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王族生まれのハイエナ獣人の私は自身の生まれに振り回されながらも第三王子なライオン獣人と共に歩む。
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年下 王家に連なる公爵家で生まれ育ち、軍人として将軍まで上りつめ、伯爵位を与えられた父上と貧民街で生まれ育ちながらも父上に拾われ、その側近として頭角を現し、父上の側近として、妻として尽くす母上の元に私は次男として生まれた。
名前はテレス。王族の父上を持ちながらも、王族の資格を持ちえない王族生まれと呼ばれるハイエナ獣人だ。
兄弟の中で唯一母上に似た私は、家の中でこそ可愛がられたが貧民に多いハイエナ獣人である為、王族の血を引いているにもかかわらず社交界では忌み嫌われた。
王族であり、伯爵位を持つ将軍の父上を持っているがゆえに表立って差別される事は無かったが、私の生まれる前、母上が貴族出身の軍人に謂れのない罪を着せられ、行われた拷問により片足を失った事件の際の大粛清にて生まれた遺恨も含め、一部の貴族から私に向けられる視線は冷たいものが多かった。
母上は父上に尽くす事が全てゆえに、自身に向けられる視線を気にすることもなく、私にもアレらは気にする事はないと言ったが私は母上ほどの心の強さもなく、ただただ自身に向けられる視線が恐ろしかった。
「お兄様!新しいドレスが届いたの!」
部屋のバルコニーで本を読んでいたら、部屋を訪ねてきた妹のフィリアが嬉しそうに新しいドレスを見せてくる。次の社交界に向けて注文していたものだろう。
「似合っているよフィリア」
本を閉じ、感想を述べればフィリアは嬉しそうに笑みを浮かべる。それは家族や親族にしか見せないものだ。普段は勇ましい……凛々しい……たく……美しい子だが、そうやって笑うと年相応に幼く可愛らしく見えた。
成人したばかりの私より三つ下のフィリアは、柔らかな黄色い毛並みの美しいライオン獣人だ。ハイエナ獣人の母の血が入っていようともこの国の王族としての特徴を持っているがゆえに王位継承権も与えられている為、幼い頃から婚約の申し込みが絶えない。
だが、我が家の方針は自由恋愛推奨の為、全ての釣書は父上の手により破棄されている。
王家からの婚約すら断ったと聞いた時は少しばかり不安になったが、フィリアもフィリアで「わたくしを倒し、兄上とお父様とお母様を倒せた人に嫁ぎたいです!」と、幼い頃から言うような令嬢なので恐らく結婚は遠いだろう。
ただ、フィリアの出している条件の中に私が入っていないのが悲しい……だが、残念ながら私は武力はからっきしだし、母上に似て魔力は多くとも人を傷つける事を恐れ、僅かな血を見ただけでも卒倒するのでフィリアにとっては守るべき対象に入ってしまっている為、抗議の声を上げる事もできない。
現に「お兄様の伴侶は最低限でもわたくしを倒せる人でないと安心して任せる事ができません!」と、言われる始末である。果たして同年代でフィリアに勝てる人間がいるのだろうか……。だが、社交界で忌み嫌われている私に求婚相手など来るわけないのだからフィリアが拳を振るう事はないだろう。
「ねぇ、お兄様は本当に行かないの?」
「うん、私はもういいよ」
去年までは社交界の夜会にも渋々出ていたがいい加減疲れたのだ。伯爵家次男であり、他家との縁繋ぎの役割がある私ではあるが、この容姿ゆえに婿としても嫁としても需要はない。
母上に似てたぐいまれなる魔力を持っているがゆえに男の体でありながらも妊娠する事が可能なのだが……これも宝の持ち腐れのようなものだ。
母上の様に戦う事が出来ればよかったものの、血を見ただけで卒倒する私である。攻撃魔法も恐ろしくて使えず、回復魔法も傷を見る事ができないのであれば使う事ができない。
こんなお荷物としか言いようのない私だが、家族は愛してくれているし、書類仕事は得意なので父上の秘書として働かせてもらっている。それが婚約者も見つからない私の精一杯の恩返しだった。
「お兄様と踊るの楽しみにしてたのに」
「ごめんねフィリア」
社交を諦めきった私の言葉にフィリアが悲しそうに耳を伏せる。今年が社交界デビューのフィリアは幼い頃から私にエスコートしてほしいと願っていた。
だが、私がパーティーの参加を止めると決めたのでフィリアのエスコートは兄上へと頼む事となった。フィリアとは少し歳の離れた兄上だが兄弟仲は悪くない。フィリアも納得してくれたのだがこうして落ち込まれると少しばかり心苦しかった。
だが、私のようなハイエナ獣人がエスコートするよりは、同じライオン獣人の兄上がエスコートする方がフィリアの虫よけにもなるだろう。
「私はフィリアの土産話を楽しみに待っているよ。楽しんでおいで」
「もう……お兄様ったら」
呆れたように眉を下げるフィリアに申し訳なく思いながら、私はフィリアとの会話を続けたのであった。
「昨日の夜会にはなぜ来なかった」
夜会を欠席した翌日。私に客が来た。どこか怒りを滲ませているそのお方はこの国の第三王子レーヴェ殿下である。
お婆様が先王の妹だった為、一つ下の又従弟に当たるのだが王族としての席を持たない私からすれば幼い頃に遊んだ事があるとはいえここ数年は縁遠い人である。
ゆえになぜレーヴェ殿下がこのように怒りを滲ませ、先触れを出してまで私に会いに来たのか理解できずに困惑していた。
「なぜと……いいましても……」
社交界に疲れたと正直に言ってしまっていいものか悩み、言いよどんだ私にレーヴェ殿下は眉間のシワを深める。その形相たるや気の弱い小型獣人が見たら威圧感で卒倒しそうな険しさだ。
父や兄がライオン獣人であるゆえに見慣れてはいるが、一つ下とは言え王子。継承権は父や兄、妹より高い方の威圧は小心者にとって辛い。
「正直に話せ」
「その……疲れました……」
有無を言わせない言葉に冷や汗をかきながらも正直に話す。
「私は、父の血を引いていますがハイエナ獣人です……母の様に強くもありません。私を見る人の視線が怖いのです」
幼い頃。親族の集まる場でその様な視線に会う事は無かった。皆王族にもかかわらず、母には好意的で、母に似た私もどちらかと言えば可愛がられていた。
可愛がられる理由が王族からすれば、同じ王族の子は自身の子でも王族の在り方を教え込まれるのせいでどこか可愛げがなく、王族生まれの子は純粋で守るべき対象として愛らしいと言う事らしい。最初に聞いた時は落ち込んだが純粋な好意ではあったし、その分甘やかされた自覚もあるので私のような気楽な方は私のような王族生まれなのだと思う。
しかし、親族から可愛がられた結果、社交界での他の貴族からの視線に耐えきれなかった私はあまりにも弱すぎた。ハイエナ獣人というのもあって他の王族生まれの親族以上に蔑んだ視線に晒されたのもあるが、それらの視線は甘やかされてきた私からすれば実に恐ろしく、心を消耗させるのに十分だったのだ。
「なるほど……そうか」
考えるように顎に手を当てるレーヴェ殿下。一つ下なのに私よりしっかりした体格と豊かな鬣が王子としての風格を増し、悩むその姿すら絵になる。
「ならば、隣にお前を支えるものが居ればどうだ」
「……支える?」
しばらく沈黙を続けていたレーヴェ殿下から告げられた言葉が理解できず、聞き返してしまう。すると、レーヴェ殿下は思いがけない言葉を告げたのだった。
「私の婚約者にならないか」
あの日、予想外の言葉を告げられた私は、理解できる情報量を超え……倒れた。我ながら小心者すぎると思うのだが、ただでさえ貴族からの視線が怖いのにレーヴェ殿下の婚約者になってしまったりしたらそれ以上の視線に晒される可能性を想像してその恐ろしさに耐えきれなかったのだ。
私が倒れた後に殿下の対応をしてくれた兄上から改めて話を聞いたが、王家からの婚約の申し込みは全部私に対してレーヴェ殿下から申し込まれたものだったらしい。
「王家からの婚約は、フィリアへのものではなかったのですか……」
「フィリアに対してだったら俺も父上も了承している。お前に対してのものだったから断っていたのだ」
父や兄は私の性格を知っているから、レーヴェ殿下が王家に残るにしても臣下に下るとしてもその伴侶として努めるのは無理だろうと断っていたらしい。
だが、レーヴェ殿下の私への想いは父上や兄上の想像以上に強かったらしく、私が社交界への参加を諦め、婚約者を探すこともやめてしまった為、直接私へと申し出にきたと言う事だった。
「どうしたら良いのでしょう……私には無理です……」
「わかっている。だが、殿下も本気のようだ。まったく……どうしてここまで気に入られたものか……」
ため息を吐く兄上だがそんなの私にもわからない。幼い頃は王家含めた親族の集まりで遊んでいたがレーヴェ殿下との関わりはそれくらいだ。兄上やフィリアは王族としての付き合いがあるはずだが私はこのような性格であるし、王族でもないから段々と疎遠になっていたはずなのに……婚約者だなんて……。
「明日、見舞いに来たいと言われたが、お前の事を考えて断ってある」
見舞いと聞いて思わず青ざめたが、断ったと聞いてホッとする。レーヴェ殿下の事は仕えるべき存在だとは思っているが、正直今顔を合わせたら敬意を持った対応など出来る気がしない。なんなら婚約を申し込まれ倒れると言う不敬をやったばかりなのだから。
「だが、見舞いの品と手紙を贈ると言われた。見舞いを断った手前、それも断るわけにもいかなかったから落ち着いたら返事を返すように」
「それは……わかっています」
倒れた手前何を書かれているのか不安になるが、見舞いの品と手紙をもらったのに返さないのは不義理だ。書かれている内容によっては返事を書くのに時間がかかりそうだができるかぎり早めに返せるように頑張ろう。
翌日、レーヴェ殿下から来た見舞いの品は私の好きな焼き菓子で、手紙は私の体調を心配する物だった。婚約についても書かれておらず、おそらく倒れた私に配慮した手紙なのだろうと察する。
「……返信は、体調が回復してからでいい。また後日、手紙を送る……か」
この文面からすると、私が返信せずともまたレーヴェ殿下から手紙が送られてくるのだろう。私を気遣う言葉の書かれた手紙は嘘には思えず、本当に好意を持たれている事がわかる。
なぜ、こんなにも気に入られているのだろう。私など、レーヴェ殿下に相応しいわけないのに。
幼い頃、木陰で本を読んでいた私に自分にもわかる様に読み上げてほしいと笑いかけてきた姿が脳裏に浮かぶ。
あの頃は、楽しかった。周りに親族しかおらず、悪意のない優しい世界で生きていた。
この国の王族は群れを尊ぶ。国はもちろんだが、王家と王族。それに連なる王族ではない子供達も他家の貴族に嫁いでからも優遇される。
身内ばかりを守る姿に貴族から反感が湧くこともあるが、それでも内政は善行を敷いているから平民からの支持は高い。
家族は言う。民に支えられ、王家に守られている事を忘れているがゆえに堕落するのだと。
事実、悪行を重ねる貴族は処罰され、悪行とはいかずとも行いの悪い貴族は王家からの縁が遠くなる。
それゆえ、王家から見切りを付けられた貴族は、王家に連なる弱い者を標的にするのだ。それが王家の王族の怒りに触れると知りながらも。
自分達より下だと思っている者が上に立っていると思うと敵意が増す。私の外見は最下層にあたる容姿だから尚更だろう。
初めてあの視線に晒された時は訳も分からず怯え、理由を理解してからも怯え続けた。
私の隣にレーヴェ殿下が居たら?おそらく、今以上に視線は強まる事だろう。
その事を考えるだけで血の気が引く。きっと、レーヴェ殿下が支えてくださったとしても私は膝をつくだろう。
そんなことになれば、私だけでなくレーヴェ殿下の失態にもなる。レーヴェ殿下からの好意は嬉しい。だが、その隣に立つのは私ではない。
あの方の、輝かしい生に……私という汚点などいらないのだから。
最初に手紙を貰ってから一週間が経った。その間にレーヴェ殿下から届いた手紙は二通。どれも私を気遣う手紙で、共に届く見舞いの品はどれも私が幼い頃から好きなものだった。
幼い頃に共に過ごしたことを覚えていらっしゃる事が嬉しく、それと同時にその思いに答えられない事が苦しい。
断りの手紙を出すべきだとは思う。だけど、返事を書こうとしてもペンを取る事ができない。ペンを持てたとしても、便箋にはのたくった線が伸びるだけだった。
父上や兄上が伯爵家として断ろうかと言ってくれるが、王家としてではなく、レーヴェ殿下個人として伝えてくれたものを家族に断ってもらうわけにもいかない。
返事を返さなかったからか、三つ目の手紙には返事はいつでもいいと書かれていた。それこそ、私の心が決まるまで待つと。
それが承諾でも拒絶でも構わないという文字は、レーヴェ殿下の優しさなのだろう。
それに甘えている自分が嫌になるが、許してもらえるのならもう少しだけこの幸せな時間に浸らせてほしかった。
「テレス。来週に行われる夜会は参加するように」
手紙が届いてから二週間。夕食の席で軍の仕事を終えて帰ってきた父上にそう告げられる。
「っ……それは、必ずですか……」
「王都にいる未婚約の令嬢令息は必ずとの事だ。王子殿下と王女殿下の婚約者探しだろう。お前にその気がないのであれば陛下と殿下方に挨拶した後であれば、帰っても構わない」
父上の言葉に頭の中が白くなった。王家には結婚適齢期の王子殿下と王女殿下が数名いる。それはもちろん、私に婚約を申し込んだレーヴェ殿下も含まれていた。
「お前が未だにレーヴェ殿下への返事を決めかねているのも知っている。かの方もお前の返事を待っている間は夜会に参加するつもりはなかったようだが……それが許される身分ではない。今週のうちに返事を書くか……夜会で答えるか……お前自身が決めなさい」
「……はい」
父上の落ち着いた言葉が心に重く沈む。そう、あの方は私が煩わせていい人ではない。
王族の中でも最も尊い王家の王子。本来であれは、王族の中から伴侶を選ぶべき人なのだ。
この国の王家は王太子に跡継ぎが生まれない限り、第二王子以下も王族を伴侶とする。今回レーヴェ殿下が私に婚約を申し込んだのは、今年王太子殿下に跡継ぎとなる王子殿下がお生まれになったからに他ならない。
跡継ぎが生まれた場合のみ、王位継承権のない王族生まれや貴族との婚姻が可能だった。
だから、本当は私などに声がかかるはずなどなかった。なかったのだ。
そう思うと、途端に悲しくなる。自分でも理解できないが、本来は婚約すら申し込まれることがなかったと思うと、途端に惜しくなった。
それが浅ましくて、嫌になって、涙が零れる。身を引こうと思っていたはずなのに、あの方が私以外の誰かを伴侶に迎える事を想像して、それがただただ悲しかった。
私が王族であれば……あの方の恥になることなく隣に立つことができただろうに。
涙をこぼし始めた私に、父上も兄上も焦ったように声をかけてくるが耳から耳へと通り抜けていくだけで聞き取ることはできない。
「レオン、トール……落ち着け」
落ち着いた母上の声が食堂に響く。
「お前達は食事を続けろ。テレス、おいで」
食事の席を立った母上に手を引かれ、その後をついていく。成人してるにもかかわらず幼子の様に泣く私に声をかける事もなく、母上は廊下を進み、母上の自室へと招かれた。
そして、扉が閉まると同時に母上に抱きしめられる。
「王族として産んでやれなくて悪かった」
母上からこぼれた言葉に、言葉を失う。気づかれていた。だが、母上にそんな言葉を言わせるつもりはなかった。貴族の視線は怖かったが、愛され、甘やかされているのは理解していた。していたはずなのに……。
「ちがっ……わたしが、ぼくが弱いから……」
王族の父を持つハイエナ獣人としてあの方の隣に立つ覚悟があれば……。
「すみません、母上……ごめんなさい、ごめんなさい……」
母上に言わせてはいけない言葉を言わせたことを後悔して、泣きながら謝り続ける。そんな私を母上は何も言わずに抱きしめ続けていてくれた。
「……母上の様に、強くあれればよかったのに」
ひとしきり泣いて、落ち着いてきた私を椅子に座らせ、外で待機していたメイドに頼んだ紅茶を母上自ら入れてくれる。それを飲みながら呟いた私に母上は困ったように笑った。
「別に俺も強いわけじゃねぇよ。ただ、レオンの隣に相応しくあるよう努力しただけだ」
私の正面に座った母上が紅茶を飲みながら言葉を零す。
「だから、結婚する前に貴族からの暴行で足を失った時は心が折れそうになったし、お前達が生まれてからも正直社交界はあんまり好きじゃない」
あまり弱さを見せない母上が見せた弱さに言葉が詰まる。例え父上に尽くすと誓っても貧民街生まれの母上が受けた仕打ちや向けられた視線は私以上の物だったはずだ。
それなのにこんな恵まれた環境に生まれ、甘やかされるままに享受していた自分が情けなくて止まっていた涙がまた零れ始めた。
「あー、もう!泣くな泣くな!俺が苦労したから、お前を甘やかして育てた自覚は俺にもレオンにもあるけどよ。王族じゃないからそれにとらわれず自由に生きてほしいとも思ってたんだ」
母上の指に涙を拭われ、頬を撫でられる。数年前、魔獣から父上を庇って失った右手の代わりにつけられた魔導義手は金属特有の冷たさがありながらもどこか暖かかった。
「俺は生まれで苦労したし、理不尽な目にもあった。それでもレオンの隣に居れるのなら俺は全てを差し出してでも隣に居たいと思った。そこに後悔はない。お前達にも恵まれたしな」
そう言って笑う母上の笑みは幸せそうで、足を失っても、腕を失っても、父上の側に入れる事が何よりの幸福なのだと言っているようだった。
