転生冒険者と男娼王子

海野璃音

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1-1.転生冒険者は男娼王子を攫う

四話

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「英雄ニコラウスがニコラとは……ははは、随分と変わったものだ。そうかそうか、あのニコラが……ふふふふふふ」

 俺を上から下にと何度も眺め、楽しそうに笑う。それは、今まで王宮娼夫として振舞いながら見せていた笑みとは違う、心から笑っているような自然な笑みだった。

 美少女だった婚約者がこんな丸太のような腕の筋肉ゴリラになったというのにどれだけ懐が深いんだろうか。俺だって自分で頭抱えたのに。

 だが、綺麗ながらもどこか無機質だったフレデリック様から自然な笑みを引き出せたのならこのゴリゴリマッチョな姿も役に立ったのではなかろうか。

「……はー、久しぶりに笑った気がする。だが、お前にはこんな姿見せたくはなかったな」

 笑い終えたフレデリック様が、諦めと愁いを帯びた表情で俺を見上げる。

「いったい何があったのですか。王になるべきはあなただったはずでしょう」
「弟に負けた。……それだけだ」
「それでは何があったかわかりません」
「捨てた婚約者の事など、気にする事でもあるまい。私の他にも王宮娼婦がいるから別の者を遣わそう」

 何もかも諦めたように笑ったフレデリック様が部屋から出ようと引き返したのを腕を掴んで止める。先ほど肩を掴んだ時にも思ったが身長に比べるとあまりにも細い。

 華奢ではあるが、元の骨格はしっかりとしているから王宮娼夫としての見栄え の為だけに食事も制限されているのだろうというのが見て取れた。

「他の人間なんていりません!私は、俺はあなたの話が聞きたい!確かに……俺は、あなたの婚約者という立場から逃げました。それでも、俺は今、あなたの側を離れた事を後悔している。あなたが、このような事になると知っていれば……けして、一人で逃げたりなど……どうせなら共に逃げたらよかった……」

 勢いのままに吐き出した後悔に、フレデリック様が苦笑する。

「あの頃、共に逃げようと言われても私は頷かなかっただろう。私の命はこの国の為にあったのだから」

 そう言って笑うフレデリック様に俺は王としての資質を見た。本当に、本来であれば、この方が王になるべきだったはずなのに……。

「ならば、共に……婚約者としていたでしょう。虫よけや護衛にならなったかもしれません」
「止めておけ……冒険者にならなかったお前がこのように成長するとは思えん。あの頃のお前が居ても仲良く王宮娼婦に堕ちていただけだろう」

 フレデリック様の言葉に確かにと思う。俺がここまで成長したのは冒険者になってから思う存分食べれたからだし、思う存分暴れまわったからだ。

 貴族として、フレデリック様の婚約者として過ごしていたら、フレデリック様より小柄な妖艶美女(青年)だったかもしれない。

「だから、私の事は気にしなくていい。お前はこのまま好きに生きろ。お前がそこまで思っていてくれるだけで私はこの檻の中で生きていける」

 俺を見上げるフレデリック様が困ったように、そして愛おしそうに笑う。それは、全てを諦めていた所に僅かな希望を与えられた人間が見せるような笑みだった。

 そんな顔をしているのに、俺に助けを求めすらしないフレデリック様の存在が悲しい。淡々と、全てが他人事のように思っているような姿。おそらく、泣きわめくのも、許しを請うのもとうの昔に諦めてしまったのだろう。

 王宮娼夫として、粛々と隷属する姿。それが今のフレデリック様の在り方だった。

「……あなたを一人に出来ない。俺と逃げましょう。あの頃の俺にできない事も、今の俺にならできる」

 そう、美少女時代の俺は無力に等しい存在だったかもしれないが、今の俺は七つ星の冒険者。人間を卒業した天災級の存在である。フレデリック様をここから攫う事など容易い事だ。

「やめておけ、英雄の名を汚すことになる。それに私にそんな価値はないだろう」

 悲し気に笑みを浮かべて首を横に振るフレデリック様。長い間、王宮娼夫として折られ続けた自尊心は自身の価値を失わせるには十分だった。態度は王族として不遜な態度を求められながら、それを穢すように犯され、調教され続けてきたのだろう。

 おそらく、解放される事は望んでいないし、歳を取り、価値が無くなったら処分されるだけと受け入れている姿が何よりも悲しかった。

 フレデリック様の言葉の通りに従えば、俺は十五年前と何も変わらない。あの頃は知らずとも、この人を見捨てたという過ちを繰り返すだけになる。そんな事、もう繰り返したくなかった。

「……頷いてもらえなければ攫うだけです」
「……!?おい!やめっ……!?」

 掴んだままのフレデリック様の腕を引き、その体を片手で抱き上げる。俺の肩辺りの身長にもかかわらず、その体はあまりにも軽い。おそらく百八十くらいの身長に対して体重は五十ちょっとと言った所か。

 体重のわりに貧相に見えないのは元の骨格と筋肉量のせいだろう。正直飢え死にしないギリギリを生きていると思う。肌の質感とかは綺麗だから、食事がポーションなどの薬剤ってのも考えられる気がする。

 ……食べさせないと。でも、あまり重い物は体が受け付けないかもしれない。何がいいだろうか……。悩ましい……。太らせねば。健康的な範囲で。太らせねば。
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