14 / 39
後ろ盾の申し出
しおりを挟む
翌日実習先へ行くと、仕事の割り振りもなしに応接室へ連れて行かれた。部屋に入ると、席につかず立ったまま待つ、ヴィンター会長とヴィンター夫人がいた。
「ヤーデちゃん! 夫が失礼なこと言ってごめんなさいね!」
「ヤーデ君、昨日の無礼な発言を許してほしい」
「え? 失礼なこと? あの、そんなことありませんけど?」
失礼な発言など、ひとつもなかったように思う。ヴィンター会長は、ヤーデのような子どもにも、大人に対する態度で接してくれた。
「ヤーデちゃんの後ろ盾になる! とか何とかおこがましいにもほどがあるのよ! もうほんとにうちの夫が余計なことをしでかして……わたくし恥ずかしいわ」
失礼どころか、ありがたい申し出だった。お断りするつもりで来たけれど、気持ちは嬉しかった。
「ヤーデ君はすでに、商売をはじめるにじゅうぶんな品を作っているそうで。ほんとうに申し訳ない。このとおりだ」
立ったまま頭を下げるヴィンター会長に、ヤーデが慌てる。
「あの、ちょっとお話がよくわからないんですが、聞いてもいいですか?」
「どうぞヤーデちゃん。まず座りましょうか」
夕べ自宅でヴィンター会長が夫人に、ヤーデに会った話をしたそうだ。紙に書式を印刷しておく案を買い取ろうとした話、夫人に世話になったので金はいらないと言われた話、そこで商会が後ろ盾になってやろうと提案した話。優秀な学生の後ろ盾となり、商会に囲い込むのは常套手段である。夫人の気に入りのヤーデだ、さぞかし喜ぶことだろうと思った。
「あなた馬鹿ですの」
話を聞いた夫人の目は厳しかった。新年に吹き荒れる吹雪より凍える視線が、ヴィンター会長を見下ろしていた。何の見極めもできない馬鹿が商会の頭かと思うと、へそで湯が沸きますわ。あの子はうちの商会ごときでは支えきれません。本気で後ろ盾になる気があるなら、まずは商会を今の倍まで広げて、あなた自身が恥ずかしくない爵位を取ってからになさってちょうだい。
「ど、どういうことだ……」
誉められると思ったのに、馬鹿よわばりである。自分が知らない何かを妻は知っている。
「あの子はすでに、小さな一瓶で銀貨二枚を生み出す錬金術師ですわ」
「なっ……?」
「女性が使う化粧品の保湿成分にすぐれたものを、あの子は作り出せます。ほらご覧になって、あなた」
ついと手を取られ、妻の頬にいざなわれ触れる。吸いつくような十代の頃のマリーの肌が、そこにあった。
「こ、これは」
「わかりますか? これを生み出すのがヤーデちゃんなの」
たとえ銀貨三枚でも、手に入れたい女性は多いことでしょう。これが恒久的に購入できるとなったら、どうですか。
「ぐっ………」
ヴィンターは会長を務めているが、商会を実際に動かしているのは妻のマリーである。自分よりも妻の方が商才に秀でていることは認めていた。
「あの子はこれを、原価でわたくしに売ると申し出ました。白銅貨たったの数枚で」
子どもだからなのか、欲がなさすぎる。それとも世間を知らないからなのか。
「もちろんきちんと対価を払いましたわ。わたくしのためにこれからも譲ってくれるというお話で」
あの子は儲けようという気がまるでないのです。助けてもらったから返す、それしか心根にない。メレネ先生から聞くに、あの子はそれだけの子ではない。これからもっと活躍の場を広げるでしょう。そのときあの子を守るためには、今の商会では無理ですわ。守り切れません。もっと力ある方に助力を願い出て、あの子が鳥籠に取り込まれるのを指をくわえて見ているか、うちで守れるだけの力をつけるか。あなたのすべきことがわかりますわね、と妻の強い目が語っていた。
妻に結婚を申し込みに行ったときより、怖かった。ヴィンターは即座に頭を働かせた。商会をより強大に、自らに爵位と地位を。それも早急にやらなくてはならない。
夕べの夫婦の話なぞ知らないヤーデは、二人の話を聞いて驚いた。保湿液にそんな価格がつくかもしれないとは。ヤーデはいくつかお話があります、と言った。二人は頷いて聞こうと言った。
