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運命の赤い糸
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学校の帰り。
ジャックが飛空船の修理の手伝いのために丘に向かうと、タックスが飛空船を見上げて立っていた。
「おかげさんで、明日には飛べそうだ」
どうやら、修理を終えたらしい。
ジャックも隣に立って、飛空船を見上げてみる。
「ずいぶん早かったな」
もっと時間がかかると聞いていたのだが。
ジャックの言葉に、タックスは腕を組んで少し間を置いたあと、
「親父さんには口止めされてるんだが……」
ポツリと、そう口にする。
「修理な、夜中に手伝ってくれたんだ。昔、飛空船技師をしてたんだと」
「……ふーん」
なんとなく、そんな気はしてた。
家の物置き部屋を見た、あの時から。
飛空船を目にした時に見た、父親の楽しげな表情をふと思い出す。
「ジャックには世話になったしな。浮遊石ももらった礼に、オレの弟子にしてやる。卒業して親父さんを説得したら、王都に来いよ」
「どうせ反対するし、卒業まで待てない」
説得なんて意味がない。
時間の無駄だ。
それに、卒業まで悠長な事を言ってる場合じゃないのだ。
テスを、一分一秒でも早く迎えに行かなければ。
「なんで待てねぇんだ?」
ジャックは飛空船から目をそらすことなく、
「人を待たせてるから」
それだけを、ポツリと答えた。
脳裏に浮かぶのは、テスの笑顔だった。
『私ね、ジャックのことが、好きだよ』
テスの言葉を思い出し、なんだかソワソワしてしまう。
このおかしな感じは、なんだろう。
「はーん? さては……女だな? お前さんもスミにおけねぇな!」
ピンときたらしい。
タックスが笑いながら、バンバンとジャックの背中を叩いてきた。
「とにかく、親父さんと話してこい! でないと弟子にしねーからな!」
「…………」
ぐ、とジャックは眉間にしわをよせる。
昔から反対されてきたのに、今更何を話せというのか。
「お……噂をすれば、ってやつか」
振り向けば、ジャックが通ってきた道を父親が歩いてきた。
こちらに気づいた父親と目が合う。
「……飛空船は好きか」
タックスが食料品の買い出しに行くといい、丘からいなくなったあと。
ジャックは父親と二人並んで、飛空船を見上げていた。
「ああ。子供の頃から、ずっと」
それは父親も知っていること。
いつか自分で造って、自分の船で世界中を旅する夢は、昔から変わらない。
その話をするたびに怒られてきたため、大きくなってからは一度も口にしてなかったのだが。
「私もそうだった」
ジャックは隣の父親へと視線を移す。
父親は飛空船を、どこか嬉しそうに見上げていた。
「だが……家の跡継ぎだから、飛空船を造る夢は諦めるしかなかった」
「後悔してるのか?」
思わず、聞いてしまった。
すると、父親は少し考えたあと、
「後悔してないといえば、嘘になる。
だが、帰ってきたからこそ妻と出会えたし、お前という宝ができた。自分の好きに生きていたら、出会えなかっただろう。
お前たちを路頭に迷わせる心配のない今の生活は、幸せだと断言できる」
そう、どこか優しい目をして口にした。
ただただ厳しいだけの父親だと思っていた。
家のことしか考えていないのだと思っていた。
けれど、どうやら少し違ったらしい。
家族のことを、ちゃんと考えていたのだ。
「……いつか帰ってくる。だから、王都に行かせてほしい」
ジャックの言葉に、父親は少し口角をあげる。
「まぁいい。私も若い頃は家を飛び出して好き勝手にしてたからな。血は争えないということか。
……行ってくるといい。いい経験になる」
「いいのか?」
あまりの父親のかわりように、少し疑いの目を向けてしまう。
そんなジャックに、父親は少し吹っ切れたように笑った。
「その代わり、私が死ぬまでには帰ってこい。帰ってきたら家を継いでもらうぞ」
……なるほど。
家を継ぐことだけは、譲れないらしい。
交換条件というやつだろう。
「……分かった。でも、ミリアとは婚約を破棄する」
「そうか……残念だが、まぁ彼女にはもっとふさわしい男性がいるだろうし……ああ、あと一つ条件がある」
もう一つの条件、という言葉にジャックが身構えていると。
「テスというお嬢さんを、いつか紹介しなさい」
「はぁ!?」
突拍子も無い言葉に、思わず変な声が出てしまった。
なぜ、父親がテスの名前を知っているのか。
「使用人や母親から時々聞いているぞ。寝言でよくその名前を口にしてるようだ、と」
「……ッ、」
「この街にそんな名前の女性はいないが、どこで知り合……」
「あー、もうこんな時間か。じゃあ、そろそろ行く」
