18 / 40
運命の赤い糸
17
しおりを挟む
--その日の夜だった。
ふわふわ。
ふわふわ。
不思議な感覚に、ジャックは口元が緩むのを感じる。
なんだかとても久しぶりだ、この感覚は。
目を開ければ、庭園のベンチに座り花を眺めているであろうテスの後ろ姿が目に映った。
何週間ぶりだろうか。
「よぉ」
ジャックはいつも通り、テスに向かって声をかけた。
すると、
「……きゃあ!?」
こちらがビクッと驚いてしまうほどの悲鳴をあげる、テス。
そして勢いよくジャックの方を振り向くなり、目と目が合ったと思ったら。
突然、立ち上がるなり庭園から駆け出してしまったのだ。
「……は?」
あっという間に庭園からいなくなるテスに、ジャックはポカンとするばかり。
だが、すぐに我に返って、テスの後を追いかける。
「おい、なんで逃げる!?」
「な、なんで出てきたの??」
ドレスにヒールを履いているテスに追いつくのは、すぐだった。
腕をようやく掴むと、テスは目を潤ませてそう聞いてきたのだが。
「出てきた……って、オレは幽霊か?」
ムゥ、と思わず不機嫌になるのも無理はない。
久しぶりに会うというのに、急に逃げ出すわお化け扱いするわ。
一体、なんだというのか。
テスはんー、と少し間をおいて。
「……そうかも。お化けみたいな感じでしょ?」
「何言ってんだ。オレは死んでないぞ……」
とても真面目に話すテスは、冗談を言っているわけではないらしい。
「ううん、そうじゃなくて。
ジャックは……」
テスが、ジャックを見上げてきた。
「…………」
緑色の瞳が、キラキラと宝石のように輝いていて。
ジャックは思わず、その瞳に魅入ってしまう。
「ジャックは、私の願望が作り出した夢の中の登場人物なんでしょ?」
「違う」
--実在するのか。
それとも、夢の中の架空の人物なのか。
どうやら、同じ事を考えていたらしい。
ジャックも何度、そう考えたか。
「……お前こそ」
掴んでいた手を離せない。
離したくないと、思った。
「現実の世界にいるのか? 魔法の国クラスタは、本当に実在するのか?」
思っていた以上に、自分の声が不安げなものに聞こえた。
きっと、気のせいだろうが。
「……私はちゃんといるよ」
ポツリと、テスが呟いた。
その目からポロポロと大粒の涙を流しながら。
「ジャックと同じ世界に、ちゃんといる」
……何故だろう。
ひどく安堵する自分がいた。
「オレだっている。……でないと、おかしいだろ。お前の見たことのない地上の景色、何度見せてやった?」
その言葉に、テスはハッとした表情を浮かべると、ギュウ、とジャックの胸にしがみつくように抱きついてきた。
ふわりと、テスの甘い匂いが鼻をくすぐる。
「……会いたいよ。
ホントにいるなら、夢だけじゃなくて現実でも会いたい。
私、ジャックと同じ地上に生まれたかった」
本当に、一体どうしたのだろうか。
こんな不安定なテスを見るのは、初めてかもしれない。
「何かあったのか?」
胸にしがみついたまま泣いているテスに、ジャックは困惑する。
……どうやってなぐさめていいのか、分からない。
この小さな背中に、手をまわしたらいいのだろうか。
そうすれば、泣き止んでくれるだろうか。
ジャックが固まっていると。
「……そうだ!」
パッと、テスが涙を拭いながら何かを思いついたらしい。
固まるジャックににっこりと笑顔を向け、
「ジャック! お祭り、一緒に行こ!」
そう言って、ジャックの手を握ってきた。
「は? お祭りって、」
何の話だ?
と聞くよりも先に。
周りの景色が一変した。
「この前ね、私の国で春の訪れを祝うお祭りがあったの。ジャックと一緒に行ってみたかったんだ」
飾り付けられた賑やかな街に、地上では見かけないような服を着て歩く、楽しげな人々。
遠くからは、花火の音も聞こえてくる。
「行こっか!」
そう言って、ジャックと手を握ったまま歩き出すテスは、いつもの明るいテスに見えた。
けれど、ジャックにはどこか無理してるようにも見える。
「これ、食べてみて。おいしいの」
ある食べ物を手にしたテスが、ジャックに差し出す。
長い棒に、何か焼いた肉のようなものが巻かれている。おいしそうなタレもからめてある。
「はい、あーん」
テスがニコニコしながら、ジャックの口元に食べ物を差し出してきた。
「自分で食え……むぐ」
自分で食える、とテスから受け取ろうとしたのだが。
口を開いた瞬間に、口に入れられてしまった。
「おいしい?」
「……ああ」
夢の中で良かった、とジャックは心底思う。
周りの人々は、ただのテスの『記憶』だ。
誰もジャックたちを見てはいない。
「あとはねー、そうそう! あっちのお店もおいしいよ? それに、こっちは面白い出し物があって……あっ、広場の方も楽しいよ! どこから行きたい?」
「……お前の行きたいとこでいい」
「じゃあねー……」
ものすごく楽しそうだ。
けれど、やはりどこか違和感を感じる。
空元気、というやつだろう。
長い付き合いだ。
いくら人に興味のないジャックでも、それくらいは分かる。
ふと、少し離れた空を、何かが飛び回っていることに気がついた。
「あそこはなんだ?」
「あそこは広場で……。んー、説明するより行ってみよ、ジャック!」
テスが再び手を繋いで、歩き出した。
ふわふわ。
ふわふわ。
不思議な感覚に、ジャックは口元が緩むのを感じる。
なんだかとても久しぶりだ、この感覚は。
目を開ければ、庭園のベンチに座り花を眺めているであろうテスの後ろ姿が目に映った。
何週間ぶりだろうか。
「よぉ」
ジャックはいつも通り、テスに向かって声をかけた。
すると、
「……きゃあ!?」
こちらがビクッと驚いてしまうほどの悲鳴をあげる、テス。
そして勢いよくジャックの方を振り向くなり、目と目が合ったと思ったら。
突然、立ち上がるなり庭園から駆け出してしまったのだ。
「……は?」