「お前がレーヴェ殿下の隣に立ちたいと思うのなら……諦めて泣くんじゃなくて、ちょっとだけでも頑張ってみねぇか?」
母上の言葉は今まで諦める事ばかり考えていた私にほんの僅かではあるが、確かな勇気を湧き上がらせる。
頑張る……。レーヴェ殿下の隣に立つために。
貴族の……心無い視線に、私を疎む視線に晒されるのは怖い。でも、それに堪え切れねば、レーヴェ殿下の伴侶には足りえない。
「……一度、レーヴェ殿下と話してみます」
こんな私でも本当に伴侶として選んでもらえるのかを知る為に。
母上と話した翌日。早朝に王宮へと届けてもらった返事は昼前に先触れとなって届き、その日のお茶の時間にレーヴェ殿下が我が家へと来訪された。
この前来訪された時もそうだったが、あまりにも行動が早すぎて私の心の準備が追い付かない。でも、私が手紙を出したその日に訪ねてきてくれたのが嬉しいと思ってしまった。
玄関でレーヴェ殿下を迎え、客室へと私自ら案内する。迎えた際の挨拶以外、互いに言葉はなく、向かい合って座ったレーヴェ殿下は私の言葉を待つように私を見つめていた。
「……先日は、申し訳ありませんでした」
「気にしなくて構わない。最悪ああなるだろうとは思っていた」
自分の弱さを把握されていた事に不甲斐なくなるが、困ったようなレーヴェ殿下の瞳には愛おしい者を見るような暖かさを感じる。
その暖かで優しい視線に私は背中を押されるように口を開いた。
「……その、以前頂いた婚約の話ですが……本当に私でもよろしいのでしょうか……」
「もちろんだ。お前には酷な事を願っていると思っている。だが、どうか俺と共に歩んでほしい。俺の手を取ってはくれないだろうかテレス」
立ち上がり、私の隣へと足を進めたレーヴェ殿下が床に膝を着き、私へと手を差し出す。
レーヴェ殿下が膝を着いた事に恐れ多いと驚きながらも、私を見上げる視線は許しを乞うかのように揺れていた。
「……このような私ですが、あなたと共に歩ませてください」
震えた声と覚悟を共に差し出された手を重ねる。
「テレス……!」
「わっ……!?」
手を取った私にレーヴェ殿下が嬉しそうに笑みを浮かべ、立ち上がったレーヴェ殿下に手を引かれるように抱き締められた。
幼い頃、同じくらいの身長だったレーヴェ殿下は、私よりずっと大きく、頭一つ以上の差がある。
だけど、私を抱き締めて喉を鳴らすレーヴェ殿下は幼い頃に私へ甘えて抱きついてきた時と変わっていないように思えた。
レーヴェ殿下……レーヴェ様からの求婚を受け入れた私は、その翌日から王子妃として相応しくある為の教育が始まった。
最初の目標は、来週の夜会にてレーヴェ様にエスコートされながら入場し、貴族から向けられる視線に怯えずに婚約者として王家の控える壇上に共に上がり、婚約者として発表された後、レーヴェ様とダンスを踊ることである。
正直想像しただけで倒れてしまいそうだが、レーヴェ様と共に歩むと覚悟を決めた手前、そんな甘えた事を言ってられる状態ではない。
元王女であったお婆様にお願いして、王家にふさわしい振る舞いを叩き込んでもらう。
王族ではなくても、王族生まれの伯爵家育ち。上位貴族及び王族としての礼儀は物心着いた時から教え込まれてはいるが、いかんせん私は小心者すぎる。
いずれ王子妃として王家入りするのだから、恐れや怯えなど見せてはいけない。レーヴェ様が共に立ってくださるとしても、レーヴェ様に守られるだけでは王子妃としてふさわしくない。
王子妃として、レーヴェ様にふさわしい伴侶として、この怯える心をマナーと虚勢で武装する。
それがつけ刃であっても、続けていればいずれは本物になる。そう言ったお婆様の言葉を信じ、優しくも厳しいお婆様からの指導を受け続けた。
「大丈夫か?」
夜会当日。迎えに来ていただいたレーヴェ様に問われる。会場である王宮に向かう馬車の中、震える私の手を優しく包んで微笑むレーヴェ様にほんの少しだけ体から力が抜けた。
「……はい。レーヴェ様が側にいてくださいますから」
大丈夫。この日の為にお婆様から厳しく指導を受けた。それ以外にも王族でないからと伯爵家での教育に手を抜いたこともない。ハイエナ獣人としての劣等感は拭えないが、それでも父上の子供として、伯爵家のものとして、相応しくあるように努めてきた。
私がどれだけ臆病者であってもその事実は変わらない。それに、レーヴェ様も隣にいる。この方の隣に立つためであれば、その恐怖心も私がレーヴェ様の隣に立つ礎にしよう。
「そうか……お披露目が終われば、下がっていいと陛下からも許可は頂いている。それまでは共に頑張るぞ」
そう言って私を励ましてくださるのが嬉しくて、思わず表情がほころぶ。
「そうやって笑っていれば貴族共も何も言えんだろう。お前が私の唯一だと言う事を見せつけてやろう」
「はい」
私の笑みを見たレーヴェ様が嬉しそうに告げ、私も新たに微笑み返したのだった。
王宮にある離宮に馬車が到着した。身分によって入場する順番が後になる為、私とレーヴェ様はほぼ最後の入場だ。
「レグルス王家レーヴェ殿下及び、デネボラ伯爵家テレス様ご入場です」
開かれた扉の先、レーヴェ殿下の名前と共に私の名前が呼び上げられたことに会場がざわめく。
表情には出さずともレーヴェ殿下の隣に立つ私に信じられないものを見るような視線を向け、ご夫人やご令嬢は私に向ける視線をごまかす様に扇で顔を隠した。
「テレス」
視線の数に臆しそうになった私をレーヴェ殿下が呼ぶ。それだけでこの視線に立ち向かう勇気が湧いてきた。
「はい、レーヴェ様」
お婆様に教えられた王族としての笑みにレーヴェ様が愛おしいという気持ちを乗せて微笑む。それを見たレーヴェ様も同じように微笑み返してくださり、私はレーヴェ様に連れられて会場内を進み壇上の側まで進んだ。
待機場所として指定されたこの位置より前に人はおらず、私達の横に並ぶ者もいない。そして、次に入場するのは王家の方々のみだった。
王家の入場が告げられ、国王陛下を先頭に王家の方々が会場入りされる。壇上に立つその姿は王族としてもより上位であると知らしめるほどの威厳があった。
そして、私も……この日、今日からその地位に並ぶことになるのだ。
「レーヴェ、テレス。壇上へ」
陛下が開場の宣言をし、レーヴェ様と私を呼ぶ。足がすくみそうになるが、私の手を取るレーヴェ様が励ますように手を握ってくださる。大丈夫。そう言われた気がした。
会場中の視線が集まる中、励まされた事に言葉を返すわけにもいかないので、レーヴェ様の手を握り返し、歩き出したレーヴェ様について私も壇上への階段へと上った。
「っ……!」
階段を登り切り、陛下の横にレーヴェ様と並べば全ての視線と向き合う事になり息を飲む。それでも崩れ落ちず、微笑みを崩すこともなかったのは、お婆様からの教育の賜物であった。
「この度、第三王子レーヴェとデネボラ家子息のテレスが婚約する事となった。婚姻はテレスの王子妃教育終了次第となるが、今宵より王家の一員として扱う」
陛下の宣言に会場のざわめきは大きくなり、私に向けられる視線も鋭くなる。それでも笑顔を張り付け、婚約者としての宣誓をこなし、各貴族が陛下に謁見している最中もレーヴェ様の隣に立つに相応しいふるまい続けた。
そして、レーヴェ様とのファーストダンスが命じられる。
「テレス」
「はい、レーヴェ様」
レーヴェ様に導かれるまま壇上を降り、開かれた会場内の中心で私達は向き合う。
互いに見つめあい、体を重ね、奏でられる曲のままに踊る。大柄なレーヴェ様と小柄な私では、私が振り回されているように見えるかもしれないがレーヴェ様のリードは私が踊りやすいように導いてくれて心から楽しく踊ることができた。それこそ、貴族の視線が気にならないほどに。
ダンスを終え、レーヴェ様目当ての令嬢令息が集まる前に壇上へ戻る。例え陛下からの発表があっても、ハイエナ獣人である私からレーヴェ様の婚約者の座を奪おうとする者は数多くいるのだ。
壇上でもダンス中でも私を睨む視線は多く、私を疎んでいる事がわかる。一人だけならきっと以前のように倒れていた事だろう。
「疲れたか?」
「……少し。でも、レーヴェ様と踊れて嬉しかったです」
私を気遣うレーヴェ様へと笑みを返せば、レーヴェ様も嬉しそうに笑った。
「俺もだ。お披露目は終わった。父上に許可をもらって退場しよう」
レーヴェ様に連れられて陛下の元へと向かう。陛下は、私達のダンスが美しかったのを褒めてくださり、早めの退場を許してくださった。
レーヴェ様と共にお礼を申し上げ、壇上の裏から退場する。そのまま王家専用の出入口から馬車へと乗り込み、体の力が抜けた。
「っ……大丈夫か!」
「はい……」
私を支えるレーヴェ様の言葉に小さく頷く。ずっと気を張っていたから気づかなかったが私の心は随分と限界を迎えていたようだ。
「……無理をさせたな」
「いいえ……選んだのは私ですから」
レーヴェ様の肩に頭を預け、たくましい腕に腕を絡める。それだけでずっと落ち着くような気がした。
「よく耐えた。お前を望んだ者として嬉しく思う」
レーヴェ様の手が私の頭を撫でる。それが心地よくて、段々と瞼が重くなっていった。
「伯爵家にはちゃんと送り届けるから眠って構わない。……本当は、俺の離宮へ連れ去りたいくらいだがな」
最後にレーヴェ様が何を言ったかまでは聞き取れなかったが、隣にいる安心できる存在に私は穏やかな眠りへと落ちていったのだった。
レーヴェ様の婚約者となってからの日々は忙しかった。夜会の翌日は寝込んでしまったが、体調が回復してからは陛下から私の教育係として正式に任命されたお婆様と王妃様、そして王太子妃様に王家として王子妃としての心得や公務について習う事になったからだ。
もちろんそれ以外にも王族として教育係や外交を努めている方から他国との外交の為に他国の言語や文化等も習う。ただ、この辺りは元より本を読むことが好きだったのもあり、下地が出来ていたので早々に合格点が出た。
「知識や教育面では正直他の王家の子や王族の子よりあなたの方が秀でているのよ」
そう言ったのは、教育中の休憩兼、茶会でのマナーを身に着ける為に設けられたお茶の時間で席を共にした王妃様だった。
「……そうなのですか?」
「うちの国の王族って武闘派でしょう?爵位を継ぐ嫡子以外は軍に所属するし……嫡子でも軍にいく子までいるし……国防を考えたら魔力が多く武術に長けた王族が軍に所属するのは理想ではあるのだけど……元々内政の得意な子は少ないのよね……陛下だって息抜きと言っては軍に顔を出すし」
疲れたような顔をする王妃様は、我が家とは別の公爵家に連なる侯爵家の出で、その家は今代の宰相を努めるほど内政に長けた家だった。
その為、外向きには陛下を立て、民に優しい自愛の王妃と言われているほどに国母としても素晴らしい方で、内向きには王家の頭脳として陛下含め王家を取りまとめている女傑である。
王族として、王家を支える為に教育され、その矜持を貫き務める姿は将来の義母としても憧れる存在だった。
幼い頃親族でのお茶会に参加した時も優しくしていただいたが、レーヴェ様との婚約が決まり、私の王族入りが決まったのを一番王家として喜んでくれたのも王妃様である。
今代の王家は皆武術派であり、一定の教育は身に着けているが学力を得意とする方はいらっしゃらないのだ。その為、王太子妃様も宰相補佐兼次期宰相候補をされている王族の家の出の方であるし、他の殿下方の婚約者も知識や外交に秀でた子息令嬢を優先するつもりだと王妃様が呟く。
「その中でもあなたは一番秀でていたの。子供が孕めるほどの高魔力持ちで、学ぶ意欲も強い。内向的な性格でさえなければ王家に迎え入れるのにと何度も思ったものよ……だから、レーヴェがあなたに婚約を受け入れてもらえたと報告を受けた時は柄にもなく声を上げたの。よくやったわ!って」
嬉しそうに笑みを浮かべる王妃様の表情は国母として国を思う笑顔であると同時に心から私の事を喜んでくださっている笑みだ。
まさか、そこまで気に入られているとは思ってもいなくてどこか落ち着かない。だが、ハイエナ獣人である私に王族生まれ以外の価値は無いと思っていたが、王妃様はそれ以外にも私に目をかけてくださっていたというのが嬉しかった。
「婚約者としても、王子妃になっても辛い事はあると思うけど、どうかあの子をお願いね。想いあうあなた達ならきっと大丈夫よ」
「はい」
穏やかに微笑む王妃様。その笑顔は子を思う母親そのもので、この方が国母であると同時にレーヴェ様の幸せを願う母親でもあるのだと改めて気づいたのだった。
レーヴェ様との婚約から半年。相変わらず私は忙しい日々を送っていた。最初の一ヵ月は私に負担をかけないすぎないように配慮され、王家での教育がメインであったがそれ以降は親族である王族内でのお茶会や夜会にレーヴェ様と参加するようになり、三ヵ月目からは王家の信頼がおける貴族への茶会に参加するようになった為だ。
今の所私に害意を持っているだろう貴族が主催する茶会や夜会については王家の名を借りて断っている。
中には実家である伯爵家より爵位が上の侯爵家などもあるが、王家の命とあるならば相手も強くは出れない。ただ、このままだと反感を買うのではと心配になったが、王家に従えぬ貴族に与える情は無いと陛下及びレーヴェ様から返答された。
こうやってきっぱり切り捨てる所が王家の者として正しい姿なのだろうが、根が小心者の私にとっては胃が痛い。私に対する害意が王家に向くのではと思うと気が気でなかった。
私に対する害意が王家に向かうのではないかと不安になりながらも日々は過ぎていく。
今日もいつものように王家からの迎えの馬車に乗って屋敷から王宮へと向かう。馬車に乗るのは私と私の従者の二人で、馬車を操る御者が一人。そして王家の紋章を持つ馬車を囲むように馬に乗った護衛の兵士が四人。
なにもおかしくない、いつもの布陣。だけど、馬車がいつもと違う道へと曲がったことにより、私と従者は異変に気づいた。
「どこにっ……!どこに向かっている!馬車を止めろ!」
従者が御者台にいる御者へと連絡用の窓から声をかけるが反応が返ってくることがない。普段であれば、口調こそ軽いが職務に忠実な真面目な青年にもかかわらず。
何もしゃべらない御者に普段の彼とは違う雰囲気を感じた。どこか切羽詰まったような追い詰められたような雰囲気を。
青ざめながらも私は現状を把握するために馬車の窓から外を見た。御者はいつもの人物だったが、護衛の兵士は今まで見た事のない人物もいる。護衛の兵士は変わることがあるから気づかなかった自分の迂闊さを後悔した。
……きっと、私に向けられていた悪意が牙をむいたのだ。この兵士達がどのような者かまではわからないが御者の彼は私に巻き込まれた被害者だろう。彼は王家からの覚えもいい貴族の出身だったのだから。
「ドアは……!っ、開かない……!」
従者がどうにか逃げられないかとドアへ手を伸ばすも外からしか開かないように細工されているのか開ける事ができない。その事に、これが計画的な犯行であると察して私は自分の体を抱きしめた。
「テレス様……っ!大丈夫、大丈夫です。私が命に代えてもお守りします」
父上が伯爵家を興した時に公爵家からついてきた従者の一族であるイヌ獣人のアルドラがそう告げる。私にとってはもう一人の兄のような彼が犠牲になるなど考えたくもなく、震えながらも考えをめぐらさせた。
どうしたらいい……どうすればいい……。王都を走る馬車。王家の家紋が目立つから目撃者は多いだろうが私達が害されるまでに助けが来るとは限らない。
目的はなんだ……私を汚す事か、それとも命のそのものか……。恐怖に体が震える。でも、意識を失うわけにはいかない。この身を、命を、守るために。
私が怯えている間にも馬車は進み、人気のない裏通りで止まる。こんなところに王家の馬車が止まっている事などありえないが、人払いまでされているのか辺りはしんと静まっていた。
「よう、デネボラ家の坊ちゃん。大人しく出てきてもらおうか」
今まで開かなかったドアが開き、兵士の格好をしたオオカミ獣人の男が私達へ……私を庇うアルドラへと剣を突き付ける。怖い。怖くて喉がひきつった。
「だんまりか?言う事が聞けねぇならまずはこのイヌを殺してみようか」
「っ……!降りる!降りたらいいんだろう!」
「テレス様!聞いてはなりませ……っ!」
オオカミ獣人の言葉に降りると返した私にアルドラが制止の声を上げる。だけど、彼は最後まで言葉を告げる事はできなかった。
「かはっ……」
「ひっ……あぁああああああっ」
アルドラの胸から生える刃。無情にも、しかし淡々と行われた行為に私は悲鳴を上げた。
「大人しくついてこれば、坊ちゃんと一緒にもう少し生かしてやったんだがなぁ」
「アルドラ……っ、アルドラ……!」
従者……アルドラの体から剣を抜き、つまらなさそうに告げるオオカミ獣人。私はそちらに意識を向ける事も出来ずに、倒れてきたアルドラを受け止め、名前を呼ぶ。だけど、流れる血は止まらず、アルドラは苦悶の表情を浮かべたまま呼吸が弱くなっていった。
このままではアルドラが死んでしまう。そう思った私は、今まで座学で習っただけでしかない治療魔法を使う。私の手を赤く染める血に気を失いそうになりながらもその命を繋ぐために堪えた。
「なんだ、生かしちまったのか……面倒くせぇなぁ……」
オオカミ獣人が血の止まったアルドラを見て面倒くさそうに呟く。
「ここに残しておいても俺達の足がつく。また、斬ってもいいが……坊ちゃんに言う事を聞かせるには役に立ちそうだから連れていくか……」
しばらく私とアルドラを見ていた男は剣をしまうとアルドラを無造作に抱え、私の腕を掴む。
「ぁ……い、いや……」
「この犬を殺したくねぇんだろう?ならわかっているな」