「まずひとつめですが、保湿液は商会で扱われるのなら、作り方をお渡しします。ぼくが作るのは限りがあるので。それにヴィンター商会で売るから、高い値段でも売れるのだと思います」
ヤーデのような子どもが瓶に入れて売り歩いても、そんな価格で買う人はいないだろう。
「ふたつめは、後ろ盾になってくださるお話は、いまはお断りさせてください。ありがたいですが、お金を借りても返すあてがありませんし、もしドミトリーさんにご迷惑が掛かったら困ります」
身の丈にあった研究を、細々と続けていくしかないのだと思っている。
「みっつめですが、この紙を書いてきました。後ろ盾になると言ってもらえて、ぼくはすごく嬉しかったです。よかったらこちらも印刷して使ってください」
昨日書いてきた書式を記入した紙を数枚、机の上に置く。
「こ、これは……ヤーデ君、きみって子は」
驚いて言葉の出ないヴィンター会長の横で、夫人がおもむろに立ち上がった。
「いっしょうおしますわ! わたくし、ヤーデちゃんを一生涯、推しますわ!」
「……おし?」
「はぁ、尊い。そんなことよりあなた、今すぐお義母様のいらっしゃるご実家へお行きになって。わかりますわね? 伯爵位、あなたがちょうだいしてきますのよ」
「え、ええぇ?」
「この小瓶を手土産になさって。使い方は今手紙に書きますわ」
ヴィンター会長の手に握りこまされたのは、ヤーデが渡した小瓶であった。話しながらヴィンター夫人の持つペンは、さらさらと恐ろしい早さで文字を書き出していた。
「これでよし。さ、すぐに出立を」
「えぇぇぇ?」
本当にそのまま出て行ってしまった。身内がここより暖かい領地で暮らしているらしい。くれと言って簡単に爵位がもらえるものか知らないが、ヤーデが深入りする話ではない、聞かなかったことにしよう。
「後ろ盾云々の話は、わたくし共が力をつけましたらお迎えに上がりますわ。それまでどうぞお待ちください。もちろん困ったときには必ず力になりますので、頼ってちょうだい、ヤーデちゃん」
「はい、ありがとうございます?」
勢いで話をまとめられた感もあるが、これ以上話すこともない。あとは課外授業として実習先で実践を学ぶだけである。
「いやぁ助かったよ、ヤーデ君。そのままうちで働いてほしいくらいだよ」
十日間の実習が終わり、ヴィンター雑貨店の店主に挨拶をすると勧誘された。実習最終日、なぜか雑貨店に来ているヴィンター夫人の冷たい視線に、店主は脂汗を浮かせた。冗談はさておき、この実習で学んだことをこれからも生かして、活躍の場を広げてください。と店主がまともなことを言う。
「ありがとうございました」
同級生と挨拶をし、学校へと戻る。今日は学校へ行き報告書を提出しなくてはならない。
「働きやすい店だったよな」
「なんか途中から商品管理が楽になったよな、なんだろう」
それぞれの感想を口々に言い合いながら、一緒に歩いていく。大通りをガラガラと大きな馬車がいくつも通っていった。アルノーロネ国の国旗が掲げてあり、騎乗した騎士たちが前後にいた。子どもたちは横目で眺めたが、すぐに興味を失い目をそらした。学校に通うような町の子たちは、騎士物語に憧れるより、安全に商売をすることに重きをおいているのだ。
ヤーデだけが通り過ぎた馬車の方をしばらく見ていた。馬車の窓のなかに、一瞬だけ大好きな人の横顔が見えたような気がしたから。
夜遅くになってドミトリーが戻ってきた。汚れて疲れ切ってはいたが、無事だった。たくさん話したいことがあったはずなのに、夕飯を食べて風呂に入り寝支度をすませたら、二人ともすぐに眠ってしまった。
ヤーデの学校生活は順調だった。寒くなってきたので、ドミトリーと揃いの襟巻きを巻いて学校に通っている。大変もったいないのだが、背が伸びすぎて去年の服が着られなかった。上着もコートもズボンも靴も。すべてが寸足らずである。
