泡沫

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21.命令

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***
 
 
ーーピッ……ピッ……ピッ……
 
城内のとある一室で、無表情にレーダーを見つめるヴィクトル。
部屋には他に数人おり、レーダーの反応を皆が固唾を呑んで見守っていた。
 
「……消えました」
 
レーダーにうつる、赤い点滅がフッと消え、顔を見合わせる男たち。
 
「ここが……人魚の住処なのでしょうか?」
「このことは、まだ誰にも話すな。指示を待て」
 
ヴィクトルはイスから立ち上がりながらそう命令すると、ひとり部屋を出る。
そして、コツコツと足音を鳴らしながら、ほんの数時間前のことを思い出す。
 
『兄上の言っていることは、父上と同じだ。また、この国の人間を危険にさらすつもりか?』
 
人魚であるディアナを庇うレオナルドに、苛立ちを隠せなかった。
何も答えないレオナルドのことを、おそらく自分はもう信用できないだろう、と思った。
父と同じように人魚に惑わされ、いいように操られるに決まっている、と。
 
『……だったら、オレが』
 
自分が、行動しなければ。
 
ヴィクトルは、ひとり決意したのだ。
自分がこの国を、国民を守らなければならない。
人魚を絶滅させなければ、また、罪もない犠牲者が、現れる。
……悲しむ者が、現れる。
 
『……オーウェンと言ったな。お前にしてもらいたいことがある』
 
レオナルドの部屋から立ち去ったヴィクトルが向かったのは、書庫だった。
 
『えっ……ぼ、僕に……?』
 
ディアナが、この男には多少気を許しているように見えた。
オーウェンを利用しない手はない。
 
ヴィクトルは書庫の扉を閉め、オーウェンと二人きりだということを確認する。
そして懐から、小さな機械……発信器を取り出して見せた。
ディアナに付ける機会を伺っていたので、常に持ち歩いていたものだ。
 
『それは……なんですか?』
『発信器だ。これを、ディアナに気づかれないように取り付けてほしい。
……そうだな。無理やりにでも襲ってやれば、そのゴタゴタで取り付けることができるな』
 
サラリと答えるヴィクトルに、オーウェンはキョトンとしてしまう。
 
『な、なぜでしょうか……? それに、無理やり、お、襲うなんて、』
『これは命令だ。
警戒してるだろうが、“人魚のことで話がある”と言えばいい』
『で……でも……』
『命令に背くなら、あの女は処刑する』
 
