攻略なんて冗談じゃない!

紫月

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第13章

第82話 変態趣味

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「おおっ!」


 観衆が一斉にずるりと転げる中、レオンから驚嘆の声が上がった。

 しかし、三秒後に考え直したのか難しい顔をして、こてんと首を傾げる。

 何かがおかしいと感じているが、何がおかしいのかまで突き止めるには至っていない、そんな顔だ。


 絶対、雰囲気とノリで叫んだのだと思う。

 騙されやすい奴め。

 もっとも、当のバルトロメウスには騙す気など毛頭無いのだが。


「とんだ茶番ですわ! あれだけ勿体を付けておきながら、分からないとは何事ですの?」


 イルメラはイルメラで酷く憤慨した様子で舌鋒鋭く捲くし立て、いそいそと起き上がった集団転倒事件の構成員の実に九割がそれに頷いた。


 まあ普通はそういう反応だろうなと思うし、残念がって思わず相手を罵倒してしまう気持ちもわかる。

 だけどよくよく考えてみれば、有用な情報を何の苦労も対価も無く教えてもらおうとしていた俺たちも随分と虫のいい話だと思った。

 第一、確実な出し方が確定しているのならとっくに色違い学生証はレアではなくなっている筈だ。


「世の中にはまだまだ謎がたくさんあるのだ。それらはいずれ私が必ずや解明してみせるゆえ、諸君はその時を指をくわえて待ちたまえ。ハ~ハッハッハ!!」
「バルトロメウス、お前のその根拠の無い自信はいったいどこから来ているんだ?」


 バルトロメウス・アイゼンフートはそういう人間だった。

 周りに相手にされていようがいまいが、彼の目は自分の興味の対象に釘付けで、それ以外は全ておざなりでちらりとも目を向けようとはしない。

 恐ろしく偏執的な男なのだ。

 だからこそ、自分の発言が周囲に喧嘩を売っていると取られている事にも気付かない。


「こいつ馬鹿だから、変な事を言っても気にしないで」
「悪気があるわけじゃないんだ」


 お馬鹿キャラという意味ではレオンと一、二を争う。

 期待するだけ馬鹿を見るのにそれでも時々、まぐれ大当たりの大成功をするから周りが期待をしてしまうのが悩ましいところである。

 本人がこんなに自信たっぷりなのもそれを加速させている。


 ルーカスと二人してバルトロメウスの代わりに周囲に謝り、適当にフォローを入れながらため息をついた。

 スキャンダルの多い芸能人のマネージャーって、こんな気持ちなんだろうか?


「それでも僕はちょっと羨ましいな」


 ちゃっかりバルトロメウスに便乗したレオンがおかしな決めポーズを取りながら高笑いをするのを眺めながら、ルーカスは目を細める。


 後先考えずに突っ走るなんて、ルーカスには恐ろしくて出来ない。

 やれたら爽快だろうなとは思っても、何かある度にいちいち躓いてつい足を止めてしまう。

 俺もおそらくこちら側の人間だ。


「あれはあれでいいと思うし、俺たちは俺たちでいいと思うけどね。俺たちの役目はあの考え無したちの代わりにしっかり考えてやる事だよ」


 レオンが馬鹿みたいに笑うから周囲も安心して笑う事が出来る。

 研究者が失敗を恐れていては何も生み出せない。


 ふんぞり返って好きにやらかすのがレオンやバルトロメウスの役目なら、彼らが猪突猛進に突っ走る事だ出来るように、なるべく障害物の無い道へと誘導し、前途の露払い、フォローをするのが俺たちの役目だ。


