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携帯電話だけ異世界へ行きました
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なんか画面に映った顔は疲れてるみたいだ。
「どしたの?」
「隣国の軍が動いてるらしい」
ひやりとした。それってきっと戦争が起こるやつ。将軍っていう立場上、きっとこの人は戦場に行く。
携帯のビデオ通話だけでしか繋がっていない俺は何もできない。
もどかしくてたまらない。画面の向こうに見えるのに、俺たちの体は遠く離れている。
俺たちを隔てているのは、距離だけじゃない。俺がいるのは現代日本、イグラシオがいるのは異世界。
三ヶ月前、俺は映画館にいた。詳しくいうと、映画を観終わった後の、トイレの個室にいた。
筋骨隆々の男たちがマントをひるがえし、鎧を身につけ武器で、あるいは半裸で拳を交え、汗を飛ばして戦う。
決闘シーンなんてご褒美だ。どんなAVよりキレのあるカメラワーク、流れ落ちる汗、大音量で俺の全身を包むのは、興奮した男たちのヤジと、荒い息づかい。
正直、有名な賞を受賞したという映画の内容なんて、頭に入ってこなかった。開始早々からおっ勃てたまま、俺は1時間50分を過ごし、上映中一度も肘掛けから両手を離さずに、果てていた。
汚してしまった股間を隠し、場内が明るくなる前にトイレへと駆け込んだ。染みのついた股間は、一度射精したというのに、ちっともおさまりそうにない。
もう一回しごいて出さねば、トイレからも出られない。俺は個室の中で立ったままズボンのボタンを外し、ファスナーを下げる。
ぴっちりとしたボクサーパンツから逸物を出すと、慣れた動作で包み込みシコシコと動かした。目をつぶり思い出す、先ほどの筋肉を、汗を、声を。
俺は別に男に抱かれたいわけじゃない。ただ筋肉が好きなだけだ、健康的で実用的に動く筋肉が。
ガッシリとした体についた筋肉が、動いた拍子に盛り上がる。それまでなめらかだった肌に筋が張り力をたくわえる。自分の体には到底つかない、それらを眺めるのが好きなのだ。
男と寝た経験はない、AVは観る。喘ぐ男の尻に突っ込んでかき回しているのが、俺だと想像して果てるのだから、猫になりたいわけじゃないんだろう。
もうイきそうだ、と片手を伸ばしてトイレットペーパーを巻き取ろうとしたとき、胸ポケットに入れていた携帯電話が震えた。
一瞬何を優先すべきか迷い、体がかしいだ。
片手にトイレットペーパーを中途半端に巻き取る途中で、俺の息子は勢いよく射精し、胸ポケットから滑った携帯電話は、ポチャリと落ちてはいけない場所に落下していた。
「あ、あぁ~っ!」
慌てた俺は、汚れた便座と勢いを失った俺の息子を拭こうと、トイレットペーパーでぬぐった。慣れというのは怖いものだ、ぬぐったトイレットペーパーを便器の中へ投げ捨てた俺は、何も考えず自然な動作で「大」のレバーを回した。
「ぅわっっ!!」
ジャーッと回りながら流れる水を見て、はじめて間違えたことに気づく。
携帯電話はどうした!
液晶画面の大きなタイプだ、流れるはずはない。だが、トイレットペーパーを流し切った便器の中の水は、異物など存在しないただの水しかなかった。
ないものは仕方ない、俺は諦めて携帯電話の販売店へと行き、同じ型の新しい携帯電話を手に入れた。番号はそのまま、まだ新しいものに替えたばかりだったから、前の携帯電話と取り立てて違うところもない。同じ機種、同じ色。しいて言えば、液晶画面が痛まないよう開くタイプの携帯電話ケースに入れていたくらいか。
本革のケースだ、けっこう高かった。まあいい、そのうち新しい携帯電話にもケースを買おう。
思わぬ出費が痛い。映画を観に来ただけのはずが、携帯電話を買い直すはめになってしまった。もう飯食ったら帰って寝よう、俺は丼チェーン店に向かって歩き出した。
陽はまだ高かったが、俺は飯と一緒にビールを飲んで帰った。新しい携帯電話は胸ポケットにちゃんと入っている。
築15年の古ぼけた軽量鉄筋コンクリートのアパートが、俺の住まいだ。階段を登る必要のない一階の部屋に鍵を差し込み、なんとなくただいまと言って部屋に上がる、一人暮らしだ。
畳の上に敷きっぱなした万年床に、ゴロリと寝そべる。胸ポケットから出した携帯電話を眺め、なんとなく自分の電話番号を押していた。
水洗トイレにどういうわけか消えてしまった、俺の古い方の携帯電話。もしかして繋がったりして。うっすらと酔いのまわる頭で考えて、にへらと笑った。
コールボタンは通話ではなく、あえてビデオ通話を押した。
トゥルルルル、トゥルルル………繋がるはずのない電話番号が、どうしてだか鳴っていた。これは俺の電話番号だ、鳴るはずがない。
しばらく鳴っていた呼び出し音が、突然切れた。
「一体なんだこの本は、震えて、おっ? 止まったぞ。……これはなんと、不可思議な本か」
低い声が響くように聞こえ、俺は耳に当てていた携帯電話を顔の前に持ってきた。
液晶画面の向こうには、首の太い金髪碧眼のイケメン外国人が映り込んでいた。
しばらく無言で、画面越し互いに見つめ合う。先に口を開いたのは画面の向こうの外国人だった。
「細部までよく描かれた……平たい顔だな」
「……ぶっ」
俺は思わず吹きだしていた。そりゃ白い石を削り取ったような、あんたの顔と比べたら平たいだろう。
大して強くもない酒の酔いも手伝って、俺はそう言っていた。ツボに入った笑いは、そうそう治まらない。
「おい、子ども」
「こっ、こどもっ……」
ヒィヒィいう涙を拭きながら、俺はまた笑った。子ども、30をとうに過ぎたこの俺が子どもだと。
「あっ、あんた、……ふぅふぅ。いくつだよイケメンさん」
息を整えながら尋ねれば、憮然とした顔のイケメンは数えで25だと答えた。
「10歳っ」
またもや笑いがこみあげてきた俺は、全部言いきれなかった。
「そなた10歳か、これはまたずいぶん大人びた子どもだ」
「ひぃ~っ、も、勘弁してっ……ひっ、ひっ、」
笑いすぎて息ができない。
「おいっ、大丈夫か子ども。何かおかしな薬でも盛られたか」
「……ち、ちがっ、俺っ、子どもじゃない、からっ」
ふっ、ふっ、とようやく吸えるようになった空気を、肺に送り込む。
しばらく目を離していた画面を見ると、イケメンが眉間にシワを寄せてこちらを見ていた。
「そのようにずいぶん苦しんで……媚薬でも、盛られているのか?」
その声は心配そうで、見ず知らずの笑いこけて呼吸困難で死にかけた俺を、本気で憂いているのがわかる。
「ごめん、大丈夫だから。薬とかじゃない、酒のせいで笑いすぎただけ」
「酒か……その年で酒など飲んで大丈夫なのか」
「それも、ごめん。10歳ってのは、俺とあんたの年の差だからな?」
「つまりそなたは数えで15歳「俺は34歳だから」か………は?」
画面の向こうでイケメンが固まっている。少し開いた口でぽかんとした表情でも、イケメンはイケメンだ、俺はチャンスと画面の画像を写真にして保存した。
カシャリ、という電子音に我に返ったイケメンが、まばたきをする。
そういえばなんでこの電話繋がっているんだろう? そしてどうして通じる、日本語?
まぁいいか、と深く考えずに俺は携帯電話の使い方をイケメンに伝授した。すぐに使い方を覚えたイケメンは、いったん切った電話をあれこれ試したらしく、数分後に今度は向こうからコールがきた。
「やはりこちらにしか繋がらないようだ」
ビデオ通話の向こう側、イケメンが眩しい。
「そっか……」
俺は襲ってきた猛烈な眠気に勝てず、顔の前に掲げていた携帯電話をぽてりと落とした。
イケメンが何か言っていたが、俺にはもう子守歌にしか聞こえなかった。
翌朝目が覚めて、顔の横にある真新しい携帯電話の充電が、切れかかっているのに気がつく。夕べは寝落ちしておかしな夢を見たから、充電器に差し込まなかったのだ。会社に出掛ける前の時間だけでも、と俺は携帯電話を充電器に差した。
アパートを出て自転車にまたがり、会社へと出かけて行く。朝の短い時間に充電しただけでは、結局もたず、俺の新しい携帯電話は昼前に電池切れしていた。
営業で外に出るわけでもない、内勤の仕事だ、特に困ることもなく定時を迎える。
元より人付き合いがいいわけでもない、友だちは次々家庭を持ち、会社の人間と飲みに出歩く間柄ではない。
パソコンの電源を切り、ファイルを閉じて片づけると、お先に失礼しますと退社した。
外はまだ明るい、定食屋にでも行くかと足を向けかけ、思いついてスーパーに立ち寄った。惣菜をいくつか買い込み、家に向かう。もしかして、もしかしたら。
期待を胸に、帰宅するとすぐにスーツの胸ポケットから携帯電話を取り出し、充電器に差した。真っ暗な画面に小さな赤いランプが点く、よし。
俺はビニール袋から惣菜を取り出して並べると、割り箸を割って、黙々と食べ始めた。
ずいぶん早い晩飯をとり、まだ充電中だからと洗濯機を回し、その間にシャワーを浴びた。ゴウゴウと回る洗濯機を横目に歯を磨き、なんとなく眺めた手と足の爪を切った。
洗濯物を干し、取り込んだ乾いた洗濯物を珍しくたたんでしまい、赤いランプが緑に変わるまではまだか、と万年床を上げると部屋中クリーナーをかけた。
それらを全て終えたころ、ようやく携帯電話のランプが緑に変わった。
そういえば、イケメンの持つ携帯電話には充電器などない、そもそも電気があるのだろうか?