恐怖に身の竦む私に言い聞かせるように抱えたアルドラを揺らす男。怯え切った私にそれ以上の抵抗ができるはずもなく、用意されていた別の馬車へと連れ込まれたのだった。
「っ……!」
「しばらくここで大人しくしてろ」
馬車で連れ去られた先……どこかくたびれた廃墟のような館の一室に私とアルドラは閉じ込められる。地下室であるそこは窓もなく、空気は湿っているのに埃っぽさがあった。
逃げる事の出来ない場所に意識のない……なんとか一命を取り留めたアルドラと二人きり。
だれの指示かわからないが、次に誰かが訪れたら私もアルドラも命がないかもしれない恐怖に怯える。意識のないアルドラもアルドラの血に染まった手も、服も、私を怯えさせるには十分だった。
「レーヴェさま……父上、母上……助けて……」
辛い目に立ち向かう覚悟はしていた。命を脅かされる可能性だって告げられていた。それでもなお、一人敵地で囚われる恐怖に打ち勝つことはできなかった。
ぽとり、ぽとりと涙が溢れる。音がないこの部屋が怖い。いつ、扉の向こうから足音が響くかわからない。
意識を失えたら……でも、そうなってしまったら私は抵抗する事もなく殺されるだろう。それこそ、一命をとりとめたアルドラをも巻き込んで。
微かな呼吸のまま意識のないアルドラを見る。彼を生かせるのは私しかいない。そして、私が生きる為に立ち向かえるのも私しかいない。
そう、私しかいないのだ。
小柄で武術も出来ない。臆病者で敵に攻撃魔法を放つこともできない。でも、血を流すアルドラに気を失うことなく、その命を助ける事ができた。
命をつなぎとめるほどの治療魔法は、魔力の消費も激しく膨大な魔力がなければ扱う事ができない。だけど、今の私は怯えこそすれ、魔力にはまだ余裕があった。
この場所は、逃げる事も出来ないが、外から侵入する事もできない。ならば、籠城するのにも向いている。
血で汚れた手で涙を拭う。私だけではここからアルドラを連れて逃げる事はできない。だが、助けが来るまで籠城する事はできるかもしれない。いや、してみせる。
助けは来る。恐怖に怯えながらも、レーヴェ様を、そして家族を信じて、私はこの部屋全体へと結界魔法を張り巡らせた。
「開けろ!おい、聞こえてるのか!」
扉の外がずっと騒がしい。荒々しく扉を叩く音や声的にあのオオカミ獣人だろう。結界魔法によって防がれた扉。開ける事が出来ない事に気づいた男達が騒がしくなったのは、いつの頃からだっただろうか。
まだ一日も経っていないが、扉が、結界が、破られないように集中し続けているからずっとずっと……長い時間のように感じられた。
扉の向こうで言い争う声が聞こえる。オオカミ獣人の声と知らない女の声だ。
「あれを捕まえたと聞いたのに、籠城されたら意味がないじゃない!この役立たず!身の程をわきまえないハイエナに相応しい扱いをしたかったのに!」
「こっちだってこんなにも強力な結界魔法が使えるなんて知らなかったんだよ!あんたがただって、あの坊ちゃんは落ちこぼれだなんて言ってたじゃねぇか!」
「たかが男爵家出身の兵士が侯爵家の私にそんな口をきいていいとでも思っているの!」
侯爵家……そういえば、レーヴェ様に執着しているご令嬢がいた侯爵家があった気がする。たしか……金色の毛皮の美しいキツネ獣人の侯爵家だったはずだ。
私を襲った犯人はわかったが、父上達に伝えられなければ意味がない。早く、どうか早くここを、私を見つけて。
強力な結界魔法を維持し続けているせいで、朦朧とする意識を繋ぎ留めながらただただ願った。レーヴェ様が、父上が私を見つけてくれることを。
意識が揺らぐ。それでも結界魔法を維持し続ける。外が、騒がしい。
「テレス!」
扉の向こうから聞こえたのは待ち望んだ声。それと共に結界魔法を維持していた集中力が途切れる。
破られた扉。そこにはレーヴェ様だけではなく、父上と母上の姿もあった。三人の姿を見て安堵した私の体から力が抜ける。
「っ!テレス!テレス!」
意識を失う前に聞こえたのは倒れた私を抱えたレーヴェ様の声だった。
ぼんやりと天井を見つめる。見慣れた自室の天井に自分が目を覚ましたのだと私は気づいた。
「テレスっ……」
名前を呼ばれ視線を向ければ、隣に母上がいる事に気づく。その顔は疲れて憔悴しているように見えた。
「母上……?」
「よかった……もう、目覚めないものかと……」
母上は私の手を握りながら、その手に額をつける。しばらく理解ができなかったが、徐々に意識がはっきりするにつれて私は自分の身に起こった事を思い出した。
「ぁ……母上……私は……アルドラは……どうなりましたか……」
攫われた恐怖を思い出して震える私を母上が抱きしめてくれる。
「アルドラも無事だ。まだ療養中だがお前より先に目を覚ましている。お前の方が魔力が枯渇して死にかけていたんだ」
事の顛末を母上から聞く。どうやら、私は魔力が枯渇するまで結界魔法を維持し続けていたようだ。あと一時間でも助けが遅かったら力尽きていたらしい。
そして、助けに来た中に母上が居たのも私が命を取り留めた理由だった。魔力が枯渇していると気づいた母上は、私を抱き上げたレーヴェ様から私を強奪し、魔力の譲渡を行った。
私の魔力量と質は母上似なだけあって相性が良かったらしく、衰弱した私の命を繋ぎとめる事ができた。その場に母上が居なかったら、やはり力尽きていたであろうというのが王家の主治医からの見解だそうだ。
母上のおかげで命を取り留めた私ではあるが、一度魔力が枯渇した事による後遺症なのか意識が戻らず、あの事件から二週間眠り続けていたというのだから私がどれだけの危機に陥っていたか知るには十分な時間だった。
「まだ聞きたい事はあるだろうが今日は休め。レオンにもレーヴェ殿下にも知らせは出した。お前の体調が安定したらまた話そう」
そう言って母上は私の頭を撫でる。目覚めたばかりだから眠くないと思っていたのだが、母上の手から伝わる体温と譲渡される魔力に瞼が重くなる。
どうやら私はまだ自分が思っているより弱っているらしい。揺らいでいく意識の中、母上の温もりを感じたまま眠りへと落ちていった。
事の顛末をすべて聞けたのは、私が目覚めてから三日後の事だった。私が目覚めた事を知らされた父上とレーヴェ様は、すぐに駆け付けようとしたらしいが事件の処理と起きたばかりの私に負担をかけたくなかった母上の意向によってこの日まで伸ばされたのだ。
事件の処理を終えた父上は、レーヴェ様を伴って私の部屋へと訪れた。
「テレス!本当に目覚めてよかった!」
母上に付き添われながら休んでいた私に父上は、泣きそうになりながら抱きしめてきた。その抱擁を少し照れながら受け入れる。きっと私が目覚めるまで気が気でなかったのだろう。頼りがいのあるたくましい腕が震えているのがわかった。
「……テレス。守りきれずすまなかった」
父上に抱きしめられている私にレーヴェ様が頭を下げる。私が攫われた事を悔いているのだろう。
その姿に何と答えていいかわからず、父上の抱擁から解放されても言葉に悩む。 だが、レーヴェ様は私からの返事を最初から諦めていたのか、事件の内容について父上と共に私へと説明を始めたのだった。
私を拉致するように指示したのはやはり私の思い当たった侯爵家だった事。私の体を暴き、王家に嫁げなくする事が目的だった事。最悪殺してしまってもいいと指示されていたと言う事だった。
「お前を拉致したのは、以前軍の中で問題を起こして俺が退役処分を下した者達だった。あやつらは俺やフィシへの復讐心から侯爵家の話に乗ったのだろう」
「そう……ですか……」
父上や母上が恨まれるのは筋違いだと思うのだが、恨みを持つ者達にとってはそれが正しい事だったのだろう。
黒幕である侯爵家、それに加担した実行犯達はすでに王家に反旗を持つ者として処刑が執行されたらしい。そして、御者……彼は、王家の馬車の側で死体として見つかったそうだ。
「かの者は婚約者である王宮侍女を人質に取られていたゆえに被害者でもあるが、あのものが加担しなければお前が攫われることもなかった。当人が死んでいるからその罰は連座として一族が受ける。降格処分ではあるが……王家からも目をかけていた一族だけに残念なことだ」
父上が無念そうに首を振った。
「そんな……」
あの明るい御者が亡くなっていた事。その一族が罰を受けた事に青ざめる。本来であれば、御者の一族も処刑されてもおかしくはないだけに温情が与えられたのだとわかる。それでも、今回の事件で多くの者の命が消え、未来が歪んでしまった事に心が痛んだ。
「……それだけ、大きな処分があったのなら……私の事も周知されているのでしょうね……」
この身体と命は守ったが、私が攫われたのは事実。男であっても貞操が汚されている疑念があるのであれば、私の王家入りは絶望的だろう。
「その事だが……あの日攫われたのはお前ではない」
俯く私に信じられない言葉がレーヴェ様の声で届く。
「え……そんな、そんなわけは……!」
「あの日、攫われたのは体調を崩したお前の代わりに王宮へと赴こうとしたフィリアだ」
視線を上げた私に、さらなる衝撃が襲う。なぜ、そこでフィリアの名前がでるのか、武力に長けたフィリアであればあのような事になるはずがないのに。
「そんな……私の代わりにあの子を犠牲にするとでもいうのですが!それが王家の総意なのですか!」
「落ち着けテレス。これは、フィリアが言い出した事だ」
レーヴェ様を責め立てる私を父上が止める。そして、この話がフィリアからの提案だと言う事に私は耳を疑った。
「なんで……どうして……どうしてあの子が!」
「お前に選択肢を与えたかったそうだ。目覚めた後、自分で選択する事も出来ずに婚約が白紙になっているよりは、自分で選べる方がいいだろうと……お前がこの婚約を望まないというのであれば、体調が思わしくないという理由で婚約を白紙に戻すことになる」
「そんな……それではフィリアはただ無駄な犠牲になっただけではないですか……」
可愛い妹を犠牲にしてまでその様な選択肢を得たくなかった。それぐらいなら、この心が張り裂けたとしてもレーヴェ様の事を諦めてもよかったのに……。
「どうして……どうしてだフィリア……」
太陽のように笑うフィリアの笑顔を思い出す。幸せになるべき子だった。それなのに私のせいで輝かしい未来を閉ざしてしまった。その後悔は計り知れない。
「フィリアは……フィリアはどこに……」
「今は療養と言う事で母上と共に公爵領へ行っている」
父上に尋ねれば、父上は表情を曇らせながらも答えてくれた。お婆様と公爵領に……私は謝る事すらできないのか……。
ぼろぼろと涙をこぼす私に母上が私を抱きしめ、その背中を撫でてくれる。母上もフィリアの事には心を痛めていないはずがないのに。その優しさが辛くて私は静かに泣き続けていた。
「……レーヴェ様……先ほどの言葉は謝罪いたします……でも、今は……時間をくださいませんか……」
涙は止まることなく、時間だけが過ぎ、沈黙の広がる部屋に私の言葉が響く。レーヴェ様の事は愛している。でも、今の私には何もかもを受け入れる時間が足りなかった。
「……わかった。お前の気持ちがまとまったら改めて話そう。デネボラ伯爵、邪魔をしたな」
「馬車まで送りましょう。フィシ、テレスを頼む」
父上がレーヴェ様を見送りに行くのを見届け、私は声を上げて泣いた。なぜ、どうして。私は幸せになる事ができないのか、と。
フィリアが私の身代わりになった事を知った私は、その日一日中泣き通し、翌日は熱を出して寝込んだ。
数日たった今では熱は引いたが、未だ本調子でない体は重く、食事も病人食を少し食べるのがやっとだった。
些細な事で体調を崩してしまう今の状況に、フィリアが犠牲にならなくてもレーヴェ様の伴侶になる事はできなかったのではないかとぼんやりと思う。
自分では強くなったと思っていた。でも、今回の事件で私の本質は弱いのだと思い知らされた。
アルドラを守ることができた。私自身も母上が居なければ危なかったが身を汚すことも、命を失う事もなかった。
父上も、母上も、私にできる事で精一杯抗い、戦い抜いた結果だと褒めてくださった。
でも、私が助かった代わりに、我が家は正式な王族であるフィリアを失ったにも等しい。どうしてそこまでして、フィリアが私を守ろうとしたのか……私にはわからなかった。
体調がすぐれぬまま日々を送り、レーヴェ様への想いも決めかねている頃。フィリアと一緒に公爵領へと行ったはずのお婆様が私を訪ねてきた。
「久しぶりねテレス」
「お婆様……。どうして、王都に……」
予想もしていなかった来客に驚きながらも、身を起して対応しようとしたがお婆様はそれを手で制した。
「いいのよ、寝ていなさい。わたくしが来たのはね、フィリアが出奔しちゃったから公爵領にいる理由がなくなっちゃったのよ」
「!?フィリアが出奔ってどういうことですかっ……!?」
お婆様から放たれた言葉に思わず飛び起き、めまいと共に倒れそうになり、お歳のわりにしっかりとした体つきのお婆様に支えられる。
「危ないわテレス」
「父上達には……」
「いなくなったその日のうちに知らせを出しているわ。あなたにも説明してあげるから落ち着きなさい」
お婆様は私をベッドへと寝かせると公爵領であった事を話し始めた。
「フィリアは事件のほとぼりが冷めるまで公爵領の別荘で療養させると言う事になったのだけど……あの子ったら別荘に着いたら凄く大人しかったのよ。あのお転婆なフィリアが。だから私も油断してしまったの。あなたの悪評をすべて被っているから大人しくしてるんだと」
ただただ疲れたようにため息を吐くお婆様。伴侶であるお爺様を亡くされ穏やかな余生を送っていたはずのお婆様を私の教育に引っ張り出し、挙句私の事件やらフィリアの出奔と、予想外の波乱に巻き込んで申し訳なくなる。
「そしたらあの子、ある日この手紙とあなたへの手紙を残していなくなっていたのよ!部屋に備え付けてあるお風呂場を真っ黒にまでして!」
普段の穏やかな姿からは想像できないほど、声を上げたお婆様は二通の手紙を私へと渡す。それはシンプルな白い封筒で、一つには家族へ、一つには私への宛名が書かれていた。
「悪い事は書かれてないから読むといいわ」
そうお婆様がため息を吐いたので、私はまず封の開いた家族へ向けた手紙を開いた。
『しばらく王族としての仕事ができないと思うので、ちょっと旅に出てきます。
ついでに他所の国で私に相応しい、私以上に強い夫を探してきます。我が国の男で私以上に強い人はお父様しかいないからです。
強い夫と一流の冒険者としての名声を手に入れたら帰ってくるので心配しないでください。』
走り書きのような乱雑な文字で書かれたあまりにもな内容に頭を抱える。確かにフィリアは強い。武術では父上の次に強いし、魔力は母上と私の次に高い。独身王族では唯一の強さだ。だからと言って、これはない。これはないけど……。
「フィリアらしい……」
天真爛漫で自由奔放だったあの子を縛っていたのは王族としての矜持。私の身に降りかかった全てを引きうけ、王族であり伯爵令嬢としての地位も失った今、あの子をこの国に留める鎖が無くなったと言う事なのだろう。
「そうなの……フィリアらしいのよ。冒険者ギルドに尋ねたらフィリアのいなくなった日の朝、フィリと名乗る真っ黒なヒョウ獣人の子が登録に来たらしいの。そしてその日のうちに公爵領にある国境の関所から隣国へ旅立っていったそうよ。……王族で伯爵令嬢のはずなのだけど……どういう行動力なのかしら……」
頬に手を当て困ったように笑うお婆様に悲しんでいる様子はない。まだ成人前の女の子であるから心配こそすれ、フィリアの事だから大丈夫だと思っているのだろう。
「それで、あなたの手紙にはなんて書いてあるの?」
そう言って、お婆様は私宛の手紙へと視線を向けた。
封の切られていない封筒。フィリアの手がかりがあるかもしれないのに開けられていないその手紙は私が最初に見るべきであろうとそのままにされていたのだろう。
お婆様に机からペーパーナイフを取ってもらい、封を切る。中から出てきた手紙には、私への言葉が綴られていた。
『お兄様へ。
お兄様は、私がお兄様の悪評を押し付けられたんじゃないかと思っているかもしれないけど、そうじゃないのよ?これは、私が旅立つために必要なものなの。
お兄様にとっては酷い災難だったかもしれないけど、気にしないでレーヴェと幸せになったらいいわ。私は私で、自分の幸せは自分で捕まえてみせるから。
それにこの国の貴族の偏見をなくすにはお兄様が王子妃として頑張るのが一番よ。今、この状況を変えられるのはお兄様しかいないし、今回の事だけでレーヴェの事を諦めるのは馬鹿らしいもの。
王族の先輩としてアドバイスしておくわね。一度、レーヴェの隣で王子妃として立つと覚悟を決めたなら、お兄様はその時から王族生まれではなく王族なの。いくつもの犠牲を乗り越えてでも胸を張って、上を向いて、堂々としているべきよ。
お兄様がどうしても無理っていうなら、私も無理強いはしないけど……お兄様が頑張ってたら私が早く帰ってくるかもね。
また会えるのを楽しみにしてるわ。
追伸:お兄様には定期的に手紙を送るからお父様達によろしくね』
家族向けの手紙とは違い一文字一文字丁寧に書かれた文字でつづられた言葉に涙が溢れる。優しく可愛い妹は、私よりずっと王族らしい心を持っていた。やらかした事は破天荒ではあるが、それでも国を思い、民を思う心は真のものだろう。
「テレス、恨み言でも書いてあった?」
お婆様の言葉に返事を返す事が出来ず、フィリアからの手紙を渡す。
「これは……あの子らしい激励ね」
フィリアの手紙を読んだお婆様は優しく嬉しそうな笑みを浮かべる。末の孫娘に振り回されつつも可愛がっていたのを知っているから、フィリアの成長が嬉しいのだろう。
