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15猫耳
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朝は獣人ムスタに武術を習い、イェルハルドやムスタと一緒に風呂に入ってから、エーヴェルト邸の家族と一緒に朝食を食べるのがサキの朝の日課である。ひろきは他の人間に肌を見せてはならぬ、と自室でしか風呂に入れないそうだ。男の裸など、とサキは思うのだが嫉妬とはそういうものなのだろうか。
そういえばラミなどはどこでもポンポン潔く脱いでいくが、あれもどうなのであろうかと思いながらサキはポンポン潔く脱ぎ、浴室へ入っていった。
半年ほど走り込んでから武術をさらう日々を送っている、だいぶ体力がついたとは思うが武術の方はまだまだである。サキは洗浄液を泡立てて頭を洗い身体を擦りながら、ひろきの演舞を思い出していた。
ひろきの演舞はなよやかである。竹のようにしなると高く空へ飛ぶ。大きな花弁を幾枚もつける華が重たくその首を垂らすように、あるいはその葉が雨を受けて水滴を溜めて弾くように。
イェルハルドの一点を突くような鋭さや速さとは違い、ひろきは身体が柔らかいためかすべての動作がゆっくりと緩慢に見える。先の動作を追う後の動作が、まるで包み込むに重なるがごとく動くのである。
右手の動きに注目していると、動かなかったはずの左足が決定的な一打を繰り出しているといった具合である。大人になるまでにあれくらい上手くなれるかな、とサキはシャワーで泡を流すと湯舟に浸かった。
湯舟に浸かって後からくる獣人のムスタの耳と尻尾を眺めるのが、サキの浴室での楽しみである。あまりジロジロ見るのも失礼かと控えていたのだが、あるとき好きなだけ見て構わないとムスタ本人からお許しを得たので、好きなだけ眺めることにしている。
ムスタも筋肉質で均整のとれた身体をしており、黒髪を濡らし褐色の肌を泡が伝い水が流れる様は大人の男の色気をまとって美しい。
あれくらい筋肉はほしいな、とサキは湯舟から立ち上がりいまだぺたんとしたままの身体をペチリとひと撫でし、お先にと声を掛けて浴室を後にした。
建設中の建物を邪魔にならぬよう見学し、魔法回路や魔導具についての意見を聞かれればできる限り答え、働く者たちへと茶を入れ菓子を差し入れるのが最近のサキの日中の過ごし方である。
入れてくれる茶は美味しいし、仕事の邪魔はしない。そこらのガキのように大声を出して走り回ることなどなく、ドワーフのオーシュと専門的な魔法の話もできる子供、それが働く者たちから見たサキであった。見た目も可愛らしいし、今や現場のマスコットである。
サキに尋ねられれば我も我もと技術を教えたがったので、サキの技工能力も技巧見習い程度まであがっている。サキは教えられながら現場で簡単な造りの小さな椅子を作った、キーラのために丁寧にやすりをかけた椅子である。キーラにあげると喜んで、にぃにありあとと言ってお人形を座らせていた。
そんな暮らしをしているうちに季節が巡りサキは9歳になった。派手に祝うことはサキが嫌がりごく身内だけでひっそりと祝った。ただし参加者となる身内は、金色率が高かったり獣人やドワーフがいるので見た目は派手であった。
エーヴェルト邸でご馳走を食べおめでとうと祝いの言葉をもらって、マティアスの転移魔法で屋敷へ帰ると執事のネストリが、神妙な顔でマティアス様お話がございますと引き留めた。
「シュルヤヴァーラ家のご子息が領地から王都へ出てきているそうで、本日大きな荷物を持って来訪されました」
「そうか」
「僕部屋へ行きましょうか」
「いや、お前も聞いておきなさい」
シュルヤヴァーラ家というのはマティアスの生家である領主の家を指す。マティアスは成人と同時に生家とは縁を切り苗字を捨てている。公的に認められており書類も王家に提出してあるから、何の縁もないはずである。大きな荷物を持って来訪というのに嫌な予感しかしない。
「しばらく王都に滞在するので、こちらへ滞在期間中世話になるつもりだったようです」
「ふん、名前どころか産まれたことすら知らんな」