「ヤーデがそれだけ成長したってことだもの。私は嬉しいよ」
「すみません」
「ふふっ、だから謝ってはだめ」
二人で休みの日に、服を買いに出かける。いつもの店である。
「いらっしゃいませ、ドミトリー様、ヤーデ様」
「ヤーデの服を一冬分、お願いしたい。靴も合わせてね」
「かしこまりました、少々お待ちください」
店主は目測でヤーデのサイズを把握すると、店の奥へ消えていった。またもやドミトリーの財布から金貨を何枚も出させてしまうのかと、ヤーデは気が気ではない。
「おまたせいたしました」
ひと抱えある品をそっと机に置き、丁寧に並べてくれる。淡い色のほかに、黒も揃えてあるあたり、店主はやはりわかっているようだ。今年もすべて試着をした。
「大きくなったねぇ」
座って待つドミトリーは、ヤーデが試着室から出てくるたびに嬉しそうにした。ブーツに上着、シャツとズボン、最後に試着した服をそのまま着て帰る。
「着ておられた服は、どうされますか?」
店主がヤーデの小さくなった服を手にしている。できるだけ丁寧に着たつもりだが、誰かの役に立つだろうか。
「どうする? ヤーデ」
このまま店で処分することもできるという。それはもったいないと思った。
「今まで着ていた服は、できれば孤児院に寄付したいです」と言うと、ドミトリーが着ていた服も、のちほど家に届けてくれるよう店主に伝える。
「服をたくさん買ってくださり、ありがとうございます」
「ん、遠慮せずもっと大きくおなり」
店主に見送られ店を出て、手を繋いで歩く。ドミトリーの髪と同じ色した新しい上着は、体に馴染んでいなくてごわごわしている。そっと横を見る、きれいな横顔はまだ少し見上げなければいけない。早く大きくなりたいな。ヤーデは襟巻きのなかでつぶやいた。
ドミトリーは小さくなった服をわざわざ洗濯に出してくれた。洗濯屋の届け先を孤児院に指定しておくと、匿名で届けてくれるという。今のヤーデにできることは少ないけれど、誰かがこの冬暖かく過ごせるといいと思う。
「ヤーデちゃん! 夫が失礼なこと言ってごめんなさいね!」
「ヤーデ君、昨日の無礼な発言を許してほしい」
「え? 失礼なこと? あの、そんなことありませんけど?」
失礼な発言など、ひとつもなかったように思う。ヴィンター会長は、ヤーデのような子どもにも、大人に対する態度で接してくれた。
「ヤーデちゃんの後ろ盾になる! とか何とかおこがましいにもほどがあるのよ! もうほんとにうちの夫が余計なことをしでかして……わたくし恥ずかしいわ」
失礼どころか、ありがたい申し出だった。お断りするつもりで来たけれど、気持ちは嬉しかった。
「ヤーデ君はすでに、商売をはじめるにじゅうぶんな品を作っているそうで。ほんとうに申し訳ない。このとおりだ」
立ったまま頭を下げるヴィンター会長に、ヤーデが慌てる。
「あの、ちょっとお話がよくわからないんですが、聞いてもいいですか?」
「どうぞヤーデちゃん。まず座りましょうか」
夕べ自宅でヴィンター会長が夫人に、ヤーデに会った話をしたそうだ。紙に書式を印刷しておく案を買い取ろうとした話、夫人に世話になったので金はいらないと言われた話、そこで商会が後ろ盾になってやろうと提案した話。優秀な学生の後ろ盾となり、商会に囲い込むのは常套手段である。夫人の気に入りのヤーデだ、さぞかし喜ぶことだろうと思った。
「あなた馬鹿ですの」
話を聞いた夫人の目は厳しかった。新年に吹き荒れる吹雪より凍える視線が、ヴィンター会長を見下ろしていた。何の見極めもできない馬鹿が商会の頭かと思うと、へそで湯が沸きますわ。あの子はうちの商会ごときでは支えきれません。本気で後ろ盾になる気があるなら、まずは商会を今の倍まで広げて、あなた自身が恥ずかしくない爵位を取ってからになさってちょうだい。
「ど、どういうことだ……」
誉められると思ったのに、馬鹿よわばりである。自分が知らない何かを妻は知っている。
「あの子はすでに、小さな一瓶で銀貨二枚を生み出す錬金術師ですわ」
