眠り姫は夢の中

rui

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魔法の国のお姫様

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***

ジャックは幼い頃、悪夢をよく見ていた。

どこまで走っても暗闇で。
何か恐ろしいものに追われているような、そんな夢だ。

暗闇の中で転び、再び立ち上がろうとした時、

「ねぇ、大丈夫? こわいの?」

目の前に差し出されたのは、小さな手。

ゆっくりと顔をあげてみれば、その手の主は、同じ年頃の金色の髪に緑色の瞳をした少女だった。

「あのねー、いいこと教えてあげる!
これは夢だから、こわくないんだよ、ねっ?」 

少女はそう言いながら、ジャックの黒髪を優しくなでてきた。
こんな風に触れられることに慣れていないジャックは、思わず少女の手を払いのけた。

「……触んなよ」
「いーからいーから」

けれど、少女は気にすることなく、再びジャックの頭をニコニコしながらなで続ける。

何を言っても無駄そうだ、と諦めてされるがままになっていると。
いつのまにか暗闇は消え失せ、どこかの庭園のような場所に立っていることに、気がついた。

「ほら! もう大丈夫だよ! ここ、私の住んでるお城の庭園。きれーでしょ?」
「…………」
「まだこわいなら、一緒にいてあげる!」

少女はそう言って、今度はギュッとジャックの手を握りしめてきた。
彼女に視線をやれば、ニコニコと無邪気な笑顔を向けられ、思わず視線をそらす。

人からの好意に、慣れてなかった。
変な感じがしてならない。

「別に……こわくねーよ」

同じ年頃の少女に子供扱いされていることがなんだか恥ずかしいような、悔しいような、そんな複雑な気分になった。

「私、テス。あなたの名前は?」
「…………」

ここは、夢の中。
ならばこのテスという少女は、自分の脳が作り出したものにすぎないのだろう。
それにしては妙にリアルな夢だな、とジャックが考えていると。

「お名前、教えて?」

ひょいと、テスがジャックの顔を覗き込んできた。

……なんだか、落ち着かない。

「……ジャック」

これが、彼女との出会いだった気がする。
17歳になった今でも、おぼろげに覚えている。

***

「ジャック様、何を読んでるんです?」

学校の図書館で。
ジャックが一人、本棚の前に立って一冊の本を読んでいると、まだ幼さの残る同世代の少年に声をかけられた。

「別に」

ジャックは無愛想にそう言いながら、本を本棚へとしまう。
彼にしては珍しい、児童書を。

茶色の髪をした、おっとりとした雰囲気の少年、ジーグはキョトンとした表情を浮かべながら、ジャックの戻した本のタイトルを読み上げる。

「『魔法の国の眠り姫』……ですか? おとぎ話、好きでしたっけ?」
「なんか用か」

ジャックはジーグの問いを無視し、逆に問いかける。
いちいち説明する義理はない。

……夢の中の少女、テス。
彼女が住むという魔法の国が本当に現実に存在するのか、少しだけ、ほんの少しだけ気になったから、だなんて

口が裂けても、言えない。
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