「同感でございます」
「なぜ、この屋敷を訪れたのかな?」
「さあな」
シュルヤヴァーラ家と言われても会ったこともない、すでに身内でも何でもない市井の人間と同じである。屋敷に入れさえしなければ良いのだからこの話はこれで終わり、とマティアスたちはおやすみと挨拶を交わしてそれぞれの部屋に下がったのだった。
いつものように朝早く、マティアスに転移でエーヴェルト邸の正面玄関に送ってもらってから、早足で歩くサキの頭には白い獣耳が揺れている。いや正確には白い毛糸の帽子に三角の耳がついているのである。首回りには白いマフラーをぐるぐる巻いているから、一見白猫の獣人のように見えるのではないかとサキは思っている。
(空気が冷たくなってきたな)
カティが編み棒で器用に色んなものを編むので、サキも編み方を教えてもらい一緒に編んだのだ。現在首に巻いているマフラーとかぶっている帽子は自分で編んだものである。白い毛糸で耳当てつきの帽子を編み、獣人の耳のある部分に三角の耳を毛糸で編んでつけてある。マフラーも白い毛糸で大きめに編み、ぐるぐる巻けるように仕立ててある。
朝練のメンバーにお披露目すれば、ひろきからは白猫みたいでかわいいねえとぎゅっとされた。ムスタは興味ない風を装っていたが、緩い白いパンツの中で尻尾が揺れていた。イェルハルドは口元を両手で抑え「カメラ」をここへ……といつの間に習得したのか、呼び寄せの転移魔法を使った。
付き合いが長くなり段々とわかってきたが、イェルハルドは可愛らしいものが大好きなのだ。可愛らしいものを見ては悶えている姿は案外よく目にする。
ひろきが猫耳の毛糸の帽子を欲しがったので色違いで編んであげる約束をして、マティアスに城下街の商店で毛糸を買う旨を伝魔法で伝える。一人で歩いていくのは危険だからと護衛をつけてもらうことになった。
「クラースさん、よろしくお願いします」
「よっサキ、任せとけ」
知らない成人男性はいまだに怖くて無理なため、付いてくれたのはクラースだ。王城から城下街まではごく緩やかな下り坂になっていて、坂道を利用して少し早足で歩きながらサキとクラースは会話を楽しんだ。
「その猫耳帽子かわいいな、ひろきも欲しいんだって?」
「はい、できれば金色がいいんですけど、そんな毛糸ありますかね」
「どーだろーな、まぁいってみるさ」
クラースはいつ見ても紺色の服を着ている。上下で揃えたスーツのようなものだろうか、中に着るシャツの色や形はまちまちだがいつもお洒落である。足も長いし肩幅も胸の厚みもあるから恰好良いし、うねりのある濃い金髪と紺色の配色が絶妙なのだ。
顔はほどよく整っており、ちょっと悪いことをしていそうな感じがまた魅力となっている。本人もわざとしているのか、イェルハルドは貴族らしく襟元まできっちり着込むのに対してクラースはシャツのボタンを開けていたり、鎖骨まで出る襟のないシャツを着たりしているのだ。
(この人は自分をよくわかっているなあ)
歩きながらクラースを見上げれば、どうした?という顔で手を伸ばされた。伸ばされたのでその手を掴んで繋いでおく。そのままぽつぽつと話しながらテクテク歩けばやがて毛糸を扱う商店へと着いた。
「ごめんください」
「はい、いらっしゃいませー」
「金色の毛糸が欲しいんですが、ありますか?」
「ありますよー、この辺が薄いのから濃いのまで揃ってますので」
カウンターの中から店員が出てきて、店の入り口付近にある窓のあたりを示した。
「わあ、金色って言ってもこんなにあるんだ」
「他の色もけっこう揃ってるなー」
「クラースさん、イェルハルドの髪色ってこの辺でいいでしょうか」
「んぁ?あーなるほど、うん、こっちと混ぜるとかできればどうだ」
「おお、いいですね、そうしましょう」
クラースとサキが窓の付近で毛糸の色を選んでいるのを、路地を歩く人たちがチラチラと覗き見て通り過ぎていく。
ちょっと悪そうなイケメン貴族と白猫耳の子供という異色の組み合わせである。目立って当然だが本人たちは呑気に毛糸の色を窓から入る陽の光に透かして、色を確かめている。
「なぁサキ、俺にもひとつ編んでくんね?」
「いいですよ、何色にします」
「あー、色は何でもいいから任せるわ」