鳴らした電話は、何度かコールしてみたが誰も出なかった。
俺はガックリして肩を落とす、そういえば確認しなかったが、あれは夢ではなかったか。そういえば、と写真のフォルダを開くと、少しほうけたような顔をしたイケメンの写真が残っていた。やはり夢じゃない。
夢ではなかったが、電話に出ることはできないようだ。またあとでかけ直そう、そう思って俺は布団を敷いた。ゴロリと横になる、真面目に掃除をした部屋は、いつもよりも少し整っている。
伸ばした手で携帯電話をたぐり寄せると、携帯電話が震えていた。
「もしもし」
「そなたか、よかった。あれから何度か掛けてみたのだが、繋がらなかったのでな」
ビデオ通話の向こう側、昨日と同じイケメンが映っている。昨日はしばっていたんだろうか、けっこう長い金髪が濡れて、太い首とその下の方まで張り付いている。
「あ~、昼間は電池切れ。それと俺からもさっき掛けたけど、あんた出なかったぜ」
「む? こちらでは特に動きはなかったが……」
「ん~、なんっか繋がるために必要な条件でも、あんのかもな」
俺は布団から起き上がると、水でも飲むかと立ち上がった。水道の蛇口をひねりグラスに注いだ水を一気に飲んで、通話が切れていることに気がついた。
「あれ、切れてる?」
もう一杯水を入れたグラスを手に戻り、布団に腰を下ろす。暗い画面を眺め、俺は俺の電話番号をコールした。すぐにビデオ通話になり、イケメンが映り込む。
「切れたな、なんだろ」
「うむ、こちらはまったく動いていないので、そなたの方に条件があるのやもしれぬ」
「そっか、そういやあんたのことは、何て呼べばいい?」
俺は画面の向こうの水をしたたらせたイケメンの写真を、一枚カシャリと保存する。いいねぇ濡れたイケメン。できれば大胸筋まで拝んでみたい。
「私か。普段は将軍と呼ばれているが、名前ならばイグラシオと言う」
「じゃあイグラシオ、俺は日野太郎」
「ヒノタローか」
「おいおい、なんか面白い風に呼ぶんじゃないよ、俺は年上だよ? イグラシオくん」
「ふふっ、その名前を呼ばれるのは、ずいぶん久しぶりだ」
イケメン改め、イグラシオが笑ったので、俺は名前の呼び方を訂正するのを忘れた。どアップで見るイケメンの笑顔の破壊力、半端ない。
「……どうした? ヒノタロー」
うん、もういいか、ヒノタローで。ヒノタローと呼ぶ、微笑んだままのイグラシオが眩しい。くっそイケメンなんだもんな~。
「あ、そういや。イグラシオ、そっちの携帯の電池どうなってる?」
画面の右上あたりの説明をすれば、線は三本あると答えが返ってきた。どういうことだろう、充電もしていないのに減らない電池。そもそもイグラシオが暮らしている日本語の通じる国って、どこだ?
画面越しのイケメンを堪能しながら、色々と質問をした。イグラシオの暮らす国の名前、場所も聞いたけど、国の名前すら知らない世界だった。地球じゃないのかよ? 俺の脳裏に異世界、という言葉が浮かんだ。
「イグラシオは体が丈夫そうだけどさぁ、髪の毛濡れたまんまで風邪とかひかねぇの?」
「む? 風邪とはなんだ? 髪は小姓が乾かすのだが、ヒノタローのことが気がかりでな」
ヒノタローと話すため、小姓を部屋に呼べなかったのだ、と言われてすまんと謝る。小姓ってなんだ、どこの貴族だ。いや確か将軍、って言ってなかったか? こいつもしかしてすげー身分の高い人間なんじゃねぇの。
「髪の毛乾かすのが小姓の役目とか、すごい世界にいるんだな、イグラシオは」
「戦場などでは身の回りのことは自分で行うが、そうだな。そうせねば人を雇って回せぬからな」
「経済が回らない、ってことか」
「うむ、そうだ。ヒノタローは理解が早いな」
うん、間違いない。イグラシオはやっぱり、経済を回す方に気を掛ける側の人間だった。何を質問しても、打てば響くように返ってくる。様々な会話から、イグラシオの住む世界がかなりの先進国であることが判明した。
しかし機械文化ではない。電気の代わりに魔石を使うというのだから、当然魔法の国かと思いきや、魔法とはなんだと聞かれた。
「ヒノタローの世界には、魔法というものが存在するのか?」
「いや、俺の世界にはないけど、本で読んだ。イグラシオのとこには魔石があるんだろ? なんで魔法がないんだろ」
「魔法と魔石の関係がまったく不明なのだが、ふむ……」
魔法という概念がなかったようだ、魔法について尋ねられたが、俺だって魔法を見たことがあるわけじゃない。本の知識だ、と前置いて自分の知る魔法について簡単に説明をしておいた。
「実に魔法とは、面白い発想だ、ヒノタロー」
「俺もそう思うわ。あ、こんな時間か、俺そろそろ寝るわ」
「うむ、おやすみヒノタロー」
「おやすみー、イグラシオ」
誰かにおやすみと挨拶をするなど、実家を出て以来初めてのことだ。俺は胸の中があたたかくなるのを感じながら、目を閉じた。携帯電話を充電器に差すのは忘れた。
それから毎日、俺はイグラシオとビデオ通話で話をした。散々試した結果、繋がるのは夜で、俺の布団の上と限定されることに気がついた。
イグラシオがどこにいても問題なく通話可能で、互いの居場所に時差はないようだった。
何度も電話を掛けているうちに、気安い間柄になった俺たちは、本当に様々な話をした。こうして顔を見て話していても、どうせ会えはしないのだ、という安心感もあった。
イグラシオの暮らす国の結構裏の話なんかも聞いてしまって、これ大丈夫かな国家機密じゃね? なんていうのもあるけど、それを言えばイグラシオは「ヒノタローが誰に話すというのだ?」と不思議そうな顔をした。
確かに、イグラシオ以外の人間とビデオ通話を使ったことなど、現実世界でもない。
「イグラシオは毎晩、俺なんかと話してていいのか?」
「……? どういう意味だ?」
ある夜500mlの缶ビールを飲みながら、サラミをかじる俺がイグラシオに言えば、画面の向こうのイケメンが金のゴブレットをクルリと揺らした。
最近では、携帯電話を固定する台座を作ったため、手で持たなくても用事を済ませながら会話ができる。俺は布団の横に置いた折りたたみ式テーブルに、数百円で買ってきた携帯電話台を使っているが、イグラシオは職人に注文したらしい。
どんなのができたか見せてくれ、と頼むと得意そうな顔で見せたくれた台座は、金色に光っていた上に、色とりどりの宝石があしらわれていた。
「……金に宝石か」
「うむ。ある程度重さがないと、『ケータイデンワ』が動いてしまうからな」
「なるほど……」
そんなわけでイグラシオの上半身が、常に映るようになった画面は眼福である。毎日政務で忙しいはずだ、しかもこんなイケメン。女どもが放っておくはずがないのだ。
だがイグラシオは結婚していない。貴族でイケメンで賢く性格もいい。それなのになぜ。
「イグラシオだって、女を抱きたい夜があるだろう? ってだけ」
酔いにまかせて俺は言った。俺には女を抱きたい夜なんて、ないけどな。だが俺には動画サイトがあるし、オナホもある。これもイグラシオには秘密だ。
「ふむ……なくもないが、私は子を成すわけにゆかぬからな」
「へ? そうなの?」
「家の都合、とでもしておこうか。それゆえ、万が一を考え相手はおなごではない」
「……ふぅ、ん。あの小姓さんとか?」
思わず声が裏返った。ビデオ通話で話しているときに、たまに画面の後ろを横切ったりすることがある、金髪巻き毛の美少年だ。
「あれは、そういうものではない。仕事として対価を払う者がいる」
「そうなのか~」
「そういうヒノタローは、どうなのだ?」
「へ、俺? 俺なんかモテないし、なんもないよ?」
「平たいが、慣れれば愛嬌のある顔をしている。もったいないな」
もったいないと言いつつ、金のゴブレットを傾けるイグラシオの顔は笑っている。
「冗談言うなよ、これだからイケメンは」
「冗談ではないぞ?」
ぐいとイグラシオの顔が近づいてきて、伸びた指先が画面半分を覆った。何をしているのかわからなかったので、俺も画面に顔を近づける。
「ほら、その顔。存外かわいらしい」
画面に映る俺の顔を、指先で撫でたのだ。と気づくと、いやに恥ずかしかった。
「と、年上をおちょくるなよっ。もう寝る、おやすみっ」
「おやすみ、ヒノタロー」
画面の向こうでイグラシオが笑っているのが見えた。
真っ暗になった画面を見つめたあと、俺はその日初めて、イグラシオを想って自慰をした。想像のなかのイグラシオは、何度も俺の名前を甘く呼んだ。
「やっほーイグラシオ」
「息災か、ヒノタロー」
俺たちのビデオ通話はすでに三ヶ月に及ぶ。
なんか画面に映ったイグラシオの顔は、疲れてるみたいだ。
「どしたの?」
「隣国の軍が動いてるらしい」
ひやりとした。それってきっと戦争が起こるやつ。将軍っていう立場上、きっとこの人は戦場に行く。
携帯のビデオ通話だけでしか繋がっていない俺は何もできない。
もどかしくてたまらない。画面の向こうに見えるのに、俺たちの体は遠く離れている。
俺たちを隔てているのは、距離だけじゃない。俺がいるのは現代日本、イグラシオがいるのは異世界。
「実はな、ヒノタロー。明日から我が軍も動く」
「それって」
「私も出る」
「だめだっ」
思わず止めれば、イグラシオは少しだけ笑った。もちろん俺に止める権利などない。
