泡沫

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2.出会い

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ーーコポ……
コポ……
 
海の中はやけに静かなんだな、とレオナルドは薄れゆく意識の中、ぼんやり思う。
 
(……このまま、死ぬのか)
 
不思議と、恐怖は感じなかった。
 
一面が、揺らめく碧の世界で。
海の世界が想像していた以上に……美しかったからかもしれない。
 
(……やり残した事はいろいろあったが、このままあいつの元に逝くのも、悪くない)
 
レオナルドはゆっくりと目を閉じ、迫り来る『死』を素直に受け入れようとした。
そして……
 
ついに意識を、手放した。
 
 
***
 
 
ーーコポ……
コポ……
 
『まだ、間に合う……?』
 
海の底へと沈んでいくレオナルドのもとに、長い銀髪を揺らしながら近づく人物がいた。
上半身は人間の女性そのもの、腰から下は……差し込む光によって美しく輝いた、尾鰭。
先ほど船上にいたレオナルドたちを眺めていた、人魚だった。
 
息を飲むほどの美しさ。
しかし、その瞳はまるで、感情をもたない人形のようだった。
 
『……人間なんか放っておきなさい、ディアナ』
 
意識のないレオナルドの腰に手を回し、水面へと向かおうとした人魚……ディアナのもとに、もう一人の人魚がそう声をかける。
しかしディアナは首を横に振って、レオナルドに視線を移す。
 
『……お姉様、この男は人間の王。生かしておけば、復讐のために利用できるわ』
 
復讐。
その言葉に、ディアナの姉は眉をひそめる。
そして両手を広げ、ディアナの進行をふさいだ。
 
『復讐なんてやめなさい! 十年前の争いの後、二度と人間に関わってはいけないと皆で決めたでしょう!?』
『私は納得してないわ』
 
姉の説得もむなしく。
ディアナは姉に背を向けると、レオナルドを連れて水面へと泳いで行ってしまった。
 
『ディアナ!』
 
呼び止める姉を無視し、ディアナはとにかく急いで泳ぎ続ける。
人間は、水の中で呼吸ができない不便な生き物だからだ。
  
ーーザパンッ……
 
ようやく水面へと顔を出すと、ディアナはすぐ近くにある小島の砂浜に、レオナルドを寝かせる。
そして、その口元に耳をあてて確認してみるが……やはり、息をしていない。
 
(手遅れだった?)
 
人間は肺で呼吸をする。
だから、肺に空気を送り込めば息を吹き返すかもしれない。
 
……躊躇しなかったわけではない。
だが、他に方法を思いつかなかった。
 
ディアナはレオナルドの唇に自分の唇を押し付けると、大きく息を吹き込んだ。
 
「……ッ、……」
 
何度か息を吹き込むうちに、ついにレオナルドに変化が現れた。
それに気づいたディアナが唇を離すなり。
 
「ッ、ゴホッゴホッ……!」
 
レオナルドは苦しそうに表情を歪め、肺にたまっていた海水を大量に吐き出したのだ。
そして何度もむせた後、ようやく規則正しい呼吸を始める。
 
意識はまだ戻っていないようだが、もう、大丈夫だろう。
 
「……帰らなきゃ」
 
レオナルドが息を吹き返した事を確認するなり
ディアナは手の甲で唇を拭いながら、ポツリとつぶやく。
 
人間にこの姿を見られる前に海へ帰らなければ、仲間のように、彼のように
……殺されてしまうから。
  
この島は、船が難破した地点からさほど離れていない。
レオナルドをこの場に置いて行っても、すぐに誰かが探しに来るだろう。
 
思い立ったディアナがレオナルドから離れようとした、その時。
ギュッと、弱々しい力で手首を掴まれた。
 
「……お前は……?」
 
驚いて振り返ると、もうろうとした様子だが目を覚ましたレオナルドと、目が合った。
 
「…………」
 
ディアナは思わず体を固くする。
人魚の姿を見られたからではない。
……レオナルドの碧い瞳に、吸い込まれそうだったからだ。
 
まるで宝石のような美しさだ、とディアナは思う。
それと同時に……氷のように冷たい瞳だとも。
 
「……う……」
 
ディアナが黙ったまま瞳に釘付けになっていると、レオナルドは手首を掴んだまま、再び意識を失ってしまった。
そしてようやく、ディアナはハッと我に返る。
 
(瞳とはいえ、人間なんかに魅入るなんて)
 
力なく掴まれた手首から、ゆっくりとレオナルドの手をほどく。
そして海へ帰ろうとして、ふと思いとどまった。
  
……しばらくは目を覚まさないだろう。
 
人間を間近で見た事がなかったディアナは、少しだけレオナルドを観察してみる事にした。
ヒョイと、先ほどは無我夢中でよく見ていなかったレオナルドの顔を覗き込む。
 
女に見間違えそうなくらい、目鼻立ちの整った端正な顔立ち。
片方の耳には、美しい輝きを放つ宝石のついたピアス。
長身で、細身に見えるが筋肉質なたくましい身体。
 
そして、何よりもディアナの目をひいたのは……。
 
「……これが、人間の足」
 
自分たち人魚にはない、二本の足だった。
足が自分にもあれば、陸の上を自由に歩く事も走る事もできる。
……人間として、誰にも怪しまれる事なく。
 
「……!」
 
ディアナがレオナルドを観察していると、何かの機械音が小さくだが、確かに聞こえた。
バッと、レオナルドから音の聞こえた海へと視線を移す。
すると。
 
「あれは……船」
 
遠目にだが、こちらに向かっているらしい小型の船が見えたのだ。
おそらく、レオナルドを探しに来たのだろう。
 
チラリと、ディアナは意識のないレオナルドに視線を戻し、
 
「……またね、王様」
 
そう、意味深な言葉を、冷めた笑みを浮かべてつぶやいた。
そして、
 
ーーザパンッ……
 
ディアナはかろやかに海の中へと、姿を消した。
 
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