「了解です」
クラースの猫耳は水色にした。帽子ではなく簡単に装着できるようにしてほしいと言うので、カチューシャに耳だけ付けることにした。恋人にでも付けてもらうんですかと聞けば、ベッドで付けたら燃えそうだろと嬉しそうに言うので、子供にはわかりませんと答えておいた。
ガキにはわかんねーかと笑うので、猫耳を渡すときには腰にリボンで巻く猫の尻尾も編んで一緒に渡してやろうと思っている。
キーラが猫耳を付けたら無敵なのではないかと気づき、薄茶色の毛糸も購入しておく。結局結構な量の毛糸を購入したため、手持ちで持って帰るにはかさばる。後で届けましょうという店員を断って、サキは『空間』に収納してクラースの手を取った。
「帰りましょうクラース」
「あ、あぁ」
手を繋いで店を後にし再びテクテクと歩く。いつものように話しているのにサキの手には力が込められているので、クラースも相槌を打ちながら辺りに気を配る。
「後ろから僕に対して気持ち悪いことを考えている男が付いてきています」
サキの生い立ちは知っているので、それが能力なのかなるほど便利なと呟きながら、どうすると尋ねた。高位魔法師のマティアスに連絡を取ればすぐに転移で屋敷に戻れるだろうが、こうやってわざわざ歩いているには訳があるのかもしれない。
どのような能力があってもサキはまだ子供だ、何が何でも守らねばいけないとクラースは決意しながらも、見た目は至って普通にサキと手を繋ぎ楽しそうに話しながら歩いた。
サキの手が緊張のためか汗ばんでいる。一度怖い目にあっているのだ、二度とそんな目にあわせるつもりなどない。
「マティアス=シュルヤヴァーラの家の者だな」
人の気配が走り寄ってくると、突然横柄な声を掛けられた。
「違います」
サキもクラースも振り返り立ち止まった。サキは繋いでいない方の左手を前に出しいつでも結界を発射できるようにしている。クラースは何も手にしていないが、ダラリと下げた右手には手首の動きで刃物が出てくるように仕込んである。
「嘘を言うな、街の者に確認したぞ」
「マティアスはマティアスです、シュルヤヴァーラ家など知りません」
なるほどこれが先日屋敷に来たというシュルヤヴァーラ家のご子息とやらか。サキたちを追いかけるために多少走っただけで息切れをしているが、マティアスが生まれたことを知らなかったのだから、どんなにいっても30歳には届かないはずだ。だが太った身体に薄い髪はマティアスよりずっと年上に見えた。
クラースに知り合いかと尋ねられたので、言葉少なに経緯を説明する。同時にマティアスに伝魔法で現在の状況を伝えておいた。公的にシュルヤヴァーラ家と縁を切ったと証明されているのに、何を考えているのだろうか。
すぐにマティアスが転移で現れた、シュルヤヴァーラ家の男は驚いて汗をかきながらも、自分が王都に滞在する間は屋敷で面倒をみろ、第一王子と娘が婚約したらしいな一族の者として誇りに思うぞ、王家と懇意になりたいから早く紹介せよ、自分はできれば王女と知り合いたい、といった事を長々と喋り倒した。
「断る」
マティアスがきっぱり断ると、サキを指してこっちの娘もかわいいじゃないか、王女が駄目ならお前の娘をシュルヤヴァーラ家の嫁に寄越せと言ってしまった。
サキは黙って目をつぶった。シュルヤヴァーラ家の男は初めからサキを女の子だと勘違いし目を付けていたのだ、こちらに流れてくる気持ちの悪い精気を感じていた。
サキが目を閉じたのを確認して、マティアスは無礼な男を拘束した。
「私はこの無礼者を城の衛兵に預けてくる。お前はどうする、家で大丈夫か」
「構わなければマティアス卿、俺もサキと一緒にお屋敷にお願いします」
サキが答える前にクラースが言ってくれた。非常に気分が悪いので全部理解した上で傍にいてくれるというクラースの言葉がありがたかった。サキは頷いて父さんお願い、とだけ言った。
「わかった、私もすぐ屋敷に戻る。この無礼者は二度とお前に近づけない」
次の瞬間サキとクラースは屋敷の中に転移していた。クラースが執事のネストリと乳母のカティに説明をしてくれたので、サキは猫耳帽子とマフラーを外すとひどい気分で談話室のソファーにぐったり沈み込んだ。