威圧的な態度でそう言うと、オーウェンはみるみる顔を真っ青にしてしまう。
そして、震える手で発信器を受け取った。
 
『彼女……処刑されるようなことを?』
『……それを確認するための、発信器だ』
 
それを聞き、少しだけオーウェンが安堵したように見えた。
どうやら、ディアナに対して好意を抱いているのだろう。
 
『行ってこい。……オレからの命令だとは、死んでも言うな。言えば、どうなるか分かるな?』
 
ジロリと鋭い目つきと、低い声に、オーウェンは青い顔をしたまま、逃げるように書庫を後にした。
 
 
そして、今。
ヴィクトルはレオナルドの部屋の前に着いたので、ピタリと立ち止まる。
 
「兄上、話があるんだが」
 
トントン、とドアをノックして声をかけると、少ししてガチャ、とドアが開いた。
レオナルドは、特にいつもと変わりない様子にも見える。
 
「……何の話だ?」
 
ヴィクトルは部屋の中に通されるなり、単刀直入に話すことにする。
回りくどい話し方は、好きではない。
 
「あの女が逃げた。……だが、住処らしい場所が見つかった。こんなチャンスは、二度とないだろう」
 
淡々と話すヴィクトルに、レオナルドは眉をひそめる。
 
「……住処? ヴィクトル、お前、」
「どうやってあの女が逃げたのかは、聞かないことにする」
 
レオナルドの言葉を遮り、そう冷たい声で口にする。
 
証拠があるわけではない。
だが、さらに眉間にシワをよせるレオナルドを見る限り……予想通りなのだろう。
レオナルドが、逃がしたのだろう。
 
「ディアナは、殺した」
「そんなこと、オレが信用するとでも?」
 
このごに及んで、まだ彼女を守ろうとするレオナルドに、ヴィクトルは軽蔑の眼差しを送る。
 
なぜ、分からないのだろうか。
人魚は、化け物なんだということが。
 
「……戦いの準備をする。オレが言いたいのは、それだけだ」
 
それだけを言い、クルリと背を向けて部屋を出ようとすると。
 
「なぜ、そこまでして人魚を憎む?」
 
ポツリと、レオナルドが困惑したようにつぶやいた。
 
いつから兄は、このような甘い人間になってしまったのだろうか。
昔から誰にも心開くことなく、そのため常に冷静に物事を判断できていた、尊敬すべき国王でもあったというのに。
今は、たった一人の女にうつつをぬかす、ただの男に成り下がってしまっている。
 
思わずヴィクトルは振り向き、キッと冷たい目でレオナルドを見る。
 
「忘れたのか? 十年前、人魚がどれほど多くの人間を殺したのか。それに……。
……やつらを生かしておけば、また、犠牲者が現れる! やつらは化け物だ! 平気で罪もない人間を殺めることができる、凶暴で冷酷な化け物なんだぞ!」
「それは違う!!」
 
シンと静まり返る、部屋。
レオナルドは続けて、口を開く。
 
「……あれは、戦争だった。それに、戦争の引き金を作ったのは、人間だ」
「だが、」
「いいか、ヴィクトル。人魚に手を出すな。これは国王命令だ。
わざわざ戦争を引き起こし、無駄な犠牲者を出す必要はない」
 
レオナルドの目は、あまりにも冷たかった。
有無を言わさぬその雰囲気に、ヴィクトルはグッと歯を食いしばる。
 
「……分かった」
 
それだけを口にし、バタンと部屋から出て行く。
しかし、
 
「……兄上には内密に、準備を進めろ」
 
コツコツと通路を歩きながら、部屋の外で待機していた部下に命令をくだす。
部下は部屋の外から話を聞いていたのか、少し困惑気味だ。
 
「しかし、陛下は……」
「オレが全責任をとる」
 
……全責任を。
兄とはいえ、国の王の命令に背き、戦争を引き起こすのだ。
命を差し出す覚悟は、もちろんできている。
 
(……ベスの仇を、必ずとる)
 
ギュッと拳に力をこめると、爪が食い込み、血がポタリと落ちた。
 
ヴィクトルの心をここまで“人魚絶滅”へと突き動かす、本当の理由。
それは、愛した女性、ベスの仇をとること。
そして……。
 
自分でも分かっている。
本当は自分一人の復讐のためだけに、国民を巻き込み、戦争を起こそうとしていること。
それが、どれほど自分勝手な理由なのかも。
 
(あんな思いは二度としたくないし、させたくない)
 
ふと、脳裏によぎるソフィアの笑顔。
 
……そう。
二度と、愛する者を奪われてはいけないのだ。
人魚がいる限り、不安が取り除かれることはないだろう。
 
 
***
 
 
ヴィクトルが部屋から出たあと、レオナルドは安堵のため息をつく。
 
(王として、この決断は間違えていないはずだ)
 
さきほども言った通り、わざわざ戦争を起こして犠牲者を出す必要はどこにもない。
決して、ディアナのことだけを考えて反対したわけではないのだ。
ヴィクトルは、あまり納得しているようには見えなかったが……。
 
レオナルドが目を閉じると、脳裏に浮かぶのは、ディアナの愛おしそうな笑み。
 
(だが……もし、いつの日か、人魚の方から争いを仕掛けてきたとしたら)
 
レオナルドはグッと、拳を握りしめる。
 
……その時は、人間の王として、対処するまで。
たとえ、ディアナと敵対することになろうとも。
 
そんなことを一人考えていると、部屋をノックする音が聞こえてきた。
 
「お茶をお持ちしました、陛下」
「あぁ……ありがとう」
 
軽食とカップの乗ったワゴンを部屋に入れ、ペコリと頭を下げて出て行く侍女。
今日は朝から色々とあったため、もうそんなに時間が経っていたのかと少々驚く。
 
(しばらくは……ヴィクトルの行動を監視した方が良さそうだな)
 
ぼんやりそんな事を思いながら、レオナルドはカップに口をつけた。
 
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