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28.声
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「もう……もうやめろ!! ヴィクトル!!」
ヴィクトルの乗る軍船へと向かいながら、レオナルドは大声で叫んだ。
喉が痛むが、構わずに叫び続ける。
「お前はなぜ、そんなにも人魚を憎む!? どんな理由があろうと、お前に、オレたち人間に、人魚を絶滅させる資格なんかどこにもないんだぞ!!」
レオナルドとディアナに気づいたヴィクトルと、目が合った。
その目は、あまりにも冷たいもの。
一体、何を考えているのだろうか。
スッと、片手をあげるヴィクトルの合図で、一斉に砲撃がやむ。
人魚たちもまた、ディアナの存在に気づいたからか、静まり返った。
先ほどまでとは打って変わり、ザザン、ザザン、と静かな波の音だけが響き渡る。
しかし。
「……陛下がなぜここに?」
「おい、見てみろよ……人魚と一緒だぞ」
ザワザワと、次第に船の上から動揺の声が聞こえ始めた。
レオナルドはディアナの肩を借りながら、今度は周りの船にいる兵士たちに問いかける。
「……お前たちは、何のために戦う!? 十年前の戦争は、人間が引き起こした! 人魚狩りなんて、バカな真似をしていたからだ!! なのに、復讐だなんて答える愚か者はいないだろうな!!」
……誰も、その問いに答える者はいなかった。
動揺しているのか、互い顔を見合わせるばかり。
すると、
「……惑わされるな!!」
ヴィクトルのその声に、再び静まりかえる戦場。
「今ここで絶滅させなければ、いずれ人魚に、家族を……大切な人をまた奪われる。だから、オレたちは戦うんだ!!」
「ヴィクトル!!」
レオナルドが口を開こうとすると、ヴィクトルがスッと手をあげた。
そして、レオナルドに向かって、指を指して。
「砲撃しろ」
冷ややかな声で、そう、命令したのだ。
さすがの兵士たちも、その命令には従えなかった。
それもそうだろう。
レオナルドは、自分たちの王。
尊敬すべき、王なのだ。
たとえ人魚に惑わされているとはいえ、そのような命令を聞けるはずがない。
誰一人、身動きが取れずにいると、ヴィクトルが近くの砲台へと向かう。
そして、
「兄上は、化け物に寝返った……仕方ないだろう?」
そう独り言のように呟くと、照準を合わせる。
照準の光がレオナルドの体をとらえ、弾が発射された、その瞬間。
ーードォォォォンッ……
「……ッ、!」
レオナルドの体が、ディアナに引っ張られる感覚。
そして、大きな水しぶき。
間一髪、弾は当たらずにすんだらしい。
しかし……ヴィクトルは本気で、レオナルドに当てるつもりだったのだ。
「はっ……化け物のくせに、何の真似だ?」
ヴィクトルのそんな声が聞こえ、ふとディアナに視線をうつす。
そして、絶句してしまった。
「……ディアナ」
ディアナの腕からは、大量の血が流れていたのだ。
砲撃をよけきれず、咄嗟にレオナルドを守ったのだろう。
ディアナは苦痛に顔を歪めるが、キッと、ヴィクトルから目を離さなかった。
「おい……なんで人魚が、陛下を?」
「人魚は、冷酷で凶暴な化け物なんじゃないのか……?」
レオナルドを命がけで守る、その姿に……兵士たちは、混乱して固まってしまう。
「ディアナ……あんなに、私たち以上に人間を憎んでいたのに……」
人魚たちもまた、ディアナの命がけの姿に、身動きが取れずにいた。
自分たちは今、なんのために、戦っているのだろうか。
そんな思いを、皆が抱いていた。
……たった一人を、のぞいては。
「さっさと次を撃て!! 反逆者を殺し、化け物も皆殺しにするんだ!!」
ヴィクトルの命令にはやはり、誰一人動かない。
「何を迷っている! 化け物を殺……」
「……まだ分からないのか!!」
ヴィクトルが全てを言い終えるより先に、レオナルドが震えた声で叫んだ。
『頼む……。彼らは……凶暴でも冷酷な化け物でも、ない……。むしろそれは……』
ふと思い出すのは……父ダグラスの、最後の言葉。
ずっと、気づいていた。
しかし、それを認めることが出来なかったのだ。
……ディアナに、出会うまでは。