「それって実はものすごく大変だよね」


 苦笑いをするルーカスの顔が俺にはひどく大人びて見えた。



「最初は余が行くぞ」


 身体測定の時はあんなにも興味なさそうな様子だったレオンだが、自ら白陽寮の切り込み隊長を買って出た。

 一度言い出したら聞かない事は皆承知している為、最初からレオンを先頭に、イルメラ、ルーカス、バルトロメウス、俺の順に並んでいる。


「次の方」
「余の番だな」


 レオンは職員さんの誘導に従い、水晶の前に立った。

 測定方法は至って簡単で、水晶に触れるだけだから何も迷う事は無い。

 だというのに、レオンは常に無く真剣な面もちで水晶に手を乗せた。



 *****



「で、君らなんで三人ともレア版の学生証をあっさり出しているの?」


 実にスムーズに魔力測定は進み、ルーカスが戻ってきた。

 僅かに上気した彼の手には銀色の学生証が握られている。


 普通なら白い学生証がレオンが金色、イルメラは赤色、ルーカスが銀色だ。

 全て金属っぽい素材で出来ている為、メタリックな色合いをしている。


 ゴールドカード、レッドカードと来てプラチナカード。

 統一性は無いが、それぞれまさにイメージにぴったりな色だと思う。


「ふふっ、当然ですわ」


 自分の好きな赤の学生証が出てイルメラはご満悦だった。

 頭上に掲げたり、顔の前で傾けたりして誇らしげに学生証を見る姿は微笑ましい。

 魔力ランクの方を気にしていた筈なのに、今は学生証の色に気を取られているようだ。


 ここへ来て、レア版学生証がインフレを起こしているのはどういう訳か。

 既に受難の時を終えた面々のキャッキャと喜ぶ姿を横目に、俺はとてつもないプレッシャーを感じる。


 皆がレア版の中、俺だけ何の変哲も無い普通の学生証が出たら格好悪いだろう。

 せめてバルトロメウスは普通の学生証でありますようにと念じたところで、ちょうど彼が戻ってきた。


「どうだった?」
「嗚呼、此度の出会いもまっこと素晴らしきかな。あの艶、煌めき、全ての輝きを呑み込み、包容する深淵なる色彩よ! さながらそれは人工物のようでありながら、全てを超越した自然そのものを体現していると思わぬか?」
「何色なのだ?」


 不覚にも胸をドキドキと高鳴らせながら訊ねれば、バルトロメウスは妙に芝居掛かった口調と身振り手振りでいかに自分の学生証が素晴らしいか、その邂逅に対するインプレッションを朗々と語る。


 無駄に芸の細かい事に、艶やきらめきといった言葉に合わせて、バルトロメウスの顔がツヤツヤになったり、光り輝いたりするのはもはやお約束だろう。

 そこへ、感想などどうでも良いから早く見せろと言わんばかりにレオンが口を挟んだ。


 セレブしか所有出来ないと言われるクレジットカードを持つ成金のように、或いはカードゲームに興じる子供のようだと例えるのが分かりやすいだろうか?

 これ以上無いくらいに得意満面に胸を反らせてババーンッっと背景に高波をしぶかせ、花吹雪を舞わせながら、お偉いさんの印籠か何かのようにバルトロメウスは学生証を掲げた。


「おおおっ!!」


 またもレオンの驚き、感心する声が響く。

 いや、今回はレオンだけでは無かった。

 俺やイルメラ、ルーカスを始めとして、騒々しいからとこちらを注視していた職員さんや、俺の後方に並ぶ子たちまでもが口をあんぐりと開けて目を見張っている。


「どうだ? 御前上等、あっぱれであろう? 素直に誉めたまえ。そしてこの完成された芸術の前にひれ伏すが良い!」
「だからお前はどこの魔王だよ!?」
「そなたの魔王だ。誰かが私を魔王と思うのなら、それもまた真実であろう」
「いや、公衆の面前でおかしな事を大声で言うな」


 悪役っぽい能書きを垂れ流すバルトロメウスに思わず突っ込んだのは不可抗力だった。

 変に小難しい言い方をするものだから、大半の人が首を傾げているが真に受ける子だって確実にいる。

 例えばレオンとか。


「むむむっ!? バルトロメウスは魔王であったのか? 余はヒーローとばかり思っておったのだが。そうか、魔王であったか。ならば侍を目指す余とはいわば宿敵になるのだな?」
「あのさ、話を無駄に込み入らせるのはやめような? バルトロメウスの言う事は九割は聞き流していいから」


