転生冒険者と男娼王子

海野璃音

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2-1.転生冒険者と男娼王子の新しい日常

三十七話

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※前話の前。前章ラストに新たな三十五話を追加してあります。
 話の流れには変わりませんので、そのまま読んでいただいても構いません。

_____

 フレデリック様を抱えたまま厨房へとたどり着き、フレデリック様を降ろす。俺としては厨房に用意した椅子で座っていてほしいのだが……。

「今日も手伝われるつもりですか?」
「ああ」

 厨房に立つ俺の隣で、エプロンを着たフレデリック様に尋ねれば、当然とばかりに頷かれる。

 体力が回復し、歩けるようになってからは俺の隣で俺のやる事を見ている事が増えたのだが、ここ最近……一週間ほど前から簡単な調理を手伝いたがるようになった。

 俺としては、フレデリック様の世話は着替えから食事、入浴、その他雑事全ての世話を俺が担当し、フレデリック様には穏やかに読書などでも嗜んでいてほしいというのが本音である。

 たとえ国が亡ぼうと、俺にとっては何よりも尊きかたなのだから家事という、些事にお手を煩わせるのは大変申し訳ないのだ。

 だが、それでも俺が断れないのには理由がある。

「それでは、フレデリック様。バケットを横半分に切っていただけますか?」
「わかった」

 収納魔法からアルフレッドを通じて冒険者ギルドから配給……配達?されている食材を取り出し、フレデリック様に長めのバケットを二つ渡した。

 フレデリック様がバケットを持っている間にまな板と調理用ナイフを用意すれば、フレデリック様がバケットをまな板へ置く。

 刃物など食事用ナイフか儀礼用の剣しか持った事のなかったフレデリック様が調理用ナイフを持ってバケットを横に切っていくのを見守る俺の心境はいかほどの物か。正直、そうとう心臓に悪い。

 もちろん、最初は刃物を持たせるなどと思い、サラダの野菜を洗ったり、盛り付けを頼んでいたのだが、小さな料理の成功体験を積み上げたフレデリック様は先日。ついに調理用ナイフを使う事を望んだ。

 料理などしなくてもいい存在なのにさせてしまう事、さらに刃物を使うというランクアップ。七つ星冒険者になり、そうそう胃など痛くなる事はないと思っていたのになぜだか痛んだ気がした。

 俺の胃の痛みと引き換えに、フレデリック様がバケットを切るのは、三回目になる。最初は丁寧に背後から手を添えて切り方を教えた。二回目は、自分で切ってみると言われて、指を切るのではないかと不安に駆られながら見守り、できたバケットは切り口がガタガタだった。

 今も、手つきはどこか不安定で心もとない。簡単な治癒魔法なら使えるし、アルフレッド作のポーションやエリクサーもあるのでフレデリック様がうっかり……何をとまでは言わないが……切り落としても治せる。治せるが……フレデリック様が痛い思いをするのではと考えるだけでも気が気でなかった。

「二コラ。できたぞ」

 そんな俺の心配を他所に、フレデリック様は綺麗な顔で俺を見上げる。表情は無表情に近いのだが、俺を見つめる視線は怪我することなくバケットを切り終えた達成感で輝いている。

 そう。この表情に弱いのだ。

 元々、王族としての教育で感情や表情を抑制する教育は受けていた為に、素のフレデリック様は作り物のような顔をしている。

 そして、俺の前では良く感情を表すが、あまり喜びすぎるのは大人げないと思うのか、王族特有のポーカーフェイスを発揮させつつも、その瞳が雄弁に語るのだ。

 それがあまりにも愛おしくて、愛おしくて堪らない。なにより、俺の手伝いをしようとするのも俺の役に立ちたいというフレデリック様の優しさによるもの。

 王族として生まれ、王宮娼夫としても世話されて当たり前だった環境に居ながらも、与えられて当たり前だとは思わずに俺へ少しでも返そうと思う心意気があまりにも尊くて尊くて断る事が出来ないのだ。

「ありがとうございますフレデリック様。それでは、皿を用意してもらってもいいですか?」
「わかった」

 皿を取りに食器棚へと向かうフレデリック様を見送りながら、俺はフレデリック様が切られたバケットに視線を向ける。切り口は相変わらずガタガタだが、前よりはバケットの厚さが均等に切られていた。

 覚えが早いと思いつつも、不格好なそれが何もかも完璧に見えるフレデリック様の可愛らしい所にも見えてしまって仕方がない。

 顔がにやけそうなのを堪えて、流しで野菜を洗っていく。ラインナップとしては、レタス、トマト、ピーマンなどだ。

 あと、浄化魔法も忘れずに。この世界、それなりに衛生観念はしっかりしているけど、生野菜を浄化魔法なしで食べるのはそこそこリスキーなのだ。浄化魔法を使うのに洗うのは、もう前世からの癖のようなものである。

「二コラ、これでいいか?」
「はい」
「次は?」
「では、レタスをちぎってください」

 皿を取って戻ってきたフレデリック様に洗ったレタスを渡し、俺は調理用ナイフを手に取った。

 まな板に乗っていたバケットを皿に移し、空いたまな板でトマトを横から輪切りに。ピーマンも同じく。そして、まな板の横に置いてあった生ハム原木から薄く生ハムを削ぎ落していく。

 生ハムをそこそこの数削り出して、収納魔法にしまう。置きっぱなしでもいいが、収納魔法の方が衛生面でも安全なのだ。決して無精ではない。

「フレデリック様。できましたか?」
「ああ……だが、多すぎたかもしれない」

 小さくなったレタス玉とボールに入ったちぎれたレタスの量を見るにサンドイッチに使うには確かに多い。が、特に問題はない。

「サラダとして、俺が食べるから全部ちぎっていいですよ」

 俺が食べればいいだけなのだから。

「わかった」

 俺の言葉にまた無心でレタスをちぎっていくフレデリック様を可愛く思いつつ、パンにバターを塗り、フレデリック様のボールからレタスを拝借しつつ、サンドイッチを作っていく。

 長いバケットだから、一本だけでもなかなかの量だ。丸々食べるのは、紙で包まないと難しいほどに。ま、うちで食べるから一回まな板に移して三等分にするけどな。

 サンドイッチを作り終わり、トマトやピーマン、生ハムなどの食材も少し余りが出る。それらもレタスと混ぜて、オリーブオイルとレモンをかければ、サラダに早変わり。金は持ってようと無駄にはしないとも。

「じゃ、食堂で食べましょうか」
「ああ」
「これ、お願いしますね」
「わかった」

 サンドイッチを乗せた皿をフレデリック様に頼み、俺は魔導製冷凍庫から氷を取り出し、アイスペールに詰め、冷蔵庫から飲み物や果物を取り出したのだった。
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