「サキだいじょうぶう?」
いつの間にかうたた寝していたらしい、嗅ぎ慣れた花の香りに目を覚ますと目の前にラミがいた。
だがここは屋敷の談話室ではない、小さな白い花が咲き誇る緑の丘だった。
そういえばラミなどはどこでもポンポン潔く脱いでいくが、あれもどうなのであろうかと思いながらサキはポンポン潔く脱ぎ、浴室へ入っていった。
半年ほど走り込んでから武術をさらう日々を送っている、だいぶ体力がついたとは思うが武術の方はまだまだである。サキは洗浄液を泡立てて頭を洗い身体を擦りながら、ひろきの演舞を思い出していた。
ひろきの演舞はなよやかである。竹のようにしなると高く空へ飛ぶ。大きな花弁を幾枚もつける華が重たくその首を垂らすように、あるいはその葉が雨を受けて水滴を溜めて弾くように。
イェルハルドの一点を突くような鋭さや速さとは違い、ひろきは身体が柔らかいためかすべての動作がゆっくりと緩慢に見える。先の動作を追う後の動作が、まるで包み込むに重なるがごとく動くのである。
右手の動きに注目していると、動かなかったはずの左足が決定的な一打を繰り出しているといった具合である。大人になるまでにあれくらい上手くなれるかな、とサキはシャワーで泡を流すと湯舟に浸かった。
湯舟に浸かって後からくる獣人のムスタの耳と尻尾を眺めるのが、サキの浴室での楽しみである。あまりジロジロ見るのも失礼かと控えていたのだが、あるとき好きなだけ見て構わないとムスタ本人からお許しを得たので、好きなだけ眺めることにしている。
ムスタも筋肉質で均整のとれた身体をしており、黒髪を濡らし褐色の肌を泡が伝い水が流れる様は大人の男の色気をまとって美しい。
あれくらい筋肉はほしいな、とサキは湯舟から立ち上がりいまだぺたんとしたままの身体をペチリとひと撫でし、お先にと声を掛けて浴室を後にした。
建設中の建物を邪魔にならぬよう見学し、魔法回路や魔導具についての意見を聞かれればできる限り答え、働く者たちへと茶を入れ菓子を差し入れるのが最近のサキの日中の過ごし方である。
入れてくれる茶は美味しいし、仕事の邪魔はしない。そこらのガキのように大声を出して走り回ることなどなく、ドワーフのオーシュと専門的な魔法の話もできる子供、それが働く者たちから見たサキであった。見た目も可愛らしいし、今や現場のマスコットである。
サキに尋ねられれば我も我もと技術を教えたがったので、サキの技工能力も技巧見習い程度まであがっている。サキは教えられながら現場で簡単な造りの小さな椅子を作った、キーラのために丁寧にやすりをかけた椅子である。キーラにあげると喜んで、にぃにありあとと言ってお人形を座らせていた。
そんな暮らしをしているうちに季節が巡りサキは9歳になった。派手に祝うことはサキが嫌がりごく身内だけでひっそりと祝った。ただし参加者となる身内は、金色率が高かったり獣人やドワーフがいるので見た目は派手であった。
エーヴェルト邸でご馳走を食べおめでとうと祝いの言葉をもらって、マティアスの転移魔法で屋敷へ帰ると執事のネストリが、神妙な顔でマティアス様お話がございますと引き留めた。
「シュルヤヴァーラ家のご子息が領地から王都へ出てきているそうで、本日大きな荷物を持って来訪されました」
「そうか」
「僕部屋へ行きましょうか」
「いや、お前も聞いておきなさい」
シュルヤヴァーラ家というのはマティアスの生家である領主の家を指す。マティアスは成人と同時に生家とは縁を切り苗字を捨てている。公的に認められており書類も王家に提出してあるから、何の縁もないはずである。大きな荷物を持って来訪というのに嫌な予感しかしない。
「しばらく王都に滞在するので、こちらへ滞在期間中世話になるつもりだったようです」
「ふん、名前どころか産まれたことすら知らんな」
「同感でございます」
「なぜ、この屋敷を訪れたのかな?」
「さあな」
シュルヤヴァーラ家と言われても会ったこともない、すでに身内でも何でもない市井の人間と同じである。屋敷に入れさえしなければ良いのだからこの話はこれで終わり、とマティアスたちはおやすみと挨拶を交わしてそれぞれの部屋に下がったのだった。