「なっ……?」
「女性が使う化粧品の保湿成分にすぐれたものを、あの子は作り出せます。ほらご覧になって、あなた」
ついと手を取られ、妻の頬にいざなわれ触れる。吸いつくような十代の頃のマリーの肌が、そこにあった。
「こ、これは」
「わかりますか? これを生み出すのがヤーデちゃんなの」
たとえ銀貨三枚でも、手に入れたい女性は多いことでしょう。これが恒久的に購入できるとなったら、どうですか。
「ぐっ………」
ヴィンターは会長を務めているが、商会を実際に動かしているのは妻のマリーである。自分よりも妻の方が商才に秀でていることは認めていた。
「あの子はこれを、原価でわたくしに売ると申し出ました。白銅貨たったの数枚で」
子どもだからなのか、欲がなさすぎる。それとも世間を知らないからなのか。
「もちろんきちんと対価を払いましたわ。わたくしのためにこれからも譲ってくれるというお話で」
あの子は儲けようという気がまるでないのです。助けてもらったから返す、それしか心根にない。メレネ先生から聞くに、あの子はそれだけの子ではない。これからもっと活躍の場を広げるでしょう。そのときあの子を守るためには、今の商会では無理ですわ。守り切れません。もっと力ある方に助力を願い出て、あの子が鳥籠に取り込まれるのを指をくわえて見ているか、うちで守れるだけの力をつけるか。あなたのすべきことがわかりますわね、と妻の強い目が語っていた。
妻に結婚を申し込みに行ったときより、怖かった。ヴィンターは即座に頭を働かせた。商会をより強大に、自らに爵位と地位を。それも早急にやらなくてはならない。
夕べの夫婦の話なぞ知らないヤーデは、二人の話を聞いて驚いた。保湿液にそんな価格がつくかもしれないとは。ヤーデはいくつかお話があります、と言った。二人は頷いて聞こうと言った。
「まずひとつめですが、保湿液は商会で扱われるのなら、作り方をお渡しします。ぼくが作るのは限りがあるので。それにヴィンター商会で売るから、高い値段でも売れるのだと思います」
ヤーデのような子どもが瓶に入れて売り歩いても、そんな価格で買う人はいないだろう。
「ふたつめは、後ろ盾になってくださるお話は、いまはお断りさせてください。ありがたいですが、お金を借りても返すあてがありませんし、もしドミトリーさんにご迷惑が掛かったら困ります」
身の丈にあった研究を、細々と続けていくしかないのだと思っている。
「みっつめですが、この紙を書いてきました。後ろ盾になると言ってもらえて、ぼくはすごく嬉しかったです。よかったらこちらも印刷して使ってください」
昨日書いてきた書式を記入した紙を数枚、机の上に置く。
「こ、これは……ヤーデ君、きみって子は」
驚いて言葉の出ないヴィンター会長の横で、夫人がおもむろに立ち上がった。
「いっしょうおしますわ! わたくし、ヤーデちゃんを一生涯、推しますわ!」
「……おし?」
「はぁ、尊い。そんなことよりあなた、今すぐお義母様のいらっしゃるご実家へお行きになって。わかりますわね? 伯爵位、あなたがちょうだいしてきますのよ」
「え、ええぇ?」
「この小瓶を手土産になさって。使い方は今手紙に書きますわ」
ヴィンター会長の手に握りこまされたのは、ヤーデが渡した小瓶であった。話しながらヴィンター夫人の持つペンは、さらさらと恐ろしい早さで文字を書き出していた。
「これでよし。さ、すぐに出立を」
「えぇぇぇ?」
本当にそのまま出て行ってしまった。身内がここより暖かい領地で暮らしているらしい。くれと言って簡単に爵位がもらえるものか知らないが、ヤーデが深入りする話ではない、聞かなかったことにしよう。
「後ろ盾云々の話は、わたくし共が力をつけましたらお迎えに上がりますわ。それまでどうぞお待ちください。もちろん困ったときには必ず力になりますので、頼ってちょうだい、ヤーデちゃん」
「はい、ありがとうございます?」
