やせ男とアイちゃん

こんさん

文字の大きさ
上 下
2 / 6

やせ男とアイちゃん その2

しおりを挟む
「おはようございまーす」

何の変哲もない、一日の始まり。

いつもの時間に起きて、いつもの時間に出社し、いつもの席に座る。

準大手メーカーの工場で、半年前から派遣として働き始めた。
自動機械を使った仕事が主と言うこともあり、職場には女性が多い。
年齢の若い子からおばちゃんまで、バラエティーに富んでいる。

その中でも、永瀬さんはピカイチの可愛らしさだ。
男性陣は皆、彼女を意識して仕事しているのが伝わる。

誰にでも明るく接し、こんな俺にも、いつも笑い掛けてくれる。

一方の孝志は…

痩せ男で低身長。お洒落とは無縁の空気感を遺憾なく発揮し、そのモテなさぶりは、人々に広く認知されている。

う~む。今日も永瀬さん、輝いてるなぁ。
まぁ、俺と並んでも不釣り合い極まりないんだけど…

朝から自虐。


「おはようございます」

遠くで無機質な、聞き覚えのある声が聞こえる。

孝志は首を伸ばし、声のする方向へ視線を送る。

(沢口さんだ)

昨日の今日で、何ともバツが悪い。
トイレに逃げ込もうかと、席を立とうとした瞬間、

「おはようございます」

既に沢口さん?

(えっ?早歩きしてきた?)

「お…おはようございます」

彼女は黙ってこちらを見ている。

「お…おはようございます」

もう一度、少し大きめに声を出す。


「身体鍛えた方がいいですよ」

そういうと、スタスタと歩いて行ってしまう。

(は?朝から何なんだよ!)
(おい!待て!)

と心で叫ぶ。

何だか、やり場のない怒りが込み上げてくる。
永瀬さんに比べて、なんて可愛げのない女だ。

彼女は陰で、「アイちゃん」と呼ばれているのを知っている。
でも、名前のどこにも「アイ」に繋がる読み方も文字もない。

どうやらAI(人工知能)から来ているらしいと、最近知った。

あの無機質な感じ、無表情な言葉遣いから、初期型AIの「アイちゃん」らしい。

身長は孝志より10cmは高いか?
顔は小さいのに、身体は孝志の3倍はありそうな迫力。

(ふん、アイちゃんも少しは痩せれば?)

目の前に居ないアイちゃんに、心で悪態をつく。

とは言え、自分のひ弱さを指摘されたことが、心に響いていた。

自覚してるだけに、腹が立つ
(くっそぉ、見返してやる)

人間の最大の原動力は「怒り」だ!


そう言えば、駅のすぐそばに「スポーツジム」がオープンしてた気がする。
ネットで調べると、すぐにヒットした。

今日の帰り、早速入会だ!

-目指せ細マッチョ!-



「お疲れさまっした~」

孝志は、勢いだけでジムの門をくぐる。

受付に向かうと、見覚えのあるシルエットが…

(あれ?アイちゃんだ。なんで?)

(やばい、隠れなきゃ)

思わず、観葉植物の陰に隠れる。
こんな時、華奢な身体が役に立つ。

ってか、何で俺はいつも隠れようとするのか?

観葉植物に溶け込んで、アイちゃんの様子を伺っていると、

「いらっしゃいませ~」

すぐ後ろで、もの凄~く良く通る声で、声を掛けられる。

「お客様は、初めてですか~?」

(いや、この距離感で、声デカすぎだろ)

「あぁ、はい…」

ふと、カウンターを見ると、アイちゃんと目が合う。

はぁ…隠れた意味なし。

「声を掛けてくれて、ありがとう」

満面の笑みを浮かべている店員に、無表情でお礼を言うと、カウンターへ向かう。

アイちゃんがこっちを見ている。

孝志は目を合わせられない。

(この威圧感…今の自分に欲しいっす)
(黙ってないで、何か言ってくれ~)

いたたまれない気持ちに、思わず背を向ける孝志。

「ふっ」

鼻で笑う声が聞こえたような気がした。

振り返った時、そこにはアイちゃんの姿は無かった。

(くぅぅ!やっぱり、とことん腹が立つ!)
(この怒りを、エネルギーに変えて!)