いつものように朝早く、マティアスに転移でエーヴェルト邸の正面玄関に送ってもらってから、早足で歩くサキの頭には白い獣耳が揺れている。いや正確には白い毛糸の帽子に三角の耳がついているのである。首回りには白いマフラーをぐるぐる巻いているから、一見白猫の獣人のように見えるのではないかとサキは思っている。
(空気が冷たくなってきたな)
カティが編み棒で器用に色んなものを編むので、サキも編み方を教えてもらい一緒に編んだのだ。現在首に巻いているマフラーとかぶっている帽子は自分で編んだものである。白い毛糸で耳当てつきの帽子を編み、獣人の耳のある部分に三角の耳を毛糸で編んでつけてある。マフラーも白い毛糸で大きめに編み、ぐるぐる巻けるように仕立ててある。
朝練のメンバーにお披露目すれば、ひろきからは白猫みたいでかわいいねえとぎゅっとされた。ムスタは興味ない風を装っていたが、緩い白いパンツの中で尻尾が揺れていた。イェルハルドは口元を両手で抑え「カメラ」をここへ……といつの間に習得したのか、呼び寄せの転移魔法を使った。
付き合いが長くなり段々とわかってきたが、イェルハルドは可愛らしいものが大好きなのだ。可愛らしいものを見ては悶えている姿は案外よく目にする。
ひろきが猫耳の毛糸の帽子を欲しがったので色違いで編んであげる約束をして、マティアスに城下街の商店で毛糸を買う旨を伝魔法で伝える。一人で歩いていくのは危険だからと護衛をつけてもらうことになった。
「クラースさん、よろしくお願いします」
「よっサキ、任せとけ」
知らない成人男性はいまだに怖くて無理なため、付いてくれたのはクラースだ。王城から城下街まではごく緩やかな下り坂になっていて、坂道を利用して少し早足で歩きながらサキとクラースは会話を楽しんだ。
「その猫耳帽子かわいいな、ひろきも欲しいんだって?」
「はい、できれば金色がいいんですけど、そんな毛糸ありますかね」
「どーだろーな、まぁいってみるさ」
クラースはいつ見ても紺色の服を着ている。上下で揃えたスーツのようなものだろうか、中に着るシャツの色や形はまちまちだがいつもお洒落である。足も長いし肩幅も胸の厚みもあるから恰好良いし、うねりのある濃い金髪と紺色の配色が絶妙なのだ。
顔はほどよく整っており、ちょっと悪いことをしていそうな感じがまた魅力となっている。本人もわざとしているのか、イェルハルドは貴族らしく襟元まできっちり着込むのに対してクラースはシャツのボタンを開けていたり、鎖骨まで出る襟のないシャツを着たりしているのだ。
(この人は自分をよくわかっているなあ)
歩きながらクラースを見上げれば、どうした?という顔で手を伸ばされた。伸ばされたのでその手を掴んで繋いでおく。そのままぽつぽつと話しながらテクテク歩けばやがて毛糸を扱う商店へと着いた。
「ごめんください」
「はい、いらっしゃいませー」
「金色の毛糸が欲しいんですが、ありますか?」
「ありますよー、この辺が薄いのから濃いのまで揃ってますので」
カウンターの中から店員が出てきて、店の入り口付近にある窓のあたりを示した。
「わあ、金色って言ってもこんなにあるんだ」
「他の色もけっこう揃ってるなー」
「クラースさん、イェルハルドの髪色ってこの辺でいいでしょうか」
「んぁ?あーなるほど、うん、こっちと混ぜるとかできればどうだ」
「おお、いいですね、そうしましょう」
クラースとサキが窓の付近で毛糸の色を選んでいるのを、路地を歩く人たちがチラチラと覗き見て通り過ぎていく。
ちょっと悪そうなイケメン貴族と白猫耳の子供という異色の組み合わせである。目立って当然だが本人たちは呑気に毛糸の色を窓から入る陽の光に透かして、色を確かめている。
「なぁサキ、俺にもひとつ編んでくんね?」
「いいですよ、何色にします」
「あー、色は何でもいいから任せるわ」
「了解です」
クラースの猫耳は水色にした。帽子ではなく簡単に装着できるようにしてほしいと言うので、カチューシャに耳だけ付けることにした。恋人にでも付けてもらうんですかと聞けば、ベッドで付けたら燃えそうだろと嬉しそうに言うので、子供にはわかりませんと答えておいた。
