泡沫

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11.言い伝え

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***
 

(何か勘付いてる? なに、どうして?)
 
部屋に戻ったディアナはベッドに潜り込むなり、混乱していた。
 
『お前は……何者なんだ?』
『記憶喪失というのは……本当なのか?』
 
レオナルドは、ディアナの正体に何か気づいたのだろうか。
 
この城にやってきて一週間。
一度も人魚の姿にはならなかったし、疑われるようなことは何ひとつしていないはずだ。
 
ギュッと目を閉じて、カタカタと震える自分の体を抱きしめる。
そして、ルーナに言われた言葉を思い出した。
 
『万が一人魚だとバレる事となれば、命はなかろう。人間は人魚を恐れておるからのぅ』
 
正体がバレたら、殺される……。
 
それは大げさでもなんでもない、事実。
 
(大丈夫、まだ大丈夫。バレていたら、お城でこんな自由に行動できるわけがないじゃない)
 
ディアナは頭をブンブンと横に振って、そう自分に言い聞かせた。
記憶喪失だということを疑われているだけであって、まだ人魚だとはバレていないはずだ、と。
しかし、もしかしたらそれも時間の問題かもしれない。
その時は。
 
(……ラキを殺した人間にだけでも、復讐をしなきゃ)
 
仲間たちに迷惑をかける前に、自ら命を絶つつもりだ。
どんなことがあっても、絶対に人魚だとバレてはいけないのだから。
  
「……え? 人魚を見たことあるかって?」
 
翌日になって。
毎日のようにお茶をしに部屋に訪れるソフィアから、探りを入れることにした。
今はラキを殺した人間を探すことに、専念しようと決めたのだ。
 
レオナルドのことは……正直、今は顔を見たくない。
ウソを見透かされてる気がして、会うのが怖いのだ。
 
「すごく小さい頃、争いが起こる前に一度だけお城の近くで見たことがあるわ。……今でも覚えてる。すごく、すごく綺麗だった……」
 
ソフィアの返事があまりにも意外だったため、ディアナは目を丸くしてしまう。
恨みつらみを口にされるのかと思っていた。
なのに、なぜこんな風に、穏やかに話すのだろうか。
ソフィアといると……居心地が悪くて仕方ない。
 
「災いをもたらす存在。凶暴で冷酷。そんな風に言われていたけど、私にはそうは思えなかったわ。
……人魚は十年前の争いで絶滅したみたいだし、今となっては真実かどうかなんて分からないけれどね」
 
そこまで話し、ソフィアはカップに口をつける。
  
(……人魚が絶滅したと思ってる。じゃあ、この人間はラキのことを知らない)
 
昔からこの城にいるようなことを言っていたから、何か知ってるかと思ったが……。
 
小さなため息をつくディアナに向かって、ソフィアは思い出すように続ける。
 
「けど……。
争いの発端は、先代の王様を人魚が殺めたからだそうよ。とても人望が厚くて、立派な人だった。恨まれるような事はしない人よ。
……だから、きっと、言い伝え通りなのかもしれないわね」
 
ソフィアの言葉に、ディアナは一瞬意味が分からずにきょとんとしてしまう。
そして、ギュッと拳を強く握りしめた。
なぜなら、
 
(違う)
 
ディアナが聞いた話と、違うからだ。
 
当時、人間たちの間で、人魚狩りという非道なことが行われていた
だから……。
 
「……ディアナ? どうしたの? 大丈夫??」
 
ディアナの様子がおかしいことに気づいたらしいソフィアが、心配そうに声をかける。
体調が悪いとでも思っているのだろう。
ディアナの顔色は、そう思われても仕方がないくらい、真っ青だったからだ。
  
『気分が悪いから、横になりたい』
 
震える手でそう紙に書いてみせると、ソフィアは心配そうに頷いた。
 
「気分が? それじゃあ私、お医者様を呼んで……」
 
ソフィアの提案に、ディアナは首を横に振る。
そして、ニコリと笑みを浮かべて、『大丈夫』とだけ伝えた。
 
「そう……? じゃあ、何かあったら呼んでね」
 
パタン、と部屋を出るソフィアを見送ったあと。
ディアナは、昔大人たちから聞いた話を、ぼんやり思い出す。
 
(……人魚狩りにあった仲間を救いに行った人魚たちが、人間に皆殺しにされた。若い人魚たちの怒りを鎮めることができなくなったから、人間と大きな争いになった)
 
人魚狩りがあったのは確かだ。
ディアナ自身、仲間が人間に捕まり連れられる現場を目撃したこともある。
しかし……。
 
(……だけど、あの女がウソをついてるとは思えない)
 
ソフィアを信じるわけではないが、罪のない人間の王を人魚が殺めたとしたら?
……なぜ、それを大人たちは隠して話したのだろうか。
 
そこまで考えて、ようやくディアナは我に返った。
自分は一体、何を考えていたのだろう。
らしくない。
 
(バ、バカバカしい。人間の話なんて、人魚を悪者にした作り話じゃない)
 
人間の話を鵜呑みにするなんて、どうかしてる。
  
 
***
 
 
「……彼女に何か用事でもあったのか?」
 
ソフィアがディアナの部屋から出て歩き出すと、背後から声をかけられた。
振り向くと、数人の家臣たちを連れ外出していたらしいレオナルドが眉をひそめている。
 
「えぇ、用事っていうか、お茶をしていたの。まだ、記憶は戻らないみたい」
「……だろうな」
 
なぜレオナルドは、ディアナの話題になると不機嫌そうな態度になるのだろうか。
そんな態度とは裏腹に、命の恩人だからと大切な客として待遇している。
 
ちなみに、それを快く思わない城の者たちが大勢いるため、自分だけでも彼女の味方でいようと思っている。
 
「だろうな、って?」
 
不思議に思い、首を傾げながら聞いてみるが、レオナルドは肩をすくめてみせるだけ。
 
「いや。それより、ここへ来る途中、ヴィクトルが探していたぞ」
「ヴィクが?」
 
レオナルドの言葉を聞いて、ドキドキと胸が高鳴るのを嫌でも感じる。
大した用事ではないと分かっているが、やはり、好きな男と会えるのは嬉しいものだ。
 
「わ、私、それじゃあ行くわ。ありがとう」
「あぁ」
 
急いでレオナルドが歩いてきた方へと歩き出すが、ふと立ち止まる。
そして、何となく振り返ってみると……レオナルドが、ディアナの部屋のドアを見つめていて。
 
(……他人に興味を持つなんて)
 
いつも冷めているレオナルドの瞳が、どこか、いつもと違うように見えた。
 
そして、チクリと、自分の胸の奥が痛んだような気がした。
 
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