あっという間に庭園からいなくなるテスに、ジャックはポカンとするばかり。
だが、すぐに我に返って、テスの後を追いかける。
「おい、なんで逃げる!?」
「な、なんで出てきたの??」
ドレスにヒールを履いているテスに追いつくのは、すぐだった。
腕をようやく掴むと、テスは目を潤ませてそう聞いてきたのだが。
「出てきた……って、オレは幽霊か?」
ムゥ、と思わず不機嫌になるのも無理はない。
久しぶりに会うというのに、急に逃げ出すわお化け扱いするわ。
一体、なんだというのか。
テスはんー、と少し間をおいて。
「……そうかも。お化けみたいな感じでしょ?」
「何言ってんだ。オレは死んでないぞ……」
とても真面目に話すテスは、冗談を言っているわけではないらしい。
「ううん、そうじゃなくて。
ジャックは……」
テスが、ジャックを見上げてきた。
「…………」
緑色の瞳が、キラキラと宝石のように輝いていて。
ジャックは思わず、その瞳に魅入ってしまう。
「ジャックは、私の願望が作り出した夢の中の登場人物なんでしょ?」
「違う」
--実在するのか。
それとも、夢の中の架空の人物なのか。
どうやら、同じ事を考えていたらしい。
ジャックも何度、そう考えたか。
「……お前こそ」
掴んでいた手を離せない。
離したくないと、思った。
「現実の世界にいるのか? 魔法の国クラスタは、本当に実在するのか?」
思っていた以上に、自分の声が不安げなものに聞こえた。
きっと、気のせいだろうが。
「……私はちゃんといるよ」
ポツリと、テスが呟いた。
その目からポロポロと大粒の涙を流しながら。
「ジャックと同じ世界に、ちゃんといる」
……何故だろう。
ひどく安堵する自分がいた。
「オレだっている。……でないと、おかしいだろ。お前の見たことのない地上の景色、何度見せてやった?」
その言葉に、テスはハッとした表情を浮かべると、ギュウ、とジャックの胸にしがみつくように抱きついてきた。
ふわりと、テスの甘い匂いが鼻をくすぐる。
「……会いたいよ。
ホントにいるなら、夢だけじゃなくて現実でも会いたい。
私、ジャックと同じ地上に生まれたかった」
本当に、一体どうしたのだろうか。
こんな不安定なテスを見るのは、初めてかもしれない。
「何かあったのか?」
胸にしがみついたまま泣いているテスに、ジャックは困惑する。
……どうやってなぐさめていいのか、分からない。
この小さな背中に、手をまわしたらいいのだろうか。
そうすれば、泣き止んでくれるだろうか。
ジャックが固まっていると。
「……そうだ!」
パッと、テスが涙を拭いながら何かを思いついたらしい。
固まるジャックににっこりと笑顔を向け、
「ジャック! お祭り、一緒に行こ!」
そう言って、ジャックの手を握ってきた。
「は? お祭りって、」
何の話だ?
と聞くよりも先に。
周りの景色が一変した。
「この前ね、私の国で春の訪れを祝うお祭りがあったの。ジャックと一緒に行ってみたかったんだ」
飾り付けられた賑やかな街に、地上では見かけないような服を着て歩く、楽しげな人々。
遠くからは、花火の音も聞こえてくる。
「行こっか!」
そう言って、ジャックと手を握ったまま歩き出すテスは、いつもの明るいテスに見えた。
けれど、ジャックにはどこか無理してるようにも見える。
「これ、食べてみて。おいしいの」
ある食べ物を手にしたテスが、ジャックに差し出す。
長い棒に、何か焼いた肉のようなものが巻かれている。おいしそうなタレもからめてある。
「はい、あーん」
テスがニコニコしながら、ジャックの口元に食べ物を差し出してきた。
「自分で食え……むぐ」
自分で食える、とテスから受け取ろうとしたのだが。
口を開いた瞬間に、口に入れられてしまった。
「おいしい?」
「……ああ」
夢の中で良かった、とジャックは心底思う。
周りの人々は、ただのテスの『記憶』だ。
誰もジャックたちを見てはいない。
「あとはねー、そうそう! あっちのお店もおいしいよ? それに、こっちは面白い出し物があって……あっ、広場の方も楽しいよ! どこから行きたい?」
「……お前の行きたいとこでいい」
「じゃあねー……」
ものすごく楽しそうだ。
けれど、やはりどこか違和感を感じる。
空元気、というやつだろう。
長い付き合いだ。
いくら人に興味のないジャックでも、それくらいは分かる。
ふと、少し離れた空を、何かが飛び回っていることに気がついた。
「あそこはなんだ?」
「あそこは広場で……。んー、説明するより行ってみよ、ジャック!」
テスが再び手を繋いで、歩き出した。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
旦那様、離縁の申し出承りますわ
ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」
大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。
領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。
旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。
その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。
離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに!
*女性軽視の言葉が一部あります(すみません)
【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから
gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる