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三章 抱いた気持ち

(3)中間管理職から告白

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 自分たちが思っていた以上にヨレヨレだったのか、今日は定時上がりで勤怠記録を付けておくから、帰って寝たほうがいいという谷原さんのお言葉で、私と久世は研修に使った備品を返却し終えるとその足で会社を後にした。
 ふらつきながら電車に揺られ、その揺れで余計に眠くなって、最寄りの駅で改札を抜けてから私は気づいた。

「……久世、ここで降りたら遠くない?」
「え……? あ! 真咲さんといるときの癖で……つい……」
「ま、いいや。うちで少し寝ていったら?」
「いいんですか……?」
「力尽きてその辺の道端で寝られても困るし。暑いし、途中のコンビニでビール一本買ってこ。一口飲んで寝落ちしそうだけど、乾杯用ね」
「はい! あの、パンツと歯ブラシ買っていっていいですか?」
「なんで泊まる気なんだよ。歯ブラシは買い置きがあるから買わんでいい」

 コンビニでわずかな買い物をして、そこからマンションまでのわずかな距離を私たちは汗ばむ手を繋いで歩いた。
 家に着くと久世にはいつだったか着てもらったTシャツを貸して、私はコンタクトを外してパーカーに短パンの楽な部屋着に替えさせてもらうと、ソファに並んで缶ビールの蓋を開ける。

「では久世くん、本当におつかれさまでした。かんぱーい!」
「乾杯!」

 ぐびぐびやって、揃って長々息を吐き出すと、目を合わせてどちらからともなく声を上げて笑いあった。

「本当にありがとうございました。真咲さんがいなかったら、どうなってたか」
「私いなくても出来そうな感じじゃなかった? プロ講師感すごかったよ」
「アドレナリン出まくりで、自分が自分じゃないみたいな時間だったんで、必死でしたよ。前半の真咲さんの講師姿見てたから出来たんです」
「あらまぁ」
「あらまぁって……谷原さんに、俺のこと伝えてくれたの、すごく嬉しかった。ふたりで頑張ろうって言ってくれたのも、たくさん褒めてくれたのも全部嬉しかったです」
「だって、真実頑張ったじゃん。今回の久世の働きはちゃんと認められるべきだよ」
「真咲さん……」
「私、最終的に剣持のこととかどうでもよくなったからね。久世、マジで才能溢れる天才で神じゃない? こんなすごいやつが私の部下とか最高、全世界に自慢して回りたーいってずっと思ってた」
「ほんとに?」
「ほんとほんと。堂々として素敵で、なんでまぁそんなに気づくかなってくらい周りのことをよく見てて、すごくかっこよかった」
「……どうしよう、すごい恥ずかしい」
「正当な評価です。加えて、素になると優しいし、時々なんかおかしいけど、かわいい」
「真咲さん、もう酔ってます?」
「どうかなぁ? ハイにはなってるけど、その分いつもより素直かも」
「素直……」
「うん。だから久世のこと、好きです」
「まっ──待って、夢? 俺、実はもう寝てたり」

 缶をローテーブルに置き、両手で頬をぶにぶに押してやると久世は「夢じゃない」と非常に神妙な面持ちで呟いた。

「や、やった……! あ、や、でもあの……真咲さん、谷原さんに何か言われてるんじゃないんですか?」
「惚れるなって釘刺されてるけど、実際無理じゃない? 久世が正直に気持ちを伝えてくれてるのに、私だけのらくら交わすのは誠実じゃないなと思って。あの、正直、結婚となるとまだ実感も検討も出来てなくてその返事は保留にしたいんだけど、久世のことは尊敬できて一緒にいるの楽しいし、仕事だけじゃない時間ももっと一緒にいたいなって気持ちは確かだから……つ、伝えたかった」
「それは、俺がす、すきということですか?」
「うん。人としても好きだし、恋愛的な意味でも、好きです。いい歳してお恥ずかしいことに、こういうのがあまりにも久しぶりでわけがわかんなくなりそうなんだけど、久世に触られるの嬉しい、から」

 顔から火が出そうだった。腕に遠慮がちに手が添えられたかと思うと、顔をあげる間もなく一気にかき抱かれていた。

「真咲さん」

 耳元で噛み締めるように名を呼ばれ、えらく高鳴る鼓動とともに久世を見やる。

 ──ひぃい、近、わかってたけど近い!

 この超至近距離で、しかも照れた甘い瞳で見つめる威力をこの男は理解しているのだろうか。

「真咲さん、好きです」
  
 目を伏せれば軽く触れるだけのキスがあった。眼鏡を外され重なる唇は、すぐに大胆になって、私たちは抱き合いながらソファに倒れ込んだ。

「真咲さん」
「く、ぜ……ん、ぅ」

 絡む長い舌が気持ちいい。

「真咲さん、あの」
「ん?」
「かわいい……俺めちゃくちゃ、興奮してて、このまま真咲さんのこと抱きたいんですけど」
「う、ん」
「……寝落ちもしそう」
「……わかる」

 我々は疲労困憊だった。

「とりあえず仮眠しよう。話はそれからだ」
「はい……俺、ソファ借りていいですか」
「ベッド一緒でもいいよ。でも、狭いか。久世、背高いから普通のベッドだと脚はみ出るよね」
「いやそれ以前の問題で、真咲さん抱きしめながら大人しく寝るとかできるわけがなくねーですか? どんだけ煽れば気が済むんですか? Sですか? そんな簡単に男に気を許したらダメでしょ!」
「混乱しておかしくなってるぞ」

 ごちゃごちゃ言いながらもベッドの誘惑には抗えないのか、久世は私に誘われるまま、ソファから、リビング横の引き戸で軽く仕切られただけの狭い寝室に移動して、ごろりとベッドに横になる。とろみのある毛布を掛けて上から軽く叩いてやると情けない声があがった。

「うわぁん寝かしつけられるぅ……」
「寝なよ。私も眠い」

 久世は寄り添うように並んだ私を抱き寄せて、また唇を重ねると穏やかな瞳を向け、
「おやすみなさい」
 と告げた。

「おやすみ」

 耳元をくすぐる指先が心地よい。
 誰かのぬくもりを感じながら眠るのは久しぶりで、意識を手放すのも名残惜しいほどだったけれど、私はたぶんほとんど気絶も同然に寝入ったのだと思う。

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