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第二章 モモとダンジョン

第38話 副管理者(2)

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 あの場で逃げなければ死んでいたとはいえ、俺たちは敵前逃亡の脱走兵である。軍規通りに裁かれれば、処刑は免れないのだ。
 なんとしても、彼女たちには生き残って欲しい。

「あのハッチの向こうにダンジョンがあるだろ」

 俺が例の金属製のハッチのほうを見ながら、モモに話しかける。

「ダンジョンなんですか?」

 少し戸惑ったように言うモモ。そう言えば、あれがダンジョンだとは言ってなかったなと、今更ながらに思った。

「ごめんな。まだあそこがダンジョンだとは言ってなかったな」

 モモは考えるように、下唇に人差し指を当てる。

「ええと、だからゴブリンがいるんですね」

「そうだ。モモは頭がいいな」

「えっ、いえ……そんな褒めないでください」

 モモは再び顔を赤くする。

「うーんと、ダンジョンの管理者が俺になってるんだけど」

「えっ!? 隊長が管理者なんですか?」

「ああ、そう言うことになってるな」

「す、凄いですね!」

 彼女は俺にぐっと近づいて、神を敬うように両手を組んだ。そして、キラキラとした尊敬の眼差しでこちらを見る。

「凄いです。隊長」

 何が凄いのかよく分からないが、彼女はやたら興奮してその言葉を連呼した。

「それで、モモ」

 俺は興奮する彼女の両肩を抑えると、まっすぐ彼女の茶色い瞳を見つめた。

「はい」

 彼女はちょっと照れながらもそう答える。

「ダンジョンの副管理者になってくれないか?」

「副管理者ですか?」

「ああ」

 とりあえずモモに副管理者になってもらって、エリーが戻ってきたら管理者を後退してもらう。ダンジョンがあれば万一、見つかっても誤魔化ごまかしがきく。
 それにエリーなら、もっといい活用法が浮かぶはずだ。

「ええと、私でいいんですか?」

「ああ、モモになってもらいたいんだ」

 そう、モモなら機転も利くし、勇気も判断力もある。エリーの右腕として最適だ。
 俺の言葉にモモはパッと花が咲いたような笑顔になると、その赤い髪を震わせるくらいに大きな声で返事した。

「はい! やらせてください!」

「よし、決まりだな」

 そう言って俺が立ち上がると、モモも一緒についてくる。そして洞窟の奥、あのハッチのところへと歩いていく。

「一つ聞いていいか?」

 俺はいつもの調子でガイドに話しかけたつもりだったのだが。

「ええと、なんですか?」

 俺の質問にモモが答えた。

「あっ、違うんだ。うーんと、ガイドになるのかな」

 俺がそうモモに答えると、彼女は少し不思議そうに見つめてくる。
 なんか変な人だと思われてそうだ。

「はい」

 そして、このダンジョンのガイドが、いつも通りの機械的な女性の声で答えた。

「あっ、モモ。ちょっと待っててもらっていいか?」

「はい、わかりました」

 と返事と同時に敬礼しようとするが、少し迷ってやめる。
 少し可哀そうだな、しばらくはやっててもいいぞって後で言ってやろう。俺はそう思ったが、とりあえずガイドとの話を先に進めることにした。

「モモを副管理者にしたいんだが、ガイドの声が聞こえるようにできるか?」

「はい。副管理者に設定すれば、私の声が聞こえるようになります。あと、管理室も自在に入れるようになります」

「あっ、そうか。わかった」

 ガイドとの会話中、俺が話しているのを興味深そうに見つめていたモモは、少し戸惑いながらも聞いてきた。

「あの……隊長は、神様か天使様とお話ができるんですか?」

「あっ、そうか。うーんと、ガイドみたいなものだな」

「ガイド?」

 そう言うと、モモはそのパッチリとした大きな瞳でこちらを見つめながら、可愛く小首をかしげる。

「とにかく、奥に行こう。説明はそれからするから」

「はい」

 説明不足な感じもするが、とりあえず副管理者になってもらおう。そっちの方が、理解が早いに違いない。
 そう思いながら、モモの手を引いてダンジョンの中へと進んでいく。

 そこには昨日設置した食料小屋と、相変わらず元気そうなゴブリンがうろついていた。

「キィー」

 俺たちを見つけると、ゴブリンは元気よく手を振って挨拶をする。
 モモはゴブリンに敬礼すると、それを見てゴブリンも右手をあげる。お互いに納得したようにうなずいた。

「お前ら、いつのまにそんなに仲良くなったんだ」

「ええと、いえ、今なんとなくやって見ただけで……すみません」

 どっちにしても、これから長い間、一緒にやっていくことになる。
 仲が良いことは、ゴブリンが相手でも良いことだろう。

「いや、謝ることじゃない。むしろ、良いことだ」

「えっ、はい。そうですよね」

「そうだ」

 俺の言葉に、にこにこっと満面の笑みを浮かべると、もう一度ゴブリンに向かって敬礼をするモモ。ゴブリンも楽しそうにもう一度手を振り上げた。

「もう、仲良しだな」

「はい!」

 目をさらに細めて、彼女は本当に楽しそうに答える。
 こう見るとやっぱり、普通の16歳の少女だ。軍人とは思えない。

「じゃ、ここで待っててもらってていいか?」

「はい」

 その俺の言葉に、モモは小さな声で、しかししっかりと答えた。そして、彼女はゴブリンの方をちらりと見る。

「いいぞ」

「えっ……」

「ゴブリンと遊びたいんだろ」

「いえ……そんなことは……」

 遠慮がちに言うモモの背中を押してやる。

「ほれ」

「は、はい」

 その小さな背中を押す、俺の小さな手。少し情けないけど、少し隊長らしいことをしてやれたと思った。
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