「ふふっ、そうは言っても立場があってな。それで明日より先はしばらく話せなくなると思う」
「イグラシオ……危険なことは、するなよ?」
「肝に銘じよう」
「それと、時間があるときでいいから電話鳴らしてほしい」
「わかった」
気をつけろ、とか生きて帰ってこいとか、なんかフラグになりそうだから言わなかった。
毎日掛けていた電話が、イグラシオから掛かってくるのを、待つだけになってしまった。
三日後の夜、イグラシオからの着信に、待っていた俺は飛びつく。
「静かに」
開口一番、画面いっぱいに映るイケメンが、俺を制した。イグラシオ、と大きな声を出そうとしていた俺は、慌てて口を手で塞いだ。
「息災か、ヒノタロー。なかなか一人になる時間がなくてな」
画面の向こうにイケメンが映る。携帯電話の台座は持ち歩けないから、手持ちなんだろう。
「うん、俺は変わりなく元気元気。イグラシオは?」
「問題ない。だが移動しているゆえ、天幕生活だ」
「そっか。人の耳があるもんな。じゃあ電話がきても、俺しばらく黙っとくようにするよ」
「うむ。それがいいやもしれぬ」
向こうの世界は戦があるのだ。鉄砲などないようだから剣と剣で戦うのみだが、それだって危ないことに変わりはない。スパイだって潜り込んでいるかもしれない。
俺との電話のせいで、イグラシオを危険な目に合わせるつもりはない。
電話はすぐに切れて、それからも三日開いたり、数日開いたりしながら、イグラシオから連絡が入った。
気をつけていても、秘密はどこかから漏れるものだ。
ある日の電話で、イグラシオはごく近くに間者がいるようだと話していた。そして自分にスパイ容疑が掛けられていると。
「お、俺との通話が……」
「誰かと秘密裏に会話をしていると、勘ぐられたのやもしれぬ」
「そんな……イグラシオ。俺……」
「しっ、」
鋭いイグラシオの吐く息が聞こえた。静かに、という合図だ。俺は黙った。
「このような夜半に大人数でどうした、ムーラオ」
イグラシオの声がムーラオと呼んだ、相手だろうか。
「将軍、あなたが敵軍と内通していると聞き及んでいる」
「まさか、この私が」
「将軍を捕らえよ」
「……触るな。ムーラオ、どういうつもりだ」
激しくもみ合う音が聞こえた。ビデオ通話は繋がったまま、画面は暗い。
イグラシオは寝床にいたようだから、きっととっさに枕の下にでも隠したのだろう。
俺は話すこともできず、通話を切るわけにもいかず、黙ったまま暗い画面を凝視していた。イグラシオに危険が及んでいるのに、何もできない自分が辛かった。
ゴッと鈍い音が聞こえた。ゴッ、ゴッと続けて何度か音は続き、グッと息を吐く音が聞こえた。イグラシオは一人きりだ、相手は何人かいるらしい。誰か、誰かイグラシオを助けて。
俺が助けを呼ぶ声をあげるわけにもいかず、結局俺は黙ったまま、何も写さない画面を見つめ続けた。
「よせっ、ムーラオ、止めろっ」
焦ったようなイグラシオの声が聞こえた。どうした、イグラシオ、無事か? 俺は少しの音も聞き逃すまいと、携帯電話を耳に押し当てた。
「ぐっ、……うっ、かはっ……放せっ」
「動かぬようしっかりと押さえつけろ。なんのために大人数で来たのだ」
「……くっっぅっ! ……がぁぁっ!」
最初は水音が聞こえた気がした。それは次第に音を大きくしていき、ぬっちぬっちと聞こえてくる。
あわせて喉の奥から漏れる苦しそうな声は、イグラシオだろうか。俺にはその音が何をしているのか、わかってしまった。
耳につけた携帯電話が拾うのは、セックスの挿入時、腰を打ち付ける卑猥な音だった。
イグラシオが犯されている。
相手はムーラオとかいう男なのだろう。
そのうち打ち付けるスピードが上がり、ムーラオは果てたらしい。止まった音にホッとした俺は、イグラシオの叫び声を聞いてゾッとした。
今度は別の男に再び犯されているのだ。おそらくムーラオは体外へ精液を吐き出す、などという気遣いをしてはいないのだろう。先ほどよりも激しくなった水音は、肌を打つぱちゅんぱちゅんという音を立てて、イグラシオの喉からうなり声を漏れさせる。
一体相手は何人いるのか。一人終わっては、次の男がイグラシオを犯す。
俺は本当に最低な男だ。
俺はその音を、耳に痛いほど押し当てた携帯電話から聞きながら、自慰をした。
一回果てても勃起はおさまらず、結局息をひそめたまま、三回抜いた。
疲れ果てたイグラシオが、拘束を解かれたのだろう。ドサリという音が聞こえ、たくさんの足音が聞こえなくなったところで、すすり泣く声が聞こえた。
俺は黙ったまま、そっとビデオ通話を切った。
イグラシオからの連絡が途絶えた。
連絡がなければ生死もわからない。だがこちらから、携帯電話を鳴らすわけにもいかない。
いてもたってもいられない、もどかしい日々が続いた。
イグラシオは……生きているんだろうか。
心配したまま時間だけが過ぎ、俺は不眠症になった。この一ヶ月というもの、夜は眠れず、朝は起きれず、昼は集中できず。
呼び出された上司に事情を聞かれても、俺は曖昧にしか返事をしない。心配したのであろう上司に、就業時間後飲みに誘われるが、いつイグラシオから連絡が入るかわからないのに、出歩くわけにもいかない。
わりとホワイト企業だったのか、おかしな社員を出したくなかったのか。会社命令で病院に掛かった俺は、何やらわけのわからぬ病名を付けられ、しばらく会社を休むことになっていた。
狭いアパートで一人、仕事にも出掛けず過ごす毎日は、くるものがあった。
俺は一人きりだということを、これほど痛感したことはない。
誰からも連絡のこない日々、今まで使い切ったことなどなかった、有給休暇を使っての休暇だから給料も出る。金はあるが、することがない。
最初の一週間はボーッと過ごした。
次の一週間は、よく覚えていない。
いつ何を食べたのか、風呂に入ったのはいつだったか。
どれほど経ったんだろう、携帯電話が鳴った。
俺は飛びついて、通話ボタンを押した。
「あ、日野くんかね? 久しぶり。体調はどうだろう」
会社の上司だった。
ガックリした俺は、つい口走っていた。
「すいません、会社、辞めます」
会社側もその言葉を待っていたのだろう、さして引き留めるでもなく俺はその電話で、会社を辞めることになった。書類などは追々総務の方から送付を、と話す元上司の言葉を聞き流し、俺は唐突に出掛けようと思った。
シャワーを浴びると、貧血でくらりとした。
そういえばまともな食べ物を、ここのところ食べていなかった気がする。
狭い部屋を見回せば、羊羹の包み紙、経口補水液、カロリーメイトの箱が散らばっていた。
水を飲んでから、財布と携帯電話だけ持って外に出る。外に出てはじめて季節が移っていたことに気がつく。長袖を着ている人など、いなかった。
スーパーで弁当と惣菜を買い物カゴに入れながら、乾麺だとか缶詰といった、保存のききそうな食べ物も買っておく。
なんとなく家に戻りたくなくて、俺は近くの小さな公園へ行き、スーパーで買った弁当を頬張った。
食べている途中で、胸ポケットの携帯電話が震えた。
ここは家の中じゃない。辞めた会社以外に、俺の携帯電話を鳴らす人間がいるわけがないので、俺は無視した。
しばらく俺の胸ポケットで震えて、携帯電話は静かになった。
弁当のゴミも入れた、スーパーの買い物袋をぶら下げて、ダラダラと歩きアパートに帰る。冷蔵庫に惣菜をしまい、乾麺や缶詰は棚に置けば、することがなくなった。
「掃除でもするか……」
久しぶりに布団を上げ、床を掃除し、ついでに風呂とトイレも掃除して、ゴミを捨てた。
手を洗ってふと見れば、爪がだいぶ伸びている。なんとなく、イグラシオとはじめてビデオ通話で会話したときのことを思い出しながら、俺は爪を切る。
掃除して爪を切りサッパリすると、どこかへ出掛けたくなった。そうだ髪を切ろう、と少し伸びた髪を触って床屋へと向かったのだが、休みだった。
せっかく外出する気になったのだ、久しぶりに映画でも観るかと、足を伸ばす。
普段なら絶対に観ない恋愛映画を選んでいた。筋肉の男たちは出てこない。俺はあの日以来、性欲が減退してしまったのか、一度も自慰をしていない。する気も起きないのだ。
映画はもどかしい恋愛を描いたもので、互いに好意を抱いているのに進まない。両片思い、とでもいうのだろうか。結局主人公二人は結婚という、よくいう恋愛のゴールにおさまることはなかった。
質の高い映画だったと思う、だがこれが恋愛映画かといえば疑問に思うし、ハッピーエンドではなかった。なんとなくモヤモヤした気持ちで、俺は映画館のトイレへ向かった。
いつもは飲まない炭酸とポップコーンを購入してしまい、腹が冷えたのだ。トイレで個室に入り、用を足す。
そこでまた、胸ポケットの携帯電話が震えた。
誰だ、しつこいな。俺はいまうんこしてるんだよ。
尻をふき、紙を流し、手を洗っても、携帯電話の震えは止まらなかった。
「しつこいな~」
俺は携帯電話を手に取ると、通話ボタンを押した。
「はい、もしもし~日野ですが」
どうせ会社だろう、元、だけどな。
「ヒノタローか?」
「……嘘……イグラシオ?」
「あぁ、私だ」
イグラシオからだった。
俺は軽くパニックになった。ここは外で、家の中じゃない。俺の布団の上じゃない。
そして、今は昼間だ。イグラシオ、イグラシオ? どうして? 無事なのか?