 全速力でおかしな方向に走っていこうとするレオンの首をひっ捕らえて言い聞かせる。

 宿敵がどうとか言いながら、お前は何故そんなに嬉しそうなんだ、レオン。


 ちなみにこういう人なんだと早くも理解し始めているルーカスと、同じ轍は踏むまいとするイルメラは全く取り合っていない。

 ややこしいのは自称魔王のすぐ側に、実際に魔王となる因子を持ち合わせたイルメラが立っている事だろう。


 なるほど確かにバルトロメウスの学生証は凄かった。

 本人の言う全ての輝きを呑み込むという台詞もまんざら嘘では無い。


 彼の手元のそれは虹色の光を放っていた。

 それも単にグラデーションになっているのでは無く、いわゆるホログラム状になっているのだ。

 角度を変える度にそれは違った色、違った輝きを見せる。


 バルトロメウスの事だから、どうせ変態チックな色になるのだろうとは思っていたけれど、さらに予想の斜め上をいく結果だった。

 それこそどどめ色だとか変態色、次点で『濃過ぎてわかりません』という意味で黒いのが出るかと思っていたのだ。


「でも、表面に刻まれている名前とかがちょっと読みにくいのが不便だよね。落とし物として拾った時とかきっと困ちゃうよ?」
「あんな派手な学生証を持っているのはきっと彼だけよ。名前を見るまでも無いわ」
「あっ、そっか」


 なおルーカスとイルメラはさり気ない感想で何気に酷い事を言っていたが、本人たちには全く嫌味のつもりは無かった。


「次の方~。後ろがつかえますので、早く前へ進んで下さい」
「あ、すみません……」


 職員さんの言葉にハッとする。

 次は自分の番だったのを忘れてついうっかり話し込んでしまっていたのだ。

 魔力ランクの話は寮に戻ってからしようとレオンらに告げ、ペコペコとお辞儀をして周囲に誤りつつ、足早に前へ進む。


「少し気持ち悪くなるかもしれませんが、すぐ終わりますので我慢して下さいね」
「はい」


 職員さんの言葉は、子供に注射をする前の看護師さんのようで、そんなに酷いんだろうかと密かにビビる。

 俺以外は結局全員レア版かと内心ぼやきながら、促されるままに水晶に手を乗せた俺だったが、すぐに顔色を変える事になった。


 気持ち悪い。

 能に伝達される情報は、水晶のひんやりとした冷たい感触、それから身体の内側をまさぐられているような鳥肌の立つ感覚だ。

 体内の魔粒子が掻き回されているのが判る。


 身体測定で体表をまさぐられて、魔力測定では身体の内側をまさぐられる。

 なんて変態趣味な測定なのだろう。


 人がやっているのを見ている分にはものの数秒だったが、自分がやるとやけに長く感じるのがつらい。


「あれー? こんなに測定に時間がかかるなんておかしいですねー? 故障でしょうかー?」


 襲い来る感覚に下を向きながら黙って堪えていると、別の職員さんが近づいてきて、妙に間延びした言い方で不穏な事を言って首を傾げる。

 水晶に倒立像として映し出される職員さんの顔は意外に幼かった。


 いや、故障ってそれ冗談じゃないんですけど!

 これで自分の魔力が分かると思えばこその我慢なのに、ただの擽られ損だなんて目も当てられない。


 しかしそれらを言おうにも、口を開けば言葉以外の色んなものが喉をせり上がって来そうで、俺は仕方なく、必死になって唇を真一文字に引き結んでいた。


「う~ん、これは本格的に故障かしらー? さっきまでのレアモノの連発も故障が原因……って、言った側から出てきたわねー。これまたレアモノおめでとうございますーって、あらー? すごい魔力ね。その年齢でSSクラスだなんて学園創設以来じゃないかしらー?」
「うえっ……」


 時間にして三分程だろうか?

 それくらい経ってようやく解放された俺は主に精神的に疲弊して、学生証の色の話も魔力ランクの話も適当に聞き流してしまう。

 しかし、本人以上の関心を抱いて放っておいてくれないのが、外野の人たちである。


「SSランクって……?」
「嘘! 伝説の卒業生のマレーネ様でも確かご入学の際はAランクだった筈……」
「あの子誰? 殿下と親しげに話していたけれど……」
「バカ! 知らないのかよ? あれは現宰相・シックザール侯爵の息子のアルフレート様だぞ!」
「ええ!? あの噂の!?」


 相変わらず暢気な職員さんにより俺の魔力ランクがバラされてしまった途端、周囲がざわついた。

 俺ってどんな噂になっているんだ、いったい?


「随分と遅かったのだな。待ちくたびれたぞ!」
「え? ……ああ、うん」
「アルトくん、大丈夫?」
「ちょっと、気分が悪くて……。少し横になれば良くなると思う」


 色々と気にはなるものの、久しぶりに味わう乗り物酔いのような感覚に、自分の手元の藍色の学生証より蒼い顔をしながらよろよろと寮に戻った。

 その道中、転ばれたりしたら迷惑だという名目ながらも肩を貸してくれたイルメラの心遣いが嬉しかった。


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