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一章:迷い込んだのは人ならざる物の住む世界

10:夢?いいえ、現実です

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「っ!」

 渉が目を覚ますと、視界に映ったのは最近ようやく見慣れてきた天井だった。

「家……か……」

 寝たまま辺りを見回せば、窓から差し込む夕日が部屋を照らし、自分が引っ越しと同時に購入したベッドに寝ていることに気づく。

 引っ越した時の段ボールがいくつか未開封のまま置かれている、少し年季が入った部屋。

 ここが春に引っ越してきたばかりの自分の家……築三十年、木造ユニットバス付きのワンルーム……だと言うことに渉は安堵したかのように体から力を抜いた。

(いつ帰って……確か、大学から帰る途中……)

 まだ、ぼんやりとした頭で記憶を探り、夕暮れの町中での出来事を思い出す。

(さっきのは、夢……?)

 あまりにも非現実的な出来事。実は、朝から眠り続けていて、その最中に見た夢。と、考えた方が現実的な記憶に渉は首を傾げた。

(そうだ、きっと夢だった)

 そんな事を考えながら、未だ眠い目を擦ろうと右手を上げた瞬間……。

「いたっ……!」

 手のひらに痛みを感じ、思わず渉は声をあげる。

「な、え……?」

 痛みのある手のひらを夕焼けに照らせば、小さな擦り傷が指や手のひらに刻まれていた。

「嘘だろ……」

 夢だと思いたかった。しかし、確認するように左手の手のひらへも視線を向ければ、そこにも細かい擦り傷が残っている。それは、あの時腰を抜かした際に、縄で擦った痕だった。

「いやいや……そんな。そんな……」

 自らの手に残る痕。否定したいのに現実だったと突きつけてくる。

 あの黒い靄《もや》も、あの助けてくれた狐耳の男も。

「嘘だろー!」

 チリチリと痛む手で頭を抱え、渉は叫ぶ。

「ファーストキスが男とか嫌だーーーーー!」
(それが気持ちよかったのも、満更ではなかったと思うのも!)

 夢であれば、変な夢で済ませれたのにと叫ぶ渉。

 黒い靄《もや》に追いかけられたことよりも何よりも。正気に戻った渉にとってそれが何よりも衝撃だった。
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