たくさんのクエスチョンマークが、頭の中を飛び回った。
「どうして……イグラシオ……あっ、無事か? 身体は? 平気か?」
「落ち着け、ヒノタロー。私は問題ない」
「うんうん、そっか、良かった」
「ヒノタローは、息災か」
「まぁ元気だよ。仕事辞めちゃったけど」
久しぶりに聞くイグラシオの声に、俺はいつのまにか泣いていた。
無事でよかった。生きていてくれてよかった。
また声を聞くことができて、よかった。
「仕事を辞めた?」
「うん、まぁ、こっちも色々あって?」
「そうか。ときにヒノタロー」
「ん?」
「私に……会いたくはないか?」
歩きながら携帯電話を耳に当てた俺は、立ち止まった。
会う? 誰が、誰に?
思考が追いつかない。
「……どういうこと?」
「すまない、気が急いて説明を端折りすぎた」
「会えるなら、会いたいよ。俺、イグラシオに会いたい!」
「私もだ、ヒノタロー。ところでいつものように顔が見たいんだが」
「あっ、俺も! あ、でもここ今家の外で。一回切ったらもう繋がらないかも」
一度、家に戻ってかけ直す、と言って俺は通話を切って走った。
映画館から家まで、バスに乗ったのだが、あいにくバスの乗り合わせがない。
俺は待てずに走った。走っている途中でバスに追い越されて、半べそをかきながら走って帰った。
家に戻った俺は、汗でぐちょぐちょで、長袖なぞ着ていたものだから余計にひどい。
一旦シャワーを浴びて、なんて思っていたところへ、また携帯電話がなった。
イグラシオからだ。俺はビデオ通話ボタンを押した。懐かしいイケメンが画面いっぱいに映って、遅いから心配したぞ、と眉根を寄せていた。
俺は汗まみれで泣いていて、バスがなくてずっと走って、それでバスに追い越されて、今シャワーを浴びようと思って、ということを支離滅裂に説明しようとした。
しかし息を切らした俺が、イグラシオが納得するような説明をすることは、できなかった。
「とりあえず、説明するのも面倒だ。もうこのままこちらへ来い、ヒノタロー」
「へ?」
質問さえも許されず、汗だくのまま俺は目の前が真っ白になった。
目を開けているのか、つぶっているのかもわからない、真っ白な空間に俺はしばらくいたような気がする。
誰かにギュッと抱きしめられて、ふらついた。
「ふおっ?」
「ヒノタロー、ヒノタロー」
「……イグラシオ?」
目を開けると、立派な胸筋に抱かれていた。
顔を上げれば、見慣れたイケメン。いやむり、ぜんぜん見慣れない、イケメンすぎる。
ハッと気づく、俺めちゃくちゃ汗かいて、臭いんじゃね?
できればぐしゃぐしゃの泣き顔だって、見られたくない。
「は、放せっ、イグラシオ」
「放すものか、ヒノタロー。やっと会えた」
「ち、ちがっ、俺臭いから。走って汗すごいから」
「臭くなどない」
顔を近づけてスンスンされる、よせ、いや、やめて。お願い、近くで嗅がないで。
制汗スプレーふって、汗の匂いを気にする女なんてバカじゃねぇの、って思ってた。ごめんなさい、俺は今、完全に脳内乙女だ。
近づいていたイグラシオの唇が、ちゅっとおでこに触れて、俺は完全に動きが止まった。
ちゅっていった、今! おでこにちゅって音がしたあ!
言っておくが、俺に恋愛の免疫はない。そんなスキルは経験のない俺には無縁だったからな。
デコチューに固まった俺に、イグラシオの顔がぐぐっと降りてきて、唇に唇が触れた。
ふにっとした。
「ヒノタロー」
聞き慣れた甘い声で俺の名前が呼ばれたが、俺はまばたきすら忘れていたから、イグラシオがふっと笑って、俺の顎を上に向けて。
それからもう一度、キスをした。
イグラシオの唇は、とても柔らかかった。
「……せ」
「……セ?」
「せつ……」
「……セックス?」
「んむっ! ち、ちがっ……」
ぐぐぐ、と開いた唇に侵入しようとするイグラシオの顔を、両手で押さえる。
「説明を、しろ~っ!」
そもそも携帯電話をトイレに流してしまったあの日。
俺は映画が始まる前に、チケットの半券を携帯電話ケース内側のポケットに差し込んでいた。
イグラシオは俺から聞いた魔法の話を、どうにか実現できないものかと、国の機関を使いしばらく研究させていたらしい。
魔石を使い、物を呼び寄せる魔法の研究は、国の最高機密として密かに続けられた。
そしてついに物を移動させる魔法を作り出し、携帯電話のケースと、映画の半券チケット、そして携帯電話。これらを媒体にして俺を呼び寄せたというわけだ。
戦争のきな臭い話も、この魔法の研究成果が目的だったのだという。
イグラシオが辛い目にあったあの時は……。
暗い顔の俺が尋ねれば、イグラシオは腹を抱えて、なぜか笑い出した。
「あれは目くらましの魔法だ」
「へ?」
どうやら、呼び寄せる魔法を研究する途中の産物として、様々な魔法が編み出されたらしい。そのひとつが目くらましの魔法で、話を聞いてみれば物や人をコピーして動かす魔法のようだ。
「魔石の大きさや数によって、魔法の使える時間があってな、そこがなかなかむつかしいのだ」
「じゃ、じゃあイグラシオがあの時泣いてたのは……」
「ん? なんだ、最後まで繋がっていたのか。ヒノタロー、心配をかけたな。」
「あ、いや……それはいいんだけど」
「あれは、笑いを必死にこらえた私の声だ」
じゃあ、あの日の俺は。
「あやつらは、以前より不穏な動きをとっていたので、泳がせていた」
俺は馬鹿だ、大馬鹿だ。
「イグラシオは……痛い目にもあってなくて、怪我もしてない?」
「そうか、心配させてしまったか。すまなかった、ヒノタロー」
ふるふると、俺は首を振る。
「あのあと、あやつらはすぐ捕縛された。私は無事だ」
俺は最低だ。キツくつぶった目から涙がこぼれる。
「頼むから、ヒノタロー、泣かないでくれ。どうしていいかわからぬ」
イグラシオに優しい言葉で慰められて、その腕の中、俺はいっそう泣いた。
携帯電話だけ異世界に行ったけど、結局俺も異世界に呼ばれた。
俺は今、イグラシオと一緒に、この世界で生きている。
完
「どしたの?」
「隣国の軍が動いてるらしい」
ひやりとした。それってきっと戦争が起こるやつ。将軍っていう立場上、きっとこの人は戦場に行く。
携帯のビデオ通話だけでしか繋がっていない俺は何もできない。
もどかしくてたまらない。画面の向こうに見えるのに、俺たちの体は遠く離れている。
俺たちを隔てているのは、距離だけじゃない。俺がいるのは現代日本、イグラシオがいるのは異世界。
三ヶ月前、俺は映画館にいた。詳しくいうと、映画を観終わった後の、トイレの個室にいた。
筋骨隆々の男たちがマントをひるがえし、鎧を身につけ武器で、あるいは半裸で拳を交え、汗を飛ばして戦う。
決闘シーンなんてご褒美だ。どんなAVよりキレのあるカメラワーク、流れ落ちる汗、大音量で俺の全身を包むのは、興奮した男たちのヤジと、荒い息づかい。
正直、有名な賞を受賞したという映画の内容なんて、頭に入ってこなかった。開始早々からおっ勃てたまま、俺は1時間50分を過ごし、上映中一度も肘掛けから両手を離さずに、果てていた。
汚してしまった股間を隠し、場内が明るくなる前にトイレへと駆け込んだ。染みのついた股間は、一度射精したというのに、ちっともおさまりそうにない。
もう一回しごいて出さねば、トイレからも出られない。俺は個室の中で立ったままズボンのボタンを外し、ファスナーを下げる。
ぴっちりとしたボクサーパンツから逸物を出すと、慣れた動作で包み込みシコシコと動かした。目をつぶり思い出す、先ほどの筋肉を、汗を、声を。
