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第二章 モモとダンジョン

第41話 副管理者(5)

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「で、ここがこうして」

「はい」

 五回目のお祈りの後に、さすがに待ちくたびれた俺は「少し話を聞いてもらってからでいいか?」と彼女にたずねる。すると恥ずかしそうにうなずくとモモは、俺のほうへと振り返った。
 そして真剣に画面を見ながら、俺の話を聞く彼女。時々、マウスとキーボードを物珍しそうにじっと見ながら、一生懸命に操作を覚えようとしてくれる。
 しかし、ここで問題が起きた。

「あの……隊長、すみません。今さらで申し訳ないですが、この記号はなんですか?」

「あっ、そうか……」

 そうだ、日本語を教えるつもりだった。ここまでのやり取りが長すぎて、すっかり忘れていた。
 知らない言葉が記号にしか見えないのは当たり前だ。

「ごめん、先にこの言葉を教えないとな」

「こ、言葉なんですね……見たことが無いです」

「ああ、日本語と言ってな」

「に、日本語ですか……知らないです。すみません」

 彼女は本当に申し訳なさげに言うと、頭をぺこりと下げる。

「いや、知らないと思うぞ……でも、漢字まで教えるのは大変だな」

 そう言うと、急にあの機械的な女性の音声が聞こえた。

「仮名モードに切り替えられます」

「おっ、そんなのがあるのか」

「はい」

 その声と同時に、今まで漢字まじりだったメニューが仮名へと変更になった。
 平仮名とカタカナでの表示になり、少し読みにくいがこれで少し覚える文字も少なくて済むだろう。

「わあ!? これなんですか!」

 モモが、急に右の方を見て驚く。俺も彼女と同じ方を見ると、そこには今までなかった押し入れが存在していた。

「押し入れだ」

「押し入れ?」

 モモは初めて聞く言葉に、不思議そうに押し入れのふすまを見ながら言う。
 そうか、押し入れも知らないのか。

「そこには部屋にあった本などを入れておきました。勉強に役立つと思います」

「おっ、ありがとな」

 ガイドの言葉に礼を言うと、さっそく押し入れを開けて見る。
 そこには実家から持ってきていた、何冊かの漫画の本があった。あとは、たまに仕事帰りに買っていた週刊誌が何冊かである。

「これって、凄く貴重なものじゃないですか?」

「そうか? 子供の時に読んでいたやつだからな、あまり内容は覚えてないが」

「えっ? 子供の時にですか?」

「ああ」

 そう言って、彼女に一冊の漫画本を手渡す。するとモモはそれの中身を開いて、興奮気味に言った。

「こ、これ! 勇者ですか!」

 彼女はちょうど開いたページにあった、勇者がモンスターを倒すシーンをこちらに見せる。

「ははは、興奮しすぎだ」

「あっ……はい、すみません」

「いや、怒ってないんだけどな。モモにしては珍しいなと思って」

 そう言うともう一度、そのシーンに目を落とす。そして、ペラペラと何ページが紙をめくった。
 たぶん、地が読めないから絵だけ見て楽しんでいるのだろう。

「凄いです。絵がこんなに書いてあります」

「あっ、そうだな。それは漫画と言ってな」

「ま、漫画ですか……あっ! エルフです!」

 さっきの事を気にしてるのか、興奮気味に何かを言おうとしたのを飲み込んで、冷静に作中の人物を指差すとそう言った。

「ああ、それはヒロインのエルフだな」

「えっ、ヒロインなんですか?」

「ああ」

 その言葉に目を輝かせて漫画を見るモモ。
 この世界では亜人が差別されているので、勇者のお供とかでエルフが描かれていることがあっても、ヒロイン的な立場で描かれている物語とかは無いのだろう。

 モモは本へ落としていた視線を、俺のほうに向ける。そして、熱を入れた声で、力強く言った。

「隊長。このお話を読みたいです」

「えっ……でもそれは、漢字のルビも振っていないし、かなり読むの大変だぞ」

「そうですか……」

 彼女は残念そうに眉をひそめると、視線をもう一度漫画へと落とす。そして、あきらめて本を閉じようとした時、その表紙に目をやった。

「ドラゴンと勇者……これは」

 そこには、まばゆいくらいの笑顔で勇者の隣に立つ、弓を装備したエルフが描かれていた。
 彼女は何か思うところがあったのだろう、くっと力強く唇を噛んで、もう一度まっすぐに俺を見つめる。

「難しくてもかまいません。私はこの物語を読んでみたいので、日本語を教えてください」

 俺はモモからそう言ってくれたことが、とても嬉しかった。
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