転生冒険者と男娼王子

海野璃音

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1-2.転生冒険者と男娼王子の最初の一日

十三話

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 窓から差し込む陽の光で目を覚ます。うっすらと瞼を開けた向こうに穏やかに眠る美しい人を捉え、そう言えば攫ってきたのだったなと思い出した。

 穏やかに眠るフレデリック様は俺の右腕を枕にしながら、静かな寝息を立てている。美しいその寝姿に見惚れながら、その美しい存在が俺の腕の中にいる事に嬉しさを覚える。

 その細い腰を抱き留めていた左腕を動かし、手でフレデリック様の顔にかかる金糸を撫でるように払った。

「んっ……」

 顔に触れられた感覚に身をよじったフレデリック様がゆるゆると長いまつげに覆われた瞼を開き、ぼんやりとした瞳で俺を見つめる。

「……にこら?」
「ええ、あなたのニコラですよ」

 そう言って頬を撫でれば、フレデリック様が嬉しそうに口の端を緩める。

「夢ではなかったのだな」

 俺の背中に左手を回し、存在を確かめるように抱き着いてきたフレデリック様。その言葉にどれだけの想いが込められているのか、俺に理解できる事は無いだろうが……それでも、フレデリック様の笑みに間に合ってよかったと心から思った。

「夢なんかじゃありません。俺はここに居ますよ。あなたも、たしかにここに」

 頬を撫でていた手をフレデリック様の背中へと回し、抱き寄せる。互いの温もりを感じながら、昨日の事が夢などではなかったことを実感する。

 それからしばらく、抱きしめあったまま時間を過ごし、フレデリック様の腹が小さく鳴った。

「っ……」
「……朝食にしましょうか。何か食べたいものはありますか?」

 笑いそうになるのをなんとか堪え、ごまかす様に視線を逸らすフレデリック様の髪を撫でる。

「あまり……重たいものは食べきれないと思う。普段は……食事の量も制限されていたし、昨日はお前に与えられると決まってからは何も食べてなかった」

 そんな事だろうなと思いながら、フレデリック様が食べられそうなものを頭の中で整理する。出来れば栄養を取らせたいが、そんな状態じゃまともなものを食べさせるのも怖い。

 となると、粥だな。米も麦もパンもあるが……パン粥の方が早く作れるか。収納魔法の中にいくつか薬草茶もあるからそれを煮出して、ミルクと合わせて、出汁は干し肉にしよう。

 野菜もとらせたいが、柔らかくなるまで煮込むのは時間がかかるし、これは昼に回そう。今から煮込めば昼にはフレデリック様の胃にも優しい柔らかさになるだろうからな。

「……わかりました。すぐに用意してきします」
「お前が用意するのか?」

 不思議そうに目を瞬かせるフレデリック様。王族として育っていたから身の回りの世話をする者が常にいたから俺自ら動く事を不思議に思ったんだったのだろう。

「ここを拠点にしてはいますが、依頼で数か月開ける事もありましたから、使用人なんかは居ないんです。これでも、一人で生きてきましたから一通りの家事はできます。フレデリック様に不便な思いはさせませんよ」

 笑いながらフレデリック様の頬を撫で、俺は起き上がる為にフレデリック様の頭の下から腕を引き抜く。

「少しこちらで待っていてください」

 起き上がりベッドから降りようとしたら、フレデリック様に右手を掴まれた。

「フレデリック様?」
「ん……ああ……すまない」

 問いかければフレデリック様は俺の右手を掴んでいた手を控えめに引いていく。まだ昨日攫ってきたばかりだ。一人で残されるのは不安なのかもしれない。

「……特に面白い事もないと思いますが一緒に来ますか?」
「いいのか?」
「あなたが望むのなら」

 横になったまま俺を見上げるフレデリック様を抱き起し、ベッドのふちへと座らせる。

「軽く何か着てから行きましょう」

 そう言って俺はフレデリック様に昨日用意していたままの服を着せていく。まあ、昨日激しくしたせいか立つことのできなかったフレデリック様に着せられたのは俺のシャツと下着くらいだったのだが。

 やや黄みがかったシャツの裾からフレデリック様の白く細い脚が覗くのが眩しい。早めに体に合う服を用意しなければ、俺の理性が危うい気がする。

 フレデリック様の彼シャツ状態に心を乱されながら俺も着替える。とは言っても面倒だったから下着とズボンを履いただけだが。

「お待たせしました。行きましょう」
「……ああ」

 俺が着替える間大人しく座っていたフレデリック様を片手に抱え、厨房へと向かう。

 厨房へ向かって廊下を歩いている間、フレデリック様は母国と違う建築様式が物珍しいのか、俺に悟らせぬようにではあるがあちらこちらへと視線を動かしていた。まあ、なんとなく気配でわかるんだけど。

 俺からフレデリック様の意識がそれているのを感じながら、一階にある厨房へと入り、フレデリック様を使っていない台の一つに座らせる。座らせた自分でもどうかと思うのだが、厨房に椅子を置いていないから致し方ないのだ。抱えたまま調理するのはさすがに危ないしな。

「すみません、厨房には椅子がなくて……」
「いや、いい。こういうのも悪くない。王族としての品格も、王宮娼婦としての従順も気にしなくていい感じがして面白いではないか」

 隣の食堂から椅子を持ってこようと思ったのだがフレデリック様は気にした様子もなくからからと笑っている。懐が深いのはいいのだが、こちらが気になって仕方がない。まあ、フレデリック様がいいのであればいいのだが……。

 台に座っているフレデリック様に何かあれば声をかけるように伝え、調理を開始する。

 俺が収納魔法から食材を取り出しているのに驚いたり、それなりに手際がいいのに目を見張るフレデリック様の気配を感じながらパン粥を仕上げていく。

 味付けはあまり濃くなり過ぎないように気をつけながら、薬膳パン粥を小皿にとって一口。ミルクの風味とほんのり香る薬草の風味が干し肉の出汁と塩気に馴染み、食欲をそそる。

「フレデリック様も味見してくださいませんか?」

 俺の様子を眺めていたフレデリック様へ小皿に取ったパン粥を差し出せば、フレデリック様は台から落ちないように手を伸ばし、パン粥の入った小皿を受け取った。

 しばらく小皿を眺めていたフレデリック様に小皿から直接食べる事なんてなかっただろうから、もう少し大きな器に盛って、スプーンを渡すべきだったかという考えが頭を過る。

 だが、俺がやったのを真似するように小皿に口づけて、僅かに傾けた。

「……うまい」
「それはよかった」

 徹底的にマナーを仕込まれていたフレデリック様にちょっと行儀の悪い事をさせる事に背徳感を覚えつつも、フレデリック様の口からうまいと言ってもらえた事に満足感を得る。

「それじゃあ、隣の食堂で食べましょう。少し離れたりしますがすぐそこですので許してくださいね」

 そう言って、フレデリック様から空になった小皿を受け取り、その細い体を抱え上げたのだった。
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