俺は別に男に抱かれたいわけじゃない。ただ筋肉が好きなだけだ、健康的で実用的に動く筋肉が。
ガッシリとした体についた筋肉が、動いた拍子に盛り上がる。それまでなめらかだった肌に筋が張り力をたくわえる。自分の体には到底つかない、それらを眺めるのが好きなのだ。
男と寝た経験はない、AVは観る。喘ぐ男の尻に突っ込んでかき回しているのが、俺だと想像して果てるのだから、猫になりたいわけじゃないんだろう。
もうイきそうだ、と片手を伸ばしてトイレットペーパーを巻き取ろうとしたとき、胸ポケットに入れていた携帯電話が震えた。
一瞬何を優先すべきか迷い、体がかしいだ。
片手にトイレットペーパーを中途半端に巻き取る途中で、俺の息子は勢いよく射精し、胸ポケットから滑った携帯電話は、ポチャリと落ちてはいけない場所に落下していた。
「あ、あぁ~っ!」
慌てた俺は、汚れた便座と勢いを失った俺の息子を拭こうと、トイレットペーパーでぬぐった。慣れというのは怖いものだ、ぬぐったトイレットペーパーを便器の中へ投げ捨てた俺は、何も考えず自然な動作で「大」のレバーを回した。
「ぅわっっ!!」
ジャーッと回りながら流れる水を見て、はじめて間違えたことに気づく。
携帯電話はどうした!
液晶画面の大きなタイプだ、流れるはずはない。だが、トイレットペーパーを流し切った便器の中の水は、異物など存在しないただの水しかなかった。
ないものは仕方ない、俺は諦めて携帯電話の販売店へと行き、同じ型の新しい携帯電話を手に入れた。番号はそのまま、まだ新しいものに替えたばかりだったから、前の携帯電話と取り立てて違うところもない。同じ機種、同じ色。しいて言えば、液晶画面が痛まないよう開くタイプの携帯電話ケースに入れていたくらいか。
本革のケースだ、けっこう高かった。まあいい、そのうち新しい携帯電話にもケースを買おう。
思わぬ出費が痛い。映画を観に来ただけのはずが、携帯電話を買い直すはめになってしまった。もう飯食ったら帰って寝よう、俺は丼チェーン店に向かって歩き出した。
陽はまだ高かったが、俺は飯と一緒にビールを飲んで帰った。新しい携帯電話は胸ポケットにちゃんと入っている。
築15年の古ぼけた軽量鉄筋コンクリートのアパートが、俺の住まいだ。階段を登る必要のない一階の部屋に鍵を差し込み、なんとなくただいまと言って部屋に上がる、一人暮らしだ。
畳の上に敷きっぱなした万年床に、ゴロリと寝そべる。胸ポケットから出した携帯電話を眺め、なんとなく自分の電話番号を押していた。
水洗トイレにどういうわけか消えてしまった、俺の古い方の携帯電話。もしかして繋がったりして。うっすらと酔いのまわる頭で考えて、にへらと笑った。
コールボタンは通話ではなく、あえてビデオ通話を押した。
トゥルルルル、トゥルルル………繋がるはずのない電話番号が、どうしてだか鳴っていた。これは俺の電話番号だ、鳴るはずがない。
しばらく鳴っていた呼び出し音が、突然切れた。
「一体なんだこの本は、震えて、おっ? 止まったぞ。……これはなんと、不可思議な本か」
低い声が響くように聞こえ、俺は耳に当てていた携帯電話を顔の前に持ってきた。
液晶画面の向こうには、首の太い金髪碧眼のイケメン外国人が映り込んでいた。
しばらく無言で、画面越し互いに見つめ合う。先に口を開いたのは画面の向こうの外国人だった。
「細部までよく描かれた……平たい顔だな」
「……ぶっ」
俺は思わず吹きだしていた。そりゃ白い石を削り取ったような、あんたの顔と比べたら平たいだろう。
大して強くもない酒の酔いも手伝って、俺はそう言っていた。ツボに入った笑いは、そうそう治まらない。
「おい、子ども」
「こっ、こどもっ……」
ヒィヒィいう涙を拭きながら、俺はまた笑った。子ども、30をとうに過ぎたこの俺が子どもだと。
「あっ、あんた、……ふぅふぅ。いくつだよイケメンさん」
息を整えながら尋ねれば、憮然とした顔のイケメンは数えで25だと答えた。
「10歳っ」
またもや笑いがこみあげてきた俺は、全部言いきれなかった。
「そなた10歳か、これはまたずいぶん大人びた子どもだ」
「ひぃ~っ、も、勘弁してっ……ひっ、ひっ、」
笑いすぎて息ができない。
「おいっ、大丈夫か子ども。何かおかしな薬でも盛られたか」
「……ち、ちがっ、俺っ、子どもじゃない、からっ」
ふっ、ふっ、とようやく吸えるようになった空気を、肺に送り込む。
しばらく目を離していた画面を見ると、イケメンが眉間にシワを寄せてこちらを見ていた。
「そのようにずいぶん苦しんで……媚薬でも、盛られているのか?」
その声は心配そうで、見ず知らずの笑いこけて呼吸困難で死にかけた俺を、本気で憂いているのがわかる。
「ごめん、大丈夫だから。薬とかじゃない、酒のせいで笑いすぎただけ」
「酒か……その年で酒など飲んで大丈夫なのか」
「それも、ごめん。10歳ってのは、俺とあんたの年の差だからな?」
「つまりそなたは数えで15歳「俺は34歳だから」か………は?」
画面の向こうでイケメンが固まっている。少し開いた口でぽかんとした表情でも、イケメンはイケメンだ、俺はチャンスと画面の画像を写真にして保存した。
カシャリ、という電子音に我に返ったイケメンが、まばたきをする。
そういえばなんでこの電話繋がっているんだろう? そしてどうして通じる、日本語?
まぁいいか、と深く考えずに俺は携帯電話の使い方をイケメンに伝授した。すぐに使い方を覚えたイケメンは、いったん切った電話をあれこれ試したらしく、数分後に今度は向こうからコールがきた。
「やはりこちらにしか繋がらないようだ」
ビデオ通話の向こう側、イケメンが眩しい。
「そっか……」
俺は襲ってきた猛烈な眠気に勝てず、顔の前に掲げていた携帯電話をぽてりと落とした。
イケメンが何か言っていたが、俺にはもう子守歌にしか聞こえなかった。
翌朝目が覚めて、顔の横にある真新しい携帯電話の充電が、切れかかっているのに気がつく。夕べは寝落ちしておかしな夢を見たから、充電器に差し込まなかったのだ。会社に出掛ける前の時間だけでも、と俺は携帯電話を充電器に差した。
アパートを出て自転車にまたがり、会社へと出かけて行く。朝の短い時間に充電しただけでは、結局もたず、俺の新しい携帯電話は昼前に電池切れしていた。
営業で外に出るわけでもない、内勤の仕事だ、特に困ることもなく定時を迎える。
元より人付き合いがいいわけでもない、友だちは次々家庭を持ち、会社の人間と飲みに出歩く間柄ではない。
パソコンの電源を切り、ファイルを閉じて片づけると、お先に失礼しますと退社した。
外はまだ明るい、定食屋にでも行くかと足を向けかけ、思いついてスーパーに立ち寄った。惣菜をいくつか買い込み、家に向かう。もしかして、もしかしたら。
期待を胸に、帰宅するとすぐにスーツの胸ポケットから携帯電話を取り出し、充電器に差した。真っ暗な画面に小さな赤いランプが点く、よし。
俺はビニール袋から惣菜を取り出して並べると、割り箸を割って、黙々と食べ始めた。
ずいぶん早い晩飯をとり、まだ充電中だからと洗濯機を回し、その間にシャワーを浴びた。ゴウゴウと回る洗濯機を横目に歯を磨き、なんとなく眺めた手と足の爪を切った。
洗濯物を干し、取り込んだ乾いた洗濯物を珍しくたたんでしまい、赤いランプが緑に変わるまではまだか、と万年床を上げると部屋中クリーナーをかけた。
それらを全て終えたころ、ようやく携帯電話のランプが緑に変わった。
そういえば、イケメンの持つ携帯電話には充電器などない、そもそも電気があるのだろうか?