ガキにはわかんねーかと笑うので、猫耳を渡すときには腰にリボンで巻く猫の尻尾も編んで一緒に渡してやろうと思っている。
キーラが猫耳を付けたら無敵なのではないかと気づき、薄茶色の毛糸も購入しておく。結局結構な量の毛糸を購入したため、手持ちで持って帰るにはかさばる。後で届けましょうという店員を断って、サキは『空間』に収納してクラースの手を取った。
「帰りましょうクラース」
「あ、あぁ」
手を繋いで店を後にし再びテクテクと歩く。いつものように話しているのにサキの手には力が込められているので、クラースも相槌を打ちながら辺りに気を配る。
「後ろから僕に対して気持ち悪いことを考えている男が付いてきています」
サキの生い立ちは知っているので、それが能力なのかなるほど便利なと呟きながら、どうすると尋ねた。高位魔法師のマティアスに連絡を取ればすぐに転移で屋敷に戻れるだろうが、こうやってわざわざ歩いているには訳があるのかもしれない。
どのような能力があってもサキはまだ子供だ、何が何でも守らねばいけないとクラースは決意しながらも、見た目は至って普通にサキと手を繋ぎ楽しそうに話しながら歩いた。
サキの手が緊張のためか汗ばんでいる。一度怖い目にあっているのだ、二度とそんな目にあわせるつもりなどない。
「マティアス=シュルヤヴァーラの家の者だな」
人の気配が走り寄ってくると、突然横柄な声を掛けられた。
「違います」
サキもクラースも振り返り立ち止まった。サキは繋いでいない方の左手を前に出しいつでも結界を発射できるようにしている。クラースは何も手にしていないが、ダラリと下げた右手には手首の動きで刃物が出てくるように仕込んである。
「嘘を言うな、街の者に確認したぞ」
「マティアスはマティアスです、シュルヤヴァーラ家など知りません」
なるほどこれが先日屋敷に来たというシュルヤヴァーラ家のご子息とやらか。サキたちを追いかけるために多少走っただけで息切れをしているが、マティアスが生まれたことを知らなかったのだから、どんなにいっても30歳には届かないはずだ。だが太った身体に薄い髪はマティアスよりずっと年上に見えた。
クラースに知り合いかと尋ねられたので、言葉少なに経緯を説明する。同時にマティアスに伝魔法で現在の状況を伝えておいた。公的にシュルヤヴァーラ家と縁を切ったと証明されているのに、何を考えているのだろうか。
すぐにマティアスが転移で現れた、シュルヤヴァーラ家の男は驚いて汗をかきながらも、自分が王都に滞在する間は屋敷で面倒をみろ、第一王子と娘が婚約したらしいな一族の者として誇りに思うぞ、王家と懇意になりたいから早く紹介せよ、自分はできれば王女と知り合いたい、といった事を長々と喋り倒した。
「断る」
マティアスがきっぱり断ると、サキを指してこっちの娘もかわいいじゃないか、王女が駄目ならお前の娘をシュルヤヴァーラ家の嫁に寄越せと言ってしまった。
サキは黙って目をつぶった。シュルヤヴァーラ家の男は初めからサキを女の子だと勘違いし目を付けていたのだ、こちらに流れてくる気持ちの悪い精気を感じていた。
サキが目を閉じたのを確認して、マティアスは無礼な男を拘束した。
「私はこの無礼者を城の衛兵に預けてくる。お前はどうする、家で大丈夫か」
「構わなければマティアス卿、俺もサキと一緒にお屋敷にお願いします」
サキが答える前にクラースが言ってくれた。非常に気分が悪いので全部理解した上で傍にいてくれるというクラースの言葉がありがたかった。サキは頷いて父さんお願い、とだけ言った。
「わかった、私もすぐ屋敷に戻る。この無礼者は二度とお前に近づけない」
次の瞬間サキとクラースは屋敷の中に転移していた。クラースが執事のネストリと乳母のカティに説明をしてくれたので、サキは猫耳帽子とマフラーを外すとひどい気分で談話室のソファーにぐったり沈み込んだ。
「サキだいじょうぶう?」
いつの間にかうたた寝していたらしい、嗅ぎ慣れた花の香りに目を覚ますと目の前にラミがいた。
だがここは屋敷の談話室ではない、小さな白い花が咲き誇る緑の丘だった。
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