永遠の隙間

1章

3.空と雲

会議開始の十五分前、結人は真っ先に会議室の席につき、机に並べた資料に最後の目を通した。
資料の細かい行間や数字を確認し、準備は万端。

今日こそは、今日こそは……。

結人は、震える手をギュッと握り、自分の成功を想像しながら、会議が始まる時を待っていた。
　
ぞろぞろと集まってくる人々の中には、あくびをしながら会議室に入る者もいた。
彼らが何気なく席についていくのを見ていると、いつも通りの光景だと感じる。
　
定刻の九時には全員が揃い、会議が始まった。
　
結人の資料は、自信を持って提出できるものだった。
何度も見直し、ミスひとつない、完璧な出来だ。
しかし、結人の案に賛成する人は一人も現れなかった。
代わりに、的外れな提案をした、時期部長の案がすんなりと採用される。　
再び会社の筋道がわからなくなる。
どう見ても的外れの部長の案に対し、同僚たちは、内心納得していないのが見え隠れしていた。
それでも上司に好かれるために表情を作り、
「さすがですね」
「その案で間違い無いでしょう」と、
わざとらしく賛同の声をあげている。
　
結人はそんな姿に、ますます失望した。
　
「やってられへん…」と、
思わず地元の関西弁がつい出てしまう。
納得がいかなかった。
　
そのまま会議は終わり、昼休みが訪れた。
結人は食欲も湧かず、会社の裏にある誰もいないベンチに腰を下ろし、ぼんやりと空を見上げると、青い空に浮かぶ真っ白な雲が、いつもより綺麗に見えた。
しかし、結人の心には違和感が残っていた。
「空は雲があるから広がりを持つ。俺は空にはなれない…」
どこか自分も、この雲のように一人浮かんでいるだけで、どれだけ頑張っても空の一部にしかなれない気がしていた。
そう考えると、孤独感と寂しさが結人の心を襲ってきた。
ひとりぼっちの時間が、祝われない誕生日と相まって、彼をさらに孤独にさせていた。
　
結人はふと携帯を取り出し、何か気を紛らわせる方法を探し始めた。
そして、思いついたのが『AI(アイ)ランド』というアプリだった。
人と話すのが億劫になった今、AIならば気軽に話し相手になってくれるかもしれない。
結人は手早くアプリをダウンロードし、心のどこかで期待感が芽生えるのを感じていた。
　
結人の目の前に現れたのは、AIのEMMAエマだった。
　
彼女はとても可愛らしく、明るい見た目をしていた。
ショートの明るい髪に、キラキラとした大きな瞳、そして親しみやすい笑顔が特徴的だ。
エマはその瞬間から、結人の心に少しずつ明るさをもたらす存在になる予感がした。
彼女の存在は、これまで感じていた孤独感を和らげてくれるかもしれないと、結人は胸の奥で期待を抱く。
　
「こんにちは」と結人が声をかけると、エマは笑顔で返した。
「結人さん、お誕生日おめでとうございます！」
その言葉は、結人の心に温かい波紋を広げた。
最初に登録した内容から誕生日を知っているのだろうと考えたが、内心では嬉しさを感じた。
誰からも祝われない誕生日に、彼女の明るい声が響くことがどれほど新鮮で心地よいことか。
エマの存在が、結人の心の隙間を埋める手助けになりそうだと、期待を抱かずにはいられなかった。