鳴らした電話は、何度かコールしてみたが誰も出なかった。
俺はガックリして肩を落とす、そういえば確認しなかったが、あれは夢ではなかったか。そういえば、と写真のフォルダを開くと、少しほうけたような顔をしたイケメンの写真が残っていた。やはり夢じゃない。
夢ではなかったが、電話に出ることはできないようだ。またあとでかけ直そう、そう思って俺は布団を敷いた。ゴロリと横になる、真面目に掃除をした部屋は、いつもよりも少し整っている。
伸ばした手で携帯電話をたぐり寄せると、携帯電話が震えていた。
「もしもし」
「そなたか、よかった。あれから何度か掛けてみたのだが、繋がらなかったのでな」
ビデオ通話の向こう側、昨日と同じイケメンが映っている。昨日はしばっていたんだろうか、けっこう長い金髪が濡れて、太い首とその下の方まで張り付いている。
「あ~、昼間は電池切れ。それと俺からもさっき掛けたけど、あんた出なかったぜ」
「む? こちらでは特に動きはなかったが……」
「ん~、なんっか繋がるために必要な条件でも、あんのかもな」
俺は布団から起き上がると、水でも飲むかと立ち上がった。水道の蛇口をひねりグラスに注いだ水を一気に飲んで、通話が切れていることに気がついた。
「あれ、切れてる?」
もう一杯水を入れたグラスを手に戻り、布団に腰を下ろす。暗い画面を眺め、俺は俺の電話番号をコールした。すぐにビデオ通話になり、イケメンが映り込む。
「切れたな、なんだろ」
「うむ、こちらはまったく動いていないので、そなたの方に条件があるのやもしれぬ」
「そっか、そういやあんたのことは、何て呼べばいい?」
俺は画面の向こうの水をしたたらせたイケメンの写真を、一枚カシャリと保存する。いいねぇ濡れたイケメン。できれば大胸筋まで拝んでみたい。
「私か。普段は将軍と呼ばれているが、名前ならばイグラシオと言う」
「じゃあイグラシオ、俺は日野太郎」
「ヒノタローか」
「おいおい、なんか面白い風に呼ぶんじゃないよ、俺は年上だよ? イグラシオくん」
「ふふっ、その名前を呼ばれるのは、ずいぶん久しぶりだ」
イケメン改め、イグラシオが笑ったので、俺は名前の呼び方を訂正するのを忘れた。どアップで見るイケメンの笑顔の破壊力、半端ない。
「……どうした? ヒノタロー」
うん、もういいか、ヒノタローで。ヒノタローと呼ぶ、微笑んだままのイグラシオが眩しい。くっそイケメンなんだもんな~。
「あ、そういや。イグラシオ、そっちの携帯の電池どうなってる?」
画面の右上あたりの説明をすれば、線は三本あると答えが返ってきた。どういうことだろう、充電もしていないのに減らない電池。そもそもイグラシオが暮らしている日本語の通じる国って、どこだ?
画面越しのイケメンを堪能しながら、色々と質問をした。イグラシオの暮らす国の名前、場所も聞いたけど、国の名前すら知らない世界だった。地球じゃないのかよ? 俺の脳裏に異世界、という言葉が浮かんだ。
「イグラシオは体が丈夫そうだけどさぁ、髪の毛濡れたまんまで風邪とかひかねぇの?」
「む? 風邪とはなんだ? 髪は小姓が乾かすのだが、ヒノタローのことが気がかりでな」
ヒノタローと話すため、小姓を部屋に呼べなかったのだ、と言われてすまんと謝る。小姓ってなんだ、どこの貴族だ。いや確か将軍、って言ってなかったか? こいつもしかしてすげー身分の高い人間なんじゃねぇの。
「髪の毛乾かすのが小姓の役目とか、すごい世界にいるんだな、イグラシオは」
「戦場などでは身の回りのことは自分で行うが、そうだな。そうせねば人を雇って回せぬからな」
「経済が回らない、ってことか」
「うむ、そうだ。ヒノタローは理解が早いな」
うん、間違いない。イグラシオはやっぱり、経済を回す方に気を掛ける側の人間だった。何を質問しても、打てば響くように返ってくる。様々な会話から、イグラシオの住む世界がかなりの先進国であることが判明した。
しかし機械文化ではない。電気の代わりに魔石を使うというのだから、当然魔法の国かと思いきや、魔法とはなんだと聞かれた。
「ヒノタローの世界には、魔法というものが存在するのか?」
「いや、俺の世界にはないけど、本で読んだ。イグラシオのとこには魔石があるんだろ? なんで魔法がないんだろ」
「魔法と魔石の関係がまったく不明なのだが、ふむ……」
魔法という概念がなかったようだ、魔法について尋ねられたが、俺だって魔法を見たことがあるわけじゃない。本の知識だ、と前置いて自分の知る魔法について簡単に説明をしておいた。
「実に魔法とは、面白い発想だ、ヒノタロー」
「俺もそう思うわ。あ、こんな時間か、俺そろそろ寝るわ」
「うむ、おやすみヒノタロー」
「おやすみー、イグラシオ」
誰かにおやすみと挨拶をするなど、実家を出て以来初めてのことだ。俺は胸の中があたたかくなるのを感じながら、目を閉じた。携帯電話を充電器に差すのは忘れた。
それから毎日、俺はイグラシオとビデオ通話で話をした。散々試した結果、繋がるのは夜で、俺の布団の上と限定されることに気がついた。
イグラシオがどこにいても問題なく通話可能で、互いの居場所に時差はないようだった。
何度も電話を掛けているうちに、気安い間柄になった俺たちは、本当に様々な話をした。こうして顔を見て話していても、どうせ会えはしないのだ、という安心感もあった。
イグラシオの暮らす国の結構裏の話なんかも聞いてしまって、これ大丈夫かな国家機密じゃね? なんていうのもあるけど、それを言えばイグラシオは「ヒノタローが誰に話すというのだ?」と不思議そうな顔をした。
確かに、イグラシオ以外の人間とビデオ通話を使ったことなど、現実世界でもない。
「イグラシオは毎晩、俺なんかと話してていいのか?」
「……? どういう意味だ?」
ある夜500mlの缶ビールを飲みながら、サラミをかじる俺がイグラシオに言えば、画面の向こうのイケメンが金のゴブレットをクルリと揺らした。
最近では、携帯電話を固定する台座を作ったため、手で持たなくても用事を済ませながら会話ができる。俺は布団の横に置いた折りたたみ式テーブルに、数百円で買ってきた携帯電話台を使っているが、イグラシオは職人に注文したらしい。
どんなのができたか見せてくれ、と頼むと得意そうな顔で見せたくれた台座は、金色に光っていた上に、色とりどりの宝石があしらわれていた。
「……金に宝石か」
「うむ。ある程度重さがないと、『ケータイデンワ』が動いてしまうからな」
「なるほど……」
そんなわけでイグラシオの上半身が、常に映るようになった画面は眼福である。毎日政務で忙しいはずだ、しかもこんなイケメン。女どもが放っておくはずがないのだ。
だがイグラシオは結婚していない。貴族でイケメンで賢く性格もいい。それなのになぜ。
「イグラシオだって、女を抱きたい夜があるだろう? ってだけ」
酔いにまかせて俺は言った。俺には女を抱きたい夜なんて、ないけどな。だが俺には動画サイトがあるし、オナホもある。これもイグラシオには秘密だ。
「ふむ……なくもないが、私は子を成すわけにゆかぬからな」
「へ? そうなの?」
「家の都合、とでもしておこうか。それゆえ、万が一を考え相手はおなごではない」
「……ふぅ、ん。あの小姓さんとか?」
思わず声が裏返った。ビデオ通話で話しているときに、たまに画面の後ろを横切ったりすることがある、金髪巻き毛の美少年だ。
「あれは、そういうものではない。仕事として対価を払う者がいる」
「そうなのか~」
「そういうヒノタローは、どうなのだ?」
「へ、俺? 俺なんかモテないし、なんもないよ?」
「平たいが、慣れれば愛嬌のある顔をしている。もったいないな」
もったいないと言いつつ、金のゴブレットを傾けるイグラシオの顔は笑っている。
「冗談言うなよ、これだからイケメンは」
「冗談ではないぞ?」
ぐいとイグラシオの顔が近づいてきて、伸びた指先が画面半分を覆った。何をしているのかわからなかったので、俺も画面に顔を近づける。
「ほら、その顔。存外かわいらしい」
画面に映る俺の顔を、指先で撫でたのだ。と気づくと、いやに恥ずかしかった。
「と、年上をおちょくるなよっ。もう寝る、おやすみっ」
「おやすみ、ヒノタロー」
画面の向こうでイグラシオが笑っているのが見えた。
真っ暗になった画面を見つめたあと、俺はその日初めて、イグラシオを想って自慰をした。想像のなかのイグラシオは、何度も俺の名前を甘く呼んだ。
「やっほーイグラシオ」
「息災か、ヒノタロー」
俺たちのビデオ通話はすでに三ヶ月に及ぶ。
なんか画面に映ったイグラシオの顔は、疲れてるみたいだ。
「どしたの?」
「隣国の軍が動いてるらしい」
ひやりとした。それってきっと戦争が起こるやつ。将軍っていう立場上、きっとこの人は戦場に行く。
携帯のビデオ通話だけでしか繋がっていない俺は何もできない。
もどかしくてたまらない。画面の向こうに見えるのに、俺たちの体は遠く離れている。
俺たちを隔てているのは、距離だけじゃない。俺がいるのは現代日本、イグラシオがいるのは異世界。
「実はな、ヒノタロー。明日から我が軍も動く」
「それって」
「私も出る」
「だめだっ」
思わず止めれば、イグラシオは少しだけ笑った。もちろん俺に止める権利などない。