勢いで話をまとめられた感もあるが、これ以上話すこともない。あとは課外授業として実習先で実践を学ぶだけである。
「いやぁ助かったよ、ヤーデ君。そのままうちで働いてほしいくらいだよ」
十日間の実習が終わり、ヴィンター雑貨店の店主に挨拶をすると勧誘された。実習最終日、なぜか雑貨店に来ているヴィンター夫人の冷たい視線に、店主は脂汗を浮かせた。冗談はさておき、この実習で学んだことをこれからも生かして、活躍の場を広げてください。と店主がまともなことを言う。
「ありがとうございました」
同級生と挨拶をし、学校へと戻る。今日は学校へ行き報告書を提出しなくてはならない。
「働きやすい店だったよな」
「なんか途中から商品管理が楽になったよな、なんだろう」
それぞれの感想を口々に言い合いながら、一緒に歩いていく。大通りをガラガラと大きな馬車がいくつも通っていった。アルノーロネ国の国旗が掲げてあり、騎乗した騎士たちが前後にいた。子どもたちは横目で眺めたが、すぐに興味を失い目をそらした。学校に通うような町の子たちは、騎士物語に憧れるより、安全に商売をすることに重きをおいているのだ。
ヤーデだけが通り過ぎた馬車の方をしばらく見ていた。馬車の窓のなかに、一瞬だけ大好きな人の横顔が見えたような気がしたから。
夜遅くになってドミトリーが戻ってきた。汚れて疲れ切ってはいたが、無事だった。たくさん話したいことがあったはずなのに、夕飯を食べて風呂に入り寝支度をすませたら、二人ともすぐに眠ってしまった。
ヤーデの学校生活は順調だった。寒くなってきたので、ドミトリーと揃いの襟巻きを巻いて学校に通っている。大変もったいないのだが、背が伸びすぎて去年の服が着られなかった。上着もコートもズボンも靴も。すべてが寸足らずである。
「ヤーデがそれだけ成長したってことだもの。私は嬉しいよ」
「すみません」
「ふふっ、だから謝ってはだめ」
二人で休みの日に、服を買いに出かける。いつもの店である。
「いらっしゃいませ、ドミトリー様、ヤーデ様」
「ヤーデの服を一冬分、お願いしたい。靴も合わせてね」
「かしこまりました、少々お待ちください」
店主は目測でヤーデのサイズを把握すると、店の奥へ消えていった。またもやドミトリーの財布から金貨を何枚も出させてしまうのかと、ヤーデは気が気ではない。
「おまたせいたしました」
ひと抱えある品をそっと机に置き、丁寧に並べてくれる。淡い色のほかに、黒も揃えてあるあたり、店主はやはりわかっているようだ。今年もすべて試着をした。
「大きくなったねぇ」
座って待つドミトリーは、ヤーデが試着室から出てくるたびに嬉しそうにした。ブーツに上着、シャツとズボン、最後に試着した服をそのまま着て帰る。
「着ておられた服は、どうされますか?」
店主がヤーデの小さくなった服を手にしている。できるだけ丁寧に着たつもりだが、誰かの役に立つだろうか。
「どうする? ヤーデ」
このまま店で処分することもできるという。それはもったいないと思った。
「今まで着ていた服は、できれば孤児院に寄付したいです」と言うと、ドミトリーが着ていた服も、のちほど家に届けてくれるよう店主に伝える。
「服をたくさん買ってくださり、ありがとうございます」
「ん、遠慮せずもっと大きくおなり」
店主に見送られ店を出て、手を繋いで歩く。ドミトリーの髪と同じ色した新しい上着は、体に馴染んでいなくてごわごわしている。そっと横を見る、きれいな横顔はまだ少し見上げなければいけない。早く大きくなりたいな。ヤーデは襟巻きのなかでつぶやいた。
ドミトリーは小さくなった服をわざわざ洗濯に出してくれた。洗濯屋の届け先を孤児院に指定しておくと、匿名で届けてくれるという。今のヤーデにできることは少ないけれど、誰かがこの冬暖かく過ごせるといいと思う。
0
お気に入りに追加
112
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる