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26.人魚狩り
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『……この宝石は、王家に代々伝わる宝。どうしても行くというのなら、持っていって……ルーナ』
何十年前のことだったろうか。
物心ついた頃から、未来を予知したり怪しげな術を使っていたルーナ。
そんな彼女を父親はよく思っていなかったため、ある日、マトモに振る舞えないのなら身分を放棄するよう言われた。
ルーナにしてみれば、王族であることに何の執着もない。
むしろ、誰にどんな目で見られようが、自由に生きることができるのなら、こっちから願い下げである。
そんな風に考えていたため、身分を捨てることを選んだ。
『いいえ。身分を捨てた今、それを持つ資格は私には……』
『いいから、持っていきなさい。片割れだけど……きっと、あなたの身を守ってくれる』
母親はそう言って、半ば強引に宝石を手渡した。
昔から言い伝えられている、王家の宝。
二つで一つとされる石は、お守りのような存在として扱われていた。
実際、何らかの力があるようには思えなかったのだが。
ルーナは母親から宝石を受け取ったあと、人魚たちの住処から離れた場所で暮らすようになった。
そして、月日が経ち。
両親が年で亡くなり、弟が新たな王となり。
時代は変わったが、相変わらず人魚の住む碧の世界は美しく、そして平和だった。
……あの日までは。
『ルーナ、お願い! 私の息子を生き返らせてぇ……!』
いつしか、人間たちの間で『人魚狩り』というものが始まったのだ。
陸に遊びに行ったまま、戻って来ない者。
……物言わぬ屍となって、戻ってくる者。
人魚の世界は、混乱していた。
それだけではない。
『……ッ、!』
ある日、ルーナには、人間と人魚との激しい争いが見えたのだ。
多くの人間や人魚が命を失う、地獄のような光景が。
『じき、人間との争いが始まる? ……望むところだ』
王である弟に訴えても、人間への憎しみで話にならない。
『何を寝ぼけたことを……。お主、戦争でどれだけの犠牲が、』
『じゃあ姉様は、泣き寝入りしろと言うのか!? これまでに、どれだけの仲間が殺されたと思う!?』
話は、平行線のまま。
このままでは、ルーナが予知した通りの未来が待っているだけ。
この時の自分は若かった、とルーナは思う。
『人間よ、今すぐに人魚狩りをやめよ。やめなければ、必ず後悔することになるじゃろう』
たった一人、陸へと向かったのだ。
人間にも、きっと話の分かる者がいるはず。
戦争を回避するためには、まず人魚狩りをやめてもらわなければ。
しかし、
『……おい見ろ! こんな綺麗な人魚、見たことねぇぞ……』
『高値で売れるぞ、捕まえろ! 逃がすな!!』
ルーナは、現実を突きつけられた。
陸で出会った人間たちは、皆、笑っていた。
笑いながら、人魚を生け捕りにしていた。
逆らう人魚は、その場で殺していた。
……それだけではない。
『次の賭けはどうする?』
『子どもの人魚を捕まえたら、何でも言うこと聞いてやるよ』
『絶対捕まえてやるから、その言葉忘れんなよ』
賭け。
人魚たちは、ただの娯楽のために狩られていたことを、目の当たりにしてしまう。
(……やはり、未来は変えられんのかもしれんのぅ)
生存のため、復讐のため。
これでは、いつ戦争になっても仕方がないのかもしれない。
これ以上の犠牲を出さないための、戦争だろう。
ルーナは人間に捕らわれながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
このまま見世物になるのか、殺されるのか……自害した方がマシなのか。
自分の未来を予知しようにも、この能力はしたくてできるものではなかった。
いや、できたとしても、自分の未来など興味ないのだが。
この時は全てにおいて、諦めていたのかもしれない。
『……お前たちが捕らえた人魚が、ここにいるのか?』
『は、はいそうです! あの……なぜ、ここに?』
時刻は深夜だったろうか。
人間に捕らえられたルーナが、他の人魚とともに大きな水槽で浅い眠りについていると、話し声が聞こえてきた。
水槽にはシーツがかけられているため、今どこにいるのか、どんな状況なのかまるで分からない。
分かったところで、腕はロープで縛られ、口にはテープをはられており、何もできやしなかったのだが。
ーーバサッ……
突然、水槽を覆っていたシーツが取られ、ガラス越しに見える数人の男たち。
他の人魚たちも目を覚まし、身構える。
しかし、ルーナだけは違った。
(……美しい瞳じゃ)
水槽に歩み寄る青年の、その美しい碧の瞳に、魅入っていたのだ。
漆黒の髪に、碧の瞳。
端正な顔立ちをしているその青年は……。
『陛下、拘束しているとはいえ危険です! あまり近づいてはいけません!』
“陛下”
そう呼ばれる碧の瞳の青年と、目と目が合った。
すると。
『……ッ、』
青年は少し驚いたような、そんな表情を浮かべる。
しかしそれも一瞬のこと。
青年は男たちの方へと振り向くと、
『……彼らはオレが言い値で買う。いくらだ?』
ルーナたち数人の人魚を、その場で買いとった。
買い取られた、その日の早朝。
なぜかルーナたちは、城の浜辺から海へと連れて来られた。
『……なぜじゃ?』
ルーナの縄を解き、テープをはがす青年に、ポツリと聞く。
一体、この青年は何を考えているのだろうか。
『……すまんかったな。怖かったろうに』
青年はルーナの目を見ずに、淡々とした口調で謝罪の言葉を口にする。
『オレは、一日でも早く人魚狩りを禁止するために周りを説得してるんだが……なかなか、うまくいかないもんだ』
『……今ここで、お主を殺すこともできるのじゃが?』
ルーナより先に解放された人魚たちは、いつでも攻撃できるよう、ジッと睨みつけている。
そんな状況にも関わらず、青年は苦笑いを浮かべて、
『いや、まぁ……それはそれで、仕方ないのかもしれんな。その時は、うまく逃げろよ』
やはりルーナの目を見ずに、そう話す。
いまいち、何を考えているのか分からない人間だと思った。
『……目を見て話さぬ者は、信用できぬ』
仲間たちを手で制しながら。
なかなか目を合わさない青年に苛立ち、ルーナがそう口にすると……青年は、なぜか顔をみるみる赤く染めてしまった。
『……君たちを逃がすことで、信用してもらえないもんかね?』
『なぜ、顔がそんなに赤いのじゃ』
顔を赤くする状況ではないはずだ。
ルーナが心底不思議に思い、そんな質問をすると、青年はポリポリと頭を軽くかく。
そして、
『なんというか……まぁ、あれだ。君に、一目惚れしたみたいなんだわ』
あまりにも素直に、サラリと信じられないセリフを口にした。
固まるルーナと、仲間たち。
それもそうだろう。
ルーナは、人魚。
種族が違いすぎる。
しかし、とてもウソをついているようには見えなかった。
『……ねぇルーナ、そんな頭のおかしい人間は放っておいて、早く行きましょう』
『一応命の恩人だからな、殺すのは勘弁してやる』
『早く家に帰って、家族に無事を知らせなきゃ』
仲間たちの言葉に、ルーナはハッと我に返った。
そして、
『先に行くのじゃ。……わしは、この人間の王に話がある』
仲間たちを先に住処へと帰したあと、浜辺に二人きりになるルーナと青年。
会ったばかりの、ましてや人間の王。
もちろん、そう簡単に信用などしていない。
していないが……。
キッと、ルーナは青年の目を見つめながら、口を開いた。
陸へとやってきた、理由を話すために。
『わしの名はルーナ。……こう見えても、お主の父親よりも年上のババァじゃ』
『オレはダグラス。知っての通り、この国の王をしてるんだが……若く見えるんだな、人魚ってのは』
大した問題ではないかのように、ダグラスは浜辺に腰をおろして笑う。
人魚相手にあまりにも自然に話すダグラスに、拍子抜けしてしまいそうになりながらも、話を続けた。
『……わしには、未来が見える。信じる信じないは、お主に任せよう』
近い未来、人間と人魚の間で大きな争いになること。
多くの犠牲者がでること。
人魚狩りのせいで、人魚の王は戦争も辞さない考えであるということ……。
全てを話した後、ダグラスは真っ青になりながら、頭を抱えていた。
『戦争か……なんてこった。ちなみに、キミの予知が外れたことは?』
『残念ながら、外れたことはないのぅ』
ルーナの予知の的中率は、100%。
それでも、もしかしたら未来は変えられるのかもしれない。
そう信じていたから、陸へと警告に来たのだ。
『……大丈夫だ、うん。
戦争は、絶対に起こさせやしない。人魚狩りも必ず禁止させる』
ダグラスはそうポツリと口にすると、スクッと立ち上がる。
『ルーナ……だっけな? まだ、信じてはくれんかね?』
頬を赤くしながらも、真っ直ぐと目を見つめられて。
……ただただ、不思議だった。
会って間もない人間の言うことを、なぜ信じようと思ったのか。
(いや……信じる以外、道はない)
争いを回避するには、信じるしかないのだ。
ダグラスに賭けるしか、ないのだ。
『承知した……お主を信じよう。
わしはもう一度、人魚の王と話をしてみるかのぅ。
……恩に着るぞ、ダグラス』
『お? 礼なら、ここにしてくれた方が嬉しいもんだが』
礼を口にするルーナに、ダグラスはヘラッとした笑みを浮かべて自分の頬を指差す。
が、ルーナはキョトンとするばかり。
やはりこの男はよく分からない、と改めて思った。
住処へと戻ったルーナが真っ先に向かったのは、もちろん人魚の王である弟のもと。
人間の王ダグラスとの約束を、伝えるためだ。
しかし。
『……にわかには信じられないな』
人間には、散々仲間を殺されてきたのだ。
今さら人魚狩りを止めると言われても、信用できるはずがない。
予想はしていたが、やはり王は素直に話を受け入れはしなかった。
『姉様……。その人間の王との約束をした上で、姉様の見る未来は何か変わったのか?』
『……どうかのぅ』
その曖昧な答えは、ルーナの本心。
ルーナ自身、今は未来が見えないため、何も分からぬ状態なのだ。
王ははぁ、とため息をつく。
『……分かった。
もし本当に、人間がこの先、我々に関与しないと誓うのなら……。
若い血の気の多い連中には、早まった真似をしないよう、言っておく』
全てを水に流す、というわけにはいかない。
しかし、心から戦争を望んでいるわけではなかったのだろう。
『それはそうと、姉様……。ずいぶんとその人間の王を信頼しているようだが、それはなぜだ?』
ふと、王が心底不思議そうにそんなことを聞いてきて。
ルーナはなぜか、自分の胸が高鳴るのを感じた。
(な、なんじゃ?)
不思議なこの感覚は、生まれて初めて感じるもの。
だから、この感覚の正体がなんなのか、この時のルーナにはまだ分からなかった。
ただ一つ分かっていること。
それは、ダグラスの碧の瞳を、赤い顔を、もう一度見てみたいと思ったことだけ。
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