【第一部完】千と一の氷の薔薇【更新未定】

海野璃音

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二話

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 私がこの戦争での司令官を任命されてから一週間。戦況は我々の有利へと傾いていた。あれからエミリオが戦場に現れることはなく、枯渇した魔力の回復に時間がかかっているのであろうと推測している。エミリオがいない王国軍は錬度は高くとも連携が取れておらず、私が出撃せずとも王国軍の防衛線を着実に押し込んでいた。

「ヴォルフガング中将!エミリオ・マルロが現れました!」

 そろそろエミリオの魔力も回復し戦線に出てくるであろうと睨んでいた頃、伝令が司令室のある天幕へと駆け込んでくる。

「わかった、私が出る」

 笑みを浮かべそうになるのを押さえ、椅子から立ち上がると机の脇に立て掛けていた剣へと手を伸ばした。
 
「我が軍はいかがなさいますか?」
「そのまま進軍させろ。今日は白兵戦に持ち込む。アレを捕らえる事ができれば、この戦場の勝利は容易い」

 あのΩを己のモノに。そう訴える本能を隠し、建前を理性で告げる。

「ハンス。指揮は任せる」
「はっ!」

 腰に剣を差し、上着を羽織ながら側に控えていたハンスに指揮権を任せ、司令室を出た。遠目に見える戦場にヤツがいる。我が運命。はやる心のままに、己に身体強化魔法を掛け、地を駆ける。
 徐々に近づく戦場。視界を魔法で強化し、エミリオを探す。いや、おびき寄せる。自軍の兵の間を駆け抜け、王国兵へと剣を振るう。身体強化の乗った体で振るった剣は、近くにいた王国兵の体を容易く切断した。
 帝国軍の歓喜の声と王国軍の叫びが混じる中をさらに切り込む。声もなく絶命する者、死に切れず苦痛に悶える者、勇敢と無謀を履き違え死にいく者、恐れをなして逃げる者、さまざまな叫び声が辺りを満たす。
 一人、二人、と切り捨て、逃げようとする王国兵へ魔法を放とうとした所で、待ち望んだ男が飛び込んできた。

「コイツは俺が抑える!一般兵は撤退しろ!尉官以上は殿を頼む!」
「追撃しろ!加勢はいらん!コイツは私の獲物だ!邪魔する者は命はないと思え!」

 私に向かって振り上げた剣を愛剣で受け止める。甲高い金属音が響き、押し切ろうとした男を弾き飛ばした。

「待っていたぞエミリオ・マルロ」
「俺は会いたくなかったけどな!」

 弾き飛ばされながらも体勢を立て直し、地面に着地したエミリオと向き合う。剣を構えたままにらみ合うがあちらに隙はない。
 王国軍は撤退を開始し、我が帝国軍はそれを追う。その喧騒の中、私とエミリオの間には静寂が広がっているように感じた。
 静寂を破るようにエミリオが動く。地を蹴り、その勢いのまま切りかかってくる。単純な剣筋ではあるが身体強化の乗った斬撃は重く、それだけで強烈な一撃と化す。だが、それだけだ。体躯も魔力量も私の方が上であるならそれは脅威ではない。エミリオの斬撃をはじき、避け、受け止める。数度、打ち合い距離を取ったエミリオの顔に焦りが浮かんだ。

「魔法だけじゃなく剣まで強いとか……氷結の死神の名は伊達じゃねぇってか」
「ほう……知っていたか」

 誰が呼んだのかまでは知らぬが、幾多の戦で敵軍を凍てつかせ、幾つもの氷像を作り上げているうちに付けられた二つ名だ。帝国では氷結の軍神とも呼ばれているが、敵国である王国側からしたら死神の方が知られているのであろう。

「長い銀髪にアクアマリンの瞳で高火力な氷魔法を広域で打てる人間なんてアンタくらいしかいないだろう……ヴィルヘルム・フォン・ヴォルフガング」

 赤い瞳が私を見つめ、名を呼ぶ。ただそれだけにもかかわらず、その声は私の本能を掻き立てた。

「お前のような人間に知られているとは光栄だな」
「はっ、たかが尉官相手になにを言ってるんだか!」
「王国の戦線を支えていたのはお前だろう。事実、お前が出てこなかった間に戦線は我々の有利に傾いている。帝国の勝利の為……このまま、連れ攫わせてもらう」

 我が運命。紡ぐ事のなかった言葉と共に笑みを浮かべる。だが、私の紡ぐ事のなかった言葉を察したのであろう。剣を構えるエミリオの姿に力が入るのがわかった。ああ、お前も気づいているのか……。
 相手も私が運命の番と気づいているという事に心の内が喜びに荒れ狂う。そして、運命の番であると気づいているにもかかわらず、抗う姿はαとしての加虐心と支配欲を擽る。あのΩを屈服させろと、本能が騒ぐ。私らしくないと思うものの、心をかき乱す本能は押さえ込めるようなものではなかった。
 剣を構えるエミリオへと地を蹴り迫る。振り上げた剣は受け止められたが、鍔迫り合いに持ち込み、その剣を弾き飛ばす。

「っ!」

 剣を失い、地に倒れたエミリオに剣を突きつける。怯えの混じった赤い瞳が私を見た。

「Ωにしてはよくやったと褒めてやろう。だが、私の勝ちだ。共にきてもらうぞ我が運命」
「断るっ!俺はこの国を守ると決めた!アンタのモノになんてなってたまるか!」

 拒絶の言葉と共に私を炎が包む。私を燃やし尽くそうとするそれを身に魔力を纏わせ防ぐ。炎が消えた時、エミリオは姿を消していた。逃走手段だけは上手のようだ。

「いつまで逃げられるか見物だな」

 狩りというのは存外楽しいものらしい。逃げ回るエミリオを追い詰めるその時を想像して笑みが浮かんだ。
 それから幾度となくエミリオと戦場で合間見えたが、捕まえるにはいたらない。生かして捕らえたい私と撤退する時は全力で抵抗するエミリオでは、なりふりを構わぬエミリオに分があった。
 兵で囲むなりすれば、捕まえる事は可能だろう。だが、対峙し、あの赤い瞳が私を見据え、力の限り抗うあの瞬間、戦場にありがなら私達は戦場から切り離され、二人だけとなる。あの瞬間を邪魔されてなるものか……エミリオは私が捕まえる。たとえ帝国の勝利が遅れようとも。
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