続け、ディートリッヒの近況やこちらの近況を当たり障りの無い範囲で話していた頃、ディートリッヒが思い出したように口を開いた。

「そういやさ、帝国ではお前がΩに誑かされたとか言われてたけど実際の所どうなんだ?」
「ああ、その事か……」

 どの程度話すか悩んだが、砦の近くで暮らすのだ。私から伝えなくとも話はいつか伝わるだろう。思い出したくもないが、およそ二年半前の戦争であったことを伝えた。

「なるほどなぁ……馬鹿だなお前」
「そんなことは一番私が知っている」
「でも、待てる分いいじゃん。俺なんて何人見送ったか……」

 ディートリッヒの口から聞き捨てならない言葉が出る。

「見送る……?」
「ああ……俺が実家に戻った後くらいから、ちょこちょこΩを保護してたんだけどな。あの国Ωの事見下してるわりに性奴隷としてのΩの需要があるだろ?平民辺りだと、番ってても攫われるんだよ。無理矢理番と離されたり、番を殺されたΩは皆眠る。体の具合は最高で、泣きも叫びもしないΩにはそれなりに需要があった。廃棄直前の子を引き取って面倒みてたんだけどなぁ……皆番以外の魔力は拒否して死んでいく。生きている番の元に返しても、暴言吐かれて、次に訪ねたら心中してるなんてざらだ。……ホントあんな国滅べばいいんだ」

 いつも飄々としている男から出る言葉とは思えないほどに吐き捨てられた言葉には、強い憎しみが宿っていた。

「……そのわりには、随分と帝国から出るのが遅かったな」
「あー、本当はもう少しいてΩや王国の人間集める予定だったんだけど……当主にバレてな。半殺しにして出てきた。手土産がわりに首持ってくっかなーとも思ったけど、殺したら面倒くさそうだったから止めた。半殺しだったらお家騒動で済むけど、殺しちゃこっちを攻める理由帝国にやることになるしな」

 実の父親を半殺しにしてきたと日常会話のように話すディートリッヒ。私はこの男の表面上の顔しか知らなかったらしい。

「まー、万が一帝国が攻めてきたら俺らが中心になって戦うから許してくれ。そんな余裕ないともおもうけどな」

 明るく笑うディートリッヒにどこか歪みを感じながらも、今後どうするかについて話を変える。昔なじみとの会話はその日の夜まで続くこととなった。
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