ジャックは無理やり会話を終わらせると、その場から逃げるように走り出した。
学校の帰り。
ジャックが飛空船の修理の手伝いのために丘に向かうと、タックスが飛空船を見上げて立っていた。
「おかげさんで、明日には飛べそうだ」
どうやら、修理を終えたらしい。
ジャックも隣に立って、飛空船を見上げてみる。
「ずいぶん早かったな」
もっと時間がかかると聞いていたのだが。
ジャックの言葉に、タックスは腕を組んで少し間を置いたあと、
「親父さんには口止めされてるんだが……」
ポツリと、そう口にする。
「修理な、夜中に手伝ってくれたんだ。昔、飛空船技師をしてたんだと」
「……ふーん」
なんとなく、そんな気はしてた。
家の物置き部屋を見た、あの時から。
飛空船を目にした時に見た、父親の楽しげな表情をふと思い出す。
「ジャックには世話になったしな。浮遊石ももらった礼に、オレの弟子にしてやる。卒業して親父さんを説得したら、王都に来いよ」
「どうせ反対するし、卒業まで待てない」
説得なんて意味がない。
時間の無駄だ。
それに、卒業まで悠長な事を言ってる場合じゃないのだ。
テスを、一分一秒でも早く迎えに行かなければ。
「なんで待てねぇんだ?」
ジャックは飛空船から目をそらすことなく、
「人を待たせてるから」
それだけを、ポツリと答えた。
脳裏に浮かぶのは、テスの笑顔だった。
『私ね、ジャックのことが、好きだよ』
テスの言葉を思い出し、なんだかソワソワしてしまう。
このおかしな感じは、なんだろう。
「はーん? さては……女だな? お前さんもスミにおけねぇな!」
ピンときたらしい。
タックスが笑いながら、バンバンとジャックの背中を叩いてきた。
「とにかく、親父さんと話してこい! でないと弟子にしねーからな!」
「…………」
ぐ、とジャックは眉間にしわをよせる。
昔から反対されてきたのに、今更何を話せというのか。
「お……噂をすれば、ってやつか」
振り向けば、ジャックが通ってきた道を父親が歩いてきた。
こちらに気づいた父親と目が合う。
「……飛空船は好きか」
タックスが食料品の買い出しに行くといい、丘からいなくなったあと。
ジャックは父親と二人並んで、飛空船を見上げていた。
「ああ。子供の頃から、ずっと」
それは父親も知っていること。
いつか自分で造って、自分の船で世界中を旅する夢は、昔から変わらない。
その話をするたびに怒られてきたため、大きくなってからは一度も口にしてなかったのだが。
「私もそうだった」
ジャックは隣の父親へと視線を移す。
父親は飛空船を、どこか嬉しそうに見上げていた。
「だが……家の跡継ぎだから、飛空船を造る夢は諦めるしかなかった」
「後悔してるのか?」
思わず、聞いてしまった。
すると、父親は少し考えたあと、
「後悔してないといえば、嘘になる。
だが、帰ってきたからこそ妻と出会えたし、お前という宝ができた。自分の好きに生きていたら、出会えなかっただろう。
お前たちを路頭に迷わせる心配のない今の生活は、幸せだと断言できる」
そう、どこか優しい目をして口にした。
ただただ厳しいだけの父親だと思っていた。
家のことしか考えていないのだと思っていた。
けれど、どうやら少し違ったらしい。
家族のことを、ちゃんと考えていたのだ。
「……いつか帰ってくる。だから、王都に行かせてほしい」
ジャックの言葉に、父親は少し口角をあげる。
「まぁいい。私も若い頃は家を飛び出して好き勝手にしてたからな。血は争えないということか。
……行ってくるといい。いい経験になる」
「いいのか?」
あまりの父親のかわりように、少し疑いの目を向けてしまう。
そんなジャックに、父親は少し吹っ切れたように笑った。
「その代わり、私が死ぬまでには帰ってこい。帰ってきたら家を継いでもらうぞ」
……なるほど。
家を継ぐことだけは、譲れないらしい。
交換条件というやつだろう。
「……分かった。でも、ミリアとは婚約を破棄する」
「そうか……残念だが、まぁ彼女にはもっとふさわしい男性がいるだろうし……ああ、あと一つ条件がある」
もう一つの条件、という言葉にジャックが身構えていると。
「テスというお嬢さんを、いつか紹介しなさい」
「はぁ!?」
突拍子も無い言葉に、思わず変な声が出てしまった。
なぜ、父親がテスの名前を知っているのか。
「使用人や母親から時々聞いているぞ。寝言でよくその名前を口にしてるようだ、と」
「……ッ、」
「この街にそんな名前の女性はいないが、どこで知り合……」
「あー、もうこんな時間か。じゃあ、そろそろ行く」
ジャックは無理やり会話を終わらせると、その場から逃げるように走り出した。
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