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五章 誕生日と旅行と邂逅

(3)しごでき部下からの提案

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「羽多野さん、相談したいことがあるんですが」
 
 細かい数字が並ぶディスプレイから目を上げれば、久世は使い込んだシステム手帳を手に、十分ほど時間をもらえないかと言った。視線がオフィスの外を示すからデスクで済ませられる内容ではないらしい。

「いいですよ。会議室どこか空いてる?」
「Cルーム空いてるので、そこで」

 手帳とタブレットを持って椅子から立ちあがり、先導する長身の久世の後を追う。すれ違う社員が髪型を変えた彼に視線を持っていかれては、ぽぉっとするのが傍目で良く分かった。

「──誕生日なんですけど、真咲さんの誕生日も来月だから、ふたりのを合わせて旅行行きませんか?」

 小さなミーティングルームに入るや久世はそう提案してきた。

「相談てこれ?」
「はい」
「私用じゃん!」
「さっき移動中に思いついたんですけど、すぐ言っておかないと真咲さんのことだからもう何か用意しちゃってるかもしれないなって思って。一応、私用じゃない用件もありますよ。デスク戻ったら訪問記録上げるので見ていただきたいんですが、新卒採用フローの見直しってことで深入りできそうな案件が出てきたので来週の訪問に同行いただけますか?」
「あぁうん。それってさっき行ってきた製薬メーカー?」
「はい。次年度以降の設計になりますけど、今年度までの状況をざっと見せていただけていろいろと話をするうちにいい機会じゃないかという流れになりまして。担当者の人もやる気で、向こうもキーマンに出てきてもらえそうだから来週畳みかけましょう」
「わかった。相変わらずすごいな」

 久世の業績は順調に上がっており、留まるところを知らない。既存クライアントとの取引を拡大することはもちろん、新規の案件も増えているから久世ばかりがハードワークとならないよう私もフォローに回って、対応漏れのない体制づくりに努めているくらいだった。

「全部真咲さんのおかげですよ。仕事の仕方はもちろんですけど、精神面でも真咲さんの存在に支えてもらって、そこに加えてこのところリョウちゃんさんがしてくれたイメチェンが効きまくって、クライアントのみなさんは俺と話しているだけで、なんだか自分がすごい仕事をしているような気になるみたい」
「罪な男よの……」
「まぁ彼らは自社のためになることをしているんですから、事実すごい仕事なわけだし、俺はうちの会社のツールを提供しながらその手伝いをしているにすぎません。数字が稼げて俺は大好きな真咲さんに褒めてもらえて、向こうは向こうで会社をよくすることに繋がってるんだから、これぞウィン・ウィンでしょ?」
「まぁ……まぁそうか」

 間違ったことは言っていないのに、丸め込まれた気持ちになるのは何故なのか。

「それで結局、お互いの誕生日合わせて旅行行くって結論でいいですか?」
「えっ」
「相談の主旨はそれです」
「あ、はい、うん。いいです」
「決まりですね。じゃあ、今晩真咲さん家でどこ行くか考えましょう。夕飯どうしましょうか?」
「冷凍庫に鮭があってそれ焼こうかなって思ってて、あと昨日マリネ作っておいたから家で食べるでもいい?」
「もちろん! この間買っておいたワイン開けましょうよ」
「賛成」

 考えてみると、平日であろうが久世と家で夕食をとって、彼が泊っていくことも当たり前のようになっていた。気づけばいつも久世のペースになっている。
 でも、それで悪い気はしなかった。

 旅行は箱根と決まり、混み合うシーズンとあって人気の宿は直近の予約が難しかったものの、何件か候補を当たるうち希望するプランで一泊二日の宿が確保できた。久世は計画を立てながら終始ご機嫌で、どこに行こうとかあれを食べようとか、旅行雑誌やネットを見ながら過ごしている。
 かくいう私もまた浮かれていた。
 会社帰りにデパートに寄って、何を着ていこうかマネキンを眺めながら考え、下着まで新調してしまった。
 家で包装を解き、先ほど買ったばかりの下着を掲げて私は思う。

 ──お店で見たときは可愛い気がしたんだけど、改めて見るとこう……セクシー過ぎるのでは。

 テンションが上がって同じようなものを二種類も買ってしまった。店先ではレースをあしらったデザインで派手過ぎず、攻め過ぎてもいないと思ったものの、レースのせいで隠せているようで隠せていないというか、セットデザインになっていた下のほうも尻のあたりの布が心もとない気がする。

「……航汰、好きかな、こういうの」

 いや? いやいや私は何を言っているのか。
 下着は身につける自分のためだろう。下着において防御力と攻撃力はトレードオフの関係にあるのだ。寒い季節なのだから、だったら防御力を高めたほうがいいような気もするが、それはあったかいインナーとかでカバーすればいい。
 大丈夫。これは可愛いの部類だ。
 つらつらと心で述べる言い訳に、私はますます、ふたりきりの旅行に浮かれる自分を自覚した。

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