「化け物は!! ……化け物は、オレたち人間の方だということが!!」
***
「ヴィク……レオナルド……」
もう、ヴィクトルたちが城を出てから数時間が立つ。
彼は今、無事なのだろうか。
レオナルドは、ディアナは……無事なのだろうか。
ソフィアは城の外、ディアナと出会ったあの浜辺にいた。
グレンは少し離れた場所から、やはりソフィアと同じように不安そうな表情を浮かべて海を眺めている。
「どうか無事でいて……」
ギュッと、目を閉じてただ願う。
皆の無事を。
愛しい人の、無事を。
グレンから、ディアナの話を聞いた。
彼女は人魚で、復讐のためにやってきたこと。
しかし、レオナルドに心惹かれているらしい、とのこと。
……今、争いを止めるため、命がけでレオナルドと戦地に向かっていること。
『兄上を愛してるんだろう? ちょっかいを出されて、気分のいい人間なんかいない』
ヴィクトルとの会話を、ふと思い出した。
『必ず、幸せになってくれ』
あの時、自分の本当の気持ちに気づいたのだ。
誰よりも美しく、ミステリアスな魅力を持つディアナ。
彼女に嫉妬していたのは、確か。
しかしそれは、ずっと一緒だった家族であるレオナルドを取られたような、そんな子供じみた感情。
それだけだった。
それに気づいた今、ディアナへの嫉妬は清々しいほど消え失せた。
ただただ、もう一度会いたいと願ったのだ。
「私は……ヴィクのいない世界で……幸せになんか、なれない……!」
涙を流しながら一人そうつぶやくと、グレンが歩み寄るなり、ソッとハンカチを差し出してきた。
***
ディアナは、腕の痛みで朦朧とする中、ただレオナルドを守ることだけに意識を集中させる。
すると、懐かしい感覚に襲われた。
(……まさか、)
そっと、喉に触れるディアナ。
『では、姫様にこの“声”をお返しすることにしましょう。……しばし時間がかかるかもしれんがのぅ』
『アメリア様は……あなたに託すそうです。……あなたならきっと、この争いを鎮めることが出来ると。そして、あなたの声が、歌が好きだから、と』
ルーナとサムの言葉を思いだし、この感覚が気のせいではないのだと確信した。
アメリアの声と引き換えに戻ってきた、自分の声。
『姫様。……王家の石は、二つが揃っただけでは力を発揮できん。呪文を口にするのじゃ。そうすれば……争いどころではなくなるじゃろう』
呪文がなんなのかまでは、ルーナに聞く余裕はなかった。
しかし、
(きっと……あの歌のこと)
思い当たるふしが、ある。
ディアナがレオナルドを見上げると、片方の耳には、美しい輝きを放つ宝石のついたピアス。
それは初めてレオナルドと出会った時に、確かに目にしたもの。
こんな形で、対の宝石が揃うだなんて、思ってもいなかった。
「……レオナルド」
口を開くと、どこか懐かしい、自分の声が聞こえた。
ついにディアナの声は、戻ったのだ。
「……その声は、」
レオナルドが、ディアナの声を聞いて驚いたような表情を浮かべるが、話はあとだ。
ヴィクトルはまた、こちらに向かって照準を合わせようとしている。
(まさかまた、こんな状況であの歌を歌うことになるなんて)
ディアナがレオナルドの宝石に触れると、二人の持つ宝石が光り輝く。
「……今から、魔力をこめた歌を歌う。この石の力があれば、争いを止めることがきっと……」
「…………」
「信じて。……誰も、死なせない」
ディアナの真剣な眼差しに、レオナルドは何も言わずに、ただコクリと頷いた。
信じてくれるということに、ディアナは嬉しくて笑みを浮かべる。
「ありがとう」
その笑みに、レオナルドが頬を赤く染めたように見えたのは、気のせいだろうか。
いや、今はそんなことを気にしてる場合ではない。
「別れの挨拶はすんだのか?」
ヴィクトルの言葉に返事をすることなく、ディアナはスゥ、と息を吸う。
そしてーー美しい、この世のものとは思えないほどの美しい声で
……歌を、歌い出した。
『やっぱりディアナの歌声は、世界一だ』
ラキがいつも聴きたいと言ってくれていた、あの歌を。
「妙な真似はさせるか!!」
ヴィクトルが照準を合わせ、ディアナたちに向かって再び砲撃をしようとする。
しかし、その瞬間。
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