「お婆様、私は……私はまだ……レーヴェ様の隣に立っている事はできるでしょうか」
「それは、あなた次第よ」
涙を流したまま言葉を紡ぐ私にお婆様が微笑む。
「でも、まずは体調を戻すことからね。レーヴェには、そうね……三日後に訪ねてもらうようにしましょう。それまでに椅子に座れるようになりなさい」
ベッドの上でクッションに寄りかかって座るのがやっとな私に酷な課題をお婆様が告げられる。でも、フィリアへの憂いがなくなったからか、それともフィリアからの激励のおかげか、私の心は手紙を読む前よりずっとずっと軽くなったのだった。。
フィリアの手紙を読んでから三日。私は何とか自らの脚で椅子に座れるようになり、お婆様は約束の通りレーヴェ様を連れてきた。
「お久しぶりですレーヴェ様」
「ああ……以前より、毛並みが良くなって安心した。調子はどうだ」
「昨日から病人食から通常食へ切り替えました。まだ、本調子ではありませんが……医師からは回復に向かうだろうとお墨付きをいただいております」
私の体調不良は、精神からくるものだったらしく、食欲も回復し今では量は少ないながらも通常のものを食べれるようになった。自分でも調子がいいと思うが、それほどまでにフィリアの未来を歪めたことは私にとって忌むべきものだったのだ。
それをフィリアからの手紙が解消してくれた。妹に励ましてもらうなど、兄として不甲斐ないかぎりであるがそれは生まれながらの王族としての矜持と覚悟を持っていたフィリアと王族ではないからと甘やかされ自由に育てられた私の差であろう。
それすらも言い訳でしかないかもしれないが、私とフィリアでは覚悟の差があまりにも違い過ぎたのだった。
「今日は、私達の婚約について……私の答えをお伝えしたいと思い、お婆様にお願いいたしました」
半年前、婚約を受け入れた時のように向かい合って座り……私は言葉を告げる。
「私は……まだ、あなたの隣に立っていたい。弱く、あの日のようにあなたを疑う事があるかもしれません。それでも……私があなたの隣に立つことを許して頂けるでしょうか」
正面にいるレーヴェ様へと真っ直ぐに視線を向ける。たとえ、どのような答えが返ってこようと、一度でもレーヴェ殿下の隣に立ち、王族として、婚約者としての自分を誇らしく思う為に。
「本当にいいのか……お前を守る事も出来ず、酷な事ばかり押し付け、お前から大切な妹すら奪ったようなものなのに……」
俯きながらぽつりと零れたレーヴェ様の言葉は、今までで聞いたことのあるレーヴェ様の言葉の中でもずっとずっと、不安気で、まるで迷子の子供が恐る恐る呟いたような声だった。
「……ここで諦めてしまえば、フィリアが私を庇った事も、今までの私達の努力もすべてが無となります。だから、私は新たに覚悟を決めました。レーヴェ様の思いやあの子の期待に応えるだけでなく……私は私として、この国の為に、私に向けられた悪意をこの国の貴族から無くす為に戦うと」
フィリアの手紙にあった通り、この国の貴族の意識を変えるには私が王家の者として立つしかない。それはレーヴェ様の伴侶としての立場を利用する事となるが、そうしなければ、いずれは第二第三の私のような子供が生まれる事だろう。いや……私自身が第二第三の誰かかもしれない。
その憂いをなくすためにも、私は王族生まれとして、王家の伴侶として立つ覚悟があった。
「そうか……そうか……あんな目にあってまでも俺の側にいる事を選んでくれるのか……良かった……お前を失う事にならなくて……本当に良かった……」
「レーヴェ様……」
緊張していた糸が切れたかのように、レーヴェ様は静かに涙を流す。今まで王家の者として振舞い、弱みを見せてこなかったレーヴェ様の涙に、どれだけたくましく第三王子として相応しくあろうとしていたとしても、まだ成人前の……年下の男の子だった事に気がついた。
涙を拭う事もしないレーヴェ様を放っておけなくて、テーブルに手をつき、体を支えながらレーヴェ様の元へと向かう。
「長らく、返事を待たせてしまい申し訳ありませんでした……不安にさせてごめんねレーヴェ」
「テレス……テレス……!」
幼い頃のように親しみを込めてその頭を抱え込むように抱きしめれば、レーヴェは子供のように私へと縋りつき……泣いた。
この半年、ずっとずっとこの子に甘えていた事を恥じる。私はどうしてこうも愚かなのだろう。
私はこれからも愚かな間違いを繰り返すかもしれない。それでも、私はレーヴェの隣に立ち続けると心に決めた。
婚約を継続する意思を示してから半年が経った。レーヴェも誕生日を迎え成人となり、次の社交界で私達は婚姻の発表と国民へ向けての大々的な結婚式を上げる。
私の事件は、外向きには全てフィリアへ行われた事件として扱われ、我が伯爵家及び公爵家、王家の機密として、対応した軍の兵士や事実をしる使用人には誓約魔法での箝口令が敷かれた。
貴族の中では、フィリアが愚かにもレーヴェ殿下の婚約者である私の代わりになり替わろうとしたからあのような事件に巻き込まれたのだと心のない噂を流す者もいる。
王族が襲われたというのに、その様な噂を囁く者は王家からの心証が下がっていくのに気づかない。事実を隠しているのは私達だが、それでも王族を、王家を侮る事は許されないのだ。
日々は過ぎ、私は結婚式の後のパレードにてレーヴェと共に集まった民衆へと笑顔を向ける。何も知らない民衆にとって、ライオン獣人の王家に王族生まれとはいえ、ハイエナ獣人の私が嫁入りするのは奇跡のようなストーリーだろう。
「レーヴェ第三王子殿下万歳!テレス王子妃殿下万歳!」
多くの歓声と祝福を受けながら、私は微笑む。だが、パレードの前に行われた結婚式でフィリアがいない事にただただ悲しさを覚えたのだった。
王都でのパレードを終え、私はレーヴェと共にレーヴェの離宮へと脚を踏み入れる。今日からここが私の新たな住処である。
「疲れたか?」
「少しね。でも大丈夫だよ」
半年前のあの日から私がレーヴェへと向ける言葉は幼い頃のように親し気なものへと変わった。
私が親し気に話すたびにレーヴェは嬉しそうに笑う。王家の王子として、その伴侶として、気づかないうちに雁字搦めになっていた私達はあの日互いの思いを確認した時からその鎖を取り払ったのだろう。
私の前では気を許し、幼い頃と変わらずよく笑うレーヴェは可愛い。もちろん伴侶として、王子として、頑張っている姿はかっこいいが、私にだけ見せる気の緩んだ笑みが一番好きなのだ。
「テレス」
「なぁに?レーヴェ」
数人の侍女だけが控える寝室で名前を呼ばれ、見上げればレーヴェのたくましい腕に抱きしめられる。よく甘えてくる子だけど、この腕に抱きしめられるたびにレーヴェも強い王族の男なのだと思う。
ゴロゴロと喉を鳴らすレーヴェが可愛くて、その広い背中へと腕を回し、厚い胸板へと頬を寄せる。ただそれだけで幸せだった。
「レーヴェ殿下、テレス妃殿下。デネボラ伯爵家より急ぎの手紙が届いています」
扉の向こうから響く声にレーヴェが邪魔されたというような表情で私から離れる。それでも無視をしないのは私の実家からの手紙だからだろう。
「……入れ」
レーヴェの許可と共に手紙を携えた従者が寝室へと入ってくる。それを私が受け取り、私への宛名が書かれた文字を見て目を見開いた。
「フィリアからだ」
「……確かにあいつの文字だな」
レーヴェと一緒に封筒を覗き込み、何度も確認するが確かにフィリアの文字だった。
フィリアが家を出て以降、初めてのフィリアからの手紙に私は緊張する手で封にペーパーナイフを滑らせる。出てきた手紙は短く、宛名の文字とは違い、急いで書いたのであろう乱れた癖のある字だったがそれもフィリアの文字だった。
『結婚おめでとう!パレード素敵だったよ!あんまり長いするとお父様達に見つかるから今度改めて感想送るね!』
いつこの国に戻ってきて、どこでパレードを見たのかわからないがあの場にフィリアが居た事が嬉しくて涙が溢れてくる。
手紙を持ったまま泣き出した私をレーヴェが抱き寄せ、手紙が涙で汚れぬよう控えていた侍女へと渡す。
「よかったな」
「うん……うんっ……」
レーヴェの胸で泣いて、そんな私をレーヴェは抱き上げて寝台へと運ぶ。天蓋の閉じられた寝台の上で、レーヴェは私が泣き止むのを待ち続けてくれた。
「落ち着いたか?」
「うん……初めての夜なのにごめんね……」
「構わない。お前が嬉しくて泣いてるならいつまでも待てる」
私の額にレーヴェの口づけが落ちる。甘えたがりなのに、こうして私を甘やかしてくれるレーヴェの行動がこそばゆい。でも、同時に嬉しかった。
「どうする。今日は止めるか?」
「ううん……早くレーヴェのモノになりたい」
その胸にすり寄る様に甘えれば、レーヴェは私の頬を撫で、唇を重ねてきた。
「んっ……」
結婚式でも誓いのキスを交わしたが、それとは比べ物にならないほど私を求めてくるレーヴェにその首へと腕を回し、私も同じように求める。
互いに拙い動きだったかもしれないが、初めての深いキスに私達の気分は盛り上がり、互いの息が荒くなるほどに求めあった。
「ぁ……レーヴェ……」
寝台の上に押し倒され、私はレーヴェを見上げる。その顔は興奮を隠しきれておらず、いつものレーヴェに比べると獰猛そのものだが、それほどまでに求められているのだと思うと胸が高鳴った。
「テレス。俺のテレス」
荒々しくも愛おし気にレーヴェが私を呼び、服を脱がせてくる。私はそれに身を任せ、同じく裸になったレーヴェからの愛撫に身をゆだねた。
「っ……あ、レーヴェっ……レーヴェっ……」
私の肌を、薄い毛並みを撫で、胸と性器を愛撫されるたびに私は愛される喜びを知る。
「あっ……あっ……あぁあっ!」
腹の薄い毛並みに精を吐き出し、私は寝台へと沈む。息は上がり、未知の快楽に戸惑っていたがレーヴェの指が私のアナルに触れたことにより、息を飲んだ。
孕める高魔力持ちとして、教育は受けた。王宮の教師陣からも、それこそ私の先人である母上からも。
ここに伴侶の子種を注げば、低確率ながらも男ながら子を孕める。この薄い腹に、レーヴェの子を宿せるのだ。
「レ、レーヴェっ……早く……♡」
レーヴェとの子供が欲しい。私達の未来を繋ぐだけでなく、愛おしい伴侶との子供が。
「急かすな。お前を傷つけたくない」
「あっ♡や、早く……♡早くぅ♡」
すでに私の胎は出来上がっているというのに、私を傷つけぬためにじっくりと解していくレーヴェの動きに私は堪えきれずに涙を流す。
中に欲しい。レーヴェが欲しいのに……指で与えられる刺激では満たされず、私ははしたなくも腰を揺らし、レーヴェをねだった。
「レーヴェっ♡レーヴェっ♡」
「あと少しだ。頑張れ」
レーヴェが抱えた私の足へと口づけを落とす。その慰めが嬉しいが早くレーヴェで満たされたくて私はレーヴェを呼び続けた。
「レーヴェっ♡レーヴェぇえ♡」
「待たせた」
時間をかけて解され、レーヴェの太い指を三本咥えこめるようになったアナルにレーヴェのペニスが当たる。
それは、指よりもずっと太く、今まで咥えこんでいた三本の指より明らかに質量があった。
「早くっ♡早くっ♡」
待ち望んだレーヴェの雄が私の肉壺に当てられた事が嬉しく、自ら腰を振る。そんな落ち着きのない私の腰を掴み、レーヴェはゆっくりとペニスを私のアナルへと沈めていった。
「あ゛っ♡あぁああああああっ♡」
待ち望んだ太く熱い雄が私の肉壁を押し広げる感覚に私は今までにない快楽へと押し上げられる。
「あっ♡あっ♡レーヴェ♡レーヴェ♡」
「っ……テレス。俺のテレス」
「ひぁあああっ♡」
私の中がレーヴェに慣れ始めると腰を動かし、私の臀部へと腰を打ち付けた。肉と肉がぶつかる音が辺りへと響き、それに合わせて私の嬌声が上がる。
私は何度も絶頂し、精を吐き出せなくなっても絶頂を続け、レーヴェは私のアナルから精が溢れるほどに私へと精を注いだのだった。
「うぅ……穴があったら入りたい……」
初夜を終え、昼頃に目覚めた私は、昨晩の自分への羞恥心で寝台の中に籠っていた。
王家の人間であるため、寝室には常に侍女が控えているにも関わらずあんなにも乱れてしまったのだ。心得は教えられていたけど、恥ずかしいものは恥ずかしすぎる。
「可愛かったけどな」
「うぅ~……」
清められた寝台で毛布を頭まで被っている私に隣に寝転がったレーヴェが機嫌よく呟く。レーヴェからしたらそうかもしれないが、私にとってはその言葉も羞恥心を煽る言葉でしかない。
「……嫌だったか?」
「それはない!」
毛布から顔を出し、レーヴェの言葉を否定したらレーヴェは嬉しそうに笑って私の額にキスを落とした。
「っ!?」
「ようやく顔が見れた。おはよう」
「……おはよう」
レーヴェがあまりにも幸せそうに笑うから私は何も言えなくなって、その腕の中に滑り込む。
「今食事を用意させているから、準備が出来たら食べよう」
「……うん」
私を抱きしめるレーヴェに甘えながら数日間許された蜜月を過ごす。これから王家の者として忙しくなる私達にとって最後になるかもしれないゆっくりとした時間だった。
「……レーヴェ」
「なんだ?」
「……愛してるよ」
私の言葉にレーヴェは虚を突かれたように目を見開き、幸せそうに破顔する。
「俺もだ」
今まで私達が犠牲にしたものは多い。そして、これからも犠牲が出る事があるだろう。それでも、私はレーヴェの伴侶に慣れた事を幸せだと誇れる。そう、レーヴェの笑みを見て思った。
「母上ー!」
「お姉様待ってー!」
私目がけて走ってくる女の子を追って、男の子が駆けてくる。どちらも私とレーヴェの子供だった。
男女の双子である子供達は、女の子がレーヴェと同じライオン獣人で男の子が私と同じハイエナ獣人である。
ハイエナ獣人に対する貴族からの視線は未だ厳しいものもあるが、私や母上の時代に比べたら随分と穏やかになってきている。
私が王家の人間として、貧民への福祉や制度を提案しているからか私の国民からの支持が高く、他国からの使者へも種族を問わず好意的に対応しているからか他国からの評価も高いからだ。
第三王子妃ではあるが、義姉上である王太子妃殿下及び王妃殿下と並ぶ支持と評価は私の地位を貴族に脅かされる事が出来ないほどに押し上げた。
今では、好意的だった貴族だけでなく中立であった貴族までも引き込めたのだから私の成果としては上々といったところだろう。もちろん、ここで止まるつもりはないのだが。
「母上!」
「お母様!」
幼い娘と息子に抱き着かれて、私は倒れないように二人を抱き留めた。どちらも可愛い我が子だが、娘はなぜか妹であるフィリアに似ていて、その行動一つ一つがフィリアを思い出させて冷や冷やさせる。息子は私ほどではないが内向的で、私や母上に似たのか膨大な高魔力持ちであった。
「申し訳ありませんテレス様!テレス様のお姿を見たらお二人とも駆けだしてしまって……」
「いいよ、アルドラ。それより、まだ慣れない?もう何年も経つのに」
「……それは、はい……」
私の言葉にアルドラは耳を伏せる。あの日、私を庇って命を落としかけたアルドラは、私を危険にさらしたとして従者を止めようとしたが、兄上に引き留められ、いつの間にやらその妻の座に収まっていた。私も驚いたが、一番驚いたのはアルドラ自身だろう。
まさかもう一人の兄のように思っていた人物が本当にもう一人の兄になるとは誰が思ったであろうか。
伯爵家の跡継ぎはどうするのかと一悶着あったのだが、一度命の危機に瀕して、私の魔力を受けたアルドラは何の因果か、私よりは低いが高魔力持ちの一人となってしまっていたのだ。
兄上にとってアルドラ幼馴染兼思い人であったようで、アルドラの体質に気づいてからは猛アタックを繰り返したというのだから、あの事件で幸せをつかみ取ったのは私だけではなかったようだ。
今では、三人の子を持つ母であり、義姉上として私の子供達の乳母として王宮へと通ってくれている。私としても幼い頃から気心の知れたアルドラに子供達を任せる事ができるのは何より安心できた。
アルドラに側へ控えてもらいながら子供達と話していたら、レーヴェが一通の手紙を持って私の元に訪れる。
「いつものが届いたぞ」
もちろん、その手紙はフィリアからの物だった。私達のパレードの際、一度国に戻っていたらしいフィリアであったが、父上達はフィリアを捕獲する事ができず、再度出国を許してしまった。
それからは、黒いヒョウのフィリという冒険者が隣国やそのまた隣国で活躍しているのが流れてくるようになり、時折活躍に関した予想もしないお土産まで送られてくるようになったのでそれが楽しみだったりする。
封を開け、手紙を読む。そこには、私が待ち望んでいた事が書かれていた。
「フィリアが帰ってくる!」
「フィリア様が!?」
私の声に喜び驚いたのは、私と同じくフィリアを心配していたアルドラだった。
「フィリア様って母上の妹の?」
「叔母上ー?」
「そうだよ。私の妹が、二人の叔母上が帰ってくるんだ」
首を傾げる子供達にその通りだと頷く。子供達は存在こそ知っているが未だあった事のないフィリアに対して本当にいるのかいつも首を傾げていたから、私の肯定に目を瞬かせていた。
「と言う事は落としたのか」
「みたい。首に縄つけてでも連れて帰ってくるって」
出奔してから数年後、他国で活躍していた他の冒険者に初めて負けたらしく、フィリアはその冒険者を見染め、年単位で追いかけていたがついに恋が実ったらしい。
兄としては、その目をつけられた冒険者には申し訳ないが、フィリアの理想が見つかったのなら嬉しいかぎりだ。
「……テレス。良かったな」
フィリアの手紙を大切にしまう私にレーヴェが微笑む。その笑みは、どこか付き物が落ちたようにも見えた。