-目指せ細マッチョ!-

初日から、怒りをマシンにぶつけ、孝志の戦いが始まった。

続く…
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

博士の愛しき発明品たち!

夏夜やもり
キャラ文芸
 近年まで、私と妹は常識的でゆるやかな日常を送っていました。  しかし、ご近所に住む博士の発明品で、世界と一緒に振り回されてしまいます!  そんなお話。あと斉藤さん。 【あらすじ】  氏名・年齢・性別などを問われたとき、かならず『ひみつ』と答える私は、本物の科学者と出会った!  博士は、その恐るべき科学力と体をなげうつ研究努力と独自理論によって、悍ましき発明品を次々生み出し、世界と私たちの日常を脅かす!  そんな博士と私と妹たちで繰り広げるS・Fの深淵を、共に覗きましょう。 **――――― 「ねえ、これ気になるんだけど?」  居間のソファーですっごい姿勢の妹が、適当に取り繕った『あらすじ』をひらひらさせる。 「なこが?」 「色々あるけどさ……SFってのはおこがましいんじゃない?」 「S・F(サイエンス・ファンキー)だから良いのだよ?」 「……イカレた科学?」 「イカした科学!」  少しだけ妹に同意しているが、それは胸にしまっておく。 「文句があるなら自分もお勧めしてよ」  私は少し唇尖らせ、妹に促す。 「んー、暇つぶしには最適! あたしや博士に興味があって、お暇な時にお読みください!」 「私は?」 「本編で邪魔ってくらい語るでしょ?」 「…………」  えっとね、私、これでも頑張ってますよ? いろいろ沸き上がる感情を抑えつつ……。                                      本編へつづく *)小説家になろうさん・エブリスタさんにも同時投稿です。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

まほろば荘の大家さん

石田空
キャラ文芸
三葉はぎっくり腰で入院した祖母に替わって、祖母の経営するアパートまほろば荘の大家に臨時で就任した。しかしそこはのっぺらぼうに天狗、お菊さんに山神様が住む、ちょっと(かなり?)変わったアパートだった。同級生の雷神の先祖返りと一緒に、そこで巻き起こる騒動に右往左往する。「拝啓 おばあちゃん。アパート経営ってこんなに大変なものだったんですか?」今日も三葉は、賑やかなアパートの住民たちが巻き起こす騒動に四苦八苦する。

薔薇と少年

白亜凛
キャラ文芸
 路地裏のレストランバー『執事のシャルール』に、非日常の夜が訪れた。  夕べ、店の近くで男が刺されたという。  警察官が示すふたつのキーワードは、薔薇と少年。  常連客のなかにはその条件にマッチする少年も、夕べ薔薇を手にしていた女性もいる。  ふたりの常連客は事件と関係があるのだろうか。  アルバイトのアキラとバーのマスターの亮一のふたりは、心を揺らしながら店を開ける。  事件の全容が見えた時、日付が変わり、別の秘密が顔を出した。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

臓物爆裂残虐的女子スプラッターガール蛇

フブスグル湖の悪魔
キャラ文芸
体の6割強を蛭と触手と蟲と肉塊で構成されており出来た傷口から、赤と緑のストライプ柄の触手やら鎌を生やせたり体を改造させたりバットを取り出したりすることの出来るスプラッターガール(命名私)である、間宮蛭子こと、スプラッターガール蛇が非生産的に過ごす日々を荒れ気味な文章で書いた臓物炸裂スプラッタ系日常小説

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

天之琉華譚 唐紅のザンカ

ナクアル
キャラ文芸
 由緒正しい四神家の出身でありながら、落ちこぼれである天笠弥咲。 道楽でやっている古物商店の店先で倒れていた浪人から一宿一飯のお礼だと“曰く付きの古書”を押し付けられる。 しかしそれを機に周辺で不審死が相次ぎ、天笠弥咲は知らぬ存ぜぬを決め込んでいたが、不思議な出来事により自身の大切な妹が拷問を受けていると聞き殺人犯を捜索し始める。 その矢先、偶然出くわした殺人現場で極彩色の着物を身に着け、唐紅色の髪をした天女が吐き捨てる。「お前のその瞳は凄く汚い色だな?」そんな失礼極まりない第一声が天笠弥咲と奴隷少女ザンカの出会いだった。

処理中です...