「ふふっ、そうは言っても立場があってな。それで明日より先はしばらく話せなくなると思う」
「イグラシオ……危険なことは、するなよ?」
「肝に銘じよう」
「それと、時間があるときでいいから電話鳴らしてほしい」
「わかった」
気をつけろ、とか生きて帰ってこいとか、なんかフラグになりそうだから言わなかった。
毎日掛けていた電話が、イグラシオから掛かってくるのを、待つだけになってしまった。
三日後の夜、イグラシオからの着信に、待っていた俺は飛びつく。
「静かに」
開口一番、画面いっぱいに映るイケメンが、俺を制した。イグラシオ、と大きな声を出そうとしていた俺は、慌てて口を手で塞いだ。
「息災か、ヒノタロー。なかなか一人になる時間がなくてな」
画面の向こうにイケメンが映る。携帯電話の台座は持ち歩けないから、手持ちなんだろう。
「うん、俺は変わりなく元気元気。イグラシオは?」
「問題ない。だが移動しているゆえ、天幕生活だ」
「そっか。人の耳があるもんな。じゃあ電話がきても、俺しばらく黙っとくようにするよ」
「うむ。それがいいやもしれぬ」
向こうの世界は戦があるのだ。鉄砲などないようだから剣と剣で戦うのみだが、それだって危ないことに変わりはない。スパイだって潜り込んでいるかもしれない。
俺との電話のせいで、イグラシオを危険な目に合わせるつもりはない。
電話はすぐに切れて、それからも三日開いたり、数日開いたりしながら、イグラシオから連絡が入った。
気をつけていても、秘密はどこかから漏れるものだ。
ある日の電話で、イグラシオはごく近くに間者がいるようだと話していた。そして自分にスパイ容疑が掛けられていると。
「お、俺との通話が……」
「誰かと秘密裏に会話をしていると、勘ぐられたのやもしれぬ」
「そんな……イグラシオ。俺……」
「しっ、」
鋭いイグラシオの吐く息が聞こえた。静かに、という合図だ。俺は黙った。
「このような夜半に大人数でどうした、ムーラオ」
イグラシオの声がムーラオと呼んだ、相手だろうか。
「将軍、あなたが敵軍と内通していると聞き及んでいる」
「まさか、この私が」
「将軍を捕らえよ」
「……触るな。ムーラオ、どういうつもりだ」
激しくもみ合う音が聞こえた。ビデオ通話は繋がったまま、画面は暗い。
イグラシオは寝床にいたようだから、きっととっさに枕の下にでも隠したのだろう。
俺は話すこともできず、通話を切るわけにもいかず、黙ったまま暗い画面を凝視していた。イグラシオに危険が及んでいるのに、何もできない自分が辛かった。
ゴッと鈍い音が聞こえた。ゴッ、ゴッと続けて何度か音は続き、グッと息を吐く音が聞こえた。イグラシオは一人きりだ、相手は何人かいるらしい。誰か、誰かイグラシオを助けて。
俺が助けを呼ぶ声をあげるわけにもいかず、結局俺は黙ったまま、何も写さない画面を見つめ続けた。
「よせっ、ムーラオ、止めろっ」
焦ったようなイグラシオの声が聞こえた。どうした、イグラシオ、無事か? 俺は少しの音も聞き逃すまいと、携帯電話を耳に押し当てた。
「ぐっ、……うっ、かはっ……放せっ」
「動かぬようしっかりと押さえつけろ。なんのために大人数で来たのだ」
「……くっっぅっ! ……がぁぁっ!」
最初は水音が聞こえた気がした。それは次第に音を大きくしていき、ぬっちぬっちと聞こえてくる。
あわせて喉の奥から漏れる苦しそうな声は、イグラシオだろうか。俺にはその音が何をしているのか、わかってしまった。
耳につけた携帯電話が拾うのは、セックスの挿入時、腰を打ち付ける卑猥な音だった。
イグラシオが犯されている。
相手はムーラオとかいう男なのだろう。
そのうち打ち付けるスピードが上がり、ムーラオは果てたらしい。止まった音にホッとした俺は、イグラシオの叫び声を聞いてゾッとした。
今度は別の男に再び犯されているのだ。おそらくムーラオは体外へ精液を吐き出す、などという気遣いをしてはいないのだろう。先ほどよりも激しくなった水音は、肌を打つぱちゅんぱちゅんという音を立てて、イグラシオの喉からうなり声を漏れさせる。
一体相手は何人いるのか。一人終わっては、次の男がイグラシオを犯す。
俺は本当に最低な男だ。
俺はその音を、耳に痛いほど押し当てた携帯電話から聞きながら、自慰をした。
一回果てても勃起はおさまらず、結局息をひそめたまま、三回抜いた。
疲れ果てたイグラシオが、拘束を解かれたのだろう。ドサリという音が聞こえ、たくさんの足音が聞こえなくなったところで、すすり泣く声が聞こえた。
俺は黙ったまま、そっとビデオ通話を切った。
イグラシオからの連絡が途絶えた。
連絡がなければ生死もわからない。だがこちらから、携帯電話を鳴らすわけにもいかない。
いてもたってもいられない、もどかしい日々が続いた。
イグラシオは……生きているんだろうか。
心配したまま時間だけが過ぎ、俺は不眠症になった。この一ヶ月というもの、夜は眠れず、朝は起きれず、昼は集中できず。
呼び出された上司に事情を聞かれても、俺は曖昧にしか返事をしない。心配したのであろう上司に、就業時間後飲みに誘われるが、いつイグラシオから連絡が入るかわからないのに、出歩くわけにもいかない。
わりとホワイト企業だったのか、おかしな社員を出したくなかったのか。会社命令で病院に掛かった俺は、何やらわけのわからぬ病名を付けられ、しばらく会社を休むことになっていた。
狭いアパートで一人、仕事にも出掛けず過ごす毎日は、くるものがあった。
俺は一人きりだということを、これほど痛感したことはない。
誰からも連絡のこない日々、今まで使い切ったことなどなかった、有給休暇を使っての休暇だから給料も出る。金はあるが、することがない。
最初の一週間はボーッと過ごした。
次の一週間は、よく覚えていない。
いつ何を食べたのか、風呂に入ったのはいつだったか。
どれほど経ったんだろう、携帯電話が鳴った。
俺は飛びついて、通話ボタンを押した。
「あ、日野くんかね? 久しぶり。体調はどうだろう」
会社の上司だった。
ガックリした俺は、つい口走っていた。
「すいません、会社、辞めます」
会社側もその言葉を待っていたのだろう、さして引き留めるでもなく俺はその電話で、会社を辞めることになった。書類などは追々総務の方から送付を、と話す元上司の言葉を聞き流し、俺は唐突に出掛けようと思った。
シャワーを浴びると、貧血でくらりとした。
そういえばまともな食べ物を、ここのところ食べていなかった気がする。
狭い部屋を見回せば、羊羹の包み紙、経口補水液、カロリーメイトの箱が散らばっていた。
水を飲んでから、財布と携帯電話だけ持って外に出る。外に出てはじめて季節が移っていたことに気がつく。長袖を着ている人など、いなかった。
スーパーで弁当と惣菜を買い物カゴに入れながら、乾麺だとか缶詰といった、保存のききそうな食べ物も買っておく。
なんとなく家に戻りたくなくて、俺は近くの小さな公園へ行き、スーパーで買った弁当を頬張った。
食べている途中で、胸ポケットの携帯電話が震えた。
ここは家の中じゃない。辞めた会社以外に、俺の携帯電話を鳴らす人間がいるわけがないので、俺は無視した。
しばらく俺の胸ポケットで震えて、携帯電話は静かになった。
弁当のゴミも入れた、スーパーの買い物袋をぶら下げて、ダラダラと歩きアパートに帰る。冷蔵庫に惣菜をしまい、乾麺や缶詰は棚に置けば、することがなくなった。
「掃除でもするか……」
久しぶりに布団を上げ、床を掃除し、ついでに風呂とトイレも掃除して、ゴミを捨てた。
手を洗ってふと見れば、爪がだいぶ伸びている。なんとなく、イグラシオとはじめてビデオ通話で会話したときのことを思い出しながら、俺は爪を切る。
掃除して爪を切りサッパリすると、どこかへ出掛けたくなった。そうだ髪を切ろう、と少し伸びた髪を触って床屋へと向かったのだが、休みだった。
せっかく外出する気になったのだ、久しぶりに映画でも観るかと、足を伸ばす。
普段なら絶対に観ない恋愛映画を選んでいた。筋肉の男たちは出てこない。俺はあの日以来、性欲が減退してしまったのか、一度も自慰をしていない。する気も起きないのだ。
映画はもどかしい恋愛を描いたもので、互いに好意を抱いているのに進まない。両片思い、とでもいうのだろうか。結局主人公二人は結婚という、よくいう恋愛のゴールにおさまることはなかった。
質の高い映画だったと思う、だがこれが恋愛映画かといえば疑問に思うし、ハッピーエンドではなかった。なんとなくモヤモヤした気持ちで、俺は映画館のトイレへ向かった。
いつもは飲まない炭酸とポップコーンを購入してしまい、腹が冷えたのだ。トイレで個室に入り、用を足す。
そこでまた、胸ポケットの携帯電話が震えた。
誰だ、しつこいな。俺はいまうんこしてるんだよ。
尻をふき、紙を流し、手を洗っても、携帯電話の震えは止まらなかった。
「しつこいな~」
俺は携帯電話を手に取ると、通話ボタンを押した。
「はい、もしもし~日野ですが」
どうせ会社だろう、元、だけどな。
「ヒノタローか?」
「……嘘……イグラシオ?」
「あぁ、私だ」
イグラシオからだった。
俺は軽くパニックになった。ここは外で、家の中じゃない。俺の布団の上じゃない。
そして、今は昼間だ。イグラシオ、イグラシオ? どうして? 無事なのか?