「うん……すごく楽しみ」
あの事件以降、一度分かたれてしまった私達だけど、それでもまた共に過ごせる日が来るのだという実感がわき、私は心からの笑みを浮かべる。
私はこの世界で一番の幸せ者だと。
名前はテレス。王族の父上を持ちながらも、王族の資格を持ちえない王族生まれと呼ばれるハイエナ獣人だ。
兄弟の中で唯一母上に似た私は、家の中でこそ可愛がられたが貧民に多いハイエナ獣人である為、王族の血を引いているにもかかわらず社交界では忌み嫌われた。
王族であり、伯爵位を持つ将軍の父上を持っているがゆえに表立って差別される事は無かったが、私の生まれる前、母上が貴族出身の軍人に謂れのない罪を着せられ、行われた拷問により片足を失った事件の際の大粛清にて生まれた遺恨も含め、一部の貴族から私に向けられる視線は冷たいものが多かった。
母上は父上に尽くす事が全てゆえに、自身に向けられる視線を気にすることもなく、私にもアレらは気にする事はないと言ったが私は母上ほどの心の強さもなく、ただただ自身に向けられる視線が恐ろしかった。
「お兄様!新しいドレスが届いたの!」
部屋のバルコニーで本を読んでいたら、部屋を訪ねてきた妹のフィリアが嬉しそうに新しいドレスを見せてくる。次の社交界に向けて注文していたものだろう。
「似合っているよフィリア」
本を閉じ、感想を述べればフィリアは嬉しそうに笑みを浮かべる。それは家族や親族にしか見せないものだ。普段は勇ましい……凛々しい……たく……美しい子だが、そうやって笑うと年相応に幼く可愛らしく見えた。
成人したばかりの私より三つ下のフィリアは、柔らかな黄色い毛並みの美しいライオン獣人だ。ハイエナ獣人の母の血が入っていようともこの国の王族としての特徴を持っているがゆえに王位継承権も与えられている為、幼い頃から婚約の申し込みが絶えない。
だが、我が家の方針は自由恋愛推奨の為、全ての釣書は父上の手により破棄されている。
王家からの婚約すら断ったと聞いた時は少しばかり不安になったが、フィリアもフィリアで「わたくしを倒し、兄上とお父様とお母様を倒せた人に嫁ぎたいです!」と、幼い頃から言うような令嬢なので恐らく結婚は遠いだろう。
ただ、フィリアの出している条件の中に私が入っていないのが悲しい……だが、残念ながら私は武力はからっきしだし、母上に似て魔力は多くとも人を傷つける事を恐れ、僅かな血を見ただけでも卒倒するのでフィリアにとっては守るべき対象に入ってしまっている為、抗議の声を上げる事もできない。
現に「お兄様の伴侶は最低限でもわたくしを倒せる人でないと安心して任せる事ができません!」と、言われる始末である。果たして同年代でフィリアに勝てる人間がいるのだろうか……。だが、社交界で忌み嫌われている私に求婚相手など来るわけないのだからフィリアが拳を振るう事はないだろう。
「ねぇ、お兄様は本当に行かないの?」
「うん、私はもういいよ」
去年までは社交界の夜会にも渋々出ていたがいい加減疲れたのだ。伯爵家次男であり、他家との縁繋ぎの役割がある私ではあるが、この容姿ゆえに婿としても嫁としても需要はない。
母上に似てたぐいまれなる魔力を持っているがゆえに男の体でありながらも妊娠する事が可能なのだが……これも宝の持ち腐れのようなものだ。
母上の様に戦う事が出来ればよかったものの、血を見ただけで卒倒する私である。攻撃魔法も恐ろしくて使えず、回復魔法も傷を見る事ができないのであれば使う事ができない。
こんなお荷物としか言いようのない私だが、家族は愛してくれているし、書類仕事は得意なので父上の秘書として働かせてもらっている。それが婚約者も見つからない私の精一杯の恩返しだった。
「お兄様と踊るの楽しみにしてたのに」
「ごめんねフィリア」
社交を諦めきった私の言葉にフィリアが悲しそうに耳を伏せる。今年が社交界デビューのフィリアは幼い頃から私にエスコートしてほしいと願っていた。
だが、私がパーティーの参加を止めると決めたのでフィリアのエスコートは兄上へと頼む事となった。フィリアとは少し歳の離れた兄上だが兄弟仲は悪くない。フィリアも納得してくれたのだがこうして落ち込まれると少しばかり心苦しかった。
だが、私のようなハイエナ獣人がエスコートするよりは、同じライオン獣人の兄上がエスコートする方がフィリアの虫よけにもなるだろう。
「私はフィリアの土産話を楽しみに待っているよ。楽しんでおいで」
「もう……お兄様ったら」
呆れたように眉を下げるフィリアに申し訳なく思いながら、私はフィリアとの会話を続けたのであった。
「昨日の夜会にはなぜ来なかった」
夜会を欠席した翌日。私に客が来た。どこか怒りを滲ませているそのお方はこの国の第三王子レーヴェ殿下である。
お婆様が先王の妹だった為、一つ下の又従弟に当たるのだが王族としての席を持たない私からすれば幼い頃に遊んだ事があるとはいえここ数年は縁遠い人である。
ゆえになぜレーヴェ殿下がこのように怒りを滲ませ、先触れを出してまで私に会いに来たのか理解できずに困惑していた。
「なぜと……いいましても……」
社交界に疲れたと正直に言ってしまっていいものか悩み、言いよどんだ私にレーヴェ殿下は眉間のシワを深める。その形相たるや気の弱い小型獣人が見たら威圧感で卒倒しそうな険しさだ。
父や兄がライオン獣人であるゆえに見慣れてはいるが、一つ下とは言え王子。継承権は父や兄、妹より高い方の威圧は小心者にとって辛い。
「正直に話せ」
「その……疲れました……」
有無を言わせない言葉に冷や汗をかきながらも正直に話す。
「私は、父の血を引いていますがハイエナ獣人です……母の様に強くもありません。私を見る人の視線が怖いのです」
幼い頃。親族の集まる場でその様な視線に会う事は無かった。皆王族にもかかわらず、母には好意的で、母に似た私もどちらかと言えば可愛がられていた。
可愛がられる理由が王族からすれば、同じ王族の子は自身の子でも王族の在り方を教え込まれるのせいでどこか可愛げがなく、王族生まれの子は純粋で守るべき対象として愛らしいと言う事らしい。最初に聞いた時は落ち込んだが純粋な好意ではあったし、その分甘やかされた自覚もあるので私のような気楽な方は私のような王族生まれなのだと思う。
しかし、親族から可愛がられた結果、社交界での他の貴族からの視線に耐えきれなかった私はあまりにも弱すぎた。ハイエナ獣人というのもあって他の王族生まれの親族以上に蔑んだ視線に晒されたのもあるが、それらの視線は甘やかされてきた私からすれば実に恐ろしく、心を消耗させるのに十分だったのだ。
「なるほど……そうか」
考えるように顎に手を当てるレーヴェ殿下。一つ下なのに私よりしっかりした体格と豊かな鬣が王子としての風格を増し、悩むその姿すら絵になる。
「ならば、隣にお前を支えるものが居ればどうだ」
「……支える?」
しばらく沈黙を続けていたレーヴェ殿下から告げられた言葉が理解できず、聞き返してしまう。すると、レーヴェ殿下は思いがけない言葉を告げたのだった。
「私の婚約者にならないか」
あの日、予想外の言葉を告げられた私は、理解できる情報量を超え……倒れた。我ながら小心者すぎると思うのだが、ただでさえ貴族からの視線が怖いのにレーヴェ殿下の婚約者になってしまったりしたらそれ以上の視線に晒される可能性を想像してその恐ろしさに耐えきれなかったのだ。
私が倒れた後に殿下の対応をしてくれた兄上から改めて話を聞いたが、王家からの婚約の申し込みは全部私に対してレーヴェ殿下から申し込まれたものだったらしい。
「王家からの婚約は、フィリアへのものではなかったのですか……」
「フィリアに対してだったら俺も父上も了承している。お前に対してのものだったから断っていたのだ」
父や兄は私の性格を知っているから、レーヴェ殿下が王家に残るにしても臣下に下るとしてもその伴侶として努めるのは無理だろうと断っていたらしい。
だが、レーヴェ殿下の私への想いは父上や兄上の想像以上に強かったらしく、私が社交界への参加を諦め、婚約者を探すこともやめてしまった為、直接私へと申し出にきたと言う事だった。
「どうしたら良いのでしょう……私には無理です……」
「わかっている。だが、殿下も本気のようだ。まったく……どうしてここまで気に入られたものか……」
ため息を吐く兄上だがそんなの私にもわからない。幼い頃は王家含めた親族の集まりで遊んでいたがレーヴェ殿下との関わりはそれくらいだ。兄上やフィリアは王族としての付き合いがあるはずだが私はこのような性格であるし、王族でもないから段々と疎遠になっていたはずなのに……婚約者だなんて……。
「明日、見舞いに来たいと言われたが、お前の事を考えて断ってある」
見舞いと聞いて思わず青ざめたが、断ったと聞いてホッとする。レーヴェ殿下の事は仕えるべき存在だとは思っているが、正直今顔を合わせたら敬意を持った対応など出来る気がしない。なんなら婚約を申し込まれ倒れると言う不敬をやったばかりなのだから。
「だが、見舞いの品と手紙を贈ると言われた。見舞いを断った手前、それも断るわけにもいかなかったから落ち着いたら返事を返すように」
「それは……わかっています」
倒れた手前何を書かれているのか不安になるが、見舞いの品と手紙をもらったのに返さないのは不義理だ。書かれている内容によっては返事を書くのに時間がかかりそうだができるかぎり早めに返せるように頑張ろう。
翌日、レーヴェ殿下から来た見舞いの品は私の好きな焼き菓子で、手紙は私の体調を心配する物だった。婚約についても書かれておらず、おそらく倒れた私に配慮した手紙なのだろうと察する。
「……返信は、体調が回復してからでいい。また後日、手紙を送る……か」
この文面からすると、私が返信せずともまたレーヴェ殿下から手紙が送られてくるのだろう。私を気遣う言葉の書かれた手紙は嘘には思えず、本当に好意を持たれている事がわかる。
なぜ、こんなにも気に入られているのだろう。私など、レーヴェ殿下に相応しいわけないのに。
幼い頃、木陰で本を読んでいた私に自分にもわかる様に読み上げてほしいと笑いかけてきた姿が脳裏に浮かぶ。
あの頃は、楽しかった。周りに親族しかおらず、悪意のない優しい世界で生きていた。
この国の王族は群れを尊ぶ。国はもちろんだが、王家と王族。それに連なる王族ではない子供達も他家の貴族に嫁いでからも優遇される。
身内ばかりを守る姿に貴族から反感が湧くこともあるが、それでも内政は善行を敷いているから平民からの支持は高い。
家族は言う。民に支えられ、王家に守られている事を忘れているがゆえに堕落するのだと。
事実、悪行を重ねる貴族は処罰され、悪行とはいかずとも行いの悪い貴族は王家からの縁が遠くなる。
それゆえ、王家から見切りを付けられた貴族は、王家に連なる弱い者を標的にするのだ。それが王家の王族の怒りに触れると知りながらも。
自分達より下だと思っている者が上に立っていると思うと敵意が増す。私の外見は最下層にあたる容姿だから尚更だろう。
初めてあの視線に晒された時は訳も分からず怯え、理由を理解してからも怯え続けた。
私の隣にレーヴェ殿下が居たら?おそらく、今以上に視線は強まる事だろう。
その事を考えるだけで血の気が引く。きっと、レーヴェ殿下が支えてくださったとしても私は膝をつくだろう。
そんなことになれば、私だけでなくレーヴェ殿下の失態にもなる。レーヴェ殿下からの好意は嬉しい。だが、その隣に立つのは私ではない。
あの方の、輝かしい生に……私という汚点などいらないのだから。
最初に手紙を貰ってから一週間が経った。その間にレーヴェ殿下から届いた手紙は二通。どれも私を気遣う手紙で、共に届く見舞いの品はどれも私が幼い頃から好きなものだった。
幼い頃に共に過ごしたことを覚えていらっしゃる事が嬉しく、それと同時にその思いに答えられない事が苦しい。
断りの手紙を出すべきだとは思う。だけど、返事を書こうとしてもペンを取る事ができない。ペンを持てたとしても、便箋にはのたくった線が伸びるだけだった。
父上や兄上が伯爵家として断ろうかと言ってくれるが、王家としてではなく、レーヴェ殿下個人として伝えてくれたものを家族に断ってもらうわけにもいかない。
返事を返さなかったからか、三つ目の手紙には返事はいつでもいいと書かれていた。それこそ、私の心が決まるまで待つと。
それが承諾でも拒絶でも構わないという文字は、レーヴェ殿下の優しさなのだろう。
それに甘えている自分が嫌になるが、許してもらえるのならもう少しだけこの幸せな時間に浸らせてほしかった。
「テレス。来週に行われる夜会は参加するように」
手紙が届いてから二週間。夕食の席で軍の仕事を終えて帰ってきた父上にそう告げられる。
「っ……それは、必ずですか……」
「王都にいる未婚約の令嬢令息は必ずとの事だ。王子殿下と王女殿下の婚約者探しだろう。お前にその気がないのであれば陛下と殿下方に挨拶した後であれば、帰っても構わない」
父上の言葉に頭の中が白くなった。王家には結婚適齢期の王子殿下と王女殿下が数名いる。それはもちろん、私に婚約を申し込んだレーヴェ殿下も含まれていた。
「お前が未だにレーヴェ殿下への返事を決めかねているのも知っている。かの方もお前の返事を待っている間は夜会に参加するつもりはなかったようだが……それが許される身分ではない。今週のうちに返事を書くか……夜会で答えるか……お前自身が決めなさい」
「……はい」
父上の落ち着いた言葉が心に重く沈む。そう、あの方は私が煩わせていい人ではない。
王族の中でも最も尊い王家の王子。本来であれは、王族の中から伴侶を選ぶべき人なのだ。
この国の王家は王太子に跡継ぎが生まれない限り、第二王子以下も王族を伴侶とする。今回レーヴェ殿下が私に婚約を申し込んだのは、今年王太子殿下に跡継ぎとなる王子殿下がお生まれになったからに他ならない。
跡継ぎが生まれた場合のみ、王位継承権のない王族生まれや貴族との婚姻が可能だった。
だから、本当は私などに声がかかるはずなどなかった。なかったのだ。
そう思うと、途端に悲しくなる。自分でも理解できないが、本来は婚約すら申し込まれることがなかったと思うと、途端に惜しくなった。
それが浅ましくて、嫌になって、涙が零れる。身を引こうと思っていたはずなのに、あの方が私以外の誰かを伴侶に迎える事を想像して、それがただただ悲しかった。
私が王族であれば……あの方の恥になることなく隣に立つことができただろうに。
涙をこぼし始めた私に、父上も兄上も焦ったように声をかけてくるが耳から耳へと通り抜けていくだけで聞き取ることはできない。
「レオン、トール……落ち着け」
落ち着いた母上の声が食堂に響く。
「お前達は食事を続けろ。テレス、おいで」
食事の席を立った母上に手を引かれ、その後をついていく。成人してるにもかかわらず幼子の様に泣く私に声をかける事もなく、母上は廊下を進み、母上の自室へと招かれた。
そして、扉が閉まると同時に母上に抱きしめられる。
「王族として産んでやれなくて悪かった」
母上からこぼれた言葉に、言葉を失う。気づかれていた。だが、母上にそんな言葉を言わせるつもりはなかった。貴族の視線は怖かったが、愛され、甘やかされているのは理解していた。していたはずなのに……。
「ちがっ……わたしが、ぼくが弱いから……」
王族の父を持つハイエナ獣人としてあの方の隣に立つ覚悟があれば……。
「すみません、母上……ごめんなさい、ごめんなさい……」
母上に言わせてはいけない言葉を言わせたことを後悔して、泣きながら謝り続ける。そんな私を母上は何も言わずに抱きしめ続けていてくれた。
「……母上の様に、強くあれればよかったのに」
ひとしきり泣いて、落ち着いてきた私を椅子に座らせ、外で待機していたメイドに頼んだ紅茶を母上自ら入れてくれる。それを飲みながら呟いた私に母上は困ったように笑った。
「別に俺も強いわけじゃねぇよ。ただ、レオンの隣に相応しくあるよう努力しただけだ」
私の正面に座った母上が紅茶を飲みながら言葉を零す。
「だから、結婚する前に貴族からの暴行で足を失った時は心が折れそうになったし、お前達が生まれてからも正直社交界はあんまり好きじゃない」
あまり弱さを見せない母上が見せた弱さに言葉が詰まる。例え父上に尽くすと誓っても貧民街生まれの母上が受けた仕打ちや向けられた視線は私以上の物だったはずだ。
それなのにこんな恵まれた環境に生まれ、甘やかされるままに享受していた自分が情けなくて止まっていた涙がまた零れ始めた。
「あー、もう!泣くな泣くな!俺が苦労したから、お前を甘やかして育てた自覚は俺にもレオンにもあるけどよ。王族じゃないからそれにとらわれず自由に生きてほしいとも思ってたんだ」
母上の指に涙を拭われ、頬を撫でられる。数年前、魔獣から父上を庇って失った右手の代わりにつけられた魔導義手は金属特有の冷たさがありながらもどこか暖かかった。
「俺は生まれで苦労したし、理不尽な目にもあった。それでもレオンの隣に居れるのなら俺は全てを差し出してでも隣に居たいと思った。そこに後悔はない。お前達にも恵まれたしな」
そう言って笑う母上の笑みは幸せそうで、足を失っても、腕を失っても、父上の側に入れる事が何よりの幸福なのだと言っているようだった。
「お前がレーヴェ殿下の隣に立ちたいと思うのなら……諦めて泣くんじゃなくて、ちょっとだけでも頑張ってみねぇか?」
母上の言葉は今まで諦める事ばかり考えていた私にほんの僅かではあるが、確かな勇気を湧き上がらせる。
頑張る……。レーヴェ殿下の隣に立つために。
貴族の……心無い視線に、私を疎む視線に晒されるのは怖い。でも、それに堪え切れねば、レーヴェ殿下の伴侶には足りえない。
