もう随分昔の話

コーヤダーイ

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魔法使いがどうやって魔法を使うか

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 魔法使いが、どうやって魔法を使うか、知ってるか?



 魔法を知らないやつらは、さも簡単に、杖を振りゃ魔法が出てくるとでも思ってるんだろう。



 だが実際は、魔法を使うには詠唱が必要だ。

 魔法とは精霊に祈りを捧げ、その力を一時だけ借りているにすぎないからだ。



 俺の言いたいことは、わかってもらえたか?

 そうか、なら良かった。



 だからそんな目で俺を見るな。

 言ったろ、詠唱がなきゃ、魔法は使えないって。

 こうやって魔物に囲まれたら、魔法なんて使えないんだって。







 グギャッ! グゴッ! ヘゲッ! ゴツゴツガツンと重い音を響かせて、俺は周りを囲んだ魔物を、片っ端から杖で殴り倒していた。

 倒した魔物はその場で消えて、後には魔石だけが残る。

 俺は魔石を拾い集め小袋に入れると、袋ごと腹に巻いた。



 ようやく探し当てた、絆で繋がった相手は、森の奥に一人きりで隠れるように住んでいたエルフだった。

 御年358歳。名もないというエルフは、目が見えなかった。

 正確にいうと、人間のようには、目が見えなかった。



 契約した森の精霊の力を借りて、魂の輝き、命のきらめき、そういったもんで世界を見ているらしい。

 それがどういう眺めなのか、俺は知らない。

 だけど、深い森の中で木の根につまずかず、樹木にぶつからず、魔物に襲われないで生活している。



 エルフは言葉を話さない。

 美しい顔にくっついた唇は飾り物で、そこから音が紡ぎ出されることは、まずない。

 エルフの話は、俺の脳みそに直接響く。

 音階のついた単語が、聞いたこともない、不思議な音色みたいな感じに響く。



 俺の話すことは、聞こえて理解もできているようで、会話、とまではいかないが、なんとか意思の疎通は可能だ。

 ただし、問いかけに対して、答えはすぐに返ってこない。



 例えば朝に、川で汚れ物を洗ってくる、と言って俺が出かけるとする。

 夕方に顔を合わせたときに、『みずのながれ』『きよめる』という音楽が、脳みそに響く。

 俺はそれを聞いて、それが川で洗濯だ、と言う。

 翌朝、唐突に『せんたく』『かわ』と響く。



 たぶんエルフってやつは、脳みその中の流れも、人間とは違うんだろう。

 万事が万事、こんな感じで月日は流れていった。







 俺は相変わらず杖で魔物を殴り倒し、魔石を集めていた。

 エルフと森で住む限り、金など必要ない。

 だが裸で暮らしていたエルフには、俺のいる間は服を着せたし、俺の服や靴、生活に必要な細々としたものも、パンを焼くための粉だって、人間の住む場所まで行かなけりゃ、手に入らない。



 そんなわけで、俺は時々深い森を出て、人間の住む場所まで出かけて行った。

 魔石を売り、代わりに必要なものを金で買う。

 あるいは、魔石と物々交換することもあった。



 俺は魔法使いの身なりをしているから、村や町の人間が深く関わろうとすることはない。

 人間の世界では、魔法使いは特殊な職業で、神出鬼没だと思われていた。



 まさか俺が深い森の奥から、一週間かけて徒歩で移動しているとは、誰も思わないんだろう。

 俺も欲しいものは無言で指し、黙ったまま支払いをすませると、とっとと立ち去るようにしていた。



 黙々と歩き続け、一週間かけてエルフの元へと戻る。

 俺のいない間は裸で過ごしているようだが、俺が戻れば服を着て表れる。



 二週間ぶりに見るエルフは美しく、羽織っただけの服は、わずかな風になびいてひらりと揺れている。

 そう、本当に羽織っただけで、前をしめていないから、つまり丸見えなのだ。



 俺はムラムラして、もう陽も落ちるしいいだろう、と酒を樽から直接飲んだ。

 エルフには枯れて倒れた木から彫った器に、並々と注いで渡してやる。



 このエルフは飲ませてみると、案外酒が好きだった。

 酒に弱いとは言えないが、ザルのように強いわけでもない。

 無言で酒を注いでやるうちに、エルフが酔ってきたのがわかった。



 酒に酔うとエルフは歌い出す。

 唇から音を出して歌うのだ。

 何を歌っているのかは知らない、歌でなくて、それがエルフの言葉なのかもしれない。



 とにかく耳に心地よい音楽を聴きながら、俺はエルフに遠慮なく手を伸ばす。

 とうに肩から脱ぎ落とされていた服を下草の上に敷いて、俺はそこにエルフと共に横たわる。



 美しい顔が崩れることはないが、感じているときに唇から流れる音楽は、高くて短い音に変わる。

 それはまるで、人間の喘ぎ声のようで、俺はそれをとても気に入っている。

 互いに互いを受け入れ合い、上になり下になり、俺たちは何よりも一つになった。







 俺はだんだん年老いた。



 エルフはエルフで、俺は人間だ、仕方ない。

 俺は近いうちに死ぬだろう、とエルフに話した。



 『きえる』『かがやき』とエルフの声が脳みそに響く。

 そうだ、俺はもうじき死ぬんだ。元気でな。



 いよいよ最期のとき。

 エルフが服を脱いだ。



 おいおい、今の俺にはそんな元気はないよ。思わず笑った。

 脱いだ服を下草に置くと、エルフが俺をそこに寝かせた。



 何してんだ、まさか俺を見送ろうとしてくれてんのか?

 エルフはいつものように黙ったまま、俺の隣に横たわった。



 顔だけ俺の方を向いてるけど、エルフは無表情のままだ。







 綺麗だなぁ、エルフの瞳の中に、深い森の奥ではめったに見られない青空を見て、俺は目を閉じた。









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