たくさんのクエスチョンマークが、頭の中を飛び回った。
「どうして……イグラシオ……あっ、無事か? 身体は? 平気か?」
「落ち着け、ヒノタロー。私は問題ない」
「うんうん、そっか、良かった」
「ヒノタローは、息災か」
「まぁ元気だよ。仕事辞めちゃったけど」
久しぶりに聞くイグラシオの声に、俺はいつのまにか泣いていた。
無事でよかった。生きていてくれてよかった。
また声を聞くことができて、よかった。
「仕事を辞めた?」
「うん、まぁ、こっちも色々あって?」
「そうか。ときにヒノタロー」
「ん?」
「私に……会いたくはないか?」
歩きながら携帯電話を耳に当てた俺は、立ち止まった。
会う? 誰が、誰に?
思考が追いつかない。
「……どういうこと?」
「すまない、気が急いて説明を端折りすぎた」
「会えるなら、会いたいよ。俺、イグラシオに会いたい!」
「私もだ、ヒノタロー。ところでいつものように顔が見たいんだが」
「あっ、俺も! あ、でもここ今家の外で。一回切ったらもう繋がらないかも」
一度、家に戻ってかけ直す、と言って俺は通話を切って走った。
映画館から家まで、バスに乗ったのだが、あいにくバスの乗り合わせがない。
俺は待てずに走った。走っている途中でバスに追い越されて、半べそをかきながら走って帰った。
家に戻った俺は、汗でぐちょぐちょで、長袖なぞ着ていたものだから余計にひどい。
一旦シャワーを浴びて、なんて思っていたところへ、また携帯電話がなった。
イグラシオからだ。俺はビデオ通話ボタンを押した。懐かしいイケメンが画面いっぱいに映って、遅いから心配したぞ、と眉根を寄せていた。
俺は汗まみれで泣いていて、バスがなくてずっと走って、それでバスに追い越されて、今シャワーを浴びようと思って、ということを支離滅裂に説明しようとした。
しかし息を切らした俺が、イグラシオが納得するような説明をすることは、できなかった。
「とりあえず、説明するのも面倒だ。もうこのままこちらへ来い、ヒノタロー」
「へ?」
質問さえも許されず、汗だくのまま俺は目の前が真っ白になった。
目を開けているのか、つぶっているのかもわからない、真っ白な空間に俺はしばらくいたような気がする。
誰かにギュッと抱きしめられて、ふらついた。
「ふおっ?」
「ヒノタロー、ヒノタロー」
「……イグラシオ?」
目を開けると、立派な胸筋に抱かれていた。
顔を上げれば、見慣れたイケメン。いやむり、ぜんぜん見慣れない、イケメンすぎる。
ハッと気づく、俺めちゃくちゃ汗かいて、臭いんじゃね?
できればぐしゃぐしゃの泣き顔だって、見られたくない。
「は、放せっ、イグラシオ」
「放すものか、ヒノタロー。やっと会えた」
「ち、ちがっ、俺臭いから。走って汗すごいから」
「臭くなどない」
顔を近づけてスンスンされる、よせ、いや、やめて。お願い、近くで嗅がないで。
制汗スプレーふって、汗の匂いを気にする女なんてバカじゃねぇの、って思ってた。ごめんなさい、俺は今、完全に脳内乙女だ。
近づいていたイグラシオの唇が、ちゅっとおでこに触れて、俺は完全に動きが止まった。
ちゅっていった、今! おでこにちゅって音がしたあ!
言っておくが、俺に恋愛の免疫はない。そんなスキルは経験のない俺には無縁だったからな。
デコチューに固まった俺に、イグラシオの顔がぐぐっと降りてきて、唇に唇が触れた。
ふにっとした。
「ヒノタロー」
聞き慣れた甘い声で俺の名前が呼ばれたが、俺はまばたきすら忘れていたから、イグラシオがふっと笑って、俺の顎を上に向けて。
それからもう一度、キスをした。
イグラシオの唇は、とても柔らかかった。
「……せ」
「……セ?」
「せつ……」
「……セックス?」
「んむっ! ち、ちがっ……」
ぐぐぐ、と開いた唇に侵入しようとするイグラシオの顔を、両手で押さえる。
「説明を、しろ~っ!」
そもそも携帯電話をトイレに流してしまったあの日。
俺は映画が始まる前に、チケットの半券を携帯電話ケース内側のポケットに差し込んでいた。
イグラシオは俺から聞いた魔法の話を、どうにか実現できないものかと、国の機関を使いしばらく研究させていたらしい。
魔石を使い、物を呼び寄せる魔法の研究は、国の最高機密として密かに続けられた。
そしてついに物を移動させる魔法を作り出し、携帯電話のケースと、映画の半券チケット、そして携帯電話。これらを媒体にして俺を呼び寄せたというわけだ。
戦争のきな臭い話も、この魔法の研究成果が目的だったのだという。
イグラシオが辛い目にあったあの時は……。
暗い顔の俺が尋ねれば、イグラシオは腹を抱えて、なぜか笑い出した。
「あれは目くらましの魔法だ」
「へ?」
どうやら、呼び寄せる魔法を研究する途中の産物として、様々な魔法が編み出されたらしい。そのひとつが目くらましの魔法で、話を聞いてみれば物や人をコピーして動かす魔法のようだ。
「魔石の大きさや数によって、魔法の使える時間があってな、そこがなかなかむつかしいのだ」
「じゃ、じゃあイグラシオがあの時泣いてたのは……」
「ん? なんだ、最後まで繋がっていたのか。ヒノタロー、心配をかけたな。」
「あ、いや……それはいいんだけど」
「あれは、笑いを必死にこらえた私の声だ」
じゃあ、あの日の俺は。
「あやつらは、以前より不穏な動きをとっていたので、泳がせていた」
俺は馬鹿だ、大馬鹿だ。
「イグラシオは……痛い目にもあってなくて、怪我もしてない?」
「そうか、心配させてしまったか。すまなかった、ヒノタロー」
ふるふると、俺は首を振る。
「あのあと、あやつらはすぐ捕縛された。私は無事だ」
俺は最低だ。キツくつぶった目から涙がこぼれる。
「頼むから、ヒノタロー、泣かないでくれ。どうしていいかわからぬ」
イグラシオに優しい言葉で慰められて、その腕の中、俺はいっそう泣いた。
携帯電話だけ異世界に行ったけど、結局俺も異世界に呼ばれた。
俺は今、イグラシオと一緒に、この世界で生きている。
完
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