「……一度、レーヴェ殿下と話してみます」
こんな私でも本当に伴侶として選んでもらえるのかを知る為に。
母上と話した翌日。早朝に王宮へと届けてもらった返事は昼前に先触れとなって届き、その日のお茶の時間にレーヴェ殿下が我が家へと来訪された。
この前来訪された時もそうだったが、あまりにも行動が早すぎて私の心の準備が追い付かない。でも、私が手紙を出したその日に訪ねてきてくれたのが嬉しいと思ってしまった。
玄関でレーヴェ殿下を迎え、客室へと私自ら案内する。迎えた際の挨拶以外、互いに言葉はなく、向かい合って座ったレーヴェ殿下は私の言葉を待つように私を見つめていた。
「……先日は、申し訳ありませんでした」
「気にしなくて構わない。最悪ああなるだろうとは思っていた」
自分の弱さを把握されていた事に不甲斐なくなるが、困ったようなレーヴェ殿下の瞳には愛おしい者を見るような暖かさを感じる。
その暖かで優しい視線に私は背中を押されるように口を開いた。
「……その、以前頂いた婚約の話ですが……本当に私でもよろしいのでしょうか……」
「もちろんだ。お前には酷な事を願っていると思っている。だが、どうか俺と共に歩んでほしい。俺の手を取ってはくれないだろうかテレス」
立ち上がり、私の隣へと足を進めたレーヴェ殿下が床に膝を着き、私へと手を差し出す。
レーヴェ殿下が膝を着いた事に恐れ多いと驚きながらも、私を見上げる視線は許しを乞うかのように揺れていた。
「……このような私ですが、あなたと共に歩ませてください」
震えた声と覚悟を共に差し出された手を重ねる。
「テレス……!」
「わっ……!?」
手を取った私にレーヴェ殿下が嬉しそうに笑みを浮かべ、立ち上がったレーヴェ殿下に手を引かれるように抱き締められた。
幼い頃、同じくらいの身長だったレーヴェ殿下は、私よりずっと大きく、頭一つ以上の差がある。
だけど、私を抱き締めて喉を鳴らすレーヴェ殿下は幼い頃に私へ甘えて抱きついてきた時と変わっていないように思えた。
レーヴェ殿下……レーヴェ様からの求婚を受け入れた私は、その翌日から王子妃として相応しくある為の教育が始まった。
最初の目標は、来週の夜会にてレーヴェ様にエスコートされながら入場し、貴族から向けられる視線に怯えずに婚約者として王家の控える壇上に共に上がり、婚約者として発表された後、レーヴェ様とダンスを踊ることである。
正直想像しただけで倒れてしまいそうだが、レーヴェ様と共に歩むと覚悟を決めた手前、そんな甘えた事を言ってられる状態ではない。
元王女であったお婆様にお願いして、王家にふさわしい振る舞いを叩き込んでもらう。
王族ではなくても、王族生まれの伯爵家育ち。上位貴族及び王族としての礼儀は物心着いた時から教え込まれてはいるが、いかんせん私は小心者すぎる。
いずれ王子妃として王家入りするのだから、恐れや怯えなど見せてはいけない。レーヴェ様が共に立ってくださるとしても、レーヴェ様に守られるだけでは王子妃としてふさわしくない。
王子妃として、レーヴェ様にふさわしい伴侶として、この怯える心をマナーと虚勢で武装する。
それがつけ刃であっても、続けていればいずれは本物になる。そう言ったお婆様の言葉を信じ、優しくも厳しいお婆様からの指導を受け続けた。
「大丈夫か?」
夜会当日。迎えに来ていただいたレーヴェ様に問われる。会場である王宮に向かう馬車の中、震える私の手を優しく包んで微笑むレーヴェ様にほんの少しだけ体から力が抜けた。
「……はい。レーヴェ様が側にいてくださいますから」
大丈夫。この日の為にお婆様から厳しく指導を受けた。それ以外にも王族でないからと伯爵家での教育に手を抜いたこともない。ハイエナ獣人としての劣等感は拭えないが、それでも父上の子供として、伯爵家のものとして、相応しくあるように努めてきた。
私がどれだけ臆病者であってもその事実は変わらない。それに、レーヴェ様も隣にいる。この方の隣に立つためであれば、その恐怖心も私がレーヴェ様の隣に立つ礎にしよう。
「そうか……お披露目が終われば、下がっていいと陛下からも許可は頂いている。それまでは共に頑張るぞ」
そう言って私を励ましてくださるのが嬉しくて、思わず表情がほころぶ。
「そうやって笑っていれば貴族共も何も言えんだろう。お前が私の唯一だと言う事を見せつけてやろう」
「はい」
私の笑みを見たレーヴェ様が嬉しそうに告げ、私も新たに微笑み返したのだった。
王宮にある離宮に馬車が到着した。身分によって入場する順番が後になる為、私とレーヴェ様はほぼ最後の入場だ。
「レグルス王家レーヴェ殿下及び、デネボラ伯爵家テレス様ご入場です」
開かれた扉の先、レーヴェ殿下の名前と共に私の名前が呼び上げられたことに会場がざわめく。
表情には出さずともレーヴェ殿下の隣に立つ私に信じられないものを見るような視線を向け、ご夫人やご令嬢は私に向ける視線をごまかす様に扇で顔を隠した。
「テレス」
視線の数に臆しそうになった私をレーヴェ殿下が呼ぶ。それだけでこの視線に立ち向かう勇気が湧いてきた。
「はい、レーヴェ様」
お婆様に教えられた王族としての笑みにレーヴェ様が愛おしいという気持ちを乗せて微笑む。それを見たレーヴェ様も同じように微笑み返してくださり、私はレーヴェ様に連れられて会場内を進み壇上の側まで進んだ。
待機場所として指定されたこの位置より前に人はおらず、私達の横に並ぶ者もいない。そして、次に入場するのは王家の方々のみだった。
王家の入場が告げられ、国王陛下を先頭に王家の方々が会場入りされる。壇上に立つその姿は王族としてもより上位であると知らしめるほどの威厳があった。
そして、私も……この日、今日からその地位に並ぶことになるのだ。
「レーヴェ、テレス。壇上へ」
陛下が開場の宣言をし、レーヴェ様と私を呼ぶ。足がすくみそうになるが、私の手を取るレーヴェ様が励ますように手を握ってくださる。大丈夫。そう言われた気がした。
会場中の視線が集まる中、励まされた事に言葉を返すわけにもいかないので、レーヴェ様の手を握り返し、歩き出したレーヴェ様について私も壇上への階段へと上った。
「っ……!」
階段を登り切り、陛下の横にレーヴェ様と並べば全ての視線と向き合う事になり息を飲む。それでも崩れ落ちず、微笑みを崩すこともなかったのは、お婆様からの教育の賜物であった。
「この度、第三王子レーヴェとデネボラ家子息のテレスが婚約する事となった。婚姻はテレスの王子妃教育終了次第となるが、今宵より王家の一員として扱う」
陛下の宣言に会場のざわめきは大きくなり、私に向けられる視線も鋭くなる。それでも笑顔を張り付け、婚約者としての宣誓をこなし、各貴族が陛下に謁見している最中もレーヴェ様の隣に立つに相応しいふるまい続けた。
そして、レーヴェ様とのファーストダンスが命じられる。
「テレス」
「はい、レーヴェ様」
レーヴェ様に導かれるまま壇上を降り、開かれた会場内の中心で私達は向き合う。
互いに見つめあい、体を重ね、奏でられる曲のままに踊る。大柄なレーヴェ様と小柄な私では、私が振り回されているように見えるかもしれないがレーヴェ様のリードは私が踊りやすいように導いてくれて心から楽しく踊ることができた。それこそ、貴族の視線が気にならないほどに。
ダンスを終え、レーヴェ様目当ての令嬢令息が集まる前に壇上へ戻る。例え陛下からの発表があっても、ハイエナ獣人である私からレーヴェ様の婚約者の座を奪おうとする者は数多くいるのだ。
壇上でもダンス中でも私を睨む視線は多く、私を疎んでいる事がわかる。一人だけならきっと以前のように倒れていた事だろう。
「疲れたか?」
「……少し。でも、レーヴェ様と踊れて嬉しかったです」
私を気遣うレーヴェ様へと笑みを返せば、レーヴェ様も嬉しそうに笑った。
「俺もだ。お披露目は終わった。父上に許可をもらって退場しよう」
レーヴェ様に連れられて陛下の元へと向かう。陛下は、私達のダンスが美しかったのを褒めてくださり、早めの退場を許してくださった。
レーヴェ様と共にお礼を申し上げ、壇上の裏から退場する。そのまま王家専用の出入口から馬車へと乗り込み、体の力が抜けた。
「っ……大丈夫か!」
「はい……」
私を支えるレーヴェ様の言葉に小さく頷く。ずっと気を張っていたから気づかなかったが私の心は随分と限界を迎えていたようだ。
「……無理をさせたな」
「いいえ……選んだのは私ですから」
レーヴェ様の肩に頭を預け、たくましい腕に腕を絡める。それだけでずっと落ち着くような気がした。
「よく耐えた。お前を望んだ者として嬉しく思う」
レーヴェ様の手が私の頭を撫でる。それが心地よくて、段々と瞼が重くなっていった。
「伯爵家にはちゃんと送り届けるから眠って構わない。……本当は、俺の離宮へ連れ去りたいくらいだがな」
最後にレーヴェ様が何を言ったかまでは聞き取れなかったが、隣にいる安心できる存在に私は穏やかな眠りへと落ちていったのだった。
レーヴェ様の婚約者となってからの日々は忙しかった。夜会の翌日は寝込んでしまったが、体調が回復してからは陛下から私の教育係として正式に任命されたお婆様と王妃様、そして王太子妃様に王家として王子妃としての心得や公務について習う事になったからだ。
もちろんそれ以外にも王族として教育係や外交を努めている方から他国との外交の為に他国の言語や文化等も習う。ただ、この辺りは元より本を読むことが好きだったのもあり、下地が出来ていたので早々に合格点が出た。
「知識や教育面では正直他の王家の子や王族の子よりあなたの方が秀でているのよ」
そう言ったのは、教育中の休憩兼、茶会でのマナーを身に着ける為に設けられたお茶の時間で席を共にした王妃様だった。
「……そうなのですか?」
「うちの国の王族って武闘派でしょう?爵位を継ぐ嫡子以外は軍に所属するし……嫡子でも軍にいく子までいるし……国防を考えたら魔力が多く武術に長けた王族が軍に所属するのは理想ではあるのだけど……元々内政の得意な子は少ないのよね……陛下だって息抜きと言っては軍に顔を出すし」
疲れたような顔をする王妃様は、我が家とは別の公爵家に連なる侯爵家の出で、その家は今代の宰相を努めるほど内政に長けた家だった。
その為、外向きには陛下を立て、民に優しい自愛の王妃と言われているほどに国母としても素晴らしい方で、内向きには王家の頭脳として陛下含め王家を取りまとめている女傑である。
王族として、王家を支える為に教育され、その矜持を貫き務める姿は将来の義母としても憧れる存在だった。
幼い頃親族でのお茶会に参加した時も優しくしていただいたが、レーヴェ様との婚約が決まり、私の王族入りが決まったのを一番王家として喜んでくれたのも王妃様である。
今代の王家は皆武術派であり、一定の教育は身に着けているが学力を得意とする方はいらっしゃらないのだ。その為、王太子妃様も宰相補佐兼次期宰相候補をされている王族の家の出の方であるし、他の殿下方の婚約者も知識や外交に秀でた子息令嬢を優先するつもりだと王妃様が呟く。
「その中でもあなたは一番秀でていたの。子供が孕めるほどの高魔力持ちで、学ぶ意欲も強い。内向的な性格でさえなければ王家に迎え入れるのにと何度も思ったものよ……だから、レーヴェがあなたに婚約を受け入れてもらえたと報告を受けた時は柄にもなく声を上げたの。よくやったわ!って」
嬉しそうに笑みを浮かべる王妃様の表情は国母として国を思う笑顔であると同時に心から私の事を喜んでくださっている笑みだ。
まさか、そこまで気に入られているとは思ってもいなくてどこか落ち着かない。だが、ハイエナ獣人である私に王族生まれ以外の価値は無いと思っていたが、王妃様はそれ以外にも私に目をかけてくださっていたというのが嬉しかった。
「婚約者としても、王子妃になっても辛い事はあると思うけど、どうかあの子をお願いね。想いあうあなた達ならきっと大丈夫よ」
「はい」
穏やかに微笑む王妃様。その笑顔は子を思う母親そのもので、この方が国母であると同時にレーヴェ様の幸せを願う母親でもあるのだと改めて気づいたのだった。
レーヴェ様との婚約から半年。相変わらず私は忙しい日々を送っていた。最初の一ヵ月は私に負担をかけないすぎないように配慮され、王家での教育がメインであったがそれ以降は親族である王族内でのお茶会や夜会にレーヴェ様と参加するようになり、三ヵ月目からは王家の信頼がおける貴族への茶会に参加するようになった為だ。
今の所私に害意を持っているだろう貴族が主催する茶会や夜会については王家の名を借りて断っている。
中には実家である伯爵家より爵位が上の侯爵家などもあるが、王家の命とあるならば相手も強くは出れない。ただ、このままだと反感を買うのではと心配になったが、王家に従えぬ貴族に与える情は無いと陛下及びレーヴェ様から返答された。
こうやってきっぱり切り捨てる所が王家の者として正しい姿なのだろうが、根が小心者の私にとっては胃が痛い。私に対する害意が王家に向くのではと思うと気が気でなかった。
私に対する害意が王家に向かうのではないかと不安になりながらも日々は過ぎていく。
今日もいつものように王家からの迎えの馬車に乗って屋敷から王宮へと向かう。馬車に乗るのは私と私の従者の二人で、馬車を操る御者が一人。そして王家の紋章を持つ馬車を囲むように馬に乗った護衛の兵士が四人。
なにもおかしくない、いつもの布陣。だけど、馬車がいつもと違う道へと曲がったことにより、私と従者は異変に気づいた。
「どこにっ……!どこに向かっている!馬車を止めろ!」
従者が御者台にいる御者へと連絡用の窓から声をかけるが反応が返ってくることがない。普段であれば、口調こそ軽いが職務に忠実な真面目な青年にもかかわらず。
何もしゃべらない御者に普段の彼とは違う雰囲気を感じた。どこか切羽詰まったような追い詰められたような雰囲気を。
青ざめながらも私は現状を把握するために馬車の窓から外を見た。御者はいつもの人物だったが、護衛の兵士は今まで見た事のない人物もいる。護衛の兵士は変わることがあるから気づかなかった自分の迂闊さを後悔した。
……きっと、私に向けられていた悪意が牙をむいたのだ。この兵士達がどのような者かまではわからないが御者の彼は私に巻き込まれた被害者だろう。彼は王家からの覚えもいい貴族の出身だったのだから。
「ドアは……!っ、開かない……!」
従者がどうにか逃げられないかとドアへ手を伸ばすも外からしか開かないように細工されているのか開ける事ができない。その事に、これが計画的な犯行であると察して私は自分の体を抱きしめた。
「テレス様……っ!大丈夫、大丈夫です。私が命に代えてもお守りします」
父上が伯爵家を興した時に公爵家からついてきた従者の一族であるイヌ獣人のアルドラがそう告げる。私にとってはもう一人の兄のような彼が犠牲になるなど考えたくもなく、震えながらも考えをめぐらさせた。
どうしたらいい……どうすればいい……。王都を走る馬車。王家の家紋が目立つから目撃者は多いだろうが私達が害されるまでに助けが来るとは限らない。
目的はなんだ……私を汚す事か、それとも命のそのものか……。恐怖に体が震える。でも、意識を失うわけにはいかない。この身を、命を、守るために。
私が怯えている間にも馬車は進み、人気のない裏通りで止まる。こんなところに王家の馬車が止まっている事などありえないが、人払いまでされているのか辺りはしんと静まっていた。
「よう、デネボラ家の坊ちゃん。大人しく出てきてもらおうか」
今まで開かなかったドアが開き、兵士の格好をしたオオカミ獣人の男が私達へ……私を庇うアルドラへと剣を突き付ける。怖い。怖くて喉がひきつった。
「だんまりか?言う事が聞けねぇならまずはこのイヌを殺してみようか」
「っ……!降りる!降りたらいいんだろう!」
「テレス様!聞いてはなりませ……っ!」
オオカミ獣人の言葉に降りると返した私にアルドラが制止の声を上げる。だけど、彼は最後まで言葉を告げる事はできなかった。
「かはっ……」
「ひっ……あぁああああああっ」
アルドラの胸から生える刃。無情にも、しかし淡々と行われた行為に私は悲鳴を上げた。
「大人しくついてこれば、坊ちゃんと一緒にもう少し生かしてやったんだがなぁ」
「アルドラ……っ、アルドラ……!」
従者……アルドラの体から剣を抜き、つまらなさそうに告げるオオカミ獣人。私はそちらに意識を向ける事も出来ずに、倒れてきたアルドラを受け止め、名前を呼ぶ。だけど、流れる血は止まらず、アルドラは苦悶の表情を浮かべたまま呼吸が弱くなっていった。
このままではアルドラが死んでしまう。そう思った私は、今まで座学で習っただけでしかない治療魔法を使う。私の手を赤く染める血に気を失いそうになりながらもその命を繋ぐために堪えた。
「なんだ、生かしちまったのか……面倒くせぇなぁ……」
オオカミ獣人が血の止まったアルドラを見て面倒くさそうに呟く。
「ここに残しておいても俺達の足がつく。また、斬ってもいいが……坊ちゃんに言う事を聞かせるには役に立ちそうだから連れていくか……」
しばらく私とアルドラを見ていた男は剣をしまうとアルドラを無造作に抱え、私の腕を掴む。
「ぁ……い、いや……」
「この犬を殺したくねぇんだろう?ならわかっているな」
恐怖に身の竦む私に言い聞かせるように抱えたアルドラを揺らす男。怯え切った私にそれ以上の抵抗ができるはずもなく、用意されていた別の馬車へと連れ込まれたのだった。
「っ……!」
「しばらくここで大人しくしてろ」
馬車で連れ去られた先……どこかくたびれた廃墟のような館の一室に私とアルドラは閉じ込められる。地下室であるそこは窓もなく、空気は湿っているのに埃っぽさがあった。
逃げる事の出来ない場所に意識のない……なんとか一命を取り留めたアルドラと二人きり。
だれの指示かわからないが、次に誰かが訪れたら私もアルドラも命がないかもしれない恐怖に怯える。意識のないアルドラもアルドラの血に染まった手も、服も、私を怯えさせるには十分だった。
「レーヴェさま……父上、母上……助けて……」
辛い目に立ち向かう覚悟はしていた。命を脅かされる可能性だって告げられていた。それでもなお、一人敵地で囚われる恐怖に打ち勝つことはできなかった。
ぽとり、ぽとりと涙が溢れる。音がないこの部屋が怖い。いつ、扉の向こうから足音が響くかわからない。
意識を失えたら……でも、そうなってしまったら私は抵抗する事もなく殺されるだろう。それこそ、一命をとりとめたアルドラをも巻き込んで。
微かな呼吸のまま意識のないアルドラを見る。彼を生かせるのは私しかいない。そして、私が生きる為に立ち向かえるのも私しかいない。
そう、私しかいないのだ。
小柄で武術も出来ない。臆病者で敵に攻撃魔法を放つこともできない。でも、血を流すアルドラに気を失うことなく、その命を助ける事ができた。
命をつなぎとめるほどの治療魔法は、魔力の消費も激しく膨大な魔力がなければ扱う事ができない。だけど、今の私は怯えこそすれ、魔力にはまだ余裕があった。
この場所は、逃げる事も出来ないが、外から侵入する事もできない。ならば、籠城するのにも向いている。
血で汚れた手で涙を拭う。私だけではここからアルドラを連れて逃げる事はできない。だが、助けが来るまで籠城する事はできるかもしれない。いや、してみせる。
助けは来る。恐怖に怯えながらも、レーヴェ様を、そして家族を信じて、私はこの部屋全体へと結界魔法を張り巡らせた。
「開けろ!おい、聞こえてるのか!」
扉の外がずっと騒がしい。荒々しく扉を叩く音や声的にあのオオカミ獣人だろう。結界魔法によって防がれた扉。開ける事が出来ない事に気づいた男達が騒がしくなったのは、いつの頃からだっただろうか。
まだ一日も経っていないが、扉が、結界が、破られないように集中し続けているからずっとずっと……長い時間のように感じられた。
扉の向こうで言い争う声が聞こえる。オオカミ獣人の声と知らない女の声だ。
「あれを捕まえたと聞いたのに、籠城されたら意味がないじゃない!この役立たず!身の程をわきまえないハイエナに相応しい扱いをしたかったのに!」
「こっちだってこんなにも強力な結界魔法が使えるなんて知らなかったんだよ!あんたがただって、あの坊ちゃんは落ちこぼれだなんて言ってたじゃねぇか!」
「たかが男爵家出身の兵士が侯爵家の私にそんな口をきいていいとでも思っているの!」
侯爵家……そういえば、レーヴェ様に執着しているご令嬢がいた侯爵家があった気がする。たしか……金色の毛皮の美しいキツネ獣人の侯爵家だったはずだ。
私を襲った犯人はわかったが、父上達に伝えられなければ意味がない。早く、どうか早くここを、私を見つけて。
強力な結界魔法を維持し続けているせいで、朦朧とする意識を繋ぎ留めながらただただ願った。レーヴェ様が、父上が私を見つけてくれることを。
意識が揺らぐ。それでも結界魔法を維持し続ける。外が、騒がしい。
「テレス!」
扉の向こうから聞こえたのは待ち望んだ声。それと共に結界魔法を維持していた集中力が途切れる。
破られた扉。そこにはレーヴェ様だけではなく、父上と母上の姿もあった。三人の姿を見て安堵した私の体から力が抜ける。
「っ!テレス!テレス!」
意識を失う前に聞こえたのは倒れた私を抱えたレーヴェ様の声だった。
ぼんやりと天井を見つめる。見慣れた自室の天井に自分が目を覚ましたのだと私は気づいた。
「テレスっ……」
名前を呼ばれ視線を向ければ、隣に母上がいる事に気づく。その顔は疲れて憔悴しているように見えた。
「母上……?」
「よかった……もう、目覚めないものかと……」
母上は私の手を握りながら、その手に額をつける。しばらく理解ができなかったが、徐々に意識がはっきりするにつれて私は自分の身に起こった事を思い出した。
「ぁ……母上……私は……アルドラは……どうなりましたか……」
攫われた恐怖を思い出して震える私を母上が抱きしめてくれる。
「アルドラも無事だ。まだ療養中だがお前より先に目を覚ましている。お前の方が魔力が枯渇して死にかけていたんだ」
事の顛末を母上から聞く。どうやら、私は魔力が枯渇するまで結界魔法を維持し続けていたようだ。あと一時間でも助けが遅かったら力尽きていたらしい。
そして、助けに来た中に母上が居たのも私が命を取り留めた理由だった。魔力が枯渇していると気づいた母上は、私を抱き上げたレーヴェ様から私を強奪し、魔力の譲渡を行った。
私の魔力量と質は母上似なだけあって相性が良かったらしく、衰弱した私の命を繋ぎとめる事ができた。その場に母上が居なかったら、やはり力尽きていたであろうというのが王家の主治医からの見解だそうだ。
母上のおかげで命を取り留めた私ではあるが、一度魔力が枯渇した事による後遺症なのか意識が戻らず、あの事件から二週間眠り続けていたというのだから私がどれだけの危機に陥っていたか知るには十分な時間だった。
「まだ聞きたい事はあるだろうが今日は休め。レオンにもレーヴェ殿下にも知らせは出した。お前の体調が安定したらまた話そう」
そう言って母上は私の頭を撫でる。目覚めたばかりだから眠くないと思っていたのだが、母上の手から伝わる体温と譲渡される魔力に瞼が重くなる。
どうやら私はまだ自分が思っているより弱っているらしい。揺らいでいく意識の中、母上の温もりを感じたまま眠りへと落ちていった。
事の顛末をすべて聞けたのは、私が目覚めてから三日後の事だった。私が目覚めた事を知らされた父上とレーヴェ様は、すぐに駆け付けようとしたらしいが事件の処理と起きたばかりの私に負担をかけたくなかった母上の意向によってこの日まで伸ばされたのだ。
事件の処理を終えた父上は、レーヴェ様を伴って私の部屋へと訪れた。
「テレス!本当に目覚めてよかった!」
母上に付き添われながら休んでいた私に父上は、泣きそうになりながら抱きしめてきた。その抱擁を少し照れながら受け入れる。きっと私が目覚めるまで気が気でなかったのだろう。頼りがいのあるたくましい腕が震えているのがわかった。
「……テレス。守りきれずすまなかった」
父上に抱きしめられている私にレーヴェ様が頭を下げる。私が攫われた事を悔いているのだろう。
その姿に何と答えていいかわからず、父上の抱擁から解放されても言葉に悩む。 だが、レーヴェ様は私からの返事を最初から諦めていたのか、事件の内容について父上と共に私へと説明を始めたのだった。
私を拉致するように指示したのはやはり私の思い当たった侯爵家だった事。私の体を暴き、王家に嫁げなくする事が目的だった事。最悪殺してしまってもいいと指示されていたと言う事だった。
「お前を拉致したのは、以前軍の中で問題を起こして俺が退役処分を下した者達だった。あやつらは俺やフィシへの復讐心から侯爵家の話に乗ったのだろう」
「そう……ですか……」
父上や母上が恨まれるのは筋違いだと思うのだが、恨みを持つ者達にとってはそれが正しい事だったのだろう。
黒幕である侯爵家、それに加担した実行犯達はすでに王家に反旗を持つ者として処刑が執行されたらしい。そして、御者……彼は、王家の馬車の側で死体として見つかったそうだ。
「かの者は婚約者である王宮侍女を人質に取られていたゆえに被害者でもあるが、あのものが加担しなければお前が攫われることもなかった。当人が死んでいるからその罰は連座として一族が受ける。降格処分ではあるが……王家からも目をかけていた一族だけに残念なことだ」
父上が無念そうに首を振った。
「そんな……」
あの明るい御者が亡くなっていた事。その一族が罰を受けた事に青ざめる。本来であれば、御者の一族も処刑されてもおかしくはないだけに温情が与えられたのだとわかる。それでも、今回の事件で多くの者の命が消え、未来が歪んでしまった事に心が痛んだ。
「……それだけ、大きな処分があったのなら……私の事も周知されているのでしょうね……」
この身体と命は守ったが、私が攫われたのは事実。男であっても貞操が汚されている疑念があるのであれば、私の王家入りは絶望的だろう。
「その事だが……あの日攫われたのはお前ではない」
俯く私に信じられない言葉がレーヴェ様の声で届く。
「え……そんな、そんなわけは……!」
「あの日、攫われたのは体調を崩したお前の代わりに王宮へと赴こうとしたフィリアだ」
視線を上げた私に、さらなる衝撃が襲う。なぜ、そこでフィリアの名前がでるのか、武力に長けたフィリアであればあのような事になるはずがないのに。
「そんな……私の代わりにあの子を犠牲にするとでもいうのですが!それが王家の総意なのですか!」
「落ち着けテレス。これは、フィリアが言い出した事だ」
レーヴェ様を責め立てる私を父上が止める。そして、この話がフィリアからの提案だと言う事に私は耳を疑った。
「なんで……どうして……どうしてあの子が!」
「お前に選択肢を与えたかったそうだ。目覚めた後、自分で選択する事も出来ずに婚約が白紙になっているよりは、自分で選べる方がいいだろうと……お前がこの婚約を望まないというのであれば、体調が思わしくないという理由で婚約を白紙に戻すことになる」
「そんな……それではフィリアはただ無駄な犠牲になっただけではないですか……」
可愛い妹を犠牲にしてまでその様な選択肢を得たくなかった。それぐらいなら、この心が張り裂けたとしてもレーヴェ様の事を諦めてもよかったのに……。
「どうして……どうしてだフィリア……」
太陽のように笑うフィリアの笑顔を思い出す。幸せになるべき子だった。それなのに私のせいで輝かしい未来を閉ざしてしまった。その後悔は計り知れない。
「フィリアは……フィリアはどこに……」
「今は療養と言う事で母上と共に公爵領へ行っている」
父上に尋ねれば、父上は表情を曇らせながらも答えてくれた。お婆様と公爵領に……私は謝る事すらできないのか……。
ぼろぼろと涙をこぼす私に母上が私を抱きしめ、その背中を撫でてくれる。母上もフィリアの事には心を痛めていないはずがないのに。その優しさが辛くて私は静かに泣き続けていた。
「……レーヴェ様……先ほどの言葉は謝罪いたします……でも、今は……時間をくださいませんか……」
涙は止まることなく、時間だけが過ぎ、沈黙の広がる部屋に私の言葉が響く。レーヴェ様の事は愛している。でも、今の私には何もかもを受け入れる時間が足りなかった。
「……わかった。お前の気持ちがまとまったら改めて話そう。デネボラ伯爵、邪魔をしたな」
「馬車まで送りましょう。フィシ、テレスを頼む」
父上がレーヴェ様を見送りに行くのを見届け、私は声を上げて泣いた。なぜ、どうして。私は幸せになる事ができないのか、と。
フィリアが私の身代わりになった事を知った私は、その日一日中泣き通し、翌日は熱を出して寝込んだ。
数日たった今では熱は引いたが、未だ本調子でない体は重く、食事も病人食を少し食べるのがやっとだった。
些細な事で体調を崩してしまう今の状況に、フィリアが犠牲にならなくてもレーヴェ様の伴侶になる事はできなかったのではないかとぼんやりと思う。
自分では強くなったと思っていた。でも、今回の事件で私の本質は弱いのだと思い知らされた。
アルドラを守ることができた。私自身も母上が居なければ危なかったが身を汚すことも、命を失う事もなかった。
父上も、母上も、私にできる事で精一杯抗い、戦い抜いた結果だと褒めてくださった。
でも、私が助かった代わりに、我が家は正式な王族であるフィリアを失ったにも等しい。どうしてそこまでして、フィリアが私を守ろうとしたのか……私にはわからなかった。
体調がすぐれぬまま日々を送り、レーヴェ様への想いも決めかねている頃。フィリアと一緒に公爵領へと行ったはずのお婆様が私を訪ねてきた。
「久しぶりねテレス」
「お婆様……。どうして、王都に……」
予想もしていなかった来客に驚きながらも、身を起して対応しようとしたがお婆様はそれを手で制した。
「いいのよ、寝ていなさい。わたくしが来たのはね、フィリアが出奔しちゃったから公爵領にいる理由がなくなっちゃったのよ」
「!?フィリアが出奔ってどういうことですかっ……!?」
お婆様から放たれた言葉に思わず飛び起き、めまいと共に倒れそうになり、お歳のわりにしっかりとした体つきのお婆様に支えられる。
「危ないわテレス」
「父上達には……」
「いなくなったその日のうちに知らせを出しているわ。あなたにも説明してあげるから落ち着きなさい」
お婆様は私をベッドへと寝かせると公爵領であった事を話し始めた。
「フィリアは事件のほとぼりが冷めるまで公爵領の別荘で療養させると言う事になったのだけど……あの子ったら別荘に着いたら凄く大人しかったのよ。あのお転婆なフィリアが。だから私も油断してしまったの。あなたの悪評をすべて被っているから大人しくしてるんだと」
ただただ疲れたようにため息を吐くお婆様。伴侶であるお爺様を亡くされ穏やかな余生を送っていたはずのお婆様を私の教育に引っ張り出し、挙句私の事件やらフィリアの出奔と、予想外の波乱に巻き込んで申し訳なくなる。
「そしたらあの子、ある日この手紙とあなたへの手紙を残していなくなっていたのよ!部屋に備え付けてあるお風呂場を真っ黒にまでして!」
普段の穏やかな姿からは想像できないほど、声を上げたお婆様は二通の手紙を私へと渡す。それはシンプルな白い封筒で、一つには家族へ、一つには私への宛名が書かれていた。
「悪い事は書かれてないから読むといいわ」
そうお婆様がため息を吐いたので、私はまず封の開いた家族へ向けた手紙を開いた。
『しばらく王族としての仕事ができないと思うので、ちょっと旅に出てきます。
ついでに他所の国で私に相応しい、私以上に強い夫を探してきます。我が国の男で私以上に強い人はお父様しかいないからです。
強い夫と一流の冒険者としての名声を手に入れたら帰ってくるので心配しないでください。』
走り書きのような乱雑な文字で書かれたあまりにもな内容に頭を抱える。確かにフィリアは強い。武術では父上の次に強いし、魔力は母上と私の次に高い。独身王族では唯一の強さだ。だからと言って、これはない。これはないけど……。
「フィリアらしい……」
天真爛漫で自由奔放だったあの子を縛っていたのは王族としての矜持。私の身に降りかかった全てを引きうけ、王族であり伯爵令嬢としての地位も失った今、あの子をこの国に留める鎖が無くなったと言う事なのだろう。
「そうなの……フィリアらしいのよ。冒険者ギルドに尋ねたらフィリアのいなくなった日の朝、フィリと名乗る真っ黒なヒョウ獣人の子が登録に来たらしいの。そしてその日のうちに公爵領にある国境の関所から隣国へ旅立っていったそうよ。……王族で伯爵令嬢のはずなのだけど……どういう行動力なのかしら……」
頬に手を当て困ったように笑うお婆様に悲しんでいる様子はない。まだ成人前の女の子であるから心配こそすれ、フィリアの事だから大丈夫だと思っているのだろう。
「それで、あなたの手紙にはなんて書いてあるの?」
そう言って、お婆様は私宛の手紙へと視線を向けた。
封の切られていない封筒。フィリアの手がかりがあるかもしれないのに開けられていないその手紙は私が最初に見るべきであろうとそのままにされていたのだろう。
お婆様に机からペーパーナイフを取ってもらい、封を切る。中から出てきた手紙には、私への言葉が綴られていた。
『お兄様へ。
お兄様は、私がお兄様の悪評を押し付けられたんじゃないかと思っているかもしれないけど、そうじゃないのよ?これは、私が旅立つために必要なものなの。
お兄様にとっては酷い災難だったかもしれないけど、気にしないでレーヴェと幸せになったらいいわ。私は私で、自分の幸せは自分で捕まえてみせるから。
それにこの国の貴族の偏見をなくすにはお兄様が王子妃として頑張るのが一番よ。今、この状況を変えられるのはお兄様しかいないし、今回の事だけでレーヴェの事を諦めるのは馬鹿らしいもの。
王族の先輩としてアドバイスしておくわね。一度、レーヴェの隣で王子妃として立つと覚悟を決めたなら、お兄様はその時から王族生まれではなく王族なの。いくつもの犠牲を乗り越えてでも胸を張って、上を向いて、堂々としているべきよ。
お兄様がどうしても無理っていうなら、私も無理強いはしないけど……お兄様が頑張ってたら私が早く帰ってくるかもね。
また会えるのを楽しみにしてるわ。
追伸:お兄様には定期的に手紙を送るからお父様達によろしくね』
家族向けの手紙とは違い一文字一文字丁寧に書かれた文字でつづられた言葉に涙が溢れる。優しく可愛い妹は、私よりずっと王族らしい心を持っていた。やらかした事は破天荒ではあるが、それでも国を思い、民を思う心は真のものだろう。
「テレス、恨み言でも書いてあった?」
お婆様の言葉に返事を返す事が出来ず、フィリアからの手紙を渡す。
「これは……あの子らしい激励ね」
フィリアの手紙を読んだお婆様は優しく嬉しそうな笑みを浮かべる。末の孫娘に振り回されつつも可愛がっていたのを知っているから、フィリアの成長が嬉しいのだろう。
「お婆様、私は……私はまだ……レーヴェ様の隣に立っている事はできるでしょうか」
「それは、あなた次第よ」
涙を流したまま言葉を紡ぐ私にお婆様が微笑む。
「でも、まずは体調を戻すことからね。レーヴェには、そうね……三日後に訪ねてもらうようにしましょう。それまでに椅子に座れるようになりなさい」
ベッドの上でクッションに寄りかかって座るのがやっとな私に酷な課題をお婆様が告げられる。でも、フィリアへの憂いがなくなったからか、それともフィリアからの激励のおかげか、私の心は手紙を読む前よりずっとずっと軽くなったのだった。。
フィリアの手紙を読んでから三日。私は何とか自らの脚で椅子に座れるようになり、お婆様は約束の通りレーヴェ様を連れてきた。
「お久しぶりですレーヴェ様」
「ああ……以前より、毛並みが良くなって安心した。調子はどうだ」
「昨日から病人食から通常食へ切り替えました。まだ、本調子ではありませんが……医師からは回復に向かうだろうとお墨付きをいただいております」
私の体調不良は、精神からくるものだったらしく、食欲も回復し今では量は少ないながらも通常のものを食べれるようになった。自分でも調子がいいと思うが、それほどまでにフィリアの未来を歪めたことは私にとって忌むべきものだったのだ。
それをフィリアからの手紙が解消してくれた。妹に励ましてもらうなど、兄として不甲斐ないかぎりであるがそれは生まれながらの王族としての矜持と覚悟を持っていたフィリアと王族ではないからと甘やかされ自由に育てられた私の差であろう。
それすらも言い訳でしかないかもしれないが、私とフィリアでは覚悟の差があまりにも違い過ぎたのだった。
「今日は、私達の婚約について……私の答えをお伝えしたいと思い、お婆様にお願いいたしました」
半年前、婚約を受け入れた時のように向かい合って座り……私は言葉を告げる。
「私は……まだ、あなたの隣に立っていたい。弱く、あの日のようにあなたを疑う事があるかもしれません。それでも……私があなたの隣に立つことを許して頂けるでしょうか」
正面にいるレーヴェ様へと真っ直ぐに視線を向ける。たとえ、どのような答えが返ってこようと、一度でもレーヴェ殿下の隣に立ち、王族として、婚約者としての自分を誇らしく思う為に。
「本当にいいのか……お前を守る事も出来ず、酷な事ばかり押し付け、お前から大切な妹すら奪ったようなものなのに……」
俯きながらぽつりと零れたレーヴェ様の言葉は、今までで聞いたことのあるレーヴェ様の言葉の中でもずっとずっと、不安気で、まるで迷子の子供が恐る恐る呟いたような声だった。
「……ここで諦めてしまえば、フィリアが私を庇った事も、今までの私達の努力もすべてが無となります。だから、私は新たに覚悟を決めました。レーヴェ様の思いやあの子の期待に応えるだけでなく……私は私として、この国の為に、私に向けられた悪意をこの国の貴族から無くす為に戦うと」
フィリアの手紙にあった通り、この国の貴族の意識を変えるには私が王家の者として立つしかない。それはレーヴェ様の伴侶としての立場を利用する事となるが、そうしなければ、いずれは第二第三の私のような子供が生まれる事だろう。いや……私自身が第二第三の誰かかもしれない。
その憂いをなくすためにも、私は王族生まれとして、王家の伴侶として立つ覚悟があった。
「そうか……そうか……あんな目にあってまでも俺の側にいる事を選んでくれるのか……良かった……お前を失う事にならなくて……本当に良かった……」
「レーヴェ様……」
緊張していた糸が切れたかのように、レーヴェ様は静かに涙を流す。今まで王家の者として振舞い、弱みを見せてこなかったレーヴェ様の涙に、どれだけたくましく第三王子として相応しくあろうとしていたとしても、まだ成人前の……年下の男の子だった事に気がついた。
涙を拭う事もしないレーヴェ様を放っておけなくて、テーブルに手をつき、体を支えながらレーヴェ様の元へと向かう。
「長らく、返事を待たせてしまい申し訳ありませんでした……不安にさせてごめんねレーヴェ」
「テレス……テレス……!」
幼い頃のように親しみを込めてその頭を抱え込むように抱きしめれば、レーヴェは子供のように私へと縋りつき……泣いた。
この半年、ずっとずっとこの子に甘えていた事を恥じる。私はどうしてこうも愚かなのだろう。
私はこれからも愚かな間違いを繰り返すかもしれない。それでも、私はレーヴェの隣に立ち続けると心に決めた。
婚約を継続する意思を示してから半年が経った。レーヴェも誕生日を迎え成人となり、次の社交界で私達は婚姻の発表と国民へ向けての大々的な結婚式を上げる。
私の事件は、外向きには全てフィリアへ行われた事件として扱われ、我が伯爵家及び公爵家、王家の機密として、対応した軍の兵士や事実をしる使用人には誓約魔法での箝口令が敷かれた。
貴族の中では、フィリアが愚かにもレーヴェ殿下の婚約者である私の代わりになり替わろうとしたからあのような事件に巻き込まれたのだと心のない噂を流す者もいる。
王族が襲われたというのに、その様な噂を囁く者は王家からの心証が下がっていくのに気づかない。事実を隠しているのは私達だが、それでも王族を、王家を侮る事は許されないのだ。
日々は過ぎ、私は結婚式の後のパレードにてレーヴェと共に集まった民衆へと笑顔を向ける。何も知らない民衆にとって、ライオン獣人の王家に王族生まれとはいえ、ハイエナ獣人の私が嫁入りするのは奇跡のようなストーリーだろう。
「レーヴェ第三王子殿下万歳!テレス王子妃殿下万歳!」
多くの歓声と祝福を受けながら、私は微笑む。だが、パレードの前に行われた結婚式でフィリアがいない事にただただ悲しさを覚えたのだった。
王都でのパレードを終え、私はレーヴェと共にレーヴェの離宮へと脚を踏み入れる。今日からここが私の新たな住処である。
「疲れたか?」
「少しね。でも大丈夫だよ」
半年前のあの日から私がレーヴェへと向ける言葉は幼い頃のように親し気なものへと変わった。
私が親し気に話すたびにレーヴェは嬉しそうに笑う。王家の王子として、その伴侶として、気づかないうちに雁字搦めになっていた私達はあの日互いの思いを確認した時からその鎖を取り払ったのだろう。
私の前では気を許し、幼い頃と変わらずよく笑うレーヴェは可愛い。もちろん伴侶として、王子として、頑張っている姿はかっこいいが、私にだけ見せる気の緩んだ笑みが一番好きなのだ。
「テレス」
「なぁに?レーヴェ」
数人の侍女だけが控える寝室で名前を呼ばれ、見上げればレーヴェのたくましい腕に抱きしめられる。よく甘えてくる子だけど、この腕に抱きしめられるたびにレーヴェも強い王族の男なのだと思う。
ゴロゴロと喉を鳴らすレーヴェが可愛くて、その広い背中へと腕を回し、厚い胸板へと頬を寄せる。ただそれだけで幸せだった。
「レーヴェ殿下、テレス妃殿下。デネボラ伯爵家より急ぎの手紙が届いています」
扉の向こうから響く声にレーヴェが邪魔されたというような表情で私から離れる。それでも無視をしないのは私の実家からの手紙だからだろう。
「……入れ」
レーヴェの許可と共に手紙を携えた従者が寝室へと入ってくる。それを私が受け取り、私への宛名が書かれた文字を見て目を見開いた。
「フィリアからだ」
「……確かにあいつの文字だな」
レーヴェと一緒に封筒を覗き込み、何度も確認するが確かにフィリアの文字だった。
フィリアが家を出て以降、初めてのフィリアからの手紙に私は緊張する手で封にペーパーナイフを滑らせる。出てきた手紙は短く、宛名の文字とは違い、急いで書いたのであろう乱れた癖のある字だったがそれもフィリアの文字だった。
『結婚おめでとう!パレード素敵だったよ!あんまり長いするとお父様達に見つかるから今度改めて感想送るね!』
いつこの国に戻ってきて、どこでパレードを見たのかわからないがあの場にフィリアが居た事が嬉しくて涙が溢れてくる。
手紙を持ったまま泣き出した私をレーヴェが抱き寄せ、手紙が涙で汚れぬよう控えていた侍女へと渡す。
「よかったな」
「うん……うんっ……」
レーヴェの胸で泣いて、そんな私をレーヴェは抱き上げて寝台へと運ぶ。天蓋の閉じられた寝台の上で、レーヴェは私が泣き止むのを待ち続けてくれた。
「落ち着いたか?」
「うん……初めての夜なのにごめんね……」
「構わない。お前が嬉しくて泣いてるならいつまでも待てる」
私の額にレーヴェの口づけが落ちる。甘えたがりなのに、こうして私を甘やかしてくれるレーヴェの行動がこそばゆい。でも、同時に嬉しかった。
「どうする。今日は止めるか?」
「ううん……早くレーヴェのモノになりたい」
その胸にすり寄る様に甘えれば、レーヴェは私の頬を撫で、唇を重ねてきた。
「んっ……」
結婚式でも誓いのキスを交わしたが、それとは比べ物にならないほど私を求めてくるレーヴェにその首へと腕を回し、私も同じように求める。
互いに拙い動きだったかもしれないが、初めての深いキスに私達の気分は盛り上がり、互いの息が荒くなるほどに求めあった。
「ぁ……レーヴェ……」
寝台の上に押し倒され、私はレーヴェを見上げる。その顔は興奮を隠しきれておらず、いつものレーヴェに比べると獰猛そのものだが、それほどまでに求められているのだと思うと胸が高鳴った。
「テレス。俺のテレス」
荒々しくも愛おし気にレーヴェが私を呼び、服を脱がせてくる。私はそれに身を任せ、同じく裸になったレーヴェからの愛撫に身をゆだねた。
「っ……あ、レーヴェっ……レーヴェっ……」
私の肌を、薄い毛並みを撫で、胸と性器を愛撫されるたびに私は愛される喜びを知る。
「あっ……あっ……あぁあっ!」
腹の薄い毛並みに精を吐き出し、私は寝台へと沈む。息は上がり、未知の快楽に戸惑っていたがレーヴェの指が私のアナルに触れたことにより、息を飲んだ。
孕める高魔力持ちとして、教育は受けた。王宮の教師陣からも、それこそ私の先人である母上からも。
ここに伴侶の子種を注げば、低確率ながらも男ながら子を孕める。この薄い腹に、レーヴェの子を宿せるのだ。
「レ、レーヴェっ……早く……♡」
レーヴェとの子供が欲しい。私達の未来を繋ぐだけでなく、愛おしい伴侶との子供が。
「急かすな。お前を傷つけたくない」
「あっ♡や、早く……♡早くぅ♡」
すでに私の胎は出来上がっているというのに、私を傷つけぬためにじっくりと解していくレーヴェの動きに私は堪えきれずに涙を流す。
中に欲しい。レーヴェが欲しいのに……指で与えられる刺激では満たされず、私ははしたなくも腰を揺らし、レーヴェをねだった。
「レーヴェっ♡レーヴェっ♡」
「あと少しだ。頑張れ」
レーヴェが抱えた私の足へと口づけを落とす。その慰めが嬉しいが早くレーヴェで満たされたくて私はレーヴェを呼び続けた。
「レーヴェっ♡レーヴェぇえ♡」
「待たせた」
時間をかけて解され、レーヴェの太い指を三本咥えこめるようになったアナルにレーヴェのペニスが当たる。
それは、指よりもずっと太く、今まで咥えこんでいた三本の指より明らかに質量があった。
「早くっ♡早くっ♡」
待ち望んだレーヴェの雄が私の肉壺に当てられた事が嬉しく、自ら腰を振る。そんな落ち着きのない私の腰を掴み、レーヴェはゆっくりとペニスを私のアナルへと沈めていった。
「あ゛っ♡あぁああああああっ♡」
待ち望んだ太く熱い雄が私の肉壁を押し広げる感覚に私は今までにない快楽へと押し上げられる。
「あっ♡あっ♡レーヴェ♡レーヴェ♡」
「っ……テレス。俺のテレス」
「ひぁあああっ♡」
私の中がレーヴェに慣れ始めると腰を動かし、私の臀部へと腰を打ち付けた。肉と肉がぶつかる音が辺りへと響き、それに合わせて私の嬌声が上がる。
私は何度も絶頂し、精を吐き出せなくなっても絶頂を続け、レーヴェは私のアナルから精が溢れるほどに私へと精を注いだのだった。
「うぅ……穴があったら入りたい……」
初夜を終え、昼頃に目覚めた私は、昨晩の自分への羞恥心で寝台の中に籠っていた。
王家の人間であるため、寝室には常に侍女が控えているにも関わらずあんなにも乱れてしまったのだ。心得は教えられていたけど、恥ずかしいものは恥ずかしすぎる。
「可愛かったけどな」
「うぅ~……」
清められた寝台で毛布を頭まで被っている私に隣に寝転がったレーヴェが機嫌よく呟く。レーヴェからしたらそうかもしれないが、私にとってはその言葉も羞恥心を煽る言葉でしかない。
「……嫌だったか?」
「それはない!」
毛布から顔を出し、レーヴェの言葉を否定したらレーヴェは嬉しそうに笑って私の額にキスを落とした。
「っ!?」
「ようやく顔が見れた。おはよう」
「……おはよう」
レーヴェがあまりにも幸せそうに笑うから私は何も言えなくなって、その腕の中に滑り込む。
「今食事を用意させているから、準備が出来たら食べよう」
「……うん」
私を抱きしめるレーヴェに甘えながら数日間許された蜜月を過ごす。これから王家の者として忙しくなる私達にとって最後になるかもしれないゆっくりとした時間だった。
「……レーヴェ」
「なんだ?」
「……愛してるよ」
私の言葉にレーヴェは虚を突かれたように目を見開き、幸せそうに破顔する。
「俺もだ」
今まで私達が犠牲にしたものは多い。そして、これからも犠牲が出る事があるだろう。それでも、私はレーヴェの伴侶に慣れた事を幸せだと誇れる。そう、レーヴェの笑みを見て思った。
「母上ー!」
「お姉様待ってー!」
私目がけて走ってくる女の子を追って、男の子が駆けてくる。どちらも私とレーヴェの子供だった。
男女の双子である子供達は、女の子がレーヴェと同じライオン獣人で男の子が私と同じハイエナ獣人である。
ハイエナ獣人に対する貴族からの視線は未だ厳しいものもあるが、私や母上の時代に比べたら随分と穏やかになってきている。
私が王家の人間として、貧民への福祉や制度を提案しているからか私の国民からの支持が高く、他国からの使者へも種族を問わず好意的に対応しているからか他国からの評価も高いからだ。
第三王子妃ではあるが、義姉上である王太子妃殿下及び王妃殿下と並ぶ支持と評価は私の地位を貴族に脅かされる事が出来ないほどに押し上げた。
今では、好意的だった貴族だけでなく中立であった貴族までも引き込めたのだから私の成果としては上々といったところだろう。もちろん、ここで止まるつもりはないのだが。
「母上!」
「お母様!」
幼い娘と息子に抱き着かれて、私は倒れないように二人を抱き留めた。どちらも可愛い我が子だが、娘はなぜか妹であるフィリアに似ていて、その行動一つ一つがフィリアを思い出させて冷や冷やさせる。息子は私ほどではないが内向的で、私や母上に似たのか膨大な高魔力持ちであった。
「申し訳ありませんテレス様!テレス様のお姿を見たらお二人とも駆けだしてしまって……」
「いいよ、アルドラ。それより、まだ慣れない?もう何年も経つのに」
「……それは、はい……」
私の言葉にアルドラは耳を伏せる。あの日、私を庇って命を落としかけたアルドラは、私を危険にさらしたとして従者を止めようとしたが、兄上に引き留められ、いつの間にやらその妻の座に収まっていた。私も驚いたが、一番驚いたのはアルドラ自身だろう。
まさかもう一人の兄のように思っていた人物が本当にもう一人の兄になるとは誰が思ったであろうか。
伯爵家の跡継ぎはどうするのかと一悶着あったのだが、一度命の危機に瀕して、私の魔力を受けたアルドラは何の因果か、私よりは低いが高魔力持ちの一人となってしまっていたのだ。
兄上にとってアルドラ幼馴染兼思い人であったようで、アルドラの体質に気づいてからは猛アタックを繰り返したというのだから、あの事件で幸せをつかみ取ったのは私だけではなかったようだ。
今では、三人の子を持つ母であり、義姉上として私の子供達の乳母として王宮へと通ってくれている。私としても幼い頃から気心の知れたアルドラに子供達を任せる事ができるのは何より安心できた。
アルドラに側へ控えてもらいながら子供達と話していたら、レーヴェが一通の手紙を持って私の元に訪れる。
「いつものが届いたぞ」
もちろん、その手紙はフィリアからの物だった。私達のパレードの際、一度国に戻っていたらしいフィリアであったが、父上達はフィリアを捕獲する事ができず、再度出国を許してしまった。
それからは、黒いヒョウのフィリという冒険者が隣国やそのまた隣国で活躍しているのが流れてくるようになり、時折活躍に関した予想もしないお土産まで送られてくるようになったのでそれが楽しみだったりする。
封を開け、手紙を読む。そこには、私が待ち望んでいた事が書かれていた。
「フィリアが帰ってくる!」
「フィリア様が!?」
私の声に喜び驚いたのは、私と同じくフィリアを心配していたアルドラだった。
「フィリア様って母上の妹の?」
「叔母上ー?」
「そうだよ。私の妹が、二人の叔母上が帰ってくるんだ」
首を傾げる子供達にその通りだと頷く。子供達は存在こそ知っているが未だあった事のないフィリアに対して本当にいるのかいつも首を傾げていたから、私の肯定に目を瞬かせていた。
「と言う事は落としたのか」
「みたい。首に縄つけてでも連れて帰ってくるって」
出奔してから数年後、他国で活躍していた他の冒険者に初めて負けたらしく、フィリアはその冒険者を見染め、年単位で追いかけていたがついに恋が実ったらしい。
兄としては、その目をつけられた冒険者には申し訳ないが、フィリアの理想が見つかったのなら嬉しいかぎりだ。
「……テレス。良かったな」
フィリアの手紙を大切にしまう私にレーヴェが微笑む。その笑みは、どこか付き物が落ちたようにも見えた。
「うん……すごく楽しみ」
あの事件以降、一度分かたれてしまった私達だけど、それでもまた共に過ごせる日が来るのだという実感がわき、私は心からの笑みを浮かべる。
私はこの世界